第626話 新たなファミリー
明日は半舷上陸の交代日、夕食を頬張りながら何をしようかと、テーブル席で額を寄せ合う雅会任侠チームの面々。仕事にやり甲斐を見つけ面白さが乗ってきた所で、遊びに行ってこいと言われても何をすればいいか思い付かないのだ。
それはそれで好ましいのだが、自由な発想と想像力は遊びから得られる事も多い。キッチンで栄養科三人組が、悩め悩めとによによしていた。
「競馬場にでも行くかな」
「お前、ギャンブルするんだっけ?」
「馬は好きだけど馬券は買わねえよ、場内にある飲食店の食べ歩きさ」
ああ成る程ねと、席を同じくした三番テーブルの面々が頷き合う。競馬場の中にある飲食店や屋台には、割とリーズナブルで美味い料理を出す所が多い。
東京競馬場なら馬そば深大寺、長崎ラーメンの西海製麺所、カレーと言えばハロンボウ、この三店は外せない。カレーはCoCo壱番屋なんかも出店しているが、東京競馬場の老舗カレーと言えばハロンボウである。
意外と思われるかも知れないが、パスタ専門店のドマーニやステーキ専門店のウィンなんてお店もあったりする。もちろんスイーツ系のお店やトンカツ屋さんに、唐揚げやフライドチキンのお店と、よりどりみどりなのだ。
競馬目的ではなく、グルメのはしごをする利用客も増えているらしい。かく言うみやびも正三と徹にお願いし、何度も連れて行ってもらってるくち。父も祖父もギャンブルはしないけれど、基本的に食べ歩きは好きな蓮沼家である。
「俺はオートキャンプ場に行こうと思ってる」
「キャンプ場に? 何でまた」
「せっかくお嬢さんがテントの設営やバーベキューを教えてくれたんだ、実践してみたいんだよ」
「いいなそれ、俺も入れてくれよ」
「いいぜ、キャンプは人数が多いほど楽しいしな」
こちら五番テーブルでは、キャンプの話しで盛り上がり始めた。
何やかんや言って任侠チーム、ひと夏のバカンスを過ごす計画は徐々に練り上がっているもよう。その調子よと栄養科三人組が、むふんと笑いながら手を動かす。
本日の夕食は焼き肉三昧で、欲しいお肉を注文し自ら焼くスタイルだ。タレはみやび特製の醤油ベースと、麻子特製の焙煎ニンニク、付けて焼いて焼いて付けて。こうなるともう、ビールもご飯も止まらなくなるわけで。
キムチやナムルを含むサラダバーと、フルーツバーも用意され取り放題だ。はいそこの青い人とスフィンクス、黄緑色の子とマーメイドも、フルーツバーで立ち食いしない。
「香澄さん、エアリスさん、食事が終ったらお話ししたいことがあるのだけど」
カウンター席で肉を焼く彩花が、ふふっと微笑みハラミを口へ運ぶ。ついに来たかと、カキンと固まる香澄組。変な策を
だが腹は決まっているのでいいわよと頷き、追加のミノを置く香澄。タンと上カルビもどうかしらと、お勧めするのも忘れないところはさすが。
「みやびーみやびー、Tボーンとは何なのだ?」
「サーロインとヒレを両方楽しめる骨付き肉よ、メアド。焼くのに技術が要るから、こちらで焼いて出す形になるけど」
「食べてみたいのだー、焼いて欲しいのだー」
便乗してメライヤにホムラと、ポリタニアからも注文が入る。脂身を含むサーロインと赤身肉のヒレでは焼き加減が異なるため、料理人の焼く腕前が問われるTボーンステーキ。だがそこはみやび、割烹かわせみで培った焼きの技術は伊達じゃない。
「成る程、こうして食べ比べると、サーロインとヒレでは味わいがまるで違うのだな、みやび殿」
「同じ牛でも部位によって違うのよね、メライヤ領事。どっちも美味しさに甲乙付けがたいでしょ」
うんうんと頷き頬張るメライヤに、むふんと目を細める任侠大精霊さま。スフィンクスに黄緑色の子とマーメイドも、これは意外な発見ともりもり頬張る。
ちなみにヤドカリコンビのクマモとミノカは、何故かチーズチヂミと揚げタコ焼きに夢中。まあ雑食性だからね、肉より粉物が気に入ったっぽい。
そして翌日、リンドの眠りから目覚めた豊と入れ替わるようにして、今度は彩花がクースカピー。話し合いは円満に進んだようで、香澄もエアリスもさっぱりとした表情で儀式に挑んでいた。
「お前たち、どこの国の人だよ」
「いやあ、ずっと浜辺にいたからな、高田」
「そうそう、石黒さんとずっと海にいたんですよ飯塚さん」
肌が真っ黒になった石黒と高田に呆れる飯塚だが、二人の唇や目の周囲が腫れているのを彼は見逃さなかった。どう見てもゴロマキをした
「お前ら、何があったか正直に話せ」
飯塚に問われ、しぶしぶ口を開いた石黒と高田。
二人が言うには地元の商店会が運営する海の家へ、ショバ代を払えとチンピラがやって来たのだとか。もちろん任侠の世界では商店会にたかるなんて外道のやること、ふざけんなと喧嘩になったらしい。
「石黒さん、相手の組は確認したのかしら」
「浜辺組って言ってました、お嬢さん」
みやびから念入りウエハースを受け取った石黒が、痛そうな顔でウエハースをポリポリ頬張る。口の中が切れているのだろう、それは高田も同じで本当に痛そうだ。
「桐島組長、浜辺組って知ってるかしら」
『関西から進出してきた新興の暴力団ですね、お嬢さん。何かあったんですかい?』
「潰すわよ、兵隊を集めて」
通信でみやびから詳細を聞いた桐島組長、そりゃお仕置きが必要ですねと鼻息が荒い。続けて早苗にも回線を開き、公認出入りを取り付けた任侠大精霊さま。兵隊に物理無効の祝福をかけてくるわと、その場からすっと消えていなくなった。
「お嬢さんって、こうと決めたら動くの早いですね、飯塚さん」
「出来上がった料理が冷めないうちに、そんな感覚だと思うぜ、石黒」
それでこそ総長ですねと、高田がやっと念入りウエハースを飲み込んだ。出来れば自分も出入りに参加したかったと笑い、機会はアンドロメダでいくらでもあるさと口角を上げる飯塚と石黒である。
蓮沼には手を出すな、この不文律を破ったらどうなるか、みやびは関西系暴力団へ知らしめる事となる。要求は組の解散ただ一点のみ、これで関東から外道組織がひとつ消え失せる訳だ。好き勝手はさせないわよというみやびの強い意志が、雅会メンバーを奮い立たせ理想郷への
「彩花さんが?」
「本当ですか、香澄さん」
「嘘ついてどうするのよ、美櫻さん、秀一さん。彩花さんは私のファミリーになったの、今後ともよろしくね」
豊は半舷上陸で東京へ行ったから、この話しは香澄本人から聞かされる事になった秀一と美櫻。祭壇の囲炉裏テーブルを囲み、二人の反応を伺う首脳陣たち。ジェシカが彩花は正攻法で行ったんだと、感心しきりであった。
テーブルの上にはジェシカが飯塚と買ってきた、ノイハウスのチョコレートが鎮座している。ベルギーチョコレートと言えばゴディバが有名だけれど、甘党で酒飲みの飯塚はノイハウスの方が好きらしい。スイス出身の薬剤師が服用しやすくするため、薬をチョコレートで包んだのがノイハウスの始まりだったんだとか。
「さすがベルギー王室御用達、カプリスはノイハウス独自のチョコよね、みや坊」
「カプリスもいいけど、プラリネやガナッシュも捨てがたいわ、麻子。香澄はどれがお好み?」
「コルネとマノンが可愛くて私は好きだな」
三人が何の話しをしているのかチンプンカンプンだけど、このチョコは確かに美味しいと嫁たちも大絶賛。買ってきた甲斐があったねと、ジェシカも飯塚も頬を緩ませている。
「あの、俺もアルネさんとローレルさんにお話ししたいことが」
「私も麻子さんとレアムールさんにご相談があります」
「それは夕食の後に、それぞれの部屋でゆっくりとね、美櫻さん、秀一さん」
何の話しか分かっているのだが、第三者が一緒に聞いて良い内容とは言えない。そこんとこはきっちり線を引くみやびに、そうですねと頷く首脳陣たち。
さて夕飯の準備に入りますかと、席を立つ栄養科三人組と嫁たちにアルネ組とカエラ組。今夜は昨夜と打って変わって、寿司三昧と相成ったみやび亭。酢飯も含め一般採用メイドが、既に仕込みを終えているはず。
「寿司種は全部、惑星イオナ産かしら? みや坊」
「ううん、築地で仕入れたのと、ミックスナッツ星のもあるわよ、ファニー」
「これは本格的な江戸前寿司になりそうね、香澄」
「腕が鳴るわね、麻子」
そうは言っても栄養科三人組が握るシャリは、割烹かわせみの華板によると八十点らしい。及第点ではあるけれど、匠の技を極めるには更なる精進が必要。それだけ酢飯を握る行為は熟練度がものを言う、奥が深い領域なのだ。
「石黒さん、高田さん、口の中は大丈夫? サビ抜きにしようか」
「いえ、傷はもう塞がりました、お嬢さん。サビ入りでいいよな、高田」
「そうっすね、石黒さん。やっぱ握り寿司はワサビが間に入ってないと」
気になったので二人をカウンター席に呼んだみやびだが、どうやら要らぬ心配だったらしい。顔の腫れも引いているし、ならばどうぞとマグロの三種握りを寿司下駄に並べて行く。クロマグロの大トロ、中トロ、赤身の三貫で、もちろんガリをちょんと乗せるのも忘れない。
本来ならば白身魚から始めるものなんだが、二人の目がキッチンにでんと置かれたクロマグロに釘付けとなっちゃった訳で。
バカンス中の砂浜とは言え任侠の何たるかを忘れなかった、石黒と高田がみやびは可愛くてしょうがない。次は希少部位のスナズリに脳天よと、大サービスの任侠大精霊さまであった。
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