第604話 マーメイドの星(2)

「アルネ、カエラ、使い勝手はどうかしら」


 みやびに尋ねられ、二人とも便利ですと顔を綻ばせた。

 それは中華料理店やラーメン店によくある、大型ガスコンロの形をしている。実はこれ火属性でなくとも、魔力で加熱調理が出来ちゃうシロモノ。

 あったらいいなと試行錯誤を繰り返したみやびが、何と錬成に成功し実用化しちゃったのだ。これで魔力を蓄積した宝石を持っていれば、一般採用メイドでも扱えることになる。当然ながら魔力を自炊できる、黄緑色ちゃんも使い放題なわけで。


「素材となるのが廃棄される調理器具って所が痛いかな、麻子」

「お料理で使い込まれた道具が条件か、量産は厳しいね、香澄」


 その条件を見つけ出したみやびもみやびであるが、大発見であることは誰もが認めるところ。まずはみやび亭本店と各宇宙船に導入だねと、頷き合う栄養科三人組と嫁たちである。

 尚ここにあるのは二号機で、一号機は蓮沼家の寮に設置してある。今ごろ近衛隊がわいきゃいはしゃぎながら、使い心地を検証していることだろう。


「惑星間鉄道にこれがないと、火属性が寝る暇なくなっちゃうからね、ファニー」

「それが錬成の動機だったのね、みや坊」

「んふ、そういうこと」


 虹色指輪みたいに特殊なものを錬成する場合は、職人技で生み出されたものが素材として必要になるのがお約束。

 理想なのは陶芸品や装飾品、漆塗りや家具も含めた工芸品。量産品ではない、職人が手がけた刃物や日本人形も良い素材だ。

 楽器は言うに及ばず絵画やイラスト、ぶっちゃけハンドメイドのフィギュアだって対象になる。だが芸術の域に達している作品ほど、素材にし難いから悩ましい。


 そこでみやびはふと思ったのだ。量産された道具でも人の生活に深く関わり、使用者の思いが込められているアイテムならいけるんじゃないかしらと。

 もちろん虹色指輪は無理だけど、お料理に使われた道具を素材に使えばワンチャンあるかもと考えたのだ。魔力で加熱のみやび印、大型ガスコンロの錬成を。

 そんな彼女の予想は見事的中し、穴が空いたアルミ鍋や家庭用ガスコンロ、コーティングの剥げたフライパンや錆びた包丁、そんな不燃物や粗大ゴミで、みやびは生み出しちゃったのだ。


御霊みたまの錬成って言えばいいのかな」

「どういう意味? 麻子」

「意思が宿るものに新たな使命を与える、みたいな? 香澄」


 道端の草木や石ころにだって、価値を見出す者がいればそこに意思が宿る。人の思いが万物に意思を与える、これは日本人の独特な考え方かもしれない。だが愛用しているアイテムに、力を貸してもらっていると感じる事はないだろうか。

 

 “我を選び我を使役するならば、我はなんじと共にあり”


 戦場に於いて手にする武器は敵を倒し、自らを守る相棒に他ならない。その相棒が意思を持ち、我が主を守ろうとする力が働く。

 みやびの宝剣カラドボルグにも、麻子が選んだ妖刀ムラサメブレードにも、香澄が背負っているヨイチの弓にも、強い意思が宿っている。

 意思を持つ武器によって放たれるリッタースオンの一撃は、属性を無視した万能攻撃だ。物理でも魔法でもない特殊攻撃で、回避できるのはみやびの黄金魔法盾のみ。それがいかに重要なことであるか、栄養科三人組はまだ気付いていない。


「カエラちゃん、生ビールと焼きそばちょうだい」

「石黒さん焼きそば好きなんですね、三度目ですよ」

「美味しいのはもちろんだけど、可憐な乙女が作ってくれてるからね」

「あらまあ、お上手ですこと」


 昼間っからアルコールが解禁された海の家、もといみやび亭アマテラス号支店。

 どんちゃん騒ぎの甲板を見渡す任侠大精霊さまが、うんうん鋭気を養えと口元を緩めている。雅会メンバーからの注文はまだまだ続いているが、後はアルネ組とカエラ組、一般採用メイドに任せても大丈夫そうだ。


「香澄、そろそろ行こうか」

「そうだねみや坊、日没には戻ってきたいし」


 そう言って二人は長Tシャツをそれっと脱いだ。

 下に着用していたのは競泳用の水着で、学年と名前が書いてあるスク水は卒業したっぽい。アリスもみやびに擬態するので、三人揃って水属性の奥義であるマーメイドにへんしーん!


「何かあったら連絡してね、みや坊」

「おみやげ確保に全集中するわ、ファニー」

「ラングリーフィンと香澄を頼んだわよ、アリス」

「お任せ下さいエアリスさま、しっかりお守りいたします」


 いっせーのと海に飛び込むみやびと香澄、そしてアリスの三人。見送ったファフニールが、では始めましょうかと、麻子とレアムールにエアリスと頷き合う。

 この惑星には五つの小島があり、惑星間鉄道の駅に相応しい島があるかの確認だ。コントローラーを持つ麻子がアマテラス号の高度を上げ、船首を一番目の小島に向けた。海の家で酔っ払っている連中はこのさい捨て置く、てか飲兵衛どもはまるで気にしてないから無問題。


「うむむむ、どう考えても無理よねレアムール」

「エビデンス城の中庭よりも狭い砂浜だわ、麻子。五両編成でも着陸できないわね」


 これじゃお話しにならないわと、ファフニールもエアリスも眉を八の字にする。狭い砂浜にぽつんと一本ヤシの木があるだけで、恋人たちのバカンスには良いかもしれないが実用性は皆無。


「次行ってみよう、麻子」

「ヤシの木があるってことは、それなりの島があるはずだもんね、レアムール」


 塩害という言葉がある。

 植物の根っこは細胞膜の浸透圧で、土の栄養分を吸い上げるように出来ている。これが塩分濃度の高い土では浸透圧が働かず、思うように成長できない現象が塩害だ。

 東日本大震災に伴う津波で海水を被った田畑に於いて、土の塩抜きにどれだけ苦労したかなんて、被害に遭った農家の人でないと分からない。


 ヤシの木は塩害をものともしない、強い生命力を持つ植物と言える。砂浜に降り立った麻子は、ちゃっかりその実を確保していた。果汁や果肉はもちろん美味しいし、硬い外殻の繊維は加工してタワシになるからだ。


「麻子さーん、ちょっといいかな」


 砂浜にいる麻子たちに、甲板から声を掛けてきたのは豊であった。


「どうかしたの、豊っち」

「右舷方向の海面が一部黒くなってて、こっちに向かって来てるよ」

「……はい?」


 こんな惑星だ、水棲の恐竜がいてもおかしくはない。これはいけないと船のタラップを駆け上がる麻子とレアムール、そしてファフニールとエアリス。

 最悪は四属性機関ビーム砲を使うようねと、祭壇へ向かおうとした四人。けれど船に発生した案件は、割りと素朴な出来事だったりして。


 犯人は何とトビウオで、羽のように広げた胸びれで海面を滑空していたのだ。小島ごとアマテラス号を次々飛び越えて行くのだが、飛距離の足りなかったトビウオが甲板にポトポト落ちてくる。


 貴重な食材ですとアルネが声を上げ、一般採用メイドがザルやボウルを手に回収を始める。メライヤとジェシカもタモ網を手にし、雅会任侠チームが酔っ払いながらも甲板を走り回りトビウオを追いかける。うんうん、更に酔いが回るねがんばって。


 火を通すと身が若干締まるけれど、煮物に良く合う白身魚。お刺身なら塩を振り少しおいてから食べると美味。味噌とネギでタタキにすると、ポン酒が止まらなくなること請け合い。

 ちなみにトビウオの卵はトビッコやトビコと呼ばれ、これまたプチプチ食感の憎いやつ。寿司屋の軍艦で食したことのある通な人、多いのではあるまいか。


「刺身も焼きも、煮付けも美味しいわね、ジェシカ領事」

「我がキラー艦隊はこれを見逃したのか、全く呆れてしまうよメライヤ領事」

「それを言ったらアメロン船団も同じよ。私たちは食べ物に困らない異星人と運良く巡り会えた、それでいいじゃない」

「メライヤー、ジェシカー、アルネにもらったのだ。数に限りがあるからナイショなのだ」


 メアドが二人の前に置いたのは、細長く背の高いコリンズグラス。カクテルグラスの一種で、麻子が持ち帰った椰子の実ジュースが注がれている。

 果肉もふんだんに使い、乙女の果実をちょびっと混ぜた大人ドリンク。一般採用メイドへのご褒美だったんだが、目ざといスフィンクスは見逃さなかったっぽい。


 雰囲気はとってもトロピカル、でも食べているのはトビウオの刺身に塩焼きとお煮付け。マッチングとしてどうなんだろうと、麻子とアルネが顔を見合わせへにゃりと笑う。

 そんな麻子の手にはコントローラーが握られており、次の島へ向かうべくアマテラス号は北上していた。十六両編成の列車が停車できて、出来れば町を形成できる規模の島が望ましい。


「これでどうでしょうか、秀一さま」

「さまはいらないよ、ホムラ。うん美味しい、お店で出せる五目炒飯になってる」


 にゃはんと相好を崩すホムラに、美櫻も彩花も目を細めている。そんな美櫻にエアリスが冷やし中華を置き、レアムールが彩花にざる蕎麦を置く。近衛隊の隊長も副隊長も、最近ではお料理をしてないと落ち着かないらしい。

 ビーチパラソルの下で海の家を満喫する石黒が、またビールと焼きそばのお代わりをしてカエラに呆れられていた。

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