第606話 マーメイドの星(4)

 栄養科三人組が行くところ、必ず言われるというか、恨み節みたいな指摘がある。


 “この醤油と味噌はずるい“


 メライヤもメアドも、ジェシカにホムラも、日本の調味料はずるいと口を揃えるのだ。確かに醤油と味噌が日本の味で、これがないと始まらない。

 日本から出なければ気付かない、海外に長期滞在して初めて分かる祖国の味。更に日本酒と味醂みりん出汁だしで、味に広がりと奥行きを持たせているのが和食の真髄と言えるだろう。


「この黒い液体、素材は何だね、みやび殿」

「ベースとなっているのはお醤油よ。原料は大豆と小麦ね、エルンスト国王陛下」


 オキメバルのお刺身を頬張る国王が醤油に釘付け、そもそもウロコも骨もない魚を口にするのは生まれて初めての体験。それはポリタニアも同じで、リンド族も最初はそうだったなとみやびは目を細めた。


 みやびがお刺身に使うのは、特製の煮切り醤油である。濃い口醤油三:日本酒一:本みりん一を合わせ一煮立ちさせ、アルコールを飛ばしたもの。お寿司であればネタによって、昆布出汁を加えた煮切り醤油も作る。

 割烹かわせみでは使うお醤油も日本酒も、華板の厳しい舌が選んだ銘柄だ。自分の気に入るお醤油探しと日本酒探し、みやびの探求は今も続いている。


「この茶色いスープは何が原料なんでしょう? みやびさま」

「味噌って言うのよポリタニア、それは大豆とお米から作るの」


 そしてやっぱり言われてしまうのだ、この醤油と味噌はずるいと。

 特にこの惑星は陸地がないため作物を生産できず、大豆に米と小麦なんて言われてもマーメイド人魚にはピンとこないのである。


フライドチキン星砂の惑星と交易すれば良いと思わない? みや坊」

「そうね香澄、農産物と海産物の取り引き、うまく行くと思うな。フライドチキン星で海産物と言ったら、サンドクラブだけだしね」


 あれを海産物と呼んでいいのだろうかと、微妙な顔をするアリス。だがエルンスト国王もポリタニアも、そんな星があるならお近づきになりたいと身を乗り出す。

 こりゃ貨物列車の運行も視野に入れるようかしらと、顔を見合わせるみやびと香澄にアリス。砂の惑星と海の惑星はアンドロメダ星雲を目指す上で、重要な補給基地となるのは火を見るより明らかですゆえ。


「お嬢さんたちと出会えて、久しぶりに若い頃を思い出した」

「どんな思い出なんでしょう、陛下」


 みやびに尋ねられたエルンスト国王は、陸上の人類も同じかどうかは分からんがと前置きした。前置きが必要な思い出なのかしらと、顔を見合わせる香澄とアリス。

 ポリタニアは何を言い出すつもりなんだって顔をしており、ここからが変態……もとい変人国王の本領発揮なのだろう。


「思春期の頃、エチエチな夢を見て寝てる間にピウっと、な」


 ポカンと口を開ける香澄とアリス。

 だがみやびだけは、夢精ですねとコロコロ笑い出した。蓮沼家には男衆がいるし、蓮沼銭湯には任侠チームが汗を流しに来る。その夢精って何なのとみやびが聞けば、将来の姐さんだからみんな真面目に答えちゃう。


「この変態国王! よりによって食事の席でそんな話しをっ」

「いや待てポリタニア、当時は病気じゃないかと本気で悩んだんだ」


 国王陛下をブン殴りそうな勢いのポリタニアを、まあまあとなだめる任侠大精霊さま。彼女は女子だってそうでしょうと、手にした箸を四拍子に振る。

 夢精は父親がそれとなく息子に話しておくべきこと、生理は母親がそれとなく娘に話しておくべきこと。それを怠れば直面した息子と娘は、自分は病気じゃないかと本気で悩むのだ。早い子は本当に早い、学校に押しつけず親として自らが教えないでどうする。

 特に女の子は寝てる間に来た場合、起きたらパジャマと布団が赤く染まっているのだ。予備知識が無ければ受ける精神的なダメージは、教えてくれなかった母親を恨む程に大きい。


「私は女子だから分からないけど、その瞬間は気持ち良いのですよね? 国王陛下」

「みやび殿は話しの分かる淑女であるな。さよう、体が大人へと変化したことに、男子が気付く瞬間でもある」


 すると話しを聞いていた、壁際に待機するメイド達に異変が起きた。下半身のウロコが次々と剥がれ出していき、何と尾びれが人間の足へと変化したではないか。

 男子の思春期にはそんな現象が起きるんですねと、メイド達はみんな顔を赤らめ身をくねらせている。いやそれよりも、おパンツ穿いてないから丸見えで、乾いた笑みを浮かべるみやびと香澄。


 ウロコは海水に沈まない性質らしく、その辺をプカプカ漂っている。みやびと香澄は流れて来たウロコを手に取り、魔力探知を試みる。予想通り魔力がしっかり蓄えられており、これが女子マーメイドによる魔力の自炊なのねと思わず納得。恋バナだけではなく、エチエチな話しも燃料になるのはホムラで実証済みだからだ。


「そのウロコ、我々にとっては最高のご馳走なんです、みやび殿」

「これ食用なのですか? 陛下」


 エルンスト国王はそうですよと頷き、手近にあった一枚を拾い上げパリリと頬張った。みやびも香澄もアリスも、ほうほうと真似して口にする。

 食感は堅焼き煎餅なのだが、アーモンドとカシューナッツにクルミを足したような香ばしい味。焼き菓子に使えそうと、口に手を当てた香澄が思わず呟く。


「ふふ、私はこれが好きでな。だから食事の席でわざとエチエチな話しをするのだ」

「伯父上、メイド達はおやつ製造機ではありません」

「ポリタニアには刺激が弱かったか、ならば私の初体験の話しを……」

「け、結構です!」


 ポリタニアは自制が効いているのか、メイド達と違い下半身は魚のままだ。でもウロコがですね、ちょびっと剥がれてるんだこれが。もう一押しかと陛下は、ポリタニアの乳房を覆っている巻き貝を人差し指でちょんちょん突く。

 するとその巻き貝から、ハサミがにょきっと出て来た。マーメイドとしての防具かと思いきや、それは人の顔を持つヤドカリであった。メイド達の胸にあるのも、きっと主を守るヤドカリなのだろう。


「陛下お戯れを」

「ポリタニアを刺激しちゃダメです陛下」

「そうは言ってもポリタニアのウロコは絶品、誰もが認める味だぞクマモ、ミノカ」


 どうやらポリタニアのヤドカリは、左胸がクマモで右胸がミノカって名前らしい。いやそれよりもウロコの味に個人差があるとは驚き、これは食してみたいわねと、みやびも香澄も悪い顔になっちゃう。


「ファニーと初めてチークキスした時は、ドキドキしちゃったな、香澄」

「私の場合は壁ドンでエアリスに告られたからね、みや坊。あの時は子宮がキュンってなったの、今でも覚えてるわ」


 そんな二人の会話に、アリスが遠い目をしている。その恋バナで黄緑色の子が、どれだけ花を咲かせたかしっかり目に焼き付いているからだ。

 子宮がキュンって何ですかどんな気分なんですかと、メイド達が食い付き下半身からウロコが生まれどんどん量産されていく。そんな状況にエルンスト国王がいいぞもっとやれと、流れてくるウロコをポリポリ頬張り煽ってしまう。


「そ、その手には乗りませんよ、みやびさま、香澄さま」

「大好きな人の手が自分の体に触れる、想像してみてポリタニア」

「わ、私にそのようなお相手はいません、みやびさま」

「まるで体に電気が走るような、好きな相手だとそんな感覚に包まれるのよ」

「うっ」


 身悶えするポリタニアから剥がれたウロコをすくい取り、味見するみやびと香澄にアリスの三人。それはマカダミアナッツとヘーゼルナッツにピスタチオを加えたような、芳醇でコクのあるお味。

 これが王族の娘が持つ味なんですと、ニンマリ笑う国王陛下。それで食後のデザートに欲しいから、食卓で恋バナやエロ話しをするんだなと、納得してしまうみやび達である。


「ポリタニアよ、お前は王位継承権八位の王女。みやび殿に同行し、その食文化を海底都市に持ち帰るのだ、特に醤油と味噌をな」

「この大命、謹んでお受け致します、伯父上」


 でも恋バナやエチエチな話しは勘弁して下さいと、みやびに懇願するポリタニア。だがそのトキメキは子孫を残すために必要な感情で、エル・シャダイが暗黒空間の惑星に住まう民に与えた魔力源でもある。


「ホムラも呼んで囲炉裏テーブル囲んで、女子会だね香澄」

「カップルの数だけネタがあるからね、みや坊」


 囲炉裏テーブルとは何ぞやと、首を捻るポリタニア。胸のヤドカリを間違って網焼きしないよう、気を付けなきゃと思考を巡らせるアリス。

 いやそれよりも何よりも、差し当たって彼女に必要なのはおパンツであろう。このままアマテラス号へ連れて行き、エチエチに反応して所構わず下半身が剥き出しとなるのは非常にまずい。


 女子マーメイドのウロコは、海底都市では乙女の種子と呼ばれているそうな。そんな話しを交えながら、ウロコを回収しているメイド達に目を細めるエルンスト国王。

 この星はミックスナッツ星だねと命名してしまうみやびに、呆れを通り越してどうぞご自由にと返す香澄であった。 

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