第630話 合わせ技の大先生

 ――ここは蓮沼銭湯の脱衣所。


 精霊化して裸になるのは、全員始めてのことだった。そして香澄が予想した通り、みんな両性具有になっていたのだ。栄養科三人組はそうでもないが、男衆が受けた精神的ダメージは大きかったもよう。


「黒田、今の自分の自我、男か女か分かるか?」

「聞かないで下さいよ舎弟頭佐伯。正直言って、よく分からんです」

「何と言うか、半分が男で半分が女、そんな気分だ。源三郎は?」

「そうなんですよね、会長正三。自我が男とも女とも違う場所にある、俺はそんな感じです」


 工藤は鏡に映る胸の膨らみに、呆然と立ち尽くしていた。中の愛妻アメリアと、人生相談をしている最中なのかも知れない。

 アルネとカエラが私たちもこうなるのねと、しゃがんで栄養科三人組の竿に見入っている。いやいやちょっと二人とも、羞恥心はどこに捨ててきた?


 ぬっしーとシャダイっちは男性として振る舞い、イン・アンナとセラフィムは女性として振る舞うが、両性具有であることがこれではっきりしたわけだ。


 ちなみに徹と京子はご遠慮しときますと、母屋で満君とクロヒョウ三兄弟の相手をしている。早苗と工藤は海外遠征中で、記者の山下と相良奈央は取材で遅くなると連絡があった。アンガスとシオンは修業先の師匠から、飲みに誘われたとのこと。


 ――ちゃぽーん。


「アリスの竿はさ、みや坊に擬態してるから? それとも……」

「それをお聞きになるのですか? 麻子さま」

「あら教えてくれてもいいじゃない」

「むう、香澄さままで」


 ちょっとあんたらと、半眼を向ける任侠大精霊さま。

 だが麻子も香澄も気になるらしく、湯船のふちに座るアリスに迫る。かつてイン・アンナは聖獣も竜族と儀式を行えばリッタースオンで、精霊になれると話していたからだ。


「お姉ちゃん、どうしましょう」

「話していいわよ、アリス。でないと布団にまで付いて来そうだわ」


 仰る通りと、によによする麻子と香澄。背中を流し合っているアルネ組にカエラ組と、湯船に浸かる男衆が聞き耳を立てる。アリスはもはや家族も同然だから、やっぱりみんな気になるのだ。


「卵化してから、付属するようになりました」


 付属という表現がツボったのか、思わず笑い出してしまう皆の衆。私なにか変なこと言いましたかとキョトンとした顔で湯船へ浸かるアリスに、あなたはそれでいいのよと頭を撫でるみやびである。


「アリスもいつかは卵を産むのかしら、麻子」

「産むかもしれないわね、香澄。今度イン・アンナに聞いてみようか、みや坊」

「ううん、私には分かるの。アリスも産卵する時がきっと来る、誰に似るのか今から楽しみだわ」


 それはめでたい話しとみんな破顔するけれど、みやびも含め誰も気付いていない。アリスの血筋ならば、マザーであり主人であるみやびに擬態するはず。誰かに似るのではなく、ミニみやびとなるに決まっているのだ。


 そして蓮沼家に一泊し、アマテラス号に戻ったみやび達。黄金船はガリアン星の衛星軌道上にあり、秀一たちが交代で広域宇宙レーダーと睨めっこしていた。地上ではキラー提督が艦隊乗組員の再編を行い、新兵が増えたため訓練に余念がない。


「ゴンゾーラ族は同族のフレイを差別しなかったけど、人間が貴方に線を引いちゃったのか」

「そういうことよ、みやび。学院を卒業した後、私は宇宙開発アカデミーの職員になったの。差別は相変わらずだったけど、中には理解してくれる人間もいたわ」

「それがエピフォン号の乗組員なのね」


 その通りよと頷き、フレイアはアリスが煎れてくれた緑茶を啜った。囲炉裏テーブルを囲み、みやびとフレイアの会話に耳を傾ける首脳陣。エピフォン号の乗組員は半分がゴンゾーラ族の竜、半分が人間だった。船長が両性具有であることに人間の船員たちは、忌避感を抱かなかったのか不思議に思っていたのだ。


 差別を有能という名の実力で捻じ伏せた姿が、みやびは容易に想像できた。そんな彼女の気概に、心を動かされた人間だっていたのだろうと。

 だが話しはそこで終らなかった。両性具有に重要なポストを与えるな、罷免しろなんて運動が起きたのである。宇宙開発アカデミーは研究成果と民間の寄付で成り立つ組織であるがゆえに、アカデミーの所長は運動を黙認せざるを得なかったのだ。


「そして所長は私に辞令をよこしたわ。広域宇宙探索の辞令をね、しかも無期限の」

「フレイが以前話していた厄介払いって、そういう意味だったのね」

「そうよみやび、おかげさまで私も船員たちも、母星に未練はないの。むしろあなた達に出会えた縁を、精霊に感謝したいくらい」


 母星の信仰心はどうだったのと尋ねるファフニールに、敬虔な精霊信者ばかりであれば差別なんか起きてないわとフレイアは苦笑する。

 あちゃあと顔を見合わせる麻子と香澄、それってもろハルマゲドンの対象じゃないのと。こりゃフレイアの母星、民族の存続どころか惑星自体が今も存在しているか、甚だ怪しいことになる。


 そんな中みやびはテーブルにノートを広げ、何やら書き込みを始めた。

 光属性:奥義は照明弾と透明化で特技はチャーム。

 闇属性:奥義は魔法攻撃の吸収で特技は音波による精神攻撃。

 地属性:奥義はブランブル・プリズナーで特技は弱った樹木の再生と重力を無視した運搬。

 水属性:奥義はコキュートスとマーメイド化で特技は冷却。

 火属性:奥義はヘル・ファイアで特技は加熱。

 風属性:奥義はウィンドウ・ラージホイールに弾丸飛行で特技は旋風せんぷう

 全属性で共通の特技:夜目が利く暗視。


「リッタースオンはこれで合ってるかしら、フレイ」

「どれどれ……そうね、地属性の特技には生き物のテイム能力もあるわ。実際にみやびも使ってるでしょう? 群れ単位でテイムしちゃうのは規格外だけど」


 麻子とアルネが目をぱちくり、そして相方のレアムールとローレルもびっくり。仮のスオンであるアルネはまだ使えないけど、精霊化した麻子なら二頭や三頭は軽くできるはずとフレイアは言い切る。


「それと火属性の特技には透視の力もあるわ。京子さまが誘拐された時、みやびが使ったと聞いたわよ」


 それで瑞穂さんには透視能力が備わっているんだと、改めて納得しちゃう首脳陣の面々。スオンになる前から使えたのは、小リンドの血筋だからではあるまいかと。そして素が火属性の麻子は、精霊化しなくても出来ることになる。


「左和女の伊牙忍軍が隠れ身の術を使えるのはどうしてだろう、麻子。光属性じゃないのに」

「忍法の長い呪文を唱えるって左和女が話していたわ、香澄。カルディナ陛下の錬成と同じで、スペルで補完してるんじゃないかしら」


 そう考えれば辻褄が合うと、誰もが頷き合った。


「風属性の特技、旋風はちょっと意味合いが違うわね。風圧で対象物にダメージを与えると認識した方がいいわよみんな」


 そう言えば早苗さんは追ってきた車を、原型を留めないほどぐしゃぐしゃにしたなとみやびは思い出す。そう考えると八咫烏は総じて、小リンドの血筋である可能性が高い。


「そうそう、光属性のチャーム魅了にはコンフュージョン混乱も含まれるからね、みやび」

「それってどんな特技なの? フレイ」

「んふふ、敵味方の区別が付かなくなって、同士討ちを始めちゃうあくどい技よ」


 うひゃぁとドン引きの首脳陣。けれど精霊化で美櫻を取り込んだ麻子と、豊を取り込んだカエラなら、そのうち出来るようになるはずとフレイアは笑う。これはみやびの第二婦人、今後は合わせ技の大先生になりそうな予感。


 それよりもと、フレイアはテーブルに並べられたスナック菓子に手を伸ばした。迷わず選んだのは暴君ハバネロで、これが嫌いな竜族にみやび達は出会った事がない。アリスが温故知新と書かれたフレイアの湯呑みに、お茶っ葉を取り替えた新しい緑茶を継ぎ足した。


「みんな土偶ちゃんを持ってるなら、宇宙では出しておきなさい。惑星の大気圏内だと重力の影響で動きが鈍いけど、無重力の宇宙空間なら船の最大船速に付いてこれる機敏さになるわよ」

はい?みやび

まさか麻子

うっそ香澄


 そうなるとみやびの合体した土偶ちゃんスーパーは、粒子砲を撃てる機動戦士になっちゃうわけで。これは宇宙戦闘機どころの話しではなく、ガン&ランの機動性と破壊力を持つ空間移動砲塔に等しい。


 それも含めて麻子も香澄も、アルネもカエラも、妾でもヒモでもいいから六属性を揃えて囲いなさいとフレイアはまくしたてた。

 万能攻撃を使いこなせてこその精霊、転じて銀河を生み出す根本的な力なのだと彼女は拳を握り締めて力説する。何ならエピフォン号のゴンゾーラ族を、四人に紹介するわよと。


「め、妾とヒモだって、どうしよう麻子」

「私のオヤジトークに、みんな付いてこれるかしら、香澄」

「そこなんかい!」


 いやいやこれはセンシティブな問題なのだよと麻子が、どこがセンシティブなのか説明してみろと香澄が、舌戦の鍔迫つばぜり合いを展開してピーチクパーチク。対してアルネとカエラは顔が茹でダコのようになっており、すっかりお地蔵さんと化していた。


 けどフレイアの説も一理あるわと、ファフニールも暴君ハバネロに手を伸ばす。だって私たちもいずれは、暗黒空間に銀河を生み出す立場になるのだからと。

 ロマニア侯国の君主にしてリンド族の族長がそう言うならば、レアムールにエアリス、ティーナとローレルに否はない。ファミリーの拡充だねと、それぞれが目線を交わし頷き合っていた。


 そこへ広域宇宙レーダーと睨めっこしていた秀一が、空間に歪みが発生と声を上げた。もちろんそれはタッチダウンするゲートの出現であり、おいでなすったわねとみやび達は立ち上がる。

 祭壇に駆け寄った彩花がパネルを操作して全砲門を開き、豊が船内に総員戦闘配備を告げる。美櫻は通信要請の電波を発信しながら、カメラを空間に開いたゲートに向けた。


「アルネ、ローレル、取り舵一杯。カエラ、ティーナ、最大船速でゲートへ直進よーそろ!」


 お任せ下さいとアルネ組にカエラ組が、パラタタタとパネルをタップする。取り舵で船首をゲートへ向けた連結黄金船が、ドンと一気に加速して行くのであった。

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