第599話 砂の惑星(2)

「ずいぶんと深い所に落ちたみたいね、みや坊」

「砂漠の下にこんな空間があるとは思わなかったわ、ファニー」


 地下空洞なのになぜかほんのりと明るく、リンドの夜目を駆使しなくても見渡すことができた。似たような穴が幾つも空いているようで、あちこちに砂山が出来ており上からサラサラと砂が落ちて来ている。


 物理無効でノーダメージだったが、普通に落ちてたら岩肌に激突して大惨事。洒落にならないわねと、レアムールもエアリスも顔を見合わせ吐息を漏らす。


「トカゲちゃんどっか行っちゃった」


 腰まである砂を掻き分け抜け出した麻子が、みんな見てと声を上げた。彼女の指差す方に視線を向ければ、見慣れた生き物がトカゲちゃんをもりもり頬張っているではないか。


「あれサンドクラブよね、香澄」

「伊勢エビサイズだから成体じゃないけど、間違いなくサンドクラブだわ、麻子」


 まさかこんな所で出会うなんてと、誰もが目を点にしてしまう。

 トカゲちゃんを食べ終わったサンドクラブさん、また地上に戻るのか岩壁をえっさほいさと器用に登り始めた。夜行性だから日が沈むまで、これから砂の中で眠るのだろう。


「取りあえず、食糧調達は可能な惑星ってことよね、ファニー」

「呆れた……そこなの? みや坊」

「お待ちください二人とも、何か聞こえませんか」


 エアリスの進言に、聴覚を最大限にするリッタースオンとリンド。確かに、まるで小川のせせらぎみたいな音が聞こえてくる。

 よし行ってみようとみやびが歩き出し、やっぱりダンジョン探索になったと麻子が笑い、香澄が背負っていたヨイチの弓を手に持った。


「うわ、何ここ!」


 進むにつれ洞窟の明るさが増していき、開けた場所に出たらそこは小川が流れる林であった。いや林と言うよりは、果樹園と言った方が正しいかも。どの木にも見慣れない果実が、たわわに実っているのだ。


「この光、マミヤ号やイラコ号で使ってるLED照明に近いね、香澄」

「植物が好む波長だわ、麻子」


 植物工場で使われるライトは、オフィスにありがちな昼白色の蛍光灯とはちょっと違う。紫外線を含む、青から赤の可視光で構成されるライトだ。なので光の色はどっちかって言うと、ピンクっぽい感じになる。


「天井や壁の岩肌が光を発してるみたいね、みや坊」

「どんな原理なんだろう、ファニー。自然発光なのか、魔力なのか」


 すると林の中から女の子が出て来て、みやび達を見るやお地蔵さんと化してしまった。果実を入れた籠がその手から滑り落ち、青リンゴみたいな実が地面にころころと転がっちゃう。

 だが問題は女の子の肌で、きれいな黄緑色をしているのだ。血液にどんな金属を使ったらあの色になるのかしらと、麻子と香澄の話しが変な方向へ向かう。けれどみやびは、違うかもと呟いた。


「どういうこと? みや坊」

「皮膚の細胞組織に葉緑素があるんじゃないかな、ファニー。つまり歩く樹木、存在自体が大気の成分を生み出してる可能性があるわ」


 そこで女の子が再起動できたらしく、あのうと声を発した。敵意がないと分かり安心したのか、彼女は落とした籠を拾い小首を傾げている。転がった果実を拾い集め、驚かせてごめんねと渡してあげるみやび達。


「わたしはみやび、あなたのお名前を聞かせて」

「ホムラといいます、みなさんよくご無事で」


 ご無事という言葉に、顔を見合わせる栄養科三人組と嫁たち。砂漠から洞窟に落とされた件かと思いきや、少女が言うにそれだけじゃないらしい。侵入者がいれば問答無用で襲いかかる、飼い慣らされたでっかい軍隊アリがいるんだとか。


「遭遇しなかったよね、麻子」

「たまたまいなかっただけかしら、香澄」


 いいえあそこにいますよと、ホムラはみやび達が来た通路を指差した。見ればそこに、人間サイズのアリがうじゃうじゃと。普段は岩陰や壁の割れ目に潜んでおり、侵入者を撃退する役目を与えられているんだそうな。


 みやびの昆虫たらしが無意識に発動したようで、なんか知らんけど軍隊アリに好かれたっぽい。アリスはその存在をいち早く察知していたが、友好的だから放置してたんだとか。


 ホムラによると砂漠の落とし穴は、サンドクラブを捕獲するためにあると言う。私たちにとっては貴重な動物性タンパク質なんですよと、彼女は真顔で人差し指を立てた。


「私たちってことは、都市や町があるのよね、ホムラ」

「軍隊アリが通したならば、長老たちも安心して迎え入れるでしょう。ご案内します、付いて来て下さい」


 ダンジョン探索が思わぬ他民族との交流になった、みやび達ご一行さまである。ホムラに案内され付いて行くと、長い下り坂の先にあったのは立派な地底都市だった。家は地中の岩を切って建てたのだろう、石造りの町並みが整然と並んでいる。


 市場は野菜と果実に溢れ、肉は無いけどサンドクラブが山と積まれた露天もチラホラと。やっぱり都市を照らす明かりは植物が好む波長で、光合成が活発に行われているようだ。これが砂の惑星に大気を生み出し、人が住める環境にしているのだろう。


「この光や小川の水は、どんな仕組みになっているのかしら、ホムラ」

「民が教会の聖堂で礼拝を欠かさなければ、闇に包まれることも、水が枯れることもないと言われています」


 やっぱり魔力なんだと、頷き合う麻子組と香澄組。あちこちに井戸らしきものがあり、ポンプもないのに水が湧き出し都市に水路を形成していた。地表とはまるで別世界の暮らしぶりに、目を丸くするみやび達である。


「軍隊アリが通すとはにわかに信じがたいが、ここにいらっしゃる以上は事実なのでしょうな。ようこそ地底都市ミスルへ」


 ここは長老代表カシムのお屋敷、ホムラはカシムの孫娘なんだそうな。あの果樹園はカシムの耕作地で、領民はそれぞれ自分の耕作地を持っていると言う。通貨は一応あるけれど、ほとんどは自分の栽培したもので物々交換を行っているらしい。


「かつて我々の祖先は、地上で暮らしておりました。オアシスが各地に点在しましたからな、そこに都市を構えたのです。

 だが砂漠化が進みオアシスは次々と失われ、我々は地下に移り住むしか手立てがありませんでした」


 ホムラが収穫した果実をハンド絞り器に入れ、出て来た果汁をみんなにことりと置いて行く。青い実だったから酸っぱいかと思いきや、リンゴと桃を足して割ったような良いお味。ふうんと頷き合うみやび達に、私の話を聞いてますかと渋い顔の長老カシムさん。はいはいもちろん聞いてますよと、彼女らは首を縦にブンブン振る。


 オアシスをなくし地下に移住した民は、この惑星に百部族はあるだろうとカシムは言う。軍隊アリに書簡を持たせ地下通路へ放ち、近隣の都市とは連絡し合っているそうだ。


「牛や豚や鶏といった動物はいなかったのですか? カシムさま」

「もちろん昔はいたようですね、みやびさま。地下へ移住する過程に於いて、ご先祖さまは食べ尽くしてしまったようです。平たく言うと、絶滅させてしまったわけですな」


 ふむと頷き、人差し指を顎に当てて天井を見上げる任侠大精霊さま。頭を右に、そして左に傾ける。これは何か来るなと、顔を見合わせる仲間たち。


「空いてる耕作地はあるのかしら、カシムさま」

「そりゃ常に開墾しておりますからいくらでも、みやびさま」

「なら食用となる家畜と、この美味しいフルーツの苗木、交換しない?」

「……はい?」


 ファフニールはもちろん、麻子組も香澄組もすぐに気付いた。

 みやびはこの惑星に駅を設けて、アンドロメダへ向かう食料補給基地としたいに違いない。だから野菜や果実だけでなく、食用の家畜を飼育して欲しいのだろうと。

 だが彼らにとっても悪い話しではない。動物性タンパク質の補給源を増やせるわけで、喉から手が出るほど欲しいはず。


「差し当たっては飼育と調理法を、誰かに覚えてもらわないとね、麻子」

「そうだね香澄、解体してどの部位をどう使うか、それも覚えてもらわないと」


 みやびの意図を掴んだ麻子と香澄が、うまいこと話しを誘導していく。ならば百聞は一見にしかずと、みやびは亜空間倉庫からフライドチキンをポンと出した。保温庫に入れていたから、もちろん温かいし良い匂い。


 いったいどこからと、目を丸くするカシムとホムラ。だが匂いには抗えないのか、二人ともレッグのフライドチキンに手を伸ばした。そして頬張り咀嚼し、瞳を輝かせさらに頬張る。


「お、お祖父さま、なんて美味しいのでしょう」

「これが動物の肉とは、美味いなホムラ。ご先祖さまを恨んではいけないが、どうして種の保存をしてくれなかったのか」


 可愛い子には旅をさせろ、そんなことわざがこの星にもあるようで。


「ホムラよ、この方たちに同行するのだ。家畜の飼育法と調理法を、地下都市ミスルへ持ち帰れ!」

「任せて下さいお祖父さま、必ずや成し遂げて見せましょう」


 長老代表であるカシムの孫娘だ、この子も領事扱いねと、麻子と香澄がクププと笑う。そしてみやびは砂の惑星を、フライドチキン星と命名するのであった。

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