第597話 エル・シャダイ

 天の川銀河とアンドロメダ星雲の間は何もない暗黒かと言えば、割りとぽつぽつ太陽系があったりする。面白そうな惑星があれば、立ち寄るアマテラス号のご一行様。


「以前のタコバジル星に近いかな、太陽から離れすぎてるね、ファニー」

「取りあえず水のサンプルを入手して分析しましょう、みや坊」


 コスモ・エレファントで大気圏に突入し、惑星探査を行うみやびとファフニール。格納庫では麻子組と香澄組が、蓮沼総合研究所の開発した水質調査装置にスイッチオン。いつでもいいよ準備出来てるよと、機内通信が入る。


 寿命が近い恒星太陽は周囲の惑星を飲み込むほどに膨らみ、赤く光る赤色巨星となる。中心部では光り輝かせてきた核融合反応を起こす燃料、水素がなくなりヘリウムから炭素や酸素を作る別の核融合反応へと移行していく。

 地球から見た太陽よりずっと質量のある恒星だと、更に核融合反応が進行してケイ素や鉄などの元素が生み出される。

 このようにして恒星は寿命を迎え、大爆発を起こして生成した元素を宇宙空間に放出するのだ。ぬっしー大国主大神が恒星の寿命延長はできないよって言ったのは、恒星が爆発する事こそ惑星と生命を生み出す元素の製造元になっているから。


 みやび達がアンドロメダへ向かう航海で分かったことがひとつ。

 反重力ドライブがあれば宇宙に漂う元素を集めて、水や酸素を生成することが出来た。ただしそれは銀河の中にいたから可能だったわけで、暗黒空間では元素がまるで集まらないのだ。


「みや坊なら地球やイオナ、タコバジル星から、水や酸素を調達できるのでしょ?」

「瞬間転送で可能だけど、やっぱ現地調達が基本よファニー。アンドロメダに駅を作るなら、途中で補給できる星を見つけておかないとね」


 むふっと笑ってウィンクするみやびに、やっぱり頼りになる人だなと、ファフニールは胸がキュンキュンしてしまう。仲がいいなと、アリスがによによしている。

 探査ロボットのコスモ・ビーが帰投し、回収した水に放射能や病原菌の無い事が判明した。そんな訳でみんなして、輸送機のコスモ・ペリカンに乗り込み水の補給作戦が始まった。水を電気分解すれば酸素と水素を取り出せるから、飲用も含め何はなくとも水である。


「これじゃアメロン船団もキラー艦隊も苦労するわけだ、ねえ香澄」

「ホントだね、麻子。銀河を離れるのって、砂漠に行くのと一緒かも」


 ――そんなこんなで、夜のみやび亭アマテラス号支店。


 学校給食カレーはやっぱり甘口でした。

 とは言っても果実や香辛料の甘味なので評判は上々、イラコ号から移動して来た雅会のメンバー達が、がっぽがっぽと頬張っている。一般採用メイドがくるくると立ち働いて、甲板はカウンター席もテーブル席もお座敷も大賑わい。


 トッピングはトンカツ・鶏の唐揚げ・ハンバーグ・目玉焼き・フランクフルト・エビフライ・メンチカツ・コロッケ・とろけるチーズと、ちょっとやり過ぎな気がしないでもない。

 そこにサラダバーとスープバーにフルーツバーもあって、取り放題のバイキング形式だ。ちょっとそこの青い人とスフィンクス、フルーツバーで立ち食いしないでもらえますでしょうか。


「天の川銀河はイン・アンナの管轄だけど、暗黒空間はどうなのかしら、みや坊」

「全宇宙の御用聞きがぬっしーだから、やっぱり担当者がいるのかもね、ファニー。アンドロメダ星雲にも、きっと専属の大精霊がいると思う」


 みやびがことりと置いたきんぴらごぼうを、待ってましたと言わんばかりに頬張るファフニール。夕食がカレーであろうが何であろうが、愛妻みやびの作るきんぴらごぼうだけは欠かさないファフニールである。


「美味いねえ、美味いねえ、カレーお代わり! 次はメンチカツをトッピングで」


 カウンターの端からそんな声が上がり、そこでみやびは背筋に冷や汗を感じてしまう。この人誰だっけ? 採用した雅会メンバーにこんな人はいなかったはずと。

 強大な魔力は感じない、いや違う、魔力を抑え込んで周囲に溶け込んでいる。麻子と香澄も勘づいたようで、サラダバーに使う野菜を切る手の動きが止まっていた。


「あの、どちら様でしょう」

「あれ、分かっちゃった? さすがイン・アンナの愛し子だね。ちょっとお邪魔させてもらってるよ」


 レアムールとエアリス、ティーナとローレルが、長剣の柄に手をかけた。そんな彼女らにちょっと待ってと、みやびはお玉杓子を四拍子に振り落ち着かせる。直感がこの人はぬっしーと同じと、警鐘を鳴らしたからだ。


「僕の名はエル・シャダイ、暗黒空間の巡回冗長検査を行う存在さ」


 巡回冗長検査は、パソコン用語ではCRCとも言う。データの一部が読み書き出来なくなった場合に、破損したデータを補正し正常に読み書きできる状態に戻す機能のこと。宇宙の暗黒空間で次元の裂け目や、重力波による歪みが必要以上に増大しないよう、修復して回るんだとエル・シャダイは話す。


「香澄、おーい香澄」

「だだ、大丈夫よ麻子。シャダイと言ったら旧約聖書じゃ神の意志そのもの。ちょっとびびっただけ」


 香澄の狼狽えぶりを見るに、ちょっとじゃ済まなそうな雰囲気である。でも当のご本人は、メンチカツをトッピングしたカレーが気に入ったのか、美味しそうにひょいぱく。聖職者みたいな出で立ちであるが、どうやら肉類は大丈夫らしい。


「君たちが言うアンドロメダ? あそこの大精霊はいま気が立っているからね、一応忠告に来たんだ」

「気が立ってるって、何か理由があるのですよね、エル・シャダイさま」

「シャダイでいいよ、イン・アンナの愛し子。アンドロメダ全体が今、悪しき精霊信仰で塗りつぶされようとしている。宇宙開闢かいびゃく以来の銀河粛正が、行われるかも知れない」

「惑星単体ではなく、銀河全体をですか!?」


 驚くみやびにその通りと、シャダイは三杯目のカレーをお代わりした。よほど気に入ったのか、トッピングはもっかいメンチカツでと。

 アリスがふよふよと、サラダバーからコールスローを持ってきてことりと置いた。いや悪いねとアリスに微笑むあたり、割りとざっくばらんな大精霊さまのようだ。


「せっかく生み出した銀河なのに、創造ではなく破壊の方へ振れてしまう。そりゃ携わってきた精霊たちにしてみれば、作り直しになるから断腸の思いだろう」

「それをわざわざ、伝えに来てくださったのですね」


 するとシャダイは破顔して、大国主大神おおくにぬしのおおかみをぬっしーと呼ぶ、君たちが気に入ったからとカレースプーンを縦に振った。香澄のネーミングセンス、意外なところで役に立つものだ。


「アンドロメダを受け持つ大精霊はセラフィム。ぬっしーが話しを通しているから、向こうに到着したら一度会ってみるといい。それではみなさん、良い旅を」


 三杯目のカレーとコールスローを食べ終えたエル・シャダイは、満足そうな顔ですっと消えてしまった。全く気付いていない雅会のメンバーたちで、みやび亭は賑やかなままであった。


 ――そして風呂上がりの祭壇、囲炉裏テーブル。


「香澄、お風呂の時からずっと考え込んでいるわね」

「ああごめんエアリス、心配かけちゃったかな」


 アウトバスで髪を乾かす前に、ブラッシングで毛の絡まりを取るのはお約束。特に香澄はくるくるふわふわな髪質なので、いつも愛妻エアリスがお手入れしてあげていた。


「シャダイっち、セラフィムって言ったよね」

「ちょっ、香澄、もうシャダイっちなの?」

「あらいいじゃん、麻子。親近感の表れってことでさ」


 エル・シャダイさん、この会話を聞いているかもしれない。自分の管轄エリアにいるからね、果たして香澄が付けた愛称に喜ぶのか怒るのか。そこんとこは宇宙の意思のみぞ知る。


「セラフィムってヘブライ語で、破壊する、焼却する、そんな意味なのよ。天使のヒエラルキーでは上位三隊の識天使してんし。麻子の守護精霊、座天使ざてんしソロネとお仲間さんね」

「ほええ、うちのソロネって、天使の中ではお偉いさん?」


 うちのってあんたねと、香澄が麻子のおつむにチョップを放つ。香澄殿がご乱心ですと、麻子も両手をワキワキさせてこちょこちょ反撃。動かないでと手にブラシを持つ、レアムールとエアリスが半眼になってるよ。


 そんな麻子組と香澄組を眺めながら、みやびは囲炉裏テーブルに頬杖を突く。シャダイはセラフィムに会ってみろと言った。それが何を意図したものなのか、彼女は考えてみる。


 地球はハルマゲドン世界の終末を延長してもらっている状態だ。

 エル・シャダイは惑星単体ではなくアンドロメダ星雲を、まるっとひとまとめで延長させたらと言いたかったのかも知れない。それって何気に大仕事、ある意味で人使いが荒いとも言う。

 だがみやびとしてはアンドロメダに駅を作り、更に宇宙の中心を目指したいのだ。砂漠に例えるならアンドロメダはオアシスに等しく、それが消滅したら困るなんてもんじゃない。


「お姉ちゃんが難しい顔をしてます、ファニー・マザー」

「またとんでもないこと考えてるのよきっと。そっとしておきましょう、アリス」


 アリスが煎れてくれた魚漢字が並ぶ湯呑みのお茶、それを啜りながらファフニールは思う。我が愛妻は新たに、何を成し遂げるのだろうかと。

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