第596話 アンドロメダ星雲へ

「だいがっくせいの、なっちゅやっちゅみー!」

「みや坊、麻子が壊れた」

「平常運転でしょ、香澄」


 アマテラス号の祭壇脇に置いた囲炉裏テーブルで、なぜか浜焼きを始めた栄養科三人組と嫁たち。キラー艦隊からもらった航路データを使い、天の川銀河を離れアンドロメダ星雲に行ってみよう、そんな企画で始まった宇宙旅行である。


 ゲートは時空を飛び越えるから長期間の旅行でも、出発した日に戻れるのが良いところ。急ぐ必要もないので、天の川銀河の端っこに出た所で休憩中。


 大学生の夏季休暇は、履修する科目でスタートが異なる。

 前期試験が終わった学生さんから入るため、選択している科目によって夏休みの開始時期が変わって来るのだ。

 一般的には七月中旬から八月上旬で、後期の取得授業を決める履修登録の前日までが夏休みとなる。期間にすると五十日から六十日となり、履修科目によっては九月の末まで夏休みって学生さんもいたりする。ここが中学や高校と違うところ。


「みや坊、浮かない顔してどうしたの? なちゅやちゅみだよ」

「あのねえ麻子、香澄も聞いて。京子さんが私のお義母さんになったのよ、勉強サボるとどうなるか、想像できるでしょ」


 うひっと顔を引きつらせる麻子と香澄の皿に、トングで挟んだ焼きサザエを置く任侠大精霊さま。そして空いた所に今度は、背ワタを抜いた赤エビを並べて行く。

 披露宴は素敵だったねと、嫁たちが焼きホタテにお醤油を垂らしている。このお醤油が焦げる匂いの罪深いこと、俺は美味しいんだぜって自己主張して来る。

 アリスはアリスで、ハマグリを焼くのにご執心。聞けば貝がパカッと開く瞬間が好きらしい。私はバターにしますと、何とも言えない愛嬌のある顔で笑う。


『ラングリーフィン、聞こえますか』

「はいはーい、そっちは順調かしら、アルネ」

『居住エリアへの入居、みんな完了しました』

「オッケー、のんびりしてって、みんなに伝えておいて」

『了解です』


 披露宴でのコース料理は大成功であった。みやびはアルネ組とカエラ組を、ご褒美と言っちゃ何だが宇宙旅行に連れて来たのだ。

 航路開拓に宇宙列車の試運転と、色々手伝ってくれてる秀一と美櫻、豊と彩花のコンビもお誘いしたみやび。

 ジェシカ領事が案内役を買って出たのは、連結してるイラコ号の準備で飯塚がこっちに来たからだろう。青い人メライヤとスフィンクメアドスはまあ、強引に押しかけて来たのだが。


「徹さんと京子さんは今ごろニューヨークかな、麻子」

「そうだね香澄、山下さんとマルガはカリフォルニアだね」


 新婚旅行はアメリカと決めて手配をする中、ハドソン大統領にお勧めを聞いてみたみやび。すると大統領はみやびの縁者なら任せろと、快く引き受けてくれたのだ。

 もとより大統領は企業経営者で、系列の旅行代理店を動かしてくれました。ホテルの予約から移動に使う飛行機の手配、しかも先々でガイドが付く至れり尽くせりっぷり。

 みやびは全く意図していなかったのだが、無期限のフリーパス進呈がかなり効いてるもよう。これは各大学や民間研究機関から、ホワイトハウスに相当の圧力がかかってたみたいね。


 ちなみに京子さんが徹の離れに移ったわけで、彼女が使っていた離れに来たらどうかと、正三は山下に持ちかけていた。

 山下は産渓新聞の独身寮住まいであったから、結婚すれば退寮しなきゃいけなかった。もちろん会社から扶養手当や家賃補助は付くけれど、それでも東京の賃貸物件は家賃がお高い。

 山下にしてみれば渡りに船だったわけで、言い換えれば彼も蓮沼家の完全な住人となった次第。任侠としてのさかずきは交わしてないけれど、もはや家族も同然。


「日本は二重国籍を認めない国だけどさ、香澄」

「宇宙人との婚姻は例外なのよね、麻子」


 どこまで行っても都合が良い系外惑星法ねと、二人は焼きサザエをウマウマと頬張った。つまり山下は日本国民でもあり、ロマニア国民でもあるわけだ。ロマニアへ行けば彼は、ビゼグラーフ男性子爵の爵位持ちである。


『ラングリーフィン、今よろしいでしょうか』

「大丈夫よ、足りない食材があるのかな?」


 それは甲板のみやび亭支店に置いてある、通信用ダイヤモンドから。お店を預る一般採用メイドも、みやびはそのまま連れて来ていた。

 イラコ号担当で雅会メンバーを新たに採用しており、キッチンを受け持つ縁の下の力持ちは外せない。いつか彼女たちの中から、宇宙列車の食堂で腕を振るう料理人も現れるだろう。


『夕食は本当に学校給食カレーでよろしいのですか? ラングリーフィン』

「いいのいいの、その方が雰囲気でるから」

『すみません、その雰囲気というものがよく分からなくて』


 キャンプや林間学校で作ったカレーはなぜか美味しい、だがそれを一般採用メイドに伝えるのはちょっと難しい。彼女たちにも交代で休暇を与え、日本のオートキャンプ場にでも連れて行こうかしらと、麻子と香澄がむふんと笑う。


「トッピングを色々用意してくれればオッケーよ、あなた達が美味しいと思う味で良いから」

『かしこまりました、ラングリーフィン』


 こりゃお子ちゃま向けの甘口になるねと香澄が、ハバネロと赤唐辛子の粉末パウダーがあるから十辛まで調整可能と麻子が、揃って網にカキを乗せる。そのまま生でちゅるっと食べても美味しいが、網焼きしたカキにはまた別の美味しさがあるわけで。


「みや坊、悪しき信仰の艦隊に遭遇したら、瞬間転移で離脱するのよね」

「そのつもりだけど、敵さんの出方は見てみたいかな、ファニー」


 キラー艦隊をけちょんけちょんにした宇宙の軍勢とやら、お手並み拝見とみやびは不敵に笑う。仁義もへったくれもない外道であるならば、ブラックホールにぺいっと放り込むつもりなのだろう。いや何気にそれ、ちょー怖いかも。


 ――その頃、ここは常陸ひたち造船が所有する港の埠頭。


「お招き頂き恐縮です、國武くにたけ社長。これがお話し頂いた船なんですね?」

「そうですよ、相良さがらさん。蓮沼グループと港重工、四菱マテリアルの共同出資による事業の一環です」


 相良は産渓新聞の科学部に所属する女性記者だ。政治部の山下に紹介され訪れた彼女は作業用ヘルメットを受け取り、コンテナ貨物船並みの大きな新造船を見上げていた。


 小型の反重力ドライブを搭載してはいるが、外洋に出る気は全くない。マミヤ号とイラコ号が行っている作物の水耕栽培を、日本全国の港に導入するのが狙いだ。

 国土が狭い上に太平洋の海水温に影響を受ける日本で、食糧自給率を上げる為の試金石でもある。


「これが上手くいけば、技術を一般の農家にも開放するのですね、國武社長」

「そうです、一反歩いったんぶをワンユニットとして販売すれば、農家の方も購入しやすいでしょう。さあどうぞ、船内をご案内します」


 一反歩とは平均的な田んぼ一枚の広さで三百坪、五十メートルプールと言った方が分かりやすいだろうか。減反しても代わりの作物を栽培せず、放棄耕作地となっている田んぼは多い。そこで未来に希望を持てない米農家に、ノウハウ込みでユニットを提供する新事業である。必要なのは反重力ドライブを動かす一家の信仰心で、正しい祈りならば神道でも仏教でもキリスト教でも構わない。


「驚きました、色んな作物を栽培していらっしゃるのですね」

「水田も広義で言えば水耕栽培なんですよ、相良さん。水を張ることで土に潜む害虫や病原菌を、寄せ付けない栽培法です。古代の人類が編み出した知恵には、頭が下がる思いだ」


 葉野菜と果菜類はもちろん、根菜類は流石に土を使うが水やりは液体肥料。照明や空調に使う電力も反重力ドライブから取り出しており、四季に関係なく色んな野菜を育てることが出来る。ユニット内で完結する仕組みに、相良記者は驚きを隠せないでいた。


「需要と供給に合わせ、栽培する作物を切り替える事も容易です。輪作を考える必要が無いのも強みですね」


 毎年同じ場所で同じ科の植物を栽培すると、連作障害が起きる。ナス科であればナス・トウガラシ・ししとう・ピーマン・トマトなどが揚げられる。


 育てる作物の科によって必要とする栄養素が異なり、土の中にある栄養分に偏りが出てしまう。加えて科の苦手とする、病原菌や害虫が土に蓄積してしまう。これらが重なり合い起こる生育不良を、連作障害と呼んでいる。

 この問題を避けるため、トマトを育てた畑に次は何を植えようか、それを考えるのが農家の知恵であり輪作なわけだ。


 ユニットの水耕栽培は栄養分のコントロールが出来て、クリーンルームに近い環境で栽培するから病害虫の心配がない。結果として輪作のローテーションで、頭を悩ませることが無くなるわけで。


「画期的ですね、國武社長」

「でもJAが協力してくれるか、流通や仲卸が理解を示してくれるか、課題は山積みなんですよ、相良さん」

「それでも日本を代表する企業が足並みを揃えてる訳ですから、相応の理由があるのですよね?」

「そりゃ決まってますよ、相良さん」

「ほう」

「私らはね」

「ほうほう」

「コオロギはまっぴらご免なんですよ」

「それは……私も激しく同意です」


 でしょうと、ヘルメットを被り直し人差し指で鼻をこする國武社長。

 記者として先輩の山下が、どうして紹介してくれたのか、何となく分かった相良記者。全ての糸は蓮沼で繋がっているんだなと、彼女は口の両端を上げた。

 どうもこれ、母屋の茶の間に常連となる、新たな人物の登場かもしれない。

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