第628話 性転換の可能性
――ここはみやび亭アマテラス号支店。
タコバジル星の衛星軌道上にいたキラー艦隊を、故郷であるガリアン星に瞬間転移させた任侠大精霊さま。無傷でゲットした艦艇の引き渡しも滞りなく済ませ、今は提督と艦長たちも交えて宴会の真っ最中だ。
みやびは母星が安定するまでの間キラー艦隊に、従来通り食糧供給と調理を教えるメイドの派遣も継続すると確約していた。至れり尽くせりにも見えるが、やってもらいたい事があるからこその燃料投下と言える。
艦隊に光属性と闇属性が足りなければお手伝いしますと、リリム達が自ら名乗り出てくれた。よって彼女らはキラー艦隊預かりとなることが決まり、体制が整うのは思いのほか早くなりそうだ。
「左側の人達って王や帝を認めない上に信教も否定するけどさ、共産主義そのものがカルト宗教だよね、香澄」
「そうだね、麻子。僕ちゃんより偉い奴は認めない教、そして権力闘争に勝った者が独裁政治を行う。今のC国とR国が正にそれ、付き合わされる国民が哀れね」
「そうなると正しい信仰に反するカルトだから、
「どうだろう、理屈で言ったら可能って事になるけど」
中華鍋を振るう麻子と、シチューの鍋をおたまでかき混ぜる香澄が、包丁を動かすみやびに視線を向ける。それはアルネもカエラも、それぞれの嫁達も同じ。ファミリーとなった秀一たちも大精霊の御業を目の当たりにしたのだ、地球に関わる重大案件だから気になるもよう。
「どうなの? みや坊」
「効くわよ、ファニー。灰にまでなるかは分からないけど、それでも心身共に重篤なダメージを受けるでしょうね」
やっぱりと、吐息を漏らすキッチンスタッフにカウンター席の面々。
飯塚とジェシカはキラー提督のいる八番テーブルで歓談中。青い人とスフィンクスに黄緑色の子とマーメイドは、お座敷二番テーブルで順番にぺしぺしぽかぽか叩き合っている。実は物理無効の効果がまだ残っており、ふざけて遊んでいるのだ。
「地球で使いますか? みやびさん」
「それは時期尚早ね、豊っち。地球人が精霊の存在を認識して、祈りを捧げるようにならなきゃ。でないと共産主義者やカルト教団の、大量殺戮をしただけになっちゃうわ。天の川銀河の精霊たちは、そんな幕引きを認めないと思うの」
ガリアン星の民は信仰心が厚く殉教も
だから御業を使えたと、みやびは秀一たちにタコワサの小鉢を置いていく。今の地球はとにかく無信教の人口が多く、それは即ち精霊と言う名の神や仏を信じていないということ。信仰が失われたから精霊はハルマゲドンを起こすのであって、今の地球は大精霊の選民が出来る状況じゃないわとこぼす。
「みやび、僕にもタコワサちょうだい」
「ちょっとぬっしー、いつの間に。それにシャダイっちとセラぽんまで」
「ちょおおっと待て、イン・アンナの愛し子よ。セラぽんって私のことか?」
「あはは、身内ではセラフィムのこと、セラぽんで定着しちゃったのよね」
大精霊を何だと思ってるんだ。
一瞬そんな顔をしたセラフィムだけど、口から出た言葉はそこの聖獣よ生ビールを持って来いであった。大ジョッキを三人の大精霊に置いたアリスが、パーティーセット召し上がりますかと尋ねてみる。
一般採用メイドが手がけたパーティセットが、既に全テーブルへ届けられていた。チョリソーにフライドチキン、ハッシュドポテトにチキンナゲット、串揚げ各種にハムカツとエビフライで割りと豪華。もちろん食べると頷く大精霊さま達に、アリスがパーティー用大皿から小皿に取り分けてはいどうぞ。
ここから先は栄養科三人組による、中華を含む和洋折衷の何でもアリとなる。麻子がいま手がけているのはエビチリで、香澄が手がけているのはホワイトシチューから作るマカロニグラタン。そしてみやびが和風の小料理を受け持ち、タコワサは数ある小鉢のひとつ。
メイド達がくるくると立ち働き、出来上がった料理を各テーブルに運びながら、飲み物のオーダーを聞いて回っている。やっぱりみやび亭の味は最高だよなと、石黒と高田がジョッキをぶつけ合う。
「大精霊による選民を使えるようになったんだね、みやび」
「でも使い所が難しいわ、ぬっしー」
「気が短い大精霊だと、そんな面倒くさいこと考えないでハルマゲドンだけどな、みやび」
「そうなの? シャダイっち」
ぬっしーもシャダイっちも、によによしながらセラぽんをチラ見する。チョリソーを頬張りビールで流し込んだセラぽんが、何のことかしらと口をへの字に曲げた。
まあまあと、牛筋ダイコンの小鉢をことりと置くみやび。とろとろに煮込まれた牛筋と、その味が染み込んだダイコンのコラボ。
これまたビールに良く合うものをと、同じ小鉢を頂いてる秀一たちがクスクス笑っている。アリスも慣れたもので、お代わりが来る前に新しい大ジョッキをセラぽんにすすいと置いて行った。
「私も昔は二百年単位で選民を使い、人類に警告を与えてきた。それでも人は信仰心を失ってしまうのだぞ。千年王国とは言うが実際のところ、人類が精霊の存在を忘れるのに千年もかからない、だから私は選民の行使を止めたのだ」
「警告では無く、恩恵ではダメなのかしら、セラぽん」
「恩恵だと? 人類を甘やかせと言うのか、イン・アンナの愛し子よ」
「そうじゃなくて、あと私のことはみやびで良いわよ」
信仰心の厚い地域には豊穣を約束し、信仰心の薄い地域には天災を下す。それこそが信仰の根源であり、人々は豊作に感謝の祭りを催し、不作であれば祈りを捧げて来たのだ。
みやびが言うところの恩恵は、飴と鞭のようにも思える。けれど信仰を忘れさせないための方便とも言え、何でもかんでも甘やかすって訳ではない。
ぬっしーもシャダイっちも、黙ってみやびの話しに耳を傾けていた。こんなタイプの大精霊、今までいなかったなと。
「イン・アンナも面白い種子を発掘したものだ。みやびよ、そなたが主張する恩恵の使い所とその手腕、じっくり拝見させてもらうぞ」
「楽しみにしてて、セラぽん。私は私のやり方で、宇宙の意思を代弁してみせるわ」
そう笑ってみやびは、カウンターのみんなにあん肝の小鉢を並べて行った。ひとつひとつの量は少ないけれど、色んな味を楽しめるところがみやびの小料理小鉢。これも美味いなと頬を緩ませ、ビールを
「あいたたっ」
「おお、物理無効が切れたみたいね、ホムラ」
「むう、私の番で切れるなんて。つうかポリタニア、小皿で叩いたわね」
「あなただって私の時は、七味唐辛子の瓶を使ったじゃない」
それを言ったらメアドはお盆を、メライヤはトングを使っていたのだが。そしてこのおふざけは物理無効の切れるタイミングに当たった人が、自分の恥ずかしい話しや痛い話しをする約束になっていた。
「えーこほん。それでは私のカミングアウトをひとつ」
ふむふむと、思わず身を乗り出す青い人とスフィンクスにマーメイド。ヤドカリコンビのクマモとミノカは、ハッシュドポテトに夢中で話しを聞いてない。
「実は私、百合もBLも大好物なんです。……ちょっとみんな、黙ってないで何か言ってよ」
「いや、竜族はお相手に男女の区別はないからね、メライヤもそう思うでしょ?」
「見慣れてしまって、まるで意識してなかったわ、ポリタニア」
「でも男性同士の組み合わせだとどうなるのかしら、メライヤ」
「そりゃ子孫を残せない、不毛のスオンってことになるんじゃないかしら、ホムラ」
そんな話しでピーチクパーチクのお座敷二番テーブル。
別に聞き耳を立てていた訳じゃないのだけれど、彼女たちの会話はカウンター席にもキッチンにも聞こえていた。女三人寄れば
「男性の竜は、その気になれば性転換できるんだけどね、シャダイっち」
「相手を心底愛するってのが発動条件だよな、ぬっしー」
キッチンスタッフの手がピタリと止まり、ファフニールの箸からきんぴらごぼうがするりと落ちた。フレイアは知っていたらしく、一万年も経つとそんな情報も欠けてしまうのねと、あん肝を頬張りビールを
「マダイやクロダイじゃあるまいし……まさか性転換が可能だなんてね、麻子」
「でも一族を増やしたいリンド族にとってこれは朗報よ、香澄」
「でも発動条件がネックになるわね、ファニー」
「嬉しい情報だけどそこなのよね、みや坊」
話しの流れから察するにみやび達は、ガチホモ勢のスオンを容認するもよう。かつては男性同士のスオンも存在した事例が、蔵書室の資料で明らかになっている。もとより差別する理由は見当たらず、それもアリでしょって考え方だ。
可能性を完全に閉ざしてしまわないのが宇宙の意思。条件は厳しいけれど男性の竜にだって、竜族の子孫を残す道を残しているのだと三人の大精霊は話してくれた。
そもそも竜族が増えないと精霊候補も増えないわけで、それはそれで困るのだと口を揃える大精霊たち。暗黒空間に銀河を増やしていくには、人手……もとい精霊の手がまるで足りないのだと。
「そう言えば守備隊の男性リンドってさ、オネエ言葉を使う人が割りと多いわよね、麻子」
「言われてみれば確かに、遺伝子に組み込まれているのかもね、香澄」
こりゃファフニール、リンドの族長として宣言を行う必要がありそうだ。男性リンドはスオンのなり手に、同性も含まれますよと。これはエビデンス城に限らず、各地の方面守備隊に衝撃が走りそうな予感。
お座敷二番テーブルは相変わらず賑やかで、なぜか百合とBLの話しで盛り上がっている。周囲のテーブルにいる雅会メンバーがリアクションに困っており、思わず苦笑してしまう栄養科三人組であった。
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