第623話 聖獣から聖女に

 ――ここはアマテラス号の船長室。


 みやびとファフニール、そしてフレイアとアリスが、丸いちゃぶ台を囲み家族会議の真っ最中。寝室はベッドなんだけど、居間がちゃぶ台と茶箪笥ちゃだんすなのは完全にファフニールの趣味。彼女に言わせるとこのちゃぶ台は、腰を落ち着けてじっくり話せる円卓なんだそうな。


「儀式はやっぱりビュカレストの大聖堂? みや坊」

「いやあ、ジェラルド大司教もアリーシャ司教も固まっちゃうんじゃないかな、ファニー」


 重婚ならまだしも、儀式の対象となるのは聖獣である。

 大聖堂の祭壇には六聖獣の像が鎮座しているわけで、恐れ多いと辞退される可能性が大きい。かと言って法王さまやアーネスト枢機卿にお願いしても、結果は同じような気がする。儀式を執り行ってくれる進行役がいないわねと、頭を抱えるみやびとファフニール。


 フレイアは聖獣と血の交換ができるなんて光栄って考え方。ファフニールにしてみればアリスは、もはや娘も同然の可愛い存在。なので愛憎ドロドロの修羅場にはならず、さくっと儀式はどこでしましょうかと話しは進んでいた。


「お言葉ですがみやびさま、ファフニールさま、船の祭壇も神聖な領域なのですよ」


 フレイアが温故知新と書かれた湯呑みを両手で包み、アリスが煎れてくれたぬるめの緑茶を啜った。フレイアに専用湯呑みを用意したのはアリスなんだが、彼女はどこからこんなアイテムを仕入れてくるのやら。まあ一万歳の竜には相応しい湯呑みと言えるし、ご本人も気に入ってるみたいだけど。


「つまり船の祭壇で儀式を? フレイ」

「何の問題も無いと思いますわ、みやびさま」


 確かに船の魔力を蓄えておくため宝石を埋め込んだ、六聖獣の像が祭壇にも祀られている。そんな神聖な部屋にみやびは、囲炉裏テーブルと座布団を置いちゃってるわけなんだが。

 ならば進行役はみやびで、立会人は付き合いが長い麻子と香澄にお願いしようと、すすいと話しはまとまった訳で。


 よろしくお願いしますと正座のまま、床に三つ指を突き頭を垂れるアリス。漢と書かれた湯呑みを手にするみやびと、魚漢字が並ぶ湯呑みを手にしたファフニールが、初々しいわねと目を細めた。


 床に三つ指を突くのは人差し指・中指・薬指。これは身近な人に対して行う丁寧な礼であり、誰にでもってわけじゃない。昭和以前だと夫の帰りを出迎える、妻の仕草がそうであった。

 床に手のひらを当てるのがいらっしゃいませで、割烹かわせみで働く仲居さん達はこのスタイル。冗談で土下座とよく言われるのは、ここから更に頭を床まで下げるポーズのこと。本来は主君や天皇、神仏に対して行う礼となる。


 みやびは茶道の心得もあり、アリスは彼女をずっと見て来た。正三や徹に感謝の気持ちを表す時は、ありがとうと正座で三つ指を突く。

 古くさい慣習ではあるけれど、体と言葉と心が伴う所作である。アリスも見ていて清々しいなと、みやびを見習ったのであろう。これを身口意しんくいと言い、合致していない者ほど人の道を外れやすい。口では調子の良いこと言いながら、胸の内は増悪が渦巻く醜さ。任侠たちは純粋であるがゆえ、それを心のまなこで見抜くのだ。

 

「この年で仲人なこうどになるとは思わなかったね、香澄」

「でも嬉しい大役だわ、麻子」


 アリスはちゃぶ台でファフニールとフレイアの血を口にしたけれど、そもそも精霊問答が必要ない存在である。なので早速祭壇で、儀式を執り行う事となった訳だ。多分儀式で、スオンの眠りに就く事もないのだろう。

 スオンの絆を結んだ数だけ、アリスは魔力の供給元が増えるとイン・アンナは話していた。属性強化でますます手が付けられない聖獣になるのは、ほぼ確定である。


 アリスが六属性の魔方陣を、ファフニールが水属性の魔方陣を、フレイアが光と闇の魔方陣を展開する。これはすごいと参列した、秀一たちに飯塚組と、アルネ組にカエラ組が目を見張った。


 みやびが口にする宣誓文を三人が復唱し、それぞれが誓いの言葉を交わす。魔方陣が重なり合い頭上にまで上昇し、指輪へと形を変えた。ファフニール側の指輪を麻子が、フレイア側の指輪を香澄が、それぞれキャッチする。


「アウト・ロウともスオンになったら、みや坊もアリスも左手薬指が指輪だらけにならない? 麻子」

「うんにゃ、卵化すると融合して一個になるそうよ、香澄。みや坊の指輪見てみ」

「あ、ホントだ、ひとつになってる」


 指輪の交換をする三人を眺めながら、成る程ねと頷き合う麻子と香澄。だが二人とその嫁は、美櫻と彩花の視線に気付いてない。それを一歩引いた所から眺めているジェシカが、無茶なことしなきゃいいけどと苦笑している。


「はい、それではアリス、ファニーとフレイと、愛の口づけを」

「はい、お姉ちゃん」


 こうして儀式は無事終了し、夜のみやび亭アマテラス号支店。


「石黒さん、どうして今夜は赤飯なんでしょうかね」

「俺に聞くなよ高田、何か目出度いことがあったんだろ」


 赤飯にゴマ塩を振り、頬張る石黒と高田のコンビ。

 しかも赤飯だけじゃなく、ハレの日に出て来るような縁起の良いお料理ばかりなのだ。鯛のお頭付き、小鉢のすき焼き、アワビの柔らか煮、ハマグリのお吸い物、ニンジンと大根を使った紅白なます。

 普段のみやび亭では出て来ないものだけど、美味しいからわしわし頬張る雅会任侠チーム。アンドロメダチームとエピフォン号チームは、そんなの知らないから目を細めてひょいぱく口に入れている。


 そしてアリスはと言えば仕事しなくていいからとお盆を取り上げられ、ファフニールとフレイアに挟まれる形でカウンター席にちょんこんんと座っていた。


「アリスはさ、田舎料理が好きなのよね」


 そう言って任侠大精霊さまが、アリスの前に山海漬けをことりと置いた。新潟県の郷土料理で、ワサビを利かせた酒粕のお漬物。材料はダイコンに数の子がデフォルトだけど、家庭独自のレシピが色々とある。

 ぱっと顔を輝かせたアリスが、鯛のお頭付きよりも先に山海漬けへ箸を伸ばした。私にもちょうだいとファフニールが、自分も食べてみたいわとフレイアが、揃ってみやびにリクエスト。


「あら美味しい、こんな料理もあるのですね、みやびさま」

「漬けるのが上手ね、みや坊」


 竜族だからワサビは辛みではなく旨み、絶賛する嫁二人にてへっと頭へ手をやる任侠大精霊さま。そこでファフニールが箸を置き、ねえフレイアと話しかけた。私とみやびのことを、さま付けで呼ぶのはもうやめたらと。


「いいの、かしら」

「いいのよフレイア。私たちは家族なんだから、他人行儀な呼び方はよしましょう。アリスもね」


 いい雰囲気だねと麻子が、そうだねと香澄が、菜箸を動かして料理を小鉢に盛っている。アルネ組とカエラ組も手を動かしつつ、頬を緩めていた。


 そしてみやび亭の閉店後。お風呂上がりのみやびファミリーは、船長室のベッドで卵化していた。もちろんアリスも取り込んで融合したわけだから、平たく言えば4Pである。


「アリスの弱い所ってどこかしら、みや坊」

「麻子や香澄にくすぐられても、平然としてるから謎なのよね、ファニー」

「あの、お姉ちゃん、ファニー・マザー」

「私はこの辺だと思うわよ、みやび、ファフニール」

「あひゃ、そこはダメですっ、フレイア」


 ああここなのねと、三人から集中攻撃を受けてしまうアリス。卵からあーれーという声が、聞こえたような聞こえなかったような。そんなこんなで夜は更けて行くのであった。


 翌朝、朝食で賑わう甲板で麻子と香澄が、アリスをしげしげと見る。

 急に背が伸びたわよねと麻子が、でもみや坊に擬態するから胸の膨らみは変わらないわねと香澄が。あんたらはと、キッチンから半眼を向ける任侠大精霊さま。


 今朝はメバルの塩焼きにナス炒り、昆布巻きに白菜キムチ。お味噌汁は石蓴あおさで希望する人には納豆と生卵もある。

 石黒と高田がTKG卵かけご飯でいくぞと、生卵を手にしていた。先だってのドンパチで、鶏が卵を産まなくなってしまったのだ。それがようやく回復し、船員へ提供できるようになった次第。鶏だって生き物、びっくりすれば産卵に影響が出てしまう。


「それで、昨夜は楽しかったの?」

「言わないとダメなのでしょうか、香澄さま」

「うひひ、教えてよアリス」

「麻子さままで」


 二人に迫られ初めての絶頂を思い出したのか、ここでアリスの無差別祝福が発動してしまう。甲板に六属性の光の粒が降り注ぎ、船員たちに体力と筋力増強効果が付与されちゃった。重いお盆を運んでいた一般採用メイドが、はい? と目を点にしている。

 これにはファフニールとフレイアも驚きを隠せず、みやびもあらまあと包丁の手を止める。もはや聖獣じゃなくて聖女だねと、頷き合う栄養科三人組と嫁たちだった

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