第605話 マーメイドの星(3)

 麻子たちが小島巡りをしている頃、みやびと香澄にアリスは海中でドンパチやってたりして。全長が十メートル以上もある水棲恐竜がいたわけで、その群れに取り囲まれてしまったのだ。


『モササウルスってやつかな』

『よく知ってるわね、みや坊』

『小っちゃい頃、初めて買ってもらった本が恐竜図鑑だったから』


 普通そこは絵本じゃないのと呆れる香澄に、それはお祖父ちゃんに聞いてと苦笑するみやび。当時の正三が何を考えてみやびに恐竜図鑑を与えたのか、当の本人もきっと覚えてないから聞くだけ無駄かもしれない。


 そのモササウルスさん達、相手が非常に悪かった。みやびとアリスはほいほい雷撃を放つし、香澄は水属性の奥義アイス・ピラー氷の柱を使うからだ。

 このアイス・ピラーがまた凶悪で、三日は溶けないであろう氷柱に閉じ込める技。海中を漂う氷のオブジェと化すわけで、雷撃をもらい気絶した方がよっぽどマシかもしれない。


『この肉って食べられるのかな、みや坊』

『期待しない方がいいかもよ、香澄。煮ても焼いても食えないに一票』

『お姉ちゃんに激しく同意です、香澄さま』


 恐竜のくそ不味さは、アメロン船団からもらった肉の試食で懲りている。味を思い出した香澄がダヨネーと、最後の一体を氷漬けにして自らの魔方陣を解除した。水中では思念で会話するみやび達、これもマーメイド化で得られる奥義のひとつだ。


『氷柱になってるの、一体だけ亜空間倉庫の冷凍庫に入れておこうかな』

『どうするの? みや坊。まさか夕飯にするとか言わないよね』

『真戸川センセイのお友達に、恐竜学者さんがいるんだって。きっと泣いて喜ぶわ』


 それはいいかもと、破顔するアリスと香澄。だが食材を取りに冷凍庫へ入ったカリーナとフェリアが、お地蔵さんと化すことには思いが至らない三人である。


 亜空間倉庫への瞬間転移ダイヤモンドを持つ、

 マシューと愛妻クーリエ帝国城チーム

 スミレと愛妻クーリドシーパング領事チームにラナ・ルナ・ロナの三姉妹、

 パウラとナディアモスマン領事チーム

 アスカとハンナ鷲見城チーム

 ミスチア組とエミリー組辺境伯領チーム

 みんなびっくりしちゃうね、この生物はいったい何ぞやと。


 生命反応と魔力反応が一番強かった地点、そこが海底都市だろうと潜って行くみやびと香澄にアリス。果たしてそこには、宮殿を中心に町並みが広がっていた。


 建材は岩だけじゃなく珊瑚や貝殻も使われており、家には住人それぞれの拘りがあるようだ。玄関扉がオオシャコ貝の貝殻ってお宅もあって、中々シュールだわと香澄が感心しきり。表札はホタテの貝殻に彫刻を施したもので、ここはラングさんって人のお宅ですねとアリスがむふっと笑う。


 そして何よりも三人の目を引いたのは、あちこちにある街灯だった。水深二百メートルを越えると太陽光が届かず、本来なら周囲は真っ暗闇なはず。これ絶対に魔力だよねと、頷き合うみやびと香澄にアリスである。


 その街灯がちょいと面白いことになっており、つい見上げてしまうみやび達。

 陸上であれば夏になると、街灯に昆虫が集まってくるのは周知の事実。それが海中の照明だと、甲殻類や小魚がいっぱい寄ってくるのだ。サンマ漁が集魚灯を用いた夜間の操業であることを、知る人は割りと少ないかもしれない。


 波が静かな内湾の港で、夜に海面を強い光で照らすと面白い体験ができる。まずプランクトンが寄ってきて、それを餌にする小魚が集まって来るのだ。光に誘われて、ワタリガニがふよふよ泳いで来るのがまた愛らしい。

 ワタリガニは一番下の脚がヒレになっていて、実は泳ぐことが出来る。味噌汁の出汁に良さそうねと、みやびも香澄も思わず言っちゃうあたりは料理人の性であろう。


 みやびが中学一年生の時、夏休みの自由研究でテーマに選んだ対象は泳ぐカニだったりして。残念ながら耽美女子学園はお嬢さま学校ゆえ、教師ですらカニが泳ぐのかと半信半疑で評価はイマイチだった。

 この画像は加工でしょうと心ない生徒に言われたみやびが、ぷっつり切れちゃったのを香澄は今でも覚えている。ならば夜の海へ行きましょうと、みやびが啖呵たんかを切ったのは言うまでもない。


 そしてこれが大騒ぎに発展するのである。

 みやびを嘘つき呼ばわりするなんてけしからんと、正三も徹も、佐伯に黒田と工藤も、そして源三郎さんも、揃ってブチ切れちゃったのだ。かくして蓮沼家と任侠チームによる、学園と生徒を巻き込んだ臨時課外授業の開催となった次第。


 あの時からみやびは中等部で、一目置かれるようになったと香澄は思う。流言飛語に真正面から立ち向かい、筋が通らない根拠のない、嘘やデマを垂れ流す腹黒女子から恐れられる存在になったんだと。


『君たち、恐竜の群れが接近している。外出禁止令が出ているのを知らないのか』


 街灯に集まる食材……もとい魚たちに見とれる三人。そんな彼女らに衛兵とおぼしき部下を数名従えた、トライデントを手にする人魚が泳いできた。トライデントとは先端が三つ叉になっている槍のこと。その矛先をみやび達に向けた隊長らしき女が、警戒心を露わにしていた。


『海底都市スカボローの市民ならば、身分証を』

『あらごめんなさい、私たち余所者なの』


 右手をヒラヒラさせて、にへらと自己申告しちゃう任侠大精霊さま。この人はと香澄が額に手をやり、アリスが顔に手を当てる。

 みやびはどんな状況下に於いても、けして嘘をつかないし相手を騙したりしない。そのあっけらかんが良いところでもあるし、好ましいところでもある。だがこの場合はちょいとまずい、相手がトライデントを構え直し魔方陣を展開したのだから。


『怪しい奴、何者だっ』

『お控えなすって!』

『……は?』

『さっそくのお控え、ありがとうございます。手前、生国と発しまするは天の川銀河に属する地球は東京都港区の生まれ。姓は蓮沼、名はみやび、人呼んでみや坊と申します』


 仁義を切ったねと香澄が、切りましたねとアリスが、揃ってくぷぷと笑う。そして衛兵たちに、物理攻撃は止めておいた方がいいよとアドバイス。ふざけるなといきり立つ彼らだが、何か感じるものがあったのか女隊長は待てと制した。


『私は第一衛兵隊の隊長を務めるポリタニアだ。みやびと言ったな、海底都市への訪問目的は何だ』

『親善外交よ、この星の民とお友達になりたいの』


 嘘は言っておらず、本音そのまんまのド直球。

 これが日本の政治で通用するならば、紀氏田総理も隆市副総理も苦労はしていないだろう。国民の方を向いていない相手には、同じ日本語で話しても言葉が通じないのだから。


 みやび達は宮殿の貴賓室に招かれ、テーブルへ着くよう促された。

 これもおそらく魔力なのだろう、海水の水位が徐々に下がってきている。食事はこの状態で行うのだと、案内役のポリタニアが手にしたトライデントで床を突く。すると水位が腰の高さで止まり、メイドであろうマーメイド達がお皿を並べ始めた。マーメイドのメイド、何だかややこしい。


「私の伯父上である国王は変態……変人だから覚悟するんだぞ、いま呼んでくる」


 女隊長さんは王族だったようで、接するメイドの態度がどおりでうやうやしいわけだ。空気がある室内なので、みやび達は思念から音声会話に切り替える。そしてじっと、出されたお皿に視線を落とす。


 活きの良さそうな、澄んだお目々のオキメバル。身は太っており脂の乗りも良さそう。だがウロコは取っておらず内蔵も抜いておらず、生の丸魚一尾ときたもんだ。予測はしていたけれど、これはいけませんと顔を見合わせるみやびと香澄にアリスである。


 武器は所持しないで海に潜った三人だが、みやびが亜空間倉庫から出した出刃包丁をシャキンと構えた。同じくアリスがウロコ引きを掴み、香澄がやっちゃおうって顔で刺身包丁を手する。

 それを見て壁際に待機していたマーメイドのメイド達が、ひいぃと声を上げ青ざめちゃった。そんな彼女たちにあんたらよく見てなさいと、オキメバルをお造りにしていくみやびと香澄にアリス。


 魚を下ろすだけではない。みやびが大根の桂剥きを始め、香澄が舟盛りの盛り付けレイアウトを仕立て、アリスがショウガとワサビをすり下ろす。

 陸地を持たない水中の民に、お刺身の何たるかをででんと表現していく三人。更に塩焼きとお煮付けも手がけ、貴賓室が美味しそうな匂いに包まれていく。


「これは何事でしょう、ポリタニア」

「すみません伯父上、悪意を持たない異星人ゆえ、会食の場を設けたつもりなのですが」

「よいよい、美味そうな匂いではないか。老い先短い年寄りには楽しい余興だ」


 老い先短いと自ら言いつつも、姪っ子であるポリタニアのお尻に手を伸ばす国王陛下。この御仁もしかして、ランハルト公にちょっと似てるかも。

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