第618話 第二夫人もとい婦人の誕生

「つまりお嬢さんはあれだ、光と闇に地水火風の六属性を養う、カラフルなテントウムシの女王さまになるわけですね」

「テントウムシ言わないでよ源三郎さん!」


 ぷぅと頬を膨らませるみやびだが、実際にはその通りなので反論できない。契りを結んだリンドの女性は髪が属性の色に染まるんだから、そりゃ何人も連れて歩けばカラフルだろう。

 しかしこの話しはそこで留まらず、麻子と香澄が私たちも卵を産むんだと、すっかり放心状態になっている。ここに妙子さんとアグネスがいたら、果たしてどんな顔をするのだろうか。 

 ミスチアとエミリーだって、スミレにパウラとナディアだってそうだ。普通の出産ではなく竜となる、卵を産むことになるんだから。


「でもアルネが卵を産んでくれたら、私は嬉しいのですぅ」

「もう、ローレルってば」

「私もカエラが産卵するって思うと、胸がキュンキュンしちゃう」

「でもイマイチ実感が湧かないのよね、ティーナ」


 そんなアルネ組とカエラ組に、あっけなくポンと出るわよと軽ーく言っちゃう辰江さん。リンドは受胎から産卵まで十年かかるが、リッタースオンは三年周期とイン・アンナは話していた。辰江は少数民族であるリンド族を、増やす好機と捉えているのだろう。


 シオンとアンガス、佐伯組に黒田組と工藤組、早苗さんに桑名も帰宅しておりテーブルを囲んでいる。そこには最近常連となった女性記者、相良奈央の顔も。

 縁側の向こうをパトロールよろしく、満君とクロヒョウ三兄弟が通り過ぎていく。キョンの捕獲は継続しており、クロヒョウのご飯は在庫がたっぷりある。


「お嬢さんは一夫多妻ならぬ、一婦多妻多夫になるんですよね、会長。これだと日本の戸籍上は、どうなるんでしょうか」

「そこなんだよな、佐伯。本来ならば生まれた子を男が認知すれば、私生児にならないのが日本の法律。だがこの場合、認知するのはみやだ。女性の認知を役所が受け入れるかどうかは、甚だ怪しい」


 どうも蓮沼家の男衆は、みやびがおめかけさんを囲うことに肯定的なもよう。将来に向けて蓮沼興産とロマニア食品を支える血族は、一人でも多い方が良いと考えてるっぽい。みやびがこの人たちはと、遠い目をしているけれど。


「系外惑星法」


 そこへ早苗さんが、頬張っていた牛肉のしぐれ煮を飲み込んで一言。それも系外惑星法で片付けるんですかいと、呆れる蓮沼家の男衆。


「惑星間鉄道を開業するにしたって、新たな宇宙船を建造して運用するにしたって、魔力持ちがいなければお話しにならないでしょ」


 早苗さんが真顔で箸を振り、生めよ増やせよなんて言っちゃう。

 八咫烏の棟梁はそっちの方向で、みやびの一婦多妻多夫に賛成のもよう。人生相談のつもりであったみやびだが、周囲が賛成に回っているこの事実。


「貴方が黒田さまか、会えて光栄に思う。私のような両性具有を伴侶にした、動機を聞かせてもらえないか」


 徳利を向けるフレイアに、酌を受ける黒田が初対面でその質問かよと苦笑する。台所でベネディクトがぴくりと肩を震わせ、ティーナとローレルがすわっと聞き耳を立てた。


「俺はベネディクトっていう、リンドの竜を好きになったんだ。瞳も声も身体的な特徴も性格も、全部込みで」


 立て板に水が如く、流れるように答える黒田。そこには一点の迷いも曇りもなく、むしろ清々しくもある。ああベネディクトがお盆を胸に、はぁんと体をくねくねさせちゃってるよ。

 夜の営みはどんな感じですかと、インタビューを試みようとするティーナとローレル。そんな二人に待ちんしゃいと首根っこを掴み、台所へずるずる引っ張っていくレアムールとエアリス。確かに食事の場で聞いていい話しじゃない、近衛隊長さん副隊長さんグッジョブ。


「フレイアさん、ひとつ質問してもいいかしら」

「何でしょうか、奈央さま」

「未婚のリンド族は、寝ぼけて竜化する事があると聞き及んでいます。それでみやびちゃんが錬成した指輪を身に付けていると。他の種族はどうなんでしょうか」


 山下から聞いていたのだろう、後輩記者の問いにしばし考え込むフレイア。そんな竜族は聞いた事が無いわねと、彼女は奈央に徳利を向ける。

 ほんとですかと目を丸くするリンドたちだが、考えてみればジェシカだって寝ぼけ竜化は無かったのだ。そこへアリスも話しに加わり情報提供、アメロン船団のキリン族にもキラー艦隊のバハムル族にも、寝ぼけ竜化は無いそうですよと話す。


「恥じらいと言うか奥ゆかしさと言うか、そんな性質と引き換えにしたのかもね」

「どういうこと? 辰江さん」

「リンドを人と認めない勢力がいたでしょ、みやちゃん」


 ロマニア侯国は長きに渡って、帝国の防波堤となりモスマンと戦って来た。それはひとえにメリサンド帝国の諸侯と聖職者から、リンドを人として認めて欲しかったからだ。

 惑星イオナ統一を果たした今、差別意識は打ち消されリンドの悩みは解消した。いずれリンドの寝ぼけ竜化は過去の笑い話になるのではと、辰江はあんかけ湯豆腐にレンゲを入れて頬張る。


 基本的には賑やかな雰囲気を好む蓮沼家。正三がそのアウト・ロウってのを連れてこいと言い出し、私も会いたいわと辰江が身を乗り出す。

 辰江はリンド保育園の園長先生みたいた立場だったから、たぶん顔を見れば思い出すのだろう。こりゃ任侠大精霊さま、逃げ道を塞がれたような気がしないでもない。


 ――その深夜、ここはみやびの離れ。


 布団の上に正座し、お互い向き合うみやびとファフニール。


「私は辰江ターツェに同意なの、みや坊。長きに渡る戦争で、リンド族は減少の一途を辿ってしまったわ。種族を増やせる手立てがあるなら、乗るべきなのよ」

「めっ! それはリンド族の族長としてでしょ。私はフュルスティン・ファフニール・フォン・リンドの言葉を聞きたいの、本音を言ってファニー」


 言葉に詰まるファフニールの瞳が、ゆらゆら動き戸惑っている。そんな彼女の手を取り、みやびは左胸の乳房に押し当てた。するとパジャマを通してそこにある八花弁の紋章が、淡い光で浮き上がり室内をぽうっと明るくする。


「私はこう思っているの、みや坊」

「うん」

「貴方は世界じゃなくて宇宙を変えてしまう人よ」

「うんうん」

「私がひとりで独占しちゃいけない存在だと思ってる」

「うんうんうん」

「私は正妻として、みや坊が抱えるお妾さん達を統括するつもりよ」

「ファニーったら……」


 男性リンドをお妾さんと言って良いのかしらと、そこでファフニールがボケる。日本の言葉で言ったらヒモかなぁと、みやびもボケる。だがアウト・ロウとは場を設けてゆっくり対話するとして、まずは押しかけ女房のフレイアだ。


「みや坊の配下になるんだから、若草色のマントよね」

「ワンポイントどうしよう、文官でチェシャの肉球か、武官でドラクルか」


 すると勝手知ったる愛妻の部屋、ファフニールがみやびの机からノートとシャーペンを取り出した。そしてサラサラとペンを動かし始め、生み出されるマークに見入るみやび。


「これっていかりかしら、ファニー」

「マントのワンポイントは領主との縁を表すもの、宇宙で出会った船乗りなんだから相応しいと思わない?」

「いいかも! 妙子さんにお願いして作ってもらおう」


 二人は気付いていない、これも心を通わす共同作業であることを。天井をふよふよ浮きながら、アリスが目を細めている。そしてダイヤモンド通信を受け取った妙子さんが詳細を聞き、私も卵を産むのと絶句するわけなんだが。


 ――そして数日後、ここはロマニア正教会の聖堂。


 前代未聞のことなので、大司教であるジェラルドの方が緊張していた。それはアリーシャ司教も同じで、床に展開された魔方陣に目を見開いていた。

 みやびが出した虹色魔方陣と黄金魔方陣、フレイアが出した光の魔方陣と闇の魔方陣が、四連で重なっているんだから。


「そ、それでは誓いの言葉を」


 ジェラルドの言葉に頷き、彼の宣誓を復唱するみやびとフレイア。

 その健やかなるときも。

 病めるときも。

 喜びのときも。

 悲しみのときも。

 富めるときも。

 貧しいときも。

 これを愛し。

 これを敬い。

 これを慰め。

 これを助け。

 その命ある限り、真心を尽くすことを誓います。


 誓いの言葉に反応し、魔方陣が結合し融合し、二人の頭上まで登り指輪となる。立会人をお願いされた妙子さんがそれを受け止め、二人に差し出した。


「これからよろしくね、フレイ」

「今何と?」

「私が決めたあなたの愛称よ、フレイ」


 指輪をはめてもらいながら、ボッと顔を赤くするフレイア。この人は良い意味で本当に人たらしだなと、ファフニールがはにゃんと笑う。


「それでは誓いの口づけを」


 ジェラルド大司教に促され、血の交換を行うみやびとフレイア。竜族の血に慣れ親しんだから、みやびはスオンの眠りに就くことはない。

 参列したブラドとパラッツォ、ヨハン君とカイル君、レベッカとフランツィスカにアグネスも、手を叩き合っておめでとうと声を上げる。

 どうやらこの人たちも辰江さんと同じで、種族繁栄を優先する思考らしい。レベッカがやっぱりみやび殿は面白いと言い、フランツィスカが十人は生めそうねと口角を上げていたりして。これはみやび、三十年計画になりそうだぞ。

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