第621話 豊っち

 ――ここはアマテラス号、朝のみやび亭支店。


 甲板に出てすぐの二番砲塔にでっかい張り紙があって、子門豊は一週間のお休み、午前中は亜空間倉庫でエピフォン号の改装と記されている。


 列に並びながら何かあったのと問う秀一と美櫻に、さあと首を傾げる彩花。そんな三人が持つトレーに、アルネとローレルがおかずの入った皿や小鉢を置いて行く。アルネ組はみやびから話しを聞いているから、ちょいと動揺しており不自然な作り笑顔になっている。


 本日の朝定食は牛皿に温泉卵とほうれん草のお浸し、ひじきの煮物に味付け海苔。そしてトマトのお味噌汁にきゅうりの浅漬けと、もちろんご飯はお代わり自由で大盛りもどんと来い。意外と思われるかもしれないが、トマトとお味噌汁は割りと相性が良いのである。


 賑わいを見せる中、ここは二番砲塔の真横にあるお座敷席。

 栄養科三人組とそれぞれの嫁に、カエラとティーナが額を寄せ合っていた。もちろん嫁にはフレイアも含まれている。


「私も豊っちと呼んでいいことになるのかしら? ティーナ」

「うう、カエラのいじわるぅ」


 カエラからすれば豊は嫁の夫になるわけで、何だかややこしい。彼は精霊問答をクリアして生還を果たし、今は自室でリンドの眠りに就いている。

 守護精霊が認めた以上、ティーナは豊とスオンの誓いをするのが定め。ジェラルド大司教、アリーシャ司教、突然すみませんと、平謝りの栄養科三人組に嫁たちであったが。


「融合すればカエラは、豊が持つ光属性の力を使えるわ。彼を受け入れる事が出来るなら、有能な子孫を残したいなら、嫉妬心は捨てるべきよ」


 牛皿を頬張るフレイアが、カエラの気持ちを引き出そうと語りかける。シェアハウスでもそうであったが、第二婦人は思いのほか細やかな配慮をする。

 一万年も船員たちを従えてきたのだから、人心掌握には長けているのだろう。なお彼女が嫁となった時点で、エピフォン号の船員たちも任侠大精霊さまの配下である。


 箸を持ったままカエラは考える。

 ティーナに惹かれなければ、スオンにならなければ、自分はカイル君と普通に結婚していた可能性だってある。人の縁とは不思議なものだなと、箸を動かしひじきの煮物を頬張り飲み込んだ。


「これもきっと何かの縁だよね。仮が取れて正式なスオンになったら、三人で卵になろっか、ティーナ」

「カエラぁ」


 感極まってカエラにしがみつくティーナに、目を細める栄養科三人組と嫁たち。そこへ飯塚とジェシカがトレーを手に、何かあったんですかとやって来た。スオンのカップルであれば話しても構わないかと頷き合い、二人をお座敷に迎え入れる首脳陣。


 そんな事があったんだと白米を頬張る飯塚に、トマトの味噌汁をすするジェシカ。みやびという前例が出来たせいか、二人とも特に驚きはせず朝定食を口に運ぶ。


「カウンターの端っこから眺めていると、割りと見えて来るのよね、みやびさま」

「それってどういう意味? ジェシカ領事」

「秀一の視線はローレルによく向けられているわ。美櫻はレアムールを、彩花はエアリスを目で追ってる」


 カキンと固まる麻子組と香澄組、これまたややこしくなりそう。いやアルネはどうなんだろうと、そっちも心配である。アンドロメダ銀河を目前にして、アマテラス号に内紛……もとい甘酸っぱい花粉が舞いそうな雰囲気だ。


「周囲が慌てたって成るようにしかならないわ。私たちは何もせず、ただ見守るしかないのよ」


 そう言ってフレイアは味付け海苔を手で摘まみ、お醤油にちょんとつけてパリパリ頬張る。彼女がお箸を使えるようになるまで、もうちょい時間がかかりそうだ。


「美櫻さんを受け入れられそう? 麻子。彩花さんを受け入れられそう? 香澄」


 みやびに問われ、顔を見合わせるお二人さん。レアムールとエアリスの箸を動かす手がピタリと止まり、それぞれが愛妻の言葉を待っている。


「うちの嫁が好かれてるってことだもんね、香澄」

「受け入れる甲斐性があってこその精霊なんだよね、麻子」

「美櫻さん、私のオヤジトークに付いてこれるかしら」

「そこなんかいっ、麻子」

「いやいやこれは重要なポイントでござるよ、香澄殿」


 箸でキンキン打ち合う麻子と香澄、どうやらこの二人は大丈夫っぽい。

 愛妻のレアムールとエアリスが、何やらもじもじしている。アリスがリッタースオンのセルフ卵化を教えたから、昨夜きっと良いことがあったんだろう。


 カエラ組の重婚はいずれ公表しなければならない。その時に秀一と美櫻に彩花がどう反応するのか、そこは注視する必要があるねと頷き合うお座敷テーブルであった。


 ――そして朝食後の亜空間倉庫。


 エピフォン号は改装と言うよりも、近代化改修の方向でと話しはまとまっていた。船の原型はそのままにが、みやびたっての希望だったりする。正三が持っている某漫画のC・ハーロックとか、Q・エメラルダスが頭の中にあるようで。


「確かに宇宙を航行する帆船って、ロマンがあるわよね、香澄」

「恒星が出すプラズマ粒子を帆で拾ってるのかぁ、真戸川センセイが見たら泣いて喜びそうね、麻子」


 精霊化した栄養科三人組が、みやびと手を繋ぎそれぞれ魔方陣を展開する。みやびは精霊化すると手をいっぱい出せるが、フレイアを取り込んで更に増えたもよう。背中にある十二枚の翼も、光と闇を強化した影響か純白から銀白色に輝いている。


「お風呂とトイレは女性専用と男女共用でいいのね、みや坊」

「そうそう、粒子砲の砲門も単装砲で一個付けるよ、麻子」

「仮死状態に使ってたシールドケースはどうする? みや坊」

「取っ払って囲炉裏テーブルにしちゃおう、香澄」


 よっしゃでは始めますかと、頷き合う栄養科三人組。みやびの中で囲炉裏テーブルって何ですかと疑問を抱くフレイアに、それはねとファフニールが教えている。

 エピフォン号が光に包まれ、折れたマストは復元され、燦然さんぜんと輝く黄金船の出来上がり。フレイアとも融合したことでみやびの魔力が増大しており、これが重婚で得られる効果なんだと麻子も香澄も思い知る。


「船をゼロから作るなら、まだカルディナ陛下の力を借りなきゃだけどね、麻子」

「修理や改修だったら、もう私たちでいけそうね、香澄」


 エピフォン号を再びイラコ号に連結し、暗黒空間の座標に戻るアマテラス号。もうアンドロメダとは目と鼻の先、悪しき精霊信仰とのドンパチは覚悟の上だ。そのためにエピフォン号を、粒子砲付きで近代化改修したのだから。


 フレイアからエピフォン号の航路データはもらっているため、宇宙の中心まで一足飛びは可能。だが惑星間鉄道を開業するのに、アンドロメダ銀河は重要なターミナルとなる。ゆえに見限られた精霊たちにより、ハルマゲドンで銀河を消滅させられては困るのだ。

 何としてでも悪しき精霊信仰の、アンドロメダ共同体とやらをみやび達はぶっ叩こうとしている。地球と同じように延長ではなく、破壊そのものを撤回してもらうために。


 ――そしてお昼となり、甲板は腹ペコ達で大盛況。


 青椒肉絲チンジャオロースーと黒酢酢豚の二種盛りで、雅会任侠チームが大喜び。黒酢酢豚とは豚肉以外の具材を使わない酢豚で、黒酢が良い仕事をしてておつな味。


 リリム筆頭のアンドロメダチームも、エピフォン号の船員チームも、これは美味しいと舌鼓を打ちご飯が止まらない。

 うっひょっひょと中華鍋を振るう、麻子の本領発揮といったところか。これがなきゃ深窓の令嬢なんだけどねと、くぷぷと笑う香澄が杏仁豆腐を小鉢によそっていく。


「大食い番組ってあるじゃない、香澄」

「あるねぇ麻子、五キロとかよく食べられるものだわ」

「批判もあるけど私としては……」

「私としては?」

「摂食障害の人がさ、美味しそうだな、食べたいなって気持ちになる構成なら、私はアリだと思う。大食いの番組って、そんな効果もあるのよ」

「そのセリフ、てんこ盛りマシューに聞かせてあげたいわね」


 そうそうと中華鍋を振るう麻子に、ふふんとオタマを動かす香澄。

 摂食障害、つまりご飯が食べられない病気で他界した著名人はいっぱいいる。安全を確保した上での食え食え食え、そんな大食い番組ならあっても良いでしょうと、二人は笑みを浮かべながら手を動かす。


 賑わう甲板でお盆を手にふよふよ浮きながら、腹ペコ達のご飯お代わりに応じるアリス。そんな彼女にサラダチキンを手がけるみやびが、思念で話しかけた。

 みやびのサラダチキンは鶏むね肉に下味を付け、半日ほど寝かし蒸らし煮してふっくら加熱するやり方。胡麻だれが罪な味なんだな、これがまた。


『ねえアリス』

『何でしょう、お姉ちゃん』


 思念を使ったならば二人だけのナイショ話しであり、ファフニールにもフレイアにも秘密の会話となる。いつもあっけらかんのみやびが使った以上、重大な話しに違いないとアリスは構える。


『ファニーと血の交換をしなさい』

『……はい? お姉ちゃんいまなんて』

『そしたら私たち、本当の家族になれるんじゃないかな』


 六属性が合体した聖獣の手から、お盆が落ちて船首に向かいカランカランと転がっていく。ご飯お代わりの声が今のアリスには届かない。彼女は喧噪の中に、呆然と佇むのであった。

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