第594話 京子さんの昇天
「徹さま、京子さま、ロマニア侯国では節句の日に特別なイベントがあるのです」
徹にビール大ジョッキを、京子にタコ焼きを手渡すティーナが、真顔でそんな事を言い出した。もちろん二人とも興味を持ち、歩くスピーカーにどんなイベントなのと尋ねるわけだが。
「ロマニアの節句と言えば春節と秋節よね、ファニー。イベントとかあったっけ?」「無いわよみや坊。農業を司る精霊に感謝の祈りを捧げる、厳かな行事なんだから」
近衛隊の
当然ながら源三郎の嫁であるマーガレットを含め、いつもの台所チームが運動会テントに回り中でコソコソ隠れている。栄養科三人組と辰江、特にみやびとファフニールから追求されると、口を割らざるを得なくなるからだ。
「未婚の男女が、手を繋いでフォークダンスを踊るんです」
「それはなんだか、牧歌的でいいなティーナ」
「でしょう! 徹さま。京子さまもぜひぜひ、参加して下さい」
目が点になってしまう栄養科三人組。
リンド族は竜だから、歌や踊りは嫌いじゃないが苦手。それじゃ歌って踊れる料理人になれないから訓練の一環として、近衛隊にフォークダンスを教えた経緯がある。
すると庭に、オクラホマミキサーの曲が流れ始めた。源三郎さんがCD コンポを庭石の上に置いて、
体育祭では定番の曲だから、徹も京子も知っている。近衛隊が二人の手を引いて、と言うか強引に輪の中へ引っ張り込んだ。もちろん山下と早苗に桑名も、近衛隊の餌食となる。一応独身だからね、断り切れない状況を構築されたとも言う。
「フォークダンスだから、特に問題はないよね、麻子」
「そうなんだけどね、香澄。でもこれで終らない気がすると言うか何と言うか」
オクラホマミキサーは二人がペアとなり、みんなと二重の輪になって踊るフォークダンスだ。ターンの時に踊る相手が入れ変わる、カップル・ミックス・ダンスと呼ばれている。
つまりお目当ての人が内側の円にいれば、自分は外側の円に入るって事。その逆もまた然り、ホップ・ステップ・くるりと回って次のお相手と手を繋ぐ。
このフォークダンスを考えた人、恋愛の神様じゃあるまいか。もちろん好きじゃない相手とも順番は巡ってくるが、話しかける事すらままならない想い人と、手を繋いで踊れるチャンスなのだ。
「徹さんが内側の円で、京子さんが外側の円だね、麻子」
「分かったよ香澄、二人が手を繋ぐように仕向けてるんだわ」
「あ、山下さんが外側で、内側にマルガがいる」
「もしかして、これも仕組んだのかしら」
それだけなら可愛い策略ねと、麻子組も香澄組も微笑み合う。でもみやびとファフニールは、それで終るかしらと目が離せないでいた。思い出せないが心の奥底に、何か引っかかるものがあるからだ。
楽しい曲に合わせ、パートナーが入れ替わっていく。山下も早苗に桑名も、学生時代を思い出したのか楽しそうだ。そして徹と京子、山下とマルガのカップルとなったその時、事件は起きたのだ。
「総員、かかれー!」
ティーナの掛け声と共に、近衛隊が徹と京子、山下とマルガを取り囲み、押しくら饅頭を仕掛けたのだ。突然の出来事ではあるが、男衆がジョッキを片手に大笑い。
そしてなぜか早苗と桑名が、いいぞもっとやれと声を上げている。このお二人さんは作戦を成功に導く、
そしてみやびとファフニールはと言えば、なんてデジャブと呆れ返っていた。
かつてティーナとローレルに
アルネ組とカエラ組、もしかすると恋愛を司る精霊になるのやも。イタズラ心が満載の、ちょっと困ったキューピットになりそうだけど。
「き、君たち、苦しい。京子さん大丈夫か」
「だいじょぶれふ、わらしひあわへえ」
「京子さん? おい京子さん!」
“ぷしゅう”
そんな音が京子さんから、聞こえたような聞こえなかったような。
憧れの人と手を繋いで踊った上、近衛隊にぎゅうぎゅう押され、意図せぬチークキスを繰り返しちゃったのだ。
幸せそうな顔で気を失い、縁側に寝かされた京子さん。アリスが昇天と書かれた団扇で、彼女の顔をパタパタ扇いでいる。
「三日間の独房入りと言いたい所ですが、残念ながらここに独房は存在しません。そうですよね、
「仰る通りです、
普段はさん付けやさま付けだが、こんな場面ではお互い敬称で呼び合う。みやびとファフニールの前で
「
「そうね
それって今この場で食いだめしろってことよねと麻子が、そうだよねと香澄が、まあいいじゃないと辰江が、顔を見合わせクスクス笑う。
職務上レアムール隊長とエアリス副隊長が、むむむという顔をしている。だが総監であるみやびの決定だから、まあいっかと苦笑し頷き合った。
でも源三郎さんには後でお話しがありますと、怪しい笑みを浮かべる辰江さん。正三も蓮沼家の家長としてお話しがありますと、早苗と桑名にジャブを放つ。
そんなこんなで、お祭り縁日は再開された。みやびのお沙汰が影響したのか、何気に作る量がてんこ盛りマシューになっている。
「徹さんどうかしたんですか? 手のひらじっと見て」
「山下か、なんでもない……いや、同じ目に遭ったお前になら話してもいいか。女の柔肌に触れて、久しぶりに体が熱くなった」
それを聞いた山下、頭に手をやりはにかんだ。
「俺もマルガとゼロ距離で密着して、その、竿が反応しました」
「だろうな、どうするんだ? マルガも知った上で参加した訳だから、告白されたも同然だろう」
「そうですね、徹さん。取材で気心も知れてるし、俺もそろそろ身を固めようかなーなんて」
徹はそうかと頷き開いていた手を握り締め、まだ縁側で昇天している京子をチラリと見やる。この人も決めたのかなと、山下は記者の勘でそれを悟った。そして男二人は空を見上げる。満天の星空が自分らに、微笑みかけているような気がしたからだ。
その翌日。
徹は京子を伴い、蓮沼家の菩提寺へ墓参りに出かけた。
山下はマルガを連れて、横浜にある自身の実家へ向かった。
近衛隊の思惑は成功し、見事に二組の夫婦を生み出したのだ。戻った京子さんはおんおん泣いていた。きっと一生忘れられない泣き顔、みやびはそう思った。
――そして数日後、ここは蓮沼家の母屋。
「式はビュカレストの大聖堂だよね、みや坊」
「山下さんにはそのまま儀式に入ってもらって、目覚めたら披露宴かな、香澄」
「ねえ二人とも、問題は会場をどこにするかよ」
そう言って辰江がお茶をすすり、麻子もそこよねと頷く。
場所は探せばいくらだってある。ただ蓮沼総合体育館で講演会を行った時のように、左側のアフォどもに侵入されては面倒くさい。
テーブルを囲んで午後のお茶を楽しむ中、そう言えばとみやびが雷おこしに手を伸ばした。給糧艦イラコはどうかしらと。
「まだ内装を始めたばかりで、だだっ広いフロアがあるのよね」
「それナイスアイディア! みや坊。いいよね麻子」
「宇宙なら誰も邪魔しに来れないし、安心して関係者を呼べるものね、香澄」
ウェディングケーキは何段にしようかしらと、何とも気の早い香澄。そこへすかさずみやびも麻子も、ピサの斜塔は止めてよねと突っ込みを入れる。
そこへ京子さんとマルガが縁側から、ご相談がと上がってきた。みやびの離れで妙子さんから、ドレスの採寸をしてもらっていたのだ。
披露宴で衣装替えを三回するらしく、妙子さんがもう張り切っちゃってる。その妙子さんに尋ねられたようで、引き出物はどうしたものかしらって相談みたいだ。
「そっか、ロマニアでは結婚式に引き出物って習慣ないものね、辰江さん」
「佐伯さん・黒田さん・工藤さん・源三郎さんの時は、まだ宇宙人の存在を明らかにしていなかったわ。だからエビデンス城の貴賓室だったのよね、みやちゃん」
「お父さんの場合は社長だから蓮沼興産の任侠チーム、山下さんの場合は産渓新聞の関係者。早苗さんと桑名さんも呼べるし、みやび亭の常連さんも顔馴染みだからみんなご招待出来るわ」
それで引き出物に悩んでるんですと、京子さんもマルガも眉を八の字にした。はてどうしたものかと、顔を見合わせる辰江さんと栄養科三人組。
すると台所からマーガレットが来て、松前漬の入った小鉢をテーブルに置いた。みやびがどう思う? と尋ねたら、彼女はいとも簡単に答えてくれた。
「皆さん飲兵衛……もといお酒好きですから、日本の銘酒セットでよろしいのではないでしょうか」
庭で満君チームと遊んでいた源三郎も、そうですねと愛妻に同意を示した。それなら惑星イオナから招待する人も、きっと喜ぶでしょうと。
うんうんそれで決まりだねと、頷き合う栄養科三人組と嫁たち。そこへその様子では決まったみたいねと、妙子さんもお茶しに縁側から上がるのだった。
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