第629話 ど真ん中の中性
大精霊の三人は、ガチホモ勢に限定とはひと言も口にしていない。そこんところをみやび達は、大きな思い違いをしていたりして。
例えばパウラとケヴィンのカップル、ナディアとアダマスのカップル。本来ならパウラとナディアは小リンドの出産となる訳だが、成人して仮が取れ精霊化を果たしたならば、彼女らは竜の卵を産むことになるだろう。
ここで重要なのは相方をこよなく愛し、自分も卵を産みたいと願った場合、ケヴィンもアダマスも女性に性転換する可能性があるという事実。それは売れない小説家のオルファも同様で、むしろ大精霊の巫女と契りを結んだ彼の方が女性化しやすいかも知れない。
つまりホモは関係なく男性リンドであれば、誰もが女性化する芽を内包していると言うお話しだったのだ。メライヤ達が百合とBL談義をワイキャイしちゃったものだから、大精霊三人の話しをみやび達はガチホモ勢限定と勘違いしたのである。
そんな一抹の不安を含みつつも、ここは蓮沼家の母屋。
縁側で黒田の嫁であるベネディクトが、ふんぬぬぬと全集中している。気張るのではなく額の中心に意識を集めてと、フレイアが隣でアドバイスしていた。
ベネディクトが人の姿で両性具有となるのは、複数の属性を持つからだとフレイアは断言していた。それを実証するための試みで、冷酒を手にする男衆が頑張れと無言の声援を送っている。
「何の属性だと思う? 黒田」
「俺にもさっぱり分かりません、源三郎さん」
冷酒は夕食の食前酒で、肴はあんかけ肉団子と野菜餃子。そのままご飯のおかずになりそうだが、そこは飲みながら食べながらの蓮沼家。台所でみやび達が、更なるおかずに取りかかっていた。
「大丈夫? みや坊」
「全然へっちゃらよ、ファニー。心配してくれてありがとね」
マコガレイの一夜干しを焼くみやびが、むふんと笑みをこぼした。大したものねと半ば呆れつつ、レンコンの挟み揚げを皿に並べるファフニール。
実はみやび、黄金コーティングはさすがに無理だが、キラー艦隊の全艦艇に虹色コーティングを施したのだ。万能攻撃は防げないけれど、この意義は大きい。
黄金船が粒子砲を連射できるのは、リッタースオンとリンドの竜が魔力源となっているからに他ならない。特に十四名の竜と重婚を果たしたみやびの魔力回復は、恐ろしいほど早くなっている。
対してアンドロメダ共同体は竜族を嫌い排除した、正真正銘のお馬鹿さんなのだ。スペクトラ砲を撃てる回数は宝石に蓄えた魔力分に限られており、その魔力にしたって信仰心の厚い民に強制で祈りを捧げさせ、かき集めたものであろう。
そうなると敵さんの攻撃は、物理の対艦ミサイルや宇宙魚雷が主体となる。ゲートを開いて戦線離脱する時間稼ぎには、虹色コーティングが立ち回りに充分な効果を発揮すること請け合い。
そしてみやびはこうも考えていた。
ガリアン星の民は信仰心が厚く、宝石への魔力充填には好都合であっただろう。ミサイルや魚雷を錬成して補充するにも最高の惑星だったはずで、奴らはガリアン星を奪還しに来ると彼女は睨んでいるのだ。
キラー艦隊の駆逐艦による本拠地捜索と並行し、奪還に来た敵艦隊を返り討ちにして、鼻血も出ないほど魔力と弾薬を枯渇させるのがみやびの狙いである。
共同戦線を張った場合キラー艦隊に複数の黄金魔法盾を発動するくらい、今のみやびにとってはお茶の子さいさい。
宇宙の意思はなぜ人類と共に竜族を生み出したのか、どうして竜に人の姿が採れる
「できた!」
「火属性ね、おめでとう
フレイアが微笑み、男衆がおお! と声を上げた。半信半疑だった辰江も驚きを隠せないでおり、これは
どれどれと、台所の窓から顔を出す台所チームの面々。確かに魔方陣が二つ出ているが、火属性の魔方陣が小っちゃい。フレイアの見立て通り、地属性が八に火属性が二、そんな属性比率なのだろう。
アルネ組とカエラ組、マーガレットにコーレルが、おおうと手をパチパチ叩いている。お祝いに料理を増やしましょうと、額を寄せ合う辺りが何とも微笑ましい。どうやら肉ジャガと、焼きナスの梅肉和えを追加するっぽい。
「攻撃手段のバリエーションが増えるわね、ベニー」
レンコンの挟み揚げを頬張るフレイアに、どんな風にですかと冷酒の瓶を向けるベネディクト。黒田も嫁の性能が気になるらしく、箸の動きが止まっている。
「鍛錬は必要だけど、例えば敵の足下にある土や石を溶岩に変える合わせ技とか」
みんなの箸の動きが止まってしまった。味方なら良いが、敵に回したらちょー嫌な攻撃である。それだけじゃないのよと、フレイアは人差し指を立てた。
「黒田さまは水属性、精霊化したら敵に熱湯の雨を降らせることも、水蒸気で煙幕を張ることも出来るでしょう。極め付けはそうね、樹木を急速に生長させて、炎耐性を持つツリー・ゴーレムを配下にする合わせ技かしら」
属性単体の奥義や特技は惑星イオナに文献があるけれど、合わせ技に関する資料はほぼ無い。栄養科三人組はアリスの知識を借りつつ、手探りで合わせ技を開拓してきたのだ。推定一万歳の第二婦人は、合わせ技の造詣も豊富なようである。
「それだけの才能と知識を持ちながら、どうして母星じゃ差別されたんだい? フレイア」
「ちょっと、あなた」
失礼でしょうと正三を
けれどフレイアは気にするようでもなく、こんがり焼かれたマコガレイの一夜干しをほぐし始めた。箸はまだ使いこなせないから、手とフォークを使ってだが。
「この世界には男と女しかいない、そんな固定観念に染まった惑星だったのよ。だから男女の身体的な特徴を、両方持つ私は異端扱いされたの」
竜化すれば間違いなく♀なんだけれど、それを根拠に反論しても暖簾に腕押しぬかに釘、誰も耳を貸してくれなかったとフレイアはマコガレイを頬張った。
もちろん身体的な特徴を理由に、差別してはならないという法はあったのだ。けれど両性具有は一般人にとって想定外だったらしく、法律をもってしても彼女は異端扱いされてしまったと話す。
「それちょっと酷いと思わない? 香澄」
「何だか腹が立ってくるわね、麻子」
それは日本人が性的
「それでも私の両親は、惑星高等学院にまで進学させてくれたわ。こう見えて私、首席で卒業したのよ」
合わせ技の知識は昔取った
そんな彼女にみやびは、肉野菜炒めの小皿を置いた。豚肉と野菜が余った時によく作る、ごま油とオイスターソースを利かせたみやび流の町中華。冷めても美味しいからおかずにもう一品欲しい時、活躍してくれる便利な常備菜のひとつ。
みやびは思うのだ。きっとフレイアは、世間が認めてくれないなら実力で捻じ伏せる、そんな気概があったのだろうと。
「世界的に見ると、両性具有の出生率は二千人に一人みたいよ、麻子」
「意外と多いのね、地域性とか民族性とかが関係するのかしら、香澄」
多分ねと頷く香澄に、日本はどうなんだろうと考え込む麻子。すると正三が、日本にだっているよと肉野菜炒めに箸を伸ばした。ネットが普及し始めた頃、自らの実体験を赤裸々に綴った両性具有のブロガーが何人かいたのだとか。
「問題は人間の場合、ホルモンバランスが崩れて
「治療って? お祖父ちゃん」
「外科的治療に加えてホルモン剤の投与だよ、みや。だが十代二十代の若い子に、男として生きるか女として生きるか選択を迫るってのも酷な話しだ」
それって自分を半分に引き裂いて、片方を捨てることではないかしらとみやびは眉をひそめた。医者や家族も含め、周囲は生かそうとするのだろう。けれど本人はどうなんだろうか、例え癌で早死にしようとも今の自分を愛し両性を保ちたい、そんな人だっているのではあるまいかと。
「リトマス試験紙ですね、お嬢さん」
「ちょっと源三郎さん、何の話し?」
「酸性を男、アルカリ性を女としましょう。洗剤のコマーシャルで弱酸性とか弱アルカリ性とか、よく耳にしますよね。男と女って肉体的に、オンとかオフとか、0とか1とか、デジタルで線引きできないんですよ」
源三郎が言うに完璧な酸性(男)や完璧なアルカリ性(女)はむしろ珍しく、多くは弱酸性か弱アルカリ性なんだとか。つまり男性寄りの女性、女性寄りの男性がほとんどなんだと笑う。
自分は男だ、自分は女だ。その自我によってそれぞれホルモン分泌のバランスを取り、肉体の性別を維持しているんだと。
「リトマス試験紙が反応しないど真ん中の中性で生まれる、それが両性具有なんでしょうね」
「うんうん源三郎さんの話し、何となく分かるような気がする」
「そうなんかい? 香澄」
「高位の天使や悪魔は両性具有が通説よ、麻子。私たちさ、精霊化した時に性別を意識してないと思わない?」
そう言われてみればと、顔を見合わせる蓮沼家の面々。こりゃ食事が済んだら精霊化して、蓮沼銭湯だねと話しは流れて行くのだった。
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