第601話 食べ過ぎ注意
アルコールは胃や腸で吸収されてから、全身 へと運ばれていく。お酒に酔ったなと自覚するのは、飲み始めて少し時間が経ってから。
そのアルコールは主に、肝臓でアセトアルデヒドに分解される。これが毒性のある物質ゆえ、顔が赤くなったり動悸が激しくなったり、吐き気がしたり二日酔いになったりする要因。
それを解消するにはアセトアルデヒドをさらに分解して、無害な
――ここはアマテラス号のみやび亭支店。
青い人がテーブル席で突っ伏し、スフィンクスがテーブル上でコンニャク化していた。周囲ではイラコ号の雅会メンバーが、牛皿の朝定食をがっぽがっぽと頬張っている。温泉タマゴに味付け海苔と海藻サラダ、お味噌汁の具は豆腐と油揚げ。
実はあの後みやび達の馴れ初めとか、そんな話しで盛り上がったのだ。ジェシカにだけ言わせちゃ気の毒だと、栄養科三人組が配慮した結果なのだが。
それできゅんきゅんしたホムラがいっぱい花を咲かせちゃって、中華三昧のデザートに良いとみんなしてひょいぱく食べたわけだ。ところが乙女の果実、普通の人にはとんでもない罠があったりして。
アルコールを含む乙女の果実、どうも胃酸と反応して更にアルコールを生み出す成分があったっぽい。つまり調子に乗って食べ過ぎると、胃の中でアルコール発酵が進み一気に酔いが回るオマケ付き。
「アフリカにそんな果実を付ける木があるって、聞いた事があるわ、麻子」
「私も聞いた事ある、マルーラだっけ? 香澄」
マルーラは実在する果実で熟した実は、梅酒を食べてるようだと評する人もいる。けれど人間が三個も食べればドカンと酔っ払う、ある意味で危険物。実が熟す頃になると、酔っ払って千鳥足になるサルやゾウをよく見かけるんだとか。残念ながら日本では輸入が禁止されており、実食するにはアフリカに行かねばならない。
話しを戻すと調子に乗って食べ過ぎた、青い人とスフィンクスが二日酔いでグロッキーなのだ。キラー提督率いる艦長たちはてんこ盛りマシューの洗礼を受け、満腹で乙女の果実をあまり口にせずラッキーだったと言える。
ちなみにリッタースオンとリンド族、もちろんバハムル族のジェシカも、毒無効なので二日酔いとは無縁だからケロっとしていた。
麻子と香澄がほれほれと、氷を浮かべた自家製スポーツドリンクを持っていく。ふええとストローを口にくわえるメライヤとメアド、その姿はまあ憎めない。
みやびが落ち着いたら食べてねと、梅干し茶漬けをことりと置いた。アルコールを分解するには炭水化物が必要で、だから飲み助の男子は〆にラーメンを選び、女子はスイーツへと走る訳でござる。
「それじゃ行ってくるね、麻子、香澄」
「めぼしいものがあったら仕入れて来てね、みや坊」
「任せて香澄、時期的にはハナダイかな」
ムラサキウニとバフンウニもあったらヨロシクと、麻子がにっこり笑ってグーサインを出す。オッケーと頷き、みやびは瞬間転移を使いすっと消えた。
彼女が向かったのは東シルバニアのミウラ港は魚市場。クスカー城のルーシア知事を経由して、飛んで運べる料理人の傭兵ルイーダから相談を受けた次第。
「これなんだけどな、ラングリーフィン」
「イシナギとアブラボウズね、ルイーダ」
「食えるのか?」
「美味しいわよ」
一緒に話しを聞いていた、市場組合長の顔がぱっと輝いた。でもみやびはちょっと待ってと、胸の前で両手を広げ条件があるのとウィンクする。
ミウラ港の漁師たちに、リール竿の普及を始めた任侠大精霊さま。深場の魚を幅広く水揚げして欲しいからで、イシナギもアブラボウズも深海の岩礁帯に住む魚。
どちらも最大で百キロ近くになる大型魚だが、見慣れない魚だから競りの値段が立たず市場組合が困っていたのだ。そんなわけでルイーダがルーシア知事に相談し、みやびに話しが回って来たのである。
「毒でもあるのですか? シルバニア卿」
「毒ってわけじゃないのよ、組合長。食べる量に注意が必要なの」
シルバニア卿もラングリーフィンと同じく、みやびに対する敬称だ。シルバニア方伯領の民は、みやびを領主として敬いシルバニア卿で呼ぶ者が多い。
「それ、詳しく教えてくれないか、ラングリーフィン」
「夜盲症って知ってるかしら、ルイーダ」
「暗くなると目が見えなくなる病気だろ。子供の頃お袋がよく、パセリやニンジンを食べないとそうなるって言ってた」
それはステキなお母さまねと、みやびは目を細めた。だが夜盲症とこのでっかい魚にどんな関係がと、ルイーダも組合長も顔を見合わせ首を捻る。
夜盲症はビタミンA不足による症状だが、現代日本人の食生活ならまず起きないだろう。では不足しないよういっぱい食べれば安心、なんて考えは大きな間違い。
過剰にビタミンAを摂取すると、頭痛・疲労感・吐き気・睡眠障害・食欲不振・肌荒れ、こんな症状を引き起こす。イシナギもアブラボウズもビタミンAが豊富で、特にずば抜けて含有率の高い肝臓は、食用としての流通が日本で禁止されているほど。
加えてアブラボウズは人間の消化器官では対応出来ない油脂を含み、食べ過ぎるとお腹が下っちゃうのだ。みやびが言った美味しいけど条件があるってのは、嗜み程度に食べるならって意味である。
「お刺身なら四~五切れ、握りも四貫くらいにしとけばいいの。その量で小売り販売すれば、基本的に美味しいから普通に売れると思うわよ」
手に余る大型魚に光明が見えたのか、組合長がホクホク顔で良かったと胸を撫で下ろす。物陰から様子をうかがっていた漁師たちも、無駄にならなくて良かったと嬉しそうだ。空輸運送組合の仲間と共同で競り落とし、小分け販売だなとルイーダも脳内でそろばんを弾いているもよう。
「ヒラメと同じで柵取りしたら、冷やして三日くらい寝かせた方が美味しいの。痛みの早い青魚に比べたら、売りやすいと思うわルイーダ」
「それは貴重な情報だ、ありがとうラングリーフィン」
――そんなこんなで、夜のみやび亭アマテラス号支店。
「メライヤ領事、メアド、具合はどうだ」
「おかげさまで、午後には回復したわジェシカ領事」
「お腹空いたのだー、ご飯なのだー!」
メアドがカウンターをペシペシ叩き、はいよと寿司下駄に握りを四貫置く任侠大精霊さま。イシナギが二貫とアブラボウズが二貫、これ以上はダメよと釘を刺すのも忘れない。
「どっちも聞き慣れない魚だよな、美櫻」
「でも美味しいね、秀一」
「俺の田舎ではよく食べるぜ、でもやっぱり食べ過ぎはよくないって言われてる」
「豊って、苦学生の割りに食通なのね」
「おいおい、それ褒めてる? 彩花」
今夜はミウラ港で買い集めた海の幸で、寿司屋となったみやび亭。雅会のメンバーもお寿司は久しぶりで、たいそう喜んでいる。ファフニールもキッチンに入り、愛妻みやびと並んで寿司を握っていた。
宇宙で長い航海に出ると、魚介類はどうしたもんかってのが悩みの種。ハナダイの握りを秀一たちの寿司下駄に置きながら、みやびは考えを巡らせる。
亜空間倉庫には海水に慣らし食用となった、宇宙魚群の水族館がある。でもそれはみやびだから出来る事であり、惑星間鉄道で現地調達って話しになると難しい。
「美味しそうだね、僕もそれ食べたいな」
いつの間にか、カウンター隅にエル・シャダイが座っていた。ムラサキウニの軍艦を手がけていた香澄が、シャダイっちだと声を上げる。
そんな香澄においおいと顔を引きつらせる麻子だが、エル・シャダイの人差し指は彼女が握っていたシャコエビに向けられていた。
「うんうん、美味い美味い」
「シイタケのお吸い物がありますけど、出しましょうか? シャダイ」
「いいねいいね、イン・アンナの愛し子、ぜひもらおう。あとシャコエビをもっと」
「みやびでいいですよ。それと出来れば江戸前寿司の、ネタを一巡して欲しいかな」
ほうほうそういう流れがあるのかと、エル・シャダイは目を細めみやびの提案を受け入れた。今あるネタで組みますからと、にっこり微笑むみやびである。
まずは淡泊なネタからコハダ・キス・サヨリ・スズキ・イカ・シラウオ。
次に旨みがあるネタからアジ・イワシ・ホタテ・ウニ・エビ・マグロの赤身。
そして脂が強いマグロのトロ・ワラサ・シマアジ・アナゴ。
一巡したらタマゴとカッパ巻きで口を一旦リセットし、二巡目へと突入。
「君たちは、乙女の果実を手に入れたね」
二巡目に入ったエル・シャダイが、キッチン奥にいるホムラに視線を向けた。
恋バナできゅんきゅんするほど花を咲かせ、その分お腹が空く黄緑色の女子。まかないでアルネが作ったアナゴ丸ごと一本の、天丼をもりもり頬張っている。
ある意味てんこ盛りマシューと相性が良く、彼の生み出すデカ盛りを真正面から受け止められる大食漢とも言う。
「女の子で恋愛話しという条件付きではあるけど、竜族と同じく魔力を自家生成できる種族。まあ生み出したのは何を隠そう僕なんだが」
「あなたが……生み出した?」
「そうだよみやび。銀河から離れた暗黒空間で、人類が生きる為には魔力が必要不可欠だ。真っ暗な宇宙空間に、確固として存在する生命の息吹。僕だって大精霊だからね、宇宙の意思に従い適応できる生命を育んできた」
エル・シャダイは大事な話しをしている、そう感じながらみやびは大トロの握りを彼の寿司下駄に置いた。もちろんガリとおろしワサビも忘れない。
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