第615話 アルコール爆弾とミックスナッツ煎餅

 アンドロメダ星雲と呼ばれる事が多いけれど、系外銀河ゆえアンドロメダ銀河と呼ぶ方が正しいのだろう。その直径は二十二万光年と、我々が住む天の川銀河に比べ、倍以上の規模を誇るでかさ。


 みやび達はアンドロメダまで、あと一万光年の距離まで来ていた。非常事態に備え主要メンバーは、祭壇に常駐する体制となっている。とは言っても交代で広域宇宙レーダーとにらめっこ、他は囲炉裏テーブルを囲みだべってるんだが。

 炭火焼きをする時以外は蓋をしてあるので、今は通常テーブルモード。アリスがどうぞと、みんなに緑茶を置いていく。その時みやびと視線が合ったのだけど、それはほんの一瞬で、任侠大精霊さまはすぐ会話に戻った。


「レーダーにさ、クジラの群れが突然現れたり、消えたりするのって何でだろうね、麻子」

「宇宙クジラにもみや坊みたいに、瞬間転移できる個体がいるって事じゃないかな、香澄」

「でないと辻褄つじつまが合わないものね、エアリス」

「確かに、最初に出会ったクジラの群れは六万光年も離れてましたしね、レアムール隊長。普通に泳いでその距離は、物理的にあり得ませんから」


 つまり魔力持ちの宇宙クジラを生け贄にしたくて、あの艦隊は暗黒空間をうろつき回ってた、そんな結論に達する主要メンバー達。

 きっと麻酔銃みたいな砲門が、あの戦艦にはあったのだろう。だからテイムしたみやびの指示が無いにも関わらず、祝福をもらったクジラの群れは戦艦をぶっ叩きに行ったのだ。今までの恨み、晴らさでおくべきか、みたいな。


 動物にだって心がある以上、その魂には三千世界が宿る。子供を守ろう家族を守ろう仲間を守ろう、その一念が敵戦艦に向けられたのだ。生存本能とは別の、魂の叫びを甘く見てはならない。


「秀一、これって船だよね」

「全く動いてないけど、船だよな、美櫻」


 広域宇宙レーダーを注視していた秀一と美櫻カップルが、進行方向にぽつんと一隻浮かぶ、宇宙船の存在を告げた。皆が湯呑みを置いて祭壇に集まり、パネルに表示されたその艦影を吟味する。戦闘艦ではないようで、砲塔や銃座のような武器らしき影は見当たらない。


「どれどれ、ふうん……エネルギー反応がないな、彩花」

「念のため全砲門を開いておくわね、豊っち」

「アリス、ジェシカ領事を呼んできてくれるかしら」

「分かりました、お姉ちゃん」


 そして祭壇に来たジェシカでさえも、その艦影に首を捻った。アンドロメダ銀河にこんなタイプの宇宙船は存在せず、旧時代の遺物か系外銀河から流れてきた漂流船ではないかと話す。

 やがてアマテラス号は、くだんの宇宙船を目視できる距離まで接近した。その姿はまるで中世の帆船、マストは朽ち折れ船体は赤さびだらけ。


「ゆゆ、幽霊船かしら、麻子」

「そ、そうかもね、香澄」

「みや坊、船の祭壇には?」

「アクセス出来たよファニー、面白そうだから乗り込んでみよっか」


 宇宙で肝試しかいなと、麻子も香澄もドン引き。いや行ってみましょうよと、秀一チームがすっかり乗り気。うんうん、冒険心は何歳になっても忘れちゃいけないね。


 でもみんな大事なことに気付いてない。

 祭壇にアクセス出来たならば、みやびは船の来歴を垣間見ることが出来る。アルカーデ号とジェネシス号、アメノトリフネ号とアメノイワフネ号から、膨大な知識を任侠大精霊である彼女は得ているのだ。

 朽ち果てた宇宙船の探索を言い出したのは、何か理由があるはずとアリスは見ていた。お姉ちゃん今度は何をやらかすのかな、みたいな感じで口角を上げる。


「本当に戦闘員は要らないんですか? お嬢さん」

「心配しないで飯塚さん、危なくなったら瞬間転移ですぐ戻るから」


 むふんと笑い、操船を飯塚とジェシカにお願いしたみやび。ジェシカは宇宙巡洋艦の艦長だったから、安心してアマテラス号の祭壇を任せられる。

 朽ちた宇宙船に乗り込んだスオンと秀一達。メライヤとホムラ、ポリタニアがくっ付いて来たのはご愛敬。こんな面白そうなことと、好奇心を掻き立てられたっぽい。


「ねえ香澄、船室の入り口に骸骨が立ち並んでるんだけど」

「単なるオブジェではないよね、麻子」


 シールドが無い状態で宇宙に放り出されず、甲板に留まってるなんておかしい。みやびがシールドを展開したから重力と空気があるわけで、怪しい臭いがプンプンするのだ。


「あ、がちゃがちゃ動き出したわ、みや坊どうする?」

「ちょっと待ってファニー、みんなも」


 骸骨たちは剣を所持しているが、抜いたわけじゃない。話しが通じるならば色々聞いてみたい、それが乗り込んだみやびの真意であった。

 しかしびびったホムラが乙女の果実を、混乱したポリタニアが乙女の種子を、来ないでーと放り投げちゃった。少し前にみやびとファフニールが、血の交換でチューした影響なんだけれど。


「うげっ!」

「まさか!」


 アルコール爆弾とミックスナッツ煎餅をぶつけられた骸骨たちが、見る見る肉を纏った人の姿に変わって行き、おいおい嘘だろうって声を上げた。

 シーパングで夏桃の宴を行った際に、鬼と化した藤倉一党。彼らは桃の実をぶつけられ、鬼としての力を失った。どうも乙女の果実と乙女の種子には、破魔矢みたいな霊的浄化作用があるもよう。

 これにはみやび達もびっくりで、ほええと目が点になってしまった。ぶつけられた骸骨たちはみんな生きた人の姿となり、こりゃ参ったなと苦笑している。


「剣を抜かないってことは、戦う気はないのよね? あなた達」

「船長から通せって言われてる、付いてこい」


 みやびの問いに船員の一人が答え、船室へ入る扉を開けた。艦橋は無いので船長室が祭壇なのだろう。その部屋に足を踏み入れたみやび達は、思わず我が目を疑った。

 材質は分からないが透明なシールドケースに人が横たわっており、そのケースから伸びるパイプが祭壇に接続されている。


「きれいな人だね、麻子」

「でも男性器と女性器が両方ある、ベネディクト黒田の嫁みたいだわ、香澄」

「牙があるから竜族よね、カエラ」

「うんうん間違いないよ、アルネ」


 美櫻と彩花、秀一と豊が、頬を朱に染めて目のやり場に困っている。両性具有なので、その裸体にどう反応してよいのか分からないのだ。ティーナとローレルが顔を見合わせ、何故か怪しくむふっと笑う。これきっとよからぬ事を思い付いたね、後で何かやらかしそうだ。


 そこへシールドケースがぷしゅうと音を立てて開き、中の人がむくりと起き上がって欠伸した。その場で胡座をかきむうぅんと伸びをする姿は、普通の人間と全く変わらない、素っ裸なんだけど。


 その御仁がみやび達に対し、祭壇へほれと顎を向ける。船に魔力供給しろって催促だ。あーはいはいと祭壇に手を添える栄養科三人組、この程度の船なら魔力切れを起こす事も無く、さくっと充填完了。薄暗かった船内が途端に明るくなり、祭壇にあるパネルの全機能が動き始めた。


「私はみやび、こちらはパートナーのファフニールよ。貴方のお名前は?」

「君らはスオンなのか、羨ましいな。私はゴンゾーラ族の竜、フレイアだ。私の船へようこそ、たいしたお構いは出来ないがな」

「だったらうちらの船に来ない? ご馳走するわよ」

「ご馳走……だと」


 ――そして夜のアマテラス号みやび亭支店。


 宇宙に統一規格なんてあるはずないのだが、フレイアの船であるエピフォン号は連結可能であった。つまりイラコ号の後ろに接続した状態で、今は暗黒空間を航行している。


 人たらしのみやびが異星人を連れ込むのは、今に始まった事じゃない。なので雅会メンバーも特に驚いたりはしないし、賑やかでいいじゃんかと杯を重ねる。人の姿に戻ったエピフォン号の船員たちに石黒と高田が、一升瓶を手にほれほれ飲めと注いで回っていた。


「宇宙の中心にある銀河から、冒険の旅に出たわけね、フレイア」

「冒険って訳じゃないんだ、みやび殿。宇宙の全体像を掴むこと、これが私に与えられた使命だからな」


 宇宙全体からすれば、天の川銀河は本当に宇宙の端っこである。だがそんな長距離航海に、水や食料はいくらあっても足りない。現地調達のアテが無い以上、乗組員は骸骨化し、自らも仮死状態となり、最低限の魔力で船を動かしてるんだそうな。

 それでシールドすら展開していなかった訳ねと、麻子も香澄も呆れ顔で包丁を動かす。エネルギー反応が微弱なもんだからレーダーに出なかったんだと、秀一も豊も納得顔でビールのジョッキを傾ける。


 しかしこれは美味しいなと、お通しのエビチリを頬張るフレイア。

 良ければどうぞと本日のお勧めである、天ぷら盛り合わせをお裾分けする飯塚とジェシカ。天つゆはみやび特製の、ごま油を利かせた甘酸っぱい味。ご飯泥棒ともお酒泥棒とも言える、割りと罪な味でフレイアの顔が綻ぶ。


「私はババを引いたのさ」

「それってどういう事? フレイア」

「私の体を見ただろう、男でも女でもないんだぞ、みやび殿。評議会は私を宇宙の彼方へ厄介払いしたんだろうな」


 頭の上に『?』を並べるキッチンスタッフの面々、それっていわゆる性差別だよねと。黒田はベネディクトを受け入れスオンになったカップル、子孫を残せる間柄で何の問題もないからだ。

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