第617話 ハーレムを築けと仰るか

 テントウムシは大きく分けて二種類いる。これは学術的な分類じゃなくて、農家から見た分類なので悪しからず。


 外羽がツヤツヤしているテントウムシ、これは肉食性と菌食性に別れる。

 肉食タイプはアブラムシやハダニを食べるし、中にはカイガラムシを食べる種類もいたりして。菌食タイプは作物の葉に付く、うどんこ病の菌を食べてくれる。農家からすれば畑で見かけたら、どちらもようこそウェルカム。


 外羽に産毛のようなものが生えており、ツヤの無いテントウムシが草食タイプ。

 トマトやジャガイモといったナス科の葉を好んで食害し、ウリ科やキク科の葉を食べる種類もいるから、農家にしてみれば害虫扱いで厄介者。


 かように日本在来種のテントウムシであれば、外羽にツヤがあるか無いかで見分けることが出来る。なお昆虫としては珍しく縁起が良いとされ、ヨーロッパのキリスト教圏ではマリアさまの使いなんだそうな。


「ちょんちょん……ああ!」

「どうした、マーガレット」

「源三郎どうしよう、ちょんちょんしたら地面に落ちて、動かなくなっちゃった」


 瞳をうるうるさせるマーガレットに、こりゃナミテントウだなと微笑む源三郎。テントウムシは死んだフリが得意だからじきに動き出すよと、麦わら帽子の上からマーガレットの頭をぽんぽん叩いた。


「あ、ほんとだ動き出した。私をこんな気持ちにさせるなんて、全くもう」


 にょこにょこ動き出して、ナスの幹を登り始めるナミテントウさん。このテントウムシほど個体差の激しい種はいないだろう。

 黒地に赤い星とか、黒地に黄色い星とか、赤地に黒い星とか、黄地に黒い星とか。しかも星の数だって二個だったり四個だったり十九個もあったり、中には星がない無地の子だっている。まあ肉食性だから、畑に来たらようこそウェルカムなんだが。


「ナスとオクラとキュウリにエダマメ、よしこんなもんでいいかな。しかしお嬢さんも変わったお客さんを連れて来るもんだ」

「年齢不詳で推定一万歳、ちょっと想像できないわね、源三郎」

「自らを仮死状態にして宇宙を放浪してた竜か、ご先祖さまどころの話しじゃないよな、マーガレット」

「でも見た目は二十歳くらいよね」


 それぞれ摘んだ野菜の盛られたザルを手に、母屋へ戻った源三郎とマーガレット。だが茶の間の雰囲気がちとおかしい、何かあったんだろうかと顔を見合わせる二人。


「お父さまが旅行中なのは残念ですが、お祖父さまがいらして良かったわ。これからはどうぞ末永く、よろしくお願い申し上げます」

「フレイアさん、そりゃ何の真似だい?」

「あらやだ正三さま、大精霊の巫女に出会えるなんて滅多にないチャンス。滅多にどころか、一生に一度あるかないかの奇跡ですよ」

「いやだから、何の話しかさっぱりなんだが」


 徹と山下は新婚旅行中、早苗さんと桑名は閣議で総理官邸へ、シオンは旦那のアンガスを迎えに出ている。佐伯に黒田と工藤は、嫁を連れロマニア食品から間もなく帰って来る頃だ。

 台所で腕を振るう麻子組と香澄組、アルネ組とカエラ組が、何事かしらと手を止めてしまった。話しを聞く限りはフレイアが、まるで押しかけ女房に思えたからだ。


「私だってゴンゾーラ族の竜、子供が欲しいのです。むろん正妻はファフニールさまでしょう、私はおめかけさんで構いません。みやびさまと血の交換をしたいのです」

はい?ファフニール

へ?みやび


 正三と辰江がフリーズ、台所もフリーズ。縁側で話しを聞いちゃった源三郎とマーガレットの手からザルが落ち、何本かのナスが縁側をコロコロ転がっていく。

 そう言えばフレイア、みやび殿からみやびさまに呼び方が変わっている。大精霊の巫女が彼女だと、確信したからだろう。


「大精霊の巫女は全属性持ち、属性強化のために複数の竜をお妾さんとして抱えるのは当たり前。おかしいわね、一万年も経つとそんな情報も途絶えるのかしら」


 ますますお地蔵さん化が進む、お茶の間と台所の面々。

 気を取り直して通信用ダイヤモンドを取り出し、ぺしぺし叩く任侠大精霊さま。回線を開いた相手はチェシャで、何か知ってるかもとわらにもすがる思いなのだろう。


『どうかしましたかにゃ、みやびさま』

「ねえチェシャ、大精霊の巫女って重婚できるのかしら」

『ユリウス殿からお借りした文献を見ますに、アリですにゃあ。みやびさまはフュルスティン・ファフニールと契りを結んだことで、水属性の力が一番強いのではございませんかにゃ?』


 その通りである、精霊化すると水属性の力が突出して高い。愛妻の影響であると自覚はしていたみやび、やろうと思えば地球を氷河期にすることだって可能。


「あ、みや坊が消えたよ、麻子」

「どこ行ったんだろうね、香澄」

「アケローン川かしら、正三さん」

「多分な、辰江。真相を聞きに行ったんだろう」


 顔を見合わせる蓮沼家の面々と台所の面々。そこへフレイアがファフニールの手を取り、『これから仲良くしましょうね』なんて言っちゃう。すっごく複雑な顔をする侯国の君主さまだが、それが大精霊の巫女なんだと言われれば返す言葉もない。


「ところでフレイアさん、俺にはあんたの属性が見えないんだが」

「普段は魔力で隠しているのよ、正三さま。自分は両性具有ですと、周囲に公言してるのと同じだから。私は光属性と闇属性が半々、二属性持ちなの」


 それでエピフォン号を動かせるんだと、納得顔の麻子と香澄。ならばベネディクトはどうなのかしらと、顔を見合わせるレアムールとエアリス。アルネ組もカエラ組もベネディクトは地属性のはずと、腕を組んで首を捻る。


「私はたまたま半々なのよ。その子は地属性が八か九で、残り二か一が別の属性じゃないかしら。この場合は髪に特徴が出ないし、本人もその事実に気付かない事が多いわよ」


 リンド族とバハムル族の女性は未婚だと、金髪にラインが入るから一発で属性が分かる。ところがゴンゾーラ族は黒髪で、フレイアには紫色のラインが入っていた。

 何となく光属性かなと思っていたみやび達だが、闇属性の黒いラインが目立たないだけだったのだ。

 ちなみにジェシカは風属性で飯塚とスオンになったから、今の髪はエアリスと同じでミルク色。


「ねえフレイア、髪がお尻まで伸びているわね。良ければ後で、切り揃えてあげましょうか」

「本当ですか、ファフニールさま、嬉しい」


 引っ掻き合いの喧嘩にはならなそうだと、ホッと胸を撫で下ろす蓮沼家の面々。ここでバトルが始まったらどうしようかと、みんなやきもきしていたのだから。


 ――そしてここはアケローン川。


 運動会テントを出して、包丁を動かす任侠大精霊さま。話しを聞くだけのつもりだったが、そこはタダじゃ帰さない守護精霊イン・アンナ。ここへ来たなら何かご馳走してって話しになり、カロンお爺ちゃんもちゃっかり席に着いている。


「前に紹介してくれたのは本妻なのね? イン・アンナ」

「そうよみやび、私の中には全部で六人いるわ」

「つまり……六属性」

「そう言うこと、カロンも六人でしょ」

「もちろんだ、イン・アンナ。大精霊たる者、その位の甲斐性がなくちゃ務まらんからな」


 大葉味噌を乗せた冷や奴を置きながら、がっくりと肩を落とすみやび。そう言えばぬっしーには奥さんがいっぱいいたと、以前聞いたような気がする。あの時点で気付くべきだったと、みやびは盛大なため息を漏らす。まあ気付いたとて、結果が変わるわけじゃないのだけど。


「そう言えば女性は巫女だけど、男性の無属性……全属性持ちは何と呼ぶのかしら」

「その場合は大精霊の禰宜ねぎだ、みやび」


 そう答えカロンお爺ちゃんは、アリスが注いでくれた冷酒を口に含む。成る程そういう呼称なんだと、みやびはイワガキの皿を並べて行く。もちろん生でちゅるっと食べられる、入荷し立ての新鮮な品。この後は赤ウニと、タチウオにハナダイのお刺身が続く。


「みやびはアウト・ロウと呼ばれる、十二人のリンドを抱えてるわよね」

「そうよイン・アンナ、芸術に専念してもらいたいから、みんなのパトロンになってるわ」

「血の交換をしてあげたら?」

「ちょっとイン・アンナ! 男性リンドとも?」


 その場合は妙子さんやアグネスと同じく、自分も小リンドを産むことになるのではと。ところがそれは違うと、カロンお爺ちゃんが箸を横に振った。


「精霊化を果たした時点で、みやびも妙子もアグネスも、産むのは卵だ。小リンドではなく竜で、みやびであれば無属性の子孫を残す可能性が広がる」

「あは、あははは……」

「カロンの言う通りよ、お相手は男性に限った話しじゃないの。だから麻子と香澄だって、そのうち卵を産むことになるわ」


 虹色のカーテン、あの祝福にはそんな効果もあったんかいなと、頭に手をやる任侠大精霊さま。アリスは黙って冷酒を注いで回る。知ってたけどショックが大きいだろうからと、新月と満月に卵化する本当の意味を伝えられなかったとも言う。


「お姉ちゃん、大丈夫ですか?」

「戻ったらみんなと、人生相談になるかも、アリス」


 アウト・ロウはリンド族のくびきから外れ、爵位を持たない一般市民扱いだ。ただでさえもスオンのなり手が少ないのに、彼ら彼女らの伴侶になろうって奇特な人はいないだろう。しかも本人たちは自らの芸術活動に傾倒し、自分でスオンを探そうともしない。

 もし決断できないのであれば、それはそれで構わないわとイン・アンナは赤ウニを頬張る。でもそん時はパトロンとしてアウト・ロウに、スオン相手を紹介するくらいの事はしてあげなきゃねと、釘を刺すのであった。

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