第620話 アウト・ロウとの対話
アウト・ロウが住むシェアハウスは、廃業した宿屋をみやびが買い取った物件。蓮沼組任侠チームが改装を行い、それぞれの自室に加え個々のアトリエや防音室も備えた住居だ。
一階は帳場をぶち抜いてダイニングキッチンとしており、アルネ組とカエラ組が腕を振るっていた。とは言っても作っているのは中華まんで、蒸し器から湯気がむんむん立ち昇っている。
食事を提供している一般採用メイドによるとアウト・ロウは、創作活動に没頭する間は手で摘まめるサンドイッチや中華まんを好むんだそうな。
放っておけば創作に夢中となり、食事も疎かになる連中である。みやびに雇われ通っているメイドの皆さんも、食事には色々と気を使っているらしい。
「私たちに子種を下さるのですか? ラングリーフィン」
「ちょっとドーリス、直球すぎ」
「でもジーナ、
カレーまんを頬張るドーリスに、ピザまんを頬張るジーナがまったくもうと口をへの字に曲げた。スオンなんてすっかり諦めていたアウト・ロウにしてみれば、降って湧いたような話しではある。けれどそこは竜族の端くれ、子孫を残したいって気持ちは持ち合わせているのだ。
ダイニングキッチンで中華まんを頬張る十二人と、向き合うみやびにファフニールとフレイア。血の交換をすれば女性リンドは子供を授かるし、男性リンドの場合は共通の子供となるが、みやびに卵を産んでもらえる。
もちろん悪い話しではないのだけれど、アウト・ロウになったという引け目がどうしても出てしまう。リンド族のくびきから外れたという、手放しで喜べない心の足かせがあるのだ。
「強制じゃないのよ、あなた達が望むなら、スオンの道を開くとみやびは提案しているわけ」
「あの、フュルスティンはそれを認めるのですか?」
「認めたからこそ私は今ここにいるのよ、カレン」
押し黙る十二人のリンド達に、ちょっと聞いてとフレイアが口を開いた。推定一万歳の竜が、彼ら彼女らをぐるっと見渡す。
「芸事に心血を注ぐのは立派なことよ、でも幸せってそれだけじゃないの。子供を設けて育てる、それこそ自らを鼓舞する生き甲斐になるはずだわ。竜族がスオンを持たないまま墓場に行くなんて、それで一生を終えるなんて、寂しいと思わない?」
心の深い所へ刺さる一矢に、アウト・ロウ達は息を呑む。そこへあなた達も幸せになっていいのよと、フレイアは一気に畳みかけた。これは正妻であるファフニールが統括しなくても、みんなを一万歳の竜がまとめてくれそうだ。
「今すぐって訳じゃないの、よく考えてね。私は自分の意思でパトロンになったんだから、負担に思わないで欲しいな。オルファ、大丈夫?」
「は、はいラングリーフィン、ちょっと気が動転してて」
売れない恋愛小説家に、優しく微笑む任侠大精霊さま。
東・西・南シルバニア領の領主であり、今更お妾さんを十人や二十人抱えたところで、経済力はばっちこいの侯国宰相である。しかも血の交換をすればみやびの配下となるわけで、アウト・ロウは貴族への復権を果たすことにもなる。
返事は一週間後とし、みやび達はシェアハウスを出て行った。残された十二人は大皿にでんと盛られた中華まんを頬張りながら、それぞれがそれぞれの思いを抱えて将来を考える。スオンにならなかった自分と、スオンになった自分を。
そこへ玄関扉のベルがチリンチリンと鳴り、やって来たのは羊飼いのヘットとラメドであった。もちろん牧羊犬のチャリオットも一緒で、オンとひと吠えご挨拶。
二人はヨハン君の配下だからマントの色は
「みなさん、悩む必要があるのですか?」
「簡単に言ってくれるわね、ラメド」
「目の前にぶら下がっているニンジンに、
あたしらは馬かいなと
ヘットが差し入れに持ってきたチェダーチーズを、おつまみ用に切りながらそうですよと頷く。その足下ではチャリオットが、ピザまんをわふわふ頬張り尻尾のぐるぐるが止まらない。
「ヨハンさまが認めてくれるなら、私はレベッカさまと血の交換をしたいと思っています。兄さんはどうかしら?」
「そうだねラメド、僕もレベッカさまがいいな」
兄妹の爆弾発言に、お地蔵さんと化す十二人のアウト・ロウ。
だが実現すればヨハン君は精霊化で、ヘットともラメドとも融合できる事になる。属性と魔力が強化されるわけで、大いに悩み人生相談となりそうな予感。
だがこれはヨハン組に限った話しではなく、精霊化を果たした全員に当てはまるのだ。流石に全属性はないが多属性の子孫を残す、可能性を未来に繋げる布石みたいなもの。
「ラングリーフィンはけして悪いようにはしないお方、みなさんも幸せになってよろしいのではありませんか?」
フレイアと同じ事を言うラメドに、アウト・ロウの面々も腹は決まったもよう。床でチャリオットが、ピザまんもっとちょうだいと尻尾を振っていた。
――そしてここはアマテラス号の船長室。
まあ船長室という名の、みやびとファフニールの部屋なんだけれども。そこへフレイアが招かれており、みやびが隣に座ってとベッドをぱふぱふ叩く。ファフニールとフレイアでみやびを挟む形だが、三人とも素っ裸である。
アリスが言うに精霊化でフレイアを取り込むには、三人でいっぺん卵化しなきゃいけないらしい。一度でも精霊化したカップルは新月満月に関わらず、リッタースオンの意思で出来るんだとか。
つまり3Pをしろってことで、それじゃアウト・ロウとスオンになったら15Pなのと驚愕したみやび。さすがにそれじゃお姉ちゃんとファニー・マザーの体が持たないから、ひとりずつ順番にしたらとアリスは言ってくれやがりました。
「分かった、フレイの弱い所ってここだ」
「にゃはっ、ちょっ、みやびさま」
「ここも弱いみたいよ、みや坊」
「ちょちょ、ファフニールさま、そこダメ」
融合して卵化し、フレイアを何度も絶頂に導くみやびとファフニール。アリスがふよふよ浮きながら、その調子ですと卵を撫でるのであった。
そして翌朝、洗面で歯磨きをするフレイア。そこへ豊がやってきて、あれ? と声をあげた。そのリアクションに口をゆすいだフレイアが、どうかしたのと首を捻る。
「お肌がツヤツヤですね、何か始めたんですか」
「いえ、特に何も」
「そうですか、ここの食事が効いてるのかな」
歯を磨き始めた豊の指摘に、改めて鏡を見るフレイア。
長い航海と仮死状態で、お肌の調子はお世辞にも良かったとは言えない。卵化の影響だと自覚し、昨夜の事をつい思い出してしまう。お腹の下の方が熱を持ち始め、振り払うようにフェイスタオルで顔を拭くフレイアである。
そんなフレイアが洗面を出て行ったあと、今度はティーナがやって来た。お話しがありますと、豊の腕を引っ張り隣のリネン室へ。
リネン室とはシーツやタオルなどの寝具や、洗面用具などを収納しておく部屋のこと。けっこう広いのでテーブルセットもあり、メイド達の休憩場所にもなっていた。
「豊さまは彩花さまの事を、どう思っていらっしゃるのでしょう」
「尊敬できる女性だし、操船ではいい相棒だと思ってるよ、ティーナ」
「そうではなくて、伴侶としてです」
眉間に皺を寄せ唇を尖らせたティーナだけれど、やっと二人きりになれたと豊に抱き締められてしまった。理解が追い付かず、目が点になってしまう歩くスピーカー。
「俺が好きなのはティーナなんだ」
「ちょちょ、私にはカエラが」
「みやびさんが重婚の前例を作った、地球でも系外惑星法で認められる。俺と血の交換をしてくれないか」
リンドの腕力を持ってすれば、豊を吹っ飛ばすことなんて造作もない。だがティーナは出来なかった、そして豊に小指を噛まれてしまったのだ。
「ミイラ取りがミイラになるって、こういうことかしらね? 麻子」
「ちょっと意味が違うような気がするよ、香澄。何か画策してたのは知ってたけど、恋愛アンテナの感度を上げなきゃね、ティーナ」
しょんぼりしているティーナの頭を、麻子が優しく撫でた。ここにいるのは栄養科三人組とそのパートナーだけ、カエラと面談する必要があるわねと頷き合う。
「精霊問答をクリアできなかったら灰になるのよね、みや坊」
「本当に好きだったら、精霊は悪いようにしないわ、ファニー」
豊が目覚めたらビュカレストの大聖堂へ、灰になったら悲しいが葬儀の準備だ。それが確定するまで、船の乗組員には伝える事ができない。
床に倒れている豊を、ティーナが拳を振り上げ叩きだした。帰って来て、私の血を勝手に口にした責任を取ってと。
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