第602話 車掌さん候補
ガリを頬張ったエル・シャダイが、これもおつな味だねと目を細めた。香澄が鉄火巻きとかんぴょう巻きを寿司下駄に並べ、麻子が
「僕はシャダイっちなんだね?
「香澄でいいわよ、シャダイっち」
「なるほど、ソロネの愛し子も麻子でいいのかな」
「あは、あはは、そう呼んで下さい」
彼の様子を見るに、どうやらシャダイっちを容認したもよう。大精霊の逆鱗に触れなくて良かったと、ほっと肩の力を抜いた麻子である。
雅会メンバーはお寿司に夢中で大精霊の存在に気付いておらず、同じく一般採用メイドもいつも通りくるくると立ち働いて賑やかだ。
「緑の民から、その乙女を仲間にした。条件付きだが竜族がいなくても、魔力を自炊できる存在だ」
「フライドチキン星の地下岩壁が発光するのも、水が湧き出てくるのも、魔力による作用なのですね、シャダイっち」
「ご明察、リンド族の族長。ところでフライドチキンって何だい?」
ファフニールまでシャダイっちになっちゃった。彼女も名前で呼んでと注文を付けたので、みんな名前で呼び合う流れに。そしてフライドチキンをポンと出し、どうぞと皿を置くみやびである。
彼の存在を認識しているのはカウンターに座る面々と、キッチンでお寿司を握るメンバーのみ。レアムールとエアリス、アルネ組とカエラ組が、手を動かしながらも会話に耳を傾けている。
「惑星間鉄道を運行する上で、最適な人材だよな、彩花」
「大気圏を出てしまえば、六属性が揃ってる必要ないものね、豊」
「ゲートを開かない通常航行なら、魔力持ちがコントローラーを持ってればいいわけよね、秀一」
「運転も出来る車掌さんだね、美櫻。恋愛小説を持たせておけば、いけそうじゃないか? 割りと冗談抜きで」
鉄道は二十四時間の三交代制になると、秀一たちは考えていた。そうなるとひとつの列車に、光属性と闇属性が最低一組、四属性が三組必要となる十四名体制だ。
だが宇宙空間に出て普通に航行するだけなら、六属性が揃ってなくても祭壇を操作できる魔力持ちが一人いればいい。
車掌さんにいいねと四人の視線が、キッチン奥で二杯目の天丼をもりもり頬張る黄緑色に向けられた。ならば六属性が一組に、ホムラみたいな車掌さん二人の八名体制で回せるよねって。
「ねえシャダイっち、暗黒空間に点在する惑星には、他にもそんな種族が存在するのかしら」
「もちろんいるよ、そのために生命を生み出したんだからね、みやび。進路を変更せずこのまま進むと、水の惑星がある。厳密に言うと海水の惑星なんだけど」
フライドチキンを美味しそうに頬張るエル・シャダイと、顔を見合わせるキッチンスタッフの面々。思い出し笑いならぬ思い出し恋バナで、花を咲かせたホムラが三杯目のアナゴ天丼をお代わりしている。
「惑星表面のほとんどが海で、陸地は小島が片手で数えるほど。だから通りかかった船は海水を汲み上げるくらいで、だいたいは素通りなんだ」
「もしかして魚が泳いでたりする? シャダイっち」
みやびの問いにやっぱりそう来たかと、エル・シャダイは二個目のフライドチキンに手を伸ばした。天の川銀河を担当する精霊たちから、日本の魚食文化を聞いていたからだ。突然カウンターに現れたのも、お寿司が目当てだったりする。
生命を育むために植物プランクトンをまず出現させ、次いで動物プランクトンを。その動物プランクトンが魚へと進化し、更に小魚を食べる大型魚へ。植物プランクトンは大気を形成する上で、重要な役割を果たしている。
陸地があれば両生類や哺乳類へと進化して行くが、海水に覆われた惑星では独特な生態系が生まれると、エル・シャダイは食べ終わったレッグの骨を振った。
「魚は豊富だよ、みやび。そして海底都市に住む民も、魔力を自炊できる」
「海底都市?」
「みやびと香澄、あとアリスもか。君たちは海底都市の民と同じ姿になれるだろ」
それは即ち水属性の奥義、
だが暗黒空間を担当する大精霊エル・シャダイは、なんでまた恋心を魔力獲得の条件にしたのやら。ジェシカもメライヤも、秀一たちも、すかさずそこに突っ込みを入れる。彼の好ましい食いっぷりから、相手が大精霊という遠慮はもうないようだ。
「君たちよく聞くんだ、子孫を残す上で一番大事な要素じゃないか。伴侶が欲しいって気持ちを失ったら、人類は簡単に滅亡する。
ごもっともなご意見に思わず納得してしまう、カウンターの面々とキッチンスタッフたち。エル・シャダイは更に、ちょいとエチエチな話題へと掘り下げていく。
「性行為に気持ち良さが伴わなかったら、あれは単なる肉体労働だぞ。君らもそう思わないか?」
思わず緑茶を吹き出しそうになる秀一、この大精霊さまパネェと呆れる豊、頬を赤らめ俯いてしまう美櫻と彩花。だがメライヤは大人で、確かにその通りだなと二巡目のウニ軍艦を頬張る。
「竜族は子孫を残す本能として、血の交換を伴侶に求める。だが人間の性行為にも目覚める事が出来るよう、交われるよう生み出された種族なんだ。事実リッタースオンの君たちは、目覚めるトリガーを引いただろう」
それ言っちゃいますかと、みやびも麻子も香澄もプチフリーズ。嫁たちもそれと分かるほどの慌てっぷり。アルネ組とカエラ組も同様で、穴があったら入りたいみたいな顔してる。ジェシカがそうなのかと、思わずカウンターから身を乗り出していた。
「ジェシカ、みやび達と出会ったのも縁だ。夜の秘め事、根掘り葉掘り聞くといい」
「わ、分かったわ、シャダイっち。竜族の幸せがそこにあるわけね」
こりゃ辰江さんと妙子さんを呼んで、ジェシカに性教育かなと顔を見合わせる栄養科三人組。嫁たちもそうした方がいいと、首を縦にブンブン振っている。
そこへホムラが瞳をキラキラさせて、夜の秘め事って何ですかと声を上げた。まかないを食べながらも、お店の会話はちゃんと聞いてたっぽい。
見れば箸を持つ右腕に、丼を持つ左腕に、花がポンポン咲いちゃってる。この子にも性教育、必要かもしれない。見境なく花を咲かせないよう、セルフコントロールしてもらわないと困る。
「ラングリーフィン、乙女の果実がこんなに。どうしましょうか」
「凍らせて粉砕して、そのまま冷凍保存しよう、アルネ」
「それでどうするの? みや坊」
「カクテルのベースにすれば、そこまで酔っ払わないと思うの、ファニー」
「うんうん、その手があったね、麻子」
「でもスピリタス並みかも、香澄」
スピリタスはポーランド産のウォッカで、アルコール度数は驚くなかれ九十六パーセント。最近はカクテルの勉強も始めた栄養科三人組が、乙女の果実でスクリュードライバー風カクテルを作り始めた。
それを見て飲んでみたいと言い出す、青い人とスフィンクス。二日酔いで酷い目に遭ったばかりなのに、懲りない主従である。
――そしてここはエビデンス城のみやび亭本店。
「普通の人は食べ過ぎ注意? 妙子」
「みやびさんがそう言い残して置いて行ったのよ、ブラド」
「だがこの刺身はどちらも美味いな、アグネス」
「問題はこの果実ね、パラッツォ」
そんな四人の視線が、イシナギとアブラボウズを頬張るシルビア姫とバルディ、ラフィアと武官四人に向けられる。普通に出して良いものだろうかと。
味見でちょっとだけ食べさせたサルサとアヌーン、
「あの量でこれですからね。一応聞いてみて、食べると言ったら自己責任ってことでどうでしょう、妙子さま」
「アグネスさまって、出たとこ勝負なんですね」
それは私にとって最高の褒め言葉と、乙女の果実をカットしていくアグネス。
本日のお勧めはイシナギとアブラボウズのお刺身、ただしお一人さま四切れまで。フルーツだと真っ先に聖職者が注文しそうだから、妙子は乙女の果実を立て看板に書いていない。
「酔っ払うフルーツ? 面白そうね、バルディ」
「ぜひ食べてみたいですね、シルビア姫」
「どうします、ラフィア領事」
「食べるに決まってるじゃないか、サレウス」
「試してみるか、アリーシャ司教」
「そうですね、ジェラルド大司教」
そして乙女の果実は大人気。アグネスは自己責任よと、大事なことだから二回言った言いました。はてさて被害者が何人でることやら。明日の朝食にはお粥やお茶漬けも必要ねと、店内を見渡す妙子さんであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます