第633話 アウト・ロウへ紹介

 メライヤに声をかけ、カウンター席に呼んだ任侠大精霊さま。ゲイワーズの話しは本当で、何だそんな事かと豚のしょうが焼きを頬張る青い人。

 ちなみに栄養科三人組は、トンカツやカツ丼と同様、しょうが焼きもぶ厚く切ったロース肉を使う。スライスした薄い肉だと美味しい肉汁を楽しめないし、脂身の部分に甘味があるからだ。スライス肉はタレで勝負する焼き肉や豚しゃぶよねってのが、彼女たちの主張である。


「アメロン人は宇宙で船の外殻を修理するのに、命綱を付けて普通に船外活動するのよ、みやび殿」

「もちろん宇宙服は着用しないのよね、メライヤ領事」

「ごめん、その宇宙服ってのがよく分からない。私は十分が限度だけど、訓練された修理班は二十分いけるわ」


 そう言えば銅で酸素を取り込むイカには薄皮があるわねと麻子が言い出し、それちょっと失礼じゃないのと香澄が呆れる。だがメライヤはコロコロと笑い、それで合ってるわよと箸を縦に振った。


「眼球も含め、肌に薄皮があるの。それが真空の宇宙で活動を可能にし、エネルギーの強い放射線から体を守っているのよ」


 惑星では大気が放射線や紫外線を和らげてくれるが、宇宙空間ではモロに浴びてしまう。いやはやアメロン人はすごいですなと、ジャレル艦長が感心しきり。


「キラー艦隊は宇宙で、どうやって船を修理しているの?」

「もちろん宇宙服を着て酸素ボンベを背負います、みやび殿。生身で船外活動は無理ですから」


 だよねーと頷き合う麻子と香澄。秀一たちもそりゃそうだよねと、ジョッキ片手に顔を見合わせている。そこでとゲイワーズが、ここからが本題なのよと人差し指を立てた。


「精霊化すればあなた方は、ファミリーが持つ属性と特技を使えるようになるわ。六属性を揃えたみやびさまなら、宇宙に飛び出せる超級戦艦に大変身ね」

「なんだ、そういう話しだったんだ。マクシミリア陛下にお願いして紹介しましょうか? みやび殿。船外活動三十分の記録持ちもいるわよ」


 そんなことを言っちゃうメライヤに、人差し指を顎に当てて星空を見上げる任侠大精霊さま。頭を右に、そして左に振る。何を言い出すつもりなんだろうかと、キッチンスタッフの手が止まってしまう。


「私はメライヤがいいな」

「え?」


 みやびは縁を大事にする。

 宇宙迷子だったメライヤを拾った時から、こうなる定めだったのではないか、いやそうに違いないと魂が告げたのだ。だがそれってメライヤが、ファフニールかフレイア、もしくはアウト・ロウの誰かと血の交換をするって話しになる。


「焦らなくていいわ、じっくり考えてね、メライヤ」


 “ぷしゅう”


 そんな音が、メライヤから聞こえたような聞こえなかったような。

 青い顔を朱に染めるアメロンの領事へ、魚出汁の茶碗蒸しをことりと置くみやび。具は小エビとホタテの貝柱にスズキの切り身と蒲鉾かまぼこ。そして上に三つ葉をあしらった、みやび自慢の優しいお味。


 翌日からコクピットのハッチを解放したまま、愛機コスモ・ティーゲルで飛び回るメライヤが話題となる。十分じゃ申し訳ないから、記録の三十分に挑戦してるんだとか。

 はてさて、彼女はみやびが囲っている十四人の竜から、いったい誰を選ぶのだろうか。アウト・ロウとはまだ面識がないゆえ、本命はファフニール、対抗がフレイアと言ったところか。みやびがメライヤをアウト・ロウ達に紹介すれば、大穴もあり得る訳だが。


 ――そしてここはアウト・ロウのシェアハウス。


 スオンとなり貴族への復権を果たしたのだから、お屋敷を賜るのが通例なんだけれど、彼ら彼女らは辞退していた。蓮沼組任侠チームが改装して、アトリエやスタジオが完備されたシェアハウスを気に入っているらしい。

 子爵相当の領地も検討されていたが、要りませんと口を揃えたアウト・ロウのメンバー達。それでいいのかと呆れちゃったブラドとパラッツォだけど、そもそも領地運営をする気があるならアウト・ロウになってない訳でして。

 そして何よりもシェアハウスに居れば、気心の知れた通いのメイド達が食事を用意してくれる。シェアハウスに留まる理由、その中で一番のウェイトを占める要因はご飯かもしれない。


「何か考え事? ジーナ。絵筆が止まっているわよ」

「ちょっとね、ドーリス。みやびの事を考えていたの」

「あら奇遇ね、私もそうよ」


 竪琴でシ・レ・ファ#の和音を奏でるドーリス、いわゆるBマイナーのコードだ。 

 みやびのスオンになってからは彼女のことを、ラングリーフィンやシルバニア卿ではなく名前で呼ぶようになっていたアウト・ロウ達。さまを付けると他人行儀だからめっ! と本人から言われてしまうのでもっぱら呼び捨てである。


 昼食の準備が整いましたとメイド達が声をかけたので、メンバーがぞろぞろと階段を降りてきていた。ちょうどそこへ、みやびがやっほーと瞬間転移してきた。

 スオンが長いこと離れ離れになると、リンドが情緒不安定になるのはファフニールで実証済み。なのでこまめに顔を出しては血の交換をしているのだ。

 一番近くにいたジーナを皮切りに、次々と唇を奪い血の交換をしていく任侠大精霊さま。連れてこられた青い人が漢だなと呟き、漢だねーと同意を示すスフィンクスである。


「あなたがメライヤ領事ね、お噂はかねがね」

「それってどんな噂でしょう、ドーリスさま」

「珍しい相棒を連れてらっしゃるのですね」

「メアドなのだー! よろしくなのだオルファ」


 アウト・ロウの皆と挨拶を交わすメライヤ。

 彼女をどうしてシェアハウスへ連れてきたのか、みやびは話していない。押し並べて鈍感なリンド族ではあるが、女性陣はそれとなく察したようである。メライヤをファミリーへ加えるための、顔見せなんだろうと。自分たちが大穴扱いなのは、思いもよらないであろうが。


 食後の緑茶を楽しみつつ、まったりムードのダイニングキッチン。メイド達が昼食にチョイスしたのは海鮮丼とちらし寿司で、みんな腕を上げて来てるなとみやびは目を細めている。そこへオルファが、一冊の書籍をみやびの前に置いた。


「これをさらっと読んでみてくれないかな、みやび」

「どれどれオルファ……巫女戦記? 恋愛小説から宗旨替えしたのかしら」

「いや、筆が乗って気付いたらこうなってた」


 ページをめくるみやびだが、どうにも既視感がある。大精霊の巫女に目覚めた主人公が、悪しき精霊の徒をとっちめていくストーリーなのだ。これってモデルは自分じゃあるまいかと尋ねたら、その通りですと頷くオルファ。事実をふんだんに織り交ぜて、惑星イオナを統一に導いた英雄の物語ですと。


「綺麗に装丁されてるけど、世に出すの?」

「もう出版されてるよ、みやび。出版印刷業ギルド組合が、第二版の準備に入ってるんだ。市民の間で人気が出ちゃって」

「ぐはっ」


 しかもモスマン向けにカナン語で、シーパング向けにハイク語でも出版しようなんて話しも出ているのだとか。普通の書籍と違い事実に基づいた、神話伝承に近い物語は後世まで残ったりする。


「お姉ちゃん大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よアリス、覚悟は出来たわ」


 何の覚悟だろうと、首を捻る青い人とスフィンクス。読んでみたいから取りあえず一冊ちょうだいと、オルファにおねだりするのであった。


 ――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。


 夕食はサバのみりん干し定食。ほうれん草のおひたしと牛肉のしぐれ煮、これにハクサイとキュウリの浅漬けと、シジミのお味噌汁が付いて一汁三菜。

 基本的に三食のメニューはメイド達に任せているが、中々に渋いチョイス。だがこれが良いと、雅会のメンバーからは好評である。


 そして居酒屋としてのお勧めは、マゴチの洗いとタチウオのお刺身。キスとハゼの天ぷら。モッツァレラチーズをスライスしたトマトで挟み、バジルソースをかけたカプレーゼ。そしてシソごまだれの夏野菜ソテー。栄養科三人組らしい、いかにも夏を惜しむラインナップだ。もっとも今年の長期予報によると、日本は十月まで残暑が続くらしいが。


「フレイア、ゲイワーズ、ちょっと聞いても良いかな」

「なあに? みやび」

「あら何かしらん、みやびさま」


 カプレーゼのバジルソースが垂れないよう、片手を下に添えて口に運ぶマッチョなお兄さん。その仕草といったら、どこぞの姫君かと思えるほど上品な食べ方をする。

 そのアンバランスさが可笑しくて、やっぱり腹筋を鍛えられてしまう栄養科三人組と秀一たち。飯塚は失礼かもと気を使っているのか、ゲイワーズを視界に入れないようにしていた。竜族は慣れているのか、全く気にしていないけれど。


「ホムラとポリタニアが竜族と血の交換をしたら、どうなると思う?」


 みやびの問いかけに、顔を見合わせるフレイアとゲイワーズ。

 黄緑色の子もマーメイドも、竜族がいない暗黒空間の太陽系で、魔力を自炊できるよう進化した民族だ。普通のリッタースオンと違うのではと、みやびは二人にマゴチの洗いを置く。


 洗いとは薄く切った刺身を、氷水で急激に冷やして身を引き締めた料理のこと。弾力のある白身魚であれば何でもよく、みやびは細かい氷を張った皿に切り身を並べるから見た目の清涼感がある。ちなみにマゴチは一般に出回らない高級魚、これを気軽に食べられるのは釣り人の特権であろう。


「属性強化と魔力増強が同時に起きて、元の属性が持つ威力は倍増じゃなく乗算かしら、船長」

「その可能性が高いわね、ゲイワーズ。前例が無いから、やってみないと分からないけど」


 当のお座敷二番テーブルは、マゴチの洗いが美味しくて取り合いの様相を呈していた。全員分を大皿で出したのは失敗だったかしらと、麻子と香澄がはにゃんと笑う。

 ほんのり黄色みを帯びたマゴチの刺身、その美味しさを言葉で表すのはちょっと難しい。甘味があって歯ごたえはフグに匹敵し、割烹かわせみの華板に言わせると洗いにしたら至高の魚なんだそうな。


 これはお代わりが来るなと目を細め、刺身包丁を持ち直す任侠大精霊さま。シェアハウスでメライヤは、気になるリンドがいたかなと、そんな事を思いながら包丁を動かすのであった。

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