第616話 この人は何歳?
フレイアは今、みやびからもらったTシャツと短パンを身に付けている。出航した時に衣服はあったそうだが、長い宇宙航海でくたびれ風化したらしい。
それは船員たちも同じで服がボロボロ、と言うか端切れ状態だから、雅会任侠チームの作業着を供与していた。牛舎、豚舎、鶏舎用なのは申し訳ないが。
「竜化した時に印は出るのかしら、フレイア」
「翼の付け根に金色の斑紋が出るよ、ファフニール殿」
ならば女性の竜であり、普通に子孫を残せる個体だ。たまたま人の姿を採ると両性具有になるだけで、差別を受けるような問題ではない。だがフレイアの母星では忌み嫌われ、村八分の対象になると彼女は話す。
下らないとジェシカが吐き捨てるように言い、何よそれとティーナもローレルも眉を曇らせる。レアムールとエアリスも眉間に皺を寄せ、不快感を露わにしていた。
「私のような両性具有をスオンにした、その黒田という人物に会ってみたいな」
揚げることで甘くなるタマネギの天ぷら、それを美味しそうに頬張り、誰に言うでもなくフレイアがぽそっと呟いた。
普段着からしてダブルのスーツにエナメルの靴よねと、麻子と香澄がはにゃんと笑った。愛車はJeepのグランドチェロキーで、
もちろんフレイアにはチンプンカンプンな単語の羅列。でも元は船乗りよと、みやびがアオリイカの握りをことりと置いた。お任せなので手で摘まめるものをと、今ある素材で寿司を握っているのだ。
「船乗りだったのか、ならば尚更会ってみたいな」
「お望みなら我が家へご招待するわよ、フレイア」
次はヒラメの握りを寿司下駄に、ちょんと乗せる任侠大精霊さま。ネタに煮切り醤油をハケで塗ってあるから、そのまんま手で摘まんで食べられる心遣い。相手は竜族だから、ネタとシャリの間に入れるワサビは多め。
黒田は一般採用の海上自衛官から、先任伍長になった人物だ。そんな階級は海上自衛隊に存在しないが、具体的には曹長にまでなったということ。上士官には転属があるけれど、下士官は配属された船から転属することなんてまずない。護衛艦には造船元により、それぞれの特徴やクセがある。
先任伍長と呼ばれる曹長は、個性ある護衛艦の隅々までを知り尽くしたエキスパートと言えるだろう。そんな叩き上げの先任伍長こそ、防衛大学校を卒業した新米准尉の良き先生となる。場合によっては上官に話せない悩みを聞いてあげる、兄貴代わり父親代わりとも言える存在だ。
海軍五省その一。
これが出来ている新米准尉だったら、黒田は海上自衛隊を去ることはなかっただろう。だが階級差で見下し、実力も無いのに船をよく知る黒田を
こんな若者が国の防衛を担うのかと、黒田は絶望し退官したのである。彼がやさぐれることなく任侠の道に入れたのは、たまたま叩いた門が蓮沼組だったから。
正三も徹も、佐伯も工藤も、源三郎もみやびも、黒田がどんな思いでヤ○ザの門を叩いたのかよく知っている。見た目は
「みやびー、みやびー、私にもヒラメの握りちょうだい!」
「ワサビはどうする? メアド」
「な、なしの方向で、サビ抜きで」
くぷぷと笑うカウンター席の面々、もうみんなすっかり馴染んじゃってる。秀一と豊がワサビ入りでと、ジェシカがワサビ多めでと、それぞれが手を挙げる。青い人と黄緑色の子にマーメイドも便乗し、この空間に差別なんてものは存在しない。
ここでLGBT、更にQ+のおさらいをしておく。
Lとはレズのこと、女性が同性に恋愛感情を抱く。
Gとはゲイのこと、男性が同性に恋愛感情を抱く。
Bとはバイセクシャルのこと、性別に関係なく同性にも異性にも恋愛感情を抱く。
Tとはトランスジェンダーのこと、自分は男か女か、性自認と身体的性が一致していない人全般を表す言葉。
Qとはクエスチョニングのこと、自分の性を何と考えるか、どんな性を好きになるかが定まっていない、もしくは意図的に定めていない人を指す。
ここまでの人達は放っておいてくれってのが本音だと思うし、法案はかえって迷惑だと感じているはず。そもそも日本人は、そんな性差別をしない民族である。実際にテレビで活躍してる人が何人もいるし、日本国民はそれを受け入れているのだから。
竜族は子孫を残す上でお相手の性別を問わないから、バイセクシャルに分類されるのだろう。男性同士の組み合わせだと、子孫を残せない不毛なスオンとなるが。
そして+とはLGBTQに分類できない、性的マイノリティを指す。
例えばポリアモラス。
全パートナーの同意を得た上で、複数の人と恋愛関係を築くスタイル。いわゆるハーレムなんだろうけど、日本を含め欧米諸国は一夫一婦制で、それはちょっとどうなんだろう。主人に家族全員を養うだけの経済力がある、それが大前提になるんだろうが。
例えばインターセックス。
これこそがベネディクトとフレイアで、肉体が両性を兼ね備えている人の事。竜族の女性は伴侶の性別を問わず、お相手は男でも女でもオッケー。つまり二人ともバイセクシャルとインターセックスの複合で、子孫を残せる訳だから何ら問題ないのである。
「その場合、夜の営みってどうなるのでしょうね、ポリタニア」
「私に聞かないでよホムラ、ほらほら無節操に花を咲かせない」
「そう言う貴方だって、床にウロコを落としてるじゃありませんか。心の琴線に触れるものがあったのでしょう?」
「くっ、この花咲か娘がっ」
花咲か爺さんならぬ花咲か娘と、ミックスナッツ煎餅の製造マシーンがピーチクパーチク。思春期にありがちな妄想真っ盛りだねと、麻子と香澄がにへらと笑う。
でも黒田さんとベネディクトにインタビューしてみたいよねと、ティーナとローレルが真顔で頷き合った。また何か変な事を画策してないよね、このコンビは。
これは貴重品になりましたからと、アリスがささっとウロコを回収をしていく。もはやおつまみとは言えず、祭壇にお供えすべきものですゆえ。
「はいマグロの三種握り、左からメバチマグロ、キハダマグロ、ビンチョウマグロ。クロマグロは切らしてて残念だけど、どれも美味しいわよ」
淡泊な白身魚から背の青い魚に切り替えたみやび、その後ろでは麻子がカツオのタタキを炙っている。香澄はと言えば捌いたアナゴを蒸し器にセット、蒸してから焼いた方がふっくらするからだ。
そこは阿吽の呼吸で体が反応する愛妻たち。レアムールがショウガをすり下ろし、ワケギを刻んでタタキの準備に入る。エアリスも蒲焼きのタレを用意して串を出し、いつでもどうぞと焼きに入る体制を整える。
「ところでフレイア、あなた何歳なの?」
寿司下駄にイナダとマアジの握りをちょんと置き、ガリも乗せにっこり笑う任侠大精霊さま。女性に歳を聞くのは
「
「俺もそう思うよ、豊っち」
美櫻と彩花が失礼よと言いつつも、でもやっぱそのくらいに見えるわよねと、イナダとマアジの握りをひょいぱく頬張る。
だが祭壇にアクセスしたみやびには分かっていたのだ、フレイアが母星を出航したのが一万年以上も前であることを。船員を骸骨化し、自らを仮死状態にし、宇宙の最果てを目指し寿命延長したことも。
「すまない、みやび殿。私は自分の年齢を説明できない」
「私たちの感覚で言ったら、貴方は遠いご先祖さまよね、フレイア。お国の評議会が今も存続しているか、ううん惑星自体が存在しているか、怪しいわよね」
そう言ってカツオのタタキとアナゴの握りを、寿司下駄にちょんと置く任侠大精霊さま。マジかいなと、カウンターもキッチンもフリーズ状態に陥ってしまった。再起動にはちょっと時間がかかりそう、でもみやびは寿司を握り続け、フレイアの寿司下駄に並べて行く。
「私たちを受け入れた理由、聞かせてフレイア。ゲートを開いて離脱もできたのでしょう?」
「黄金船だったからだ、みやび殿。それが出来るのは第七属性を持つ、大精霊の巫女と相場は決まっている。正しい精霊信仰を持つ者なら、けして悪いようにはしない、そうだろ」
どうぞとアリスが置いたウニ軍艦とアン肝軍艦を、もりもり頬張るゴンゾーラ族の竜。それいいなとフリーズが解けた、カウンターのあちこちから注文が相次ぐ。軍艦を手がけていたアリス、何気に大人気。
太古の昔は大精霊の巫女がどんな存在か、明確に分かっていたようだ。だからフレイアはみやび達を受け入れ、ここでいま握り寿司を摘まんでいる。仮死状態を続けてきたから腹ペコで、何を出されても美味しいみたいだ。
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