第632話 エンシェント・ドラゴン
みやびはネックレスを真上にえいっと放り上げ、コイン部分に雷撃を放った。すると稲妻はするっと通り抜け、シールドの外へ消えて行く。
落ちて来たネックレスをみやびはキャッチ、コインは全く熱を帯びておらず導電率も高そうだ。導電率の低い金属ならば抵抗値によって熱を持ち、あちちあちちとなるのだから。
「錬成の成功率はどうなの? ゲイワーズ。四属性の合わせ技って言ったわよね」
「刀鍛冶が剣を鍛えるように、魔力で鍛えるのが金属錬成なのよん、みやびさま。火属性が錬成の主体になるけど、仲の良い四属性が集まってオレイカルコスの成功率は三パーセントかしら。でもみやびさまなら一人で出来るから、成功率はもうちょい上がるかもね」
みやびからネックレスを受け取り、首にかけ直すゲイワーズがむふんと笑う。たった三パーセントなんだと、キッチンスタッフと秀一たちが、しょっぱい成功率だねと顔を見合わせている。
「失敗したらどうなるのかしら、ゲイワーズ」
「素材が灰になるだけだからノーリスクよ、ファフニールさま。敢えて言うなら魔力の無駄遣いかしら、んふ」
よし明日やってみようと、ひん曲がったペンチを元に戻す任侠大精霊さま。それはそれで力技、秀一たちがマジかと目を剥いている。いやいや君達もリンドと血の交換をしているリッタースオンなんだから、いずれはそうなるのでござる。
「香澄ー香澄ー、フルーツポテトサラダのお代わりちょうだい! って、どうかしたの? 息苦しそうだけど」
空となった小鉢が並ぶお盆を手にスフィンクスが首を捻り、何でもないわと呼吸を整える香澄。ジェシカを除く領事チームは最近、カウンター席からお座敷二番テーブルに移動し占拠するようになっていた。
座布団に座ってフェイス・トゥ・フェイス。
「ポテトサラダはどれも好きだけど、香澄のフルーツポテトサラダがお気に入りなのだー!」
そう言われてしまえば料理人として悪い気はせず、小鉢にどっさりと盛っちゃう香澄さん。麻子が作るイカの塩辛ポテトサラダも先入観を無くせば酒の肴に最高、密かなファンが雅会任侠チームにも結構いたりして。
「香澄ありがとなのだー、また来るかもなのだー」
そう言ってふよふよと、お座敷二番テーブルへ戻るスフィンクス。それを見送ったゲイワーズが、ねえ船長と声を潜めた。分かってるわよとフレイアが、麻子が置いて行ったエビ焼売に箸を伸ばす。
「自然発生する聖獣、その可能性が高いかも。あのヤドカリだって、もしかしたらもしかするかもよ、ゲイワーズ」
「宇宙を長く旅していると、危険が付きまとうけど面白いことも多いわよね、船長」
問答無用で攻撃を仕掛けてくるスカポンタンのスットコドッコイは、アンドロメダ共同体に限った話しではない。その都度ゲートを開き離脱して来たわけで、マストが折れていたのはその
修復には六属性と相応の魔力が必要となり造船用ドッグも不可欠、それで諦めという名の放置状態だったのだ。
ところがみやびは幽霊船に等しいエピフォン号を復元した上に、単装砲とは言え粒子砲を追加し、黄金コーティングまで施したのだ。フレイアを嫁にしたってのもあるんだろうが、気前の良さと
それに付けてもと、フレイアもゲイワーズもみやびを見ながら口の両端を上げる。以心伝心で気持ちが通じ合ったのか、面白い人の所には面白い人が集まるもんだと笑い合う。それは取りも直さず領事チームのことであり、アリスが取り替えた大ジョッキに揃って手を伸ばしてぐびり。
ペンチを出刃包丁に持ち替えたみやびがどうかしたのと首を傾げ、何でもないわよと笑うフレイアとゲイワーズ。自分たちもその面白い人に含まれてることには、気付いてないっぽい。
――翌日、艦隊戦の跡地というか空間。
みやびがふんぬぬぬと錬成した、オレイカルコスの成功率は五パーセント。二十回に一回しか成功しなかった訳だが、ゲイワーズによると驚異的なんだそうな。
艦艇の残骸を集めて出来上がったオレイカルコスを、更に砲身として錬成し整形したのが九本完成した。たった九本とも言うが、それだけ希少金属であることを物語っている。
みやびは六本をレールガンの交換用とし、残り三本を蓮沼総合研究所に詰めている真戸川センセイに進呈していた。オレイカルコスを複製出来なくとも、新素材を生み出すヒントにはなるはずと。
ついでに今レールガンは左舷にしかなく、右舷用にもうワンセット欲しいとおねだりするのも忘れない任侠大精霊さま。最新のイージスシステムを組み込んだ、大砲の
そんなこんなで夜となり、みやび亭アマテラス号支店は今夜も大賑わい。キラー提督から艦隊指揮を一任された、旗艦である戦艦モラリスの艦長ジャレルが名代として訪れていた。戦闘データは受け取っており、やはり話題の中心となるのは土偶ちゃんであった。
「つまり土偶ちゃんを錬成できるのは今のところ、みやびさまとアリスさま、惑星イオナにいらっしゃるというカルディナ陛下だけなのですね?」
「そういう事になるわね、ジャレル艦長。しかも素材は職人が生み出した調度品や装飾品、芸術の域に達している食器なんかが対象になるの。しかも粒子砲を扱うには、主人が六属性持ちでないといけないわ」
土偶ちゃんを起動させるには当然、対象となる属性を使用者が持ってないといけない。リッタースオンが六属性を揃えるのは、精霊化しなくても攻撃手段や錬成の幅を広げるのに必要なのだ。フレイアが力説したのも頷けると、麻子も香澄も、アルネにカエラも、手を動かしながら聞き入っている。
敷居が高いのですねと、ジャレル艦長は升酒を口に含んだ。
フレイアも四属性を集めれば錬成できるのだが、心をひとつにしないといけないから成功率はオレイカルコスよりも低くなると話す。
確率はどれくらいですかと尋ねた豊に、渋い顔で一パーセント以下よとゲイワーズが返していた。一体の話しだから六体揃えるとなれば、気の遠くなる話しだ。
そう考えるとアマツ族の直系であるカルディナ陛下が相伝した、長編小説一冊分のスペルがいかに完成度の高いものかが分かると言うもの。
「そんな情報まで保持しているなんて、すごいわねフレイア」
「私を生きた化石みたいに言わないでよ、ファフニール」
「悪意はないのよ、純粋に尊敬しているの。私の酌を受けてくれるかしら」
それは恐れ多いと言いつつも差し出された徳利に、ちゃっかり升を差し出す船長さん。リンド族からすればエピフォン号のゴンゾーラ族は
ファフニールは正直に本心を伝えたのであり、そこに他意はないのだ。リンド族が知らない、思いも寄らない知識と技をフレイアは持っていると。
「それは色々と忘れてしまっているからよ、人間が信仰心を忘れてしまうのと一緒」
痛い所を突いてくれるわねと唇を尖らせるファフニールに、でも私だって貴方を尊敬しているのよとフレイアは微笑む。君主と族長を両方こなすなんて私には無理無理と、右手をひらひらさせながら。
「私が同じ立場だったら尻込みしちゃうわね」
「それだけの知識と船員からの人望があるのに?」
「そうじゃなくて、国民を守る君主、一族を守る族長、その両方を
それはみやびがいてくれるからと言いかけたファフニールに、目の前の愛妻がきんぴらごぼうをことりと置いた。
いつもそれ食べてるわよねと、フレイアが興味深そうな顔で小鉢を覗き込む。一応お品書きにはあるのだが、ファフニールはみやびが作ったきんぴらごぼうしか口にしない。
「食べてみる? フレイア」
「どれどれ、ふむふむ、歯ごたえといいお味といい、何だかホッとするわね」
でしょうと笑うファフニール。この日を境にフレイアも、みやび謹製のきんぴらごぼうを常食とするようになっちゃうのだ。
「ところでみやびさま、メライヤはもったいないですよ」
「それってどういう意味? ゲイワーズ」
「まさか肌が青い理由を、鉄の代わりに銅で酸素を取り込んでいる、それだけとは考えてませんよね」
それ以外に何があるのだろうと、驚いてしまうキッチンスタッフと秀一たち。ああやっぱりと、頭をガシガシ掻くマッチョでガチホモなお兄さん。肌が青い人には特技があるのよんと、アリスが注いでくれた升酒を一気に
「肺に酸素がある限り、無重力の宇宙空間で活動できる特技持ちよ、みやびさま」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってゲイワーズ。生身の体で真空の宇宙に出たら、人は生きていられないのでは?」
みやびが言う通り宇宙では沸点が低くなるため、加熱しなくても水は蒸発してしまう。人間の体は六十パーセントが水分だから、人体にとっては致命的だ。一説によれば宇宙に放り出された生身の人間は、十秒で意識を失うと言われている。
「肌が青い民族と契りを結んだ竜族が身内にいれば、精霊化したリッタースオンは生身で宇宙に出られるのよ、みやびさま」
ジャレル艦長の箸から、豚のしょうが焼きが落ちて行った。秀一たちはポカンと口を開けており、飯塚もジェシカもお地蔵さん状態。カウンター席がそうなのだから、キッチン内も推して知るべし。
お座敷二番テーブルのメライヤはといえば、本日お勧めの生イワガキにポン酢醤油を垂らし、ちゅるりと頬張って
青い人は宇宙で船外活動が出来る貴重な存在なんだからと、ゲイワースも生イワガキを頬張った。うんこれ美味しいわねと升酒で流し込む、エンシェント・ドラゴンのガチホモさんであった。
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