第595話 五省

 天の川銀河を五両編成の列車が航行していた。航行ってのもおかしな表現だが、飛行や走行よりはしっくりくると、栄養科三人組は思っている。

 港重工と常陸造船、それに蓮沼興産から出た廃材を、コツコツ集めてやっと出来た最低編成の五両だ。惑星タコバジルに向けて、いま試運転を行っているところ。


 先頭が祭壇を持つ機関車両。カルディナ陛下の好みで、顔は小田急ロマンスカーによく似ている。二両目が対艦ミサイルと、四属性機関ビーム砲を搭載した武装車両だ。

 三両目は食糧保管庫とキッチンを兼ねる車両。そして四両目が食堂、最後が客車の編成となっている。最終的には武装車両と客車を更に連結し、十六両編成にしたいのがみやびの構想だったりして。


「これが急行なの? みやびちゃん」

「そうよ早苗さん。目的地にすぐ行きたいなら特急、私達が普段使う移動ね。今が急行で、星々をゆっくり眺められるでしょ」


 比較的近い惑星を観光で巡るなら普通列車と、移動速度を三段階にしたのとみやびは人差し指を立てた。それはいいねと、早苗も新沼海将も顔を綻ばせる。そのうち寝台車両も取り入れるからと、意欲満々の任侠大精霊さま。


 今みやび達がいるのは食堂車両。

 栄養科三人組と嫁たち、そして早苗と新沼が、カウンターに並んで星々を眺めながら紅茶を楽しんでいた。大きめのワゴンを通したいためテーブル席は置かず、左右のカウンター席のみにするという試みもある。

 特急だと星がビュンビュン過ぎ去るので、じっくり観察できる急行はおつなもの。真戸川センセイが乗車したら、きっと喜ぶに違いない。


 秀一と美櫻はワダツミ号で航路開拓に出ており、いま機関車両にいるのは豊と彩花に四属性の近衛隊チーム。キッチンではアルネ組とカエラ組が、使い心地の確認も兼ねて調理中だ。


「問題は始発駅よね、みやびちゃん」

「ぜったい利権がらみにはしないわよ、早苗さん。運営はロマニア侯国で、社長は君主ファフニールに決めたの」


 ならば利用料金を含めた運営に関して、うるさいハエが群がる事は無さそうだ。だが土地や建設には利権が付きもの。目ざとい国会議員や、甘い汁を吸いたい団体や法人を排除するのは、はっきり言って難しい。


 早苗も新沼もそれを防ぐことは困難だと口を揃え、いっそのこと蓮沼の所有地を始発駅にしたらなんて言い出した。それも有りっちゃ有りなんだけど、みやびの思惑は更にその遙か向こうにあった。


「横須賀のアメリカ海軍基地にしようと思っているの」

ええ早苗!」

なんと新沼……」


 日本にあるアメリカ軍の基地は全て、大使館と同じくアメリカ合衆国の領土だ。

 社長であるファフニールがその場所にと言えば、それをアメリカ合衆国が受け入れたならば、宇宙人と他国の取り決めであり日本は蚊帳の外である。


「みやびちゃん、ハドソン大統領と水面下で調整したのね?」

「えへへ、しいましぇん早苗さん」

「この話しをしたくて、私と副総理を試運転に招待したわけか、蓮沼准将みやび」 

「そうなんです新沼海将。米軍基地の中であれば、左側勢力も、利権に群がりたい連中だって、どうあがいても手を出せませんから」


 末恐ろしいなと言いながら、新沼が空になったティーカップを振る。アリスがふよふよと浮いて来て、ティーポットからお代わりのダージリンを注いであげた。

 新沼はコーヒーも紅茶もストレートで飲む人だから、茶葉はダージリンが良いでしょうとチョイスしたのは香澄である。


「アメリカ軍が駐留しなくてもよい時代が来たら、始発駅は日本のものとして返還されます。それでハドソン大統領と話しはついているの」


 平成十三年九月十一日、アメリカは史上最悪の同時多発テロを受けた。ハイジャックされた民間航空機四機が、高層ビルとアメリカ国防総省に突入した事件である。

 民間人を乗せたジェット旅客機を乗っ取り、テロ組織は誘導弾にしたのだ。悪しきイデオロギーに染まった、狂信者による特攻。

 一般人を巻き込むこともいとわず、いや一般人を狙った、派手な大量殺戮の凶行と言える。そんなものに正義なんてあるわけがない、天が許さない宇宙が許さないと、みやびは紅茶を口に含む。


 標的となったニューヨークの世界貿易センターは、南北両棟が共に崩壊。当日だけでも死者は三千名近くにのぼり、もちろん犠牲者にはビルで勤務していた日本人も含まれる。


 いま日本に始発駅を作れば、テロ組織にとって格好の標的となるだろう。みやびは同時多発テロで心に深い傷を負ったアメリカにこそ、駅を守って欲しいとハドソン大統領に直談判したのだ。NASA航空宇宙局を含む科学者用に、無期限フリーパスを用意しますよと大盤振る舞いの条件を付けて。


 それがホワイトハウスを動かし、議会を動かし、アメリカ海軍を動かしたのだ。まだ公表されていないだけで、横須賀米軍基地では既に準備が始まっている。


「米軍が日本に駐留しなくても良い時代。つまり共産主義国の衰退……いえ民主化、そしてテロ組織の撲滅ってことね、みやびちゃん」

「そうよ早苗さん、地球でドンパチやってないで、みんなで一緒に宇宙へ飛び出そうって時代」


 そこまで考た上での横須賀米軍基地に始発駅。

 笑うみやびの瞳には、小学生男子が将来は宇宙パイロットなりたいみたいな、そんな輝きで満ちている。創造へと向かう魂の発露が、全身から溢れ出ていた。

 そのまぶしさに、早苗も新沼も目を眇めた。普通は思いも付かない先まで見据えている、この任侠女子こそ総理大臣になるべきではと思えたからだ。


「キッチンの勝手が分からなくて、お待たせして申し訳ありません」

「オードブルですぅ」


 アルネが料理を乗せたワゴンを押して、ローレルがみんなに置いて行く。オードブルとはフレンチに於ける前菜のことで、続くコース料理に期待感を抱かせる華やかさが命だ。

 そこはアルネ組とカエラ組、ホウレン草のテリーヌで来ました。ソースで星が流れる絵を皿に描いているのだが、このソースが美味しい。


「ブイヨンにとろみを付けた、ソースって言うかジュレだよね、香澄」

「黄金色のジュレと緑色のテリーヌが映えるよう、濃紺の皿にしてるよ麻子。絵も上手だし、やるなあ」


 そこへカエラがワゴンを押し、ティーナがスープを並べて行く。二台のワゴンがすれ違える幅、それでカウンター席のみにした実験である。このスープから、コース料理の本格的なスタートだ。


「キノコのクリームスープになります、熱いので気を付けて下さいね」


 そう言いながら、カエラもワゴンを押してキッチンへ戻っていく。ティーナは空いたお皿をお盆に乗せて、回収してから戻っていった。

 次は最初の主菜である魚料理が来て、口の中を一旦リセットするシャーベットだ。そして二番目の主菜である肉料理、最後にデザートが出て来てフィニッシュとなる。


 給糧艦イラコ号で披露宴に出す料理を、みやびはアルネ組とカエラ組に任せてみたのだ。このコース料理は四人が考えた、メニューの試食会でもある。

 中世のフランスでは一気に料理をテーブルに並べ、豪華さを演出するのが主流であった。ただしその場合、せっかくの温かい料理が冷めてしまう。

 温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに。一品ずつ提供するサービスへと変化したのが、現代のコース料理と言える。


「舌平目のムニエル、美味いですね副総理」

「いくらソースが美味しいからって、バゲットそんなに食べると次の肉料理が入らなくなるわよ、新沼海将」


 あいやそうだったと、バゲットの籠に伸ばしかけた手を引っ込める新沼さん。この人は茶目っ気も持ち合わせているから、見ていて好ましいとみやびは目を細める。


「蓮沼准将、先日お渡しした色紙、どう思われましたか」

五省ごせいのことですね、新沼海将。気に入ったので、アマテラス号の祭壇に飾ります」


 それは良かったと、やっぱりバゲットに手を伸ばしちゃう新沼さん。

 五省は海軍五省とも呼ばれ、昭和七年から現代まで、今も受け継がれている。海上自衛隊の、士官学校に掲げられている訓示のことだ。


 ひとつ、至誠しせいもとかりしか。

 (真心に反することはなかったか、真剣だったか)


 ひとつ、言行にづるかりしか。

 (言葉と行動に恥ずかしいところはなかったか、言行は一致していたか)


 ひとつ、気力にくるかりしか。

 (気力が欠けていなかったか、覇気はあったか)


  ひとつ、努力にうらかりしか。

 (努力不足ではなかったか、後悔しないよう研鑽を積んだか)


 ひとつ、不精にわたかりしか。

 (不精になり面倒くさがり、手を抜かなかったか)


 現代にも通じる、自衛官でなくとも当たり前の生き方が示されている。

 その根底にあるのはどんな状況に陥ろうとも、けして人間性を失わない強固な意思だ。この訓示は厳しくも読む者に語りかけ、道を指し示してくれる。


 人間性を失う、それは十界に於ける三悪道へ落ちる事に他ならない。今の日本はどうだろうかと、みやびは窓から見える黄土色の惑星を眺めた。水が液体として存在しておらず、生命を育むには不向きな星だ。


 科学の歴史とは起きた事象から原因を突き止める戦いだったはず。

 だがその科学者でさえ、人に降りかかる不幸を『運』という最も非科学的な言葉で

片付けようとする。


 貧しい家に生まれるのも、裕福な家に生まれるのも。

 五体満足で生まれるのも、何かしらの欠陥を抱えて生まれるのも。

 特別な才能があるのも、凡才であるのも。

 その原因は魂に刻まれた、前世の行いだとみやびは改めて思う。かつて日本人はそのことわりを、頭では理解できなくとも心で感じていたはず。どうして忘れてしまったのだろうと、みやびは不毛の惑星から視線を外すのであった。

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