第631話 土偶ちゃんの無双

 広域宇宙レーダーが、ゲートから出現した敵の艦影を次々と映し出していた。

 祭壇に駆け付けた飯塚とジェシカが、カメラの映像を拡大し敵艦隊の勢力を確認している。戦艦五、空母三、巡洋艦十七、駆逐艦は数えるのが面倒くさいほど。

 これだけの大編成ならみやびが睨んだ通り、奴らは是が非でもガリアン星を奪還したいのだろう。魔力と弾薬が枯渇する、敵さんの焦り具合が手に取るように分かる。


「一隻たりとも大気圏に突入させる気はないけど、念のため対空砲火の準備はしておいてね、キラー提督」

『分かりましたみやび殿、ご武運を!』


 通信を切ったみやびは土偶ちゃんをポンと出し、六体全部を起動した。目がそれぞれの属性に輝き、ふよふよと浮き上がる。

 黄金コーティングは間に合わないが、こんなサイズではスペクトラ砲を当てるなんて至難の業だろう。以前施した虹色コーティングのまま、みやびは出撃させるつもりでいた。


「出番なのだな、巫女よ」

「暴れていいのかな? 巫女ちゃん」

「合体したらシールドの外に転移させるからね。粒子砲を撃つ回数に制限は設けないわ、好きなだけぶっ放して」

「それは大奮発だな、巫女よ」

「しばらく見ないうちに、魔力がすごいことになってるね、巫女ちゃん」


 それではと土偶ちゃん達は合体を始めスーパーに変身。大きさはそのままでとみやびは指定し、シールド外へ転移させた。アリスと同じくらいのサイズにスペクトラ砲の照準を合わせられるならやってみろ、そんな悪い顔をしている任侠大精霊さまがいと恐ろしや。


 私たちも六属性を揃えたらスーパーが使えるのよねと、顔を見合わせる麻子と香澄。だからこそ竜族のめかけとヒモなのよと、フレイアがぷくくと笑う。

 駆逐艦は土偶ちゃんに任せ、みやび達は大型艦艇を狙う。この役割分担で、土偶ちゃんへの誤射を防げる。


「対艦ミサイルと宇宙魚雷来ます! 数はごめんなさい、多すぎて」


 秀一が申し訳なさそうにしているが、いいのよとみやびは微笑んで右手をひらひらさせる。相変わらず前口上無しで攻撃してくる外道っぷりに、すっかり慣れてしまった首脳陣。あれを試しましょうと、みやびは彩花にウィンクを送った。


 あれ・・とは新開発の、電磁力を使って弾丸を発射するレールガンのこと。磁場の中で電気を流すと物質を動かす力が発生する、フレミングの法則を応用したもの。日本では宇宙開発の目的でJAXAが1980年から研究を始めており、この分野では地球で最先端の技術力を誇る。

 もっとも核を保有する共産主義国は、核ミサイルを無効化されるからこの研究をすっごく嫌がっている。敵国が嫌がること、それ即ち国防に於いては正解となる。C国とR国が猛反発している、空母化した日本の護衛艦もしかり。


 レールガンは迎撃ミサイルと違い弾丸だから、安価で高速な上に連射が可能。ただし実現するのに求められるのは、電気を通しやすく壊れにくい砲身と、高速射出するための大電力。

 新沼海将と真戸川センセイから、実用化に向けた試作品をみやびは預ったのだ。それが彩花にウィンクを送ったあれ・・なわけ。四属性機関ビーム砲のひとつと入れ替えており、電力は魔力がある限り反重力ドライブがいくらでも取り出してくれる。


「発射準備完了、敵の対艦ミサイルと宇宙魚雷を迎撃します。てぇ!」


 彩花が威勢の良い声と共に、レールガンのアイコンをタップした。シールドを破られ再構築する魔力消費に比べれば安いもの。迫り来る敵の物理攻撃をレールガンが、次々と迎撃して宇宙空間に花火を咲かせる。

 その光景は壮観で、誰もが早く実用化すべきと感じるほど。駄菓子菓子だがしかしそんなに甘くはないことを、艦内通信で石黒が伝えてきた。


「お嬢さん砲身の強度が限界です、熱で真っ赤ですよ」

「マジ? 石黒さん」

「砲身を交換しないといけませんね」


 戦車だって数を撃てば、砲身交換が必要になる。電気を通しやすく強度の高い素材の開発。それを真戸川センセイとお仲間の学者さん達が、真剣に研究を重ねている最中なのだ。

 そんなこんなで第一シールドを破られてしまったアマテラス号。爆風で船体が大きく揺れるけれど、物理反射で敵艦隊のあちこちから火の手が上がった。

 そして土偶ちゃんはと言えば、既に二十隻以上の駆逐艦を撃沈している。良い仕事してますねと麻子が、やっぱり六属性揃えたいわねと香澄が、うんうん頷いていた。


「粒子砲で反撃しますね、みやびさん」

「もちろんよ彩花さん、っちゃって」


 アマテラス号の三連装主砲と二連装副砲、イラコ号とエピフォン号の単相砲が火を噴く。小バエのように寄ってくる敵宇宙戦闘機は、四属性機関ビーム砲で排除していくみやび達。甲板の第二シールドまで破られると、みやび亭が宇宙空間を漂うことになりますゆえ。


『巫女よ、駆逐艦とやらはもういないぞ』

『巫女ちゃーん、巡洋艦ってやつを狙ってもいいかな』

「早っ! いいわよ、ぶっ叩いてちょうだい」


 地上での動きが嘘かと思えるほど、素早い空間移動で蜂の一刺しをお見舞いする土偶ちゃん。敵もスペクトラ砲を放ってはいるのだが狙いが定まらないのか、かすりもせず無駄玉に終っている。黄金船よりも土偶ちゃんに引っかき回された敵艦隊、そんな感じで第一回のガリアン星防衛はみやび達の勝利で終結した。


 ちなみに土偶ちゃんの戦績はと言うと、駆逐艦四十八隻を全て撃沈、巡洋艦九隻を撃沈。トドメはアマテラス号が刺したけれど、戦艦二隻と空母一隻を邪魔にならないよう遠距離からの粒子砲で大破させる無双っぷりであった。


 ――そして夜のみやび亭アマテラス号支店。


「オレイカルコスって? フレイ」

「電気を通しやすくて強度の高い素材でしょ、みやび。あなたなら錬成できると思うのだけど」


 それってオリハルコンから派生した伝説の金属だわと香澄が、そんなもん実在すんのかいなと麻子が、二人してほえぇという顔をしている。

 材料はと問うファフニールに敵艦隊の残骸がいっぱい漂ってるわと笑い、フレイアはおぼつかない箸でハマチのお刺身を頬張った。


 乗組員への食事を最優先とし、ブラックホールへのポイと言うか、宇宙清掃をみやびは後回しにしていた。敵さんは最後まで白旗を掲げず、結果として皆殺しとなる殲滅戦になった宇宙艦隊戦。降参すればみやびだって鬼じゃない、情けをかけてもらえたものをと誰もが思うところであった。


「ゲイワーズ、ちょうど良いところへ、こっちに来て座れ」


 暖簾をくぐったゴンゾーラ族の男性竜に、フレイアが隣の椅子をぺしぺし叩いた。 確かエピフォン号の機関長で、口ひげを蓄えた筋骨隆々の人物だ。リンドの男子も色々だが、人の姿でここまでごつい体つきをした守備隊員はそうそういない。


「あらん、私をご指名だなんて船長、何か特別なご用かしら?」

ぶっ麻子

ぶはっ香澄


 予想外のオネエ言葉に口の両端をひくつかせ、必死に笑いを堪える麻子と香澄。つられてみやびも吹き出しそうになるのを我慢して、席に着いたゲイワーズにハマチのお刺身をことりと置く。だがその手がぷるぷる震えていたのは明らかで、秀一たちの箸も小刻みに振動している。アリスがすすいと動き、ゲイワーズに大ジョッキを置いて行った。


「金属錬成はお前の得意分野だろ、ゲイワーズ。ここにいる皆さんに、ざっと説明して差し上げろ」

「それは構わないけれど、対象となる金属はなにかしら? 船長。それによって難易度は大幅に変わるわよ」

「オレイカルコスだ、ゲイワーズ」


 生ビールで喉を潤していたゲイワーズの目が吊り上がり、最高難易度じゃないのよとハマチに箸を伸ばす。彼は左利きなんだけれど、箸使いを覚えるのはエピフォン号の誰よりも早かった。もともと手先は器用なようで、わさび醤油にお刺身をちょんと付けて頬張った。

 そして彼は首からぶっといネックレスを外し、カウンターにじゃらりと乗せる。チェーンは銀のようだが、ぶら下がっていたのは黄金色に輝く金属であった。金貨を枠にはめてネックレスにしたものと例えれば、分かりやすいだろうか。


「ぶっ叩いても何してもいいわよ、みやびさま」

「ホントに? ゲイワーズ」

「んふ、そう簡単に傷付くシロモノじゃないのよん。四属性の合わせ技による、最高傑作なんだから」


 口ひげからキラリンと白い歯を覗かせる、きっとガチホモ勢のゲイワーズ。

 母星を見限ったエピフォン号の乗組員にとって、フレイアを嫁にしたみやびは君主も同然。その第一婦人であるファフニールも、臣下の礼をとる対象となる。

 だがそこは船乗りで格式に囚われるようなことはなく、ざっくばらんに話すところはラフィア船団の乗組員とよく似ている。


 それでは遠慮なくと、みやびは黄金色に輝く金属を手に取りかじった。なんで囓るのとみんなびっくりしているが、純金であれば柔らかいから歯形が付くのだ。


 純金を金貨として流通させる場合は、銀や銅などを混ぜた合金で硬貨にする。そうしないと柔らかすぎて、通常の使用に耐えられないからだ。逆を言えば金の含有率で価値が変わることになり、惑星イオナではメリサンド帝国金貨、モスマン帝国金貨、シーパング小判に於ける金の含有率を統一する事になっている。


 みやびが囓っても黄金色の金属に歯形は付かず、今度はギンナンを取り出す時に使うペンチを手にしたみやび。しかも挟むのではなく石台の上で振り下ろし、ガンとぶっ叩いたのだ。断っておくが竜族の血が流れており普段はセーブしているが、リッタースオンが全力を出せば岩石を手で握りつぶす事など容易たやすい。


「ありゃま」


 なんと黄金色の金属は傷ひとつ付かず、ペンチの方がひん曲がってしまった。相当な強度であることは間違いなく、チタン合金よりもずっと軽い素材にみやびは感心してしまう。


「それがオレイカルコスなのよん、みやびさま」


 そう言って香澄が置いた、フルーツポテトサラダを頬張るゲイワーズ。ごつい体に似合わず食べ方がお上品で、香澄がキッチンの奥に引っ込んで行った。笑いを堪えすぎて、腹筋が崩壊した上に酸欠となったもよう。麻子が手にする中華包丁も、プルプルと震えているのであった。

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