第593話 京子さんの危機(3)
ひとつの左翼暴力組織が消滅した事実を、左側マスコミは一切報道しなかった。取り上げたのは山下の産渓新聞をはじめとした、中立と保守のマスコミのみ。そうですね報道しない自由ですねはいはいと、予想通りだから蓮沼家の面々も気にしない。
だが人の口に戸は立てられない。
近衛隊と仲が良い大学政治研究連合会のメンバー達は、事の真相を知っている。組織を物理で葬ったのは、何を隠そう党首みやびであることを。情報をリークしちゃった張本人は、もちろんあの子です歩くスピーカー。
それがメール党員にも伝わり拡散され、ネットが盛り上がりを見せていた。けして炎上ではなく、みやび党に対する拍手喝采と応援である。
ただしなんか知らんけど、京子さんの写真とプロフィールまで流出することに。ネット民の情報収集能力、恐るべしと言うかそれマズいでしょ。
――ここは蓮沼家の母屋、みんな縁側に並んでティータイム。
「この画像は高校の卒業アルバムで使われたものね、誰よネットにアップしたの。弟からは姉ちゃん有名人だねって、からかいメールが来るし頭が痛いわ」
スマホを操作しながらプンスカピーの京子さん。
だが大学生時代の自動車レース戦歴から、車好きのファンも付いたっぽい。座右の銘が『
「グローバルIPアドレスから、個人情報を流出させた犯人は特定できるわよね、香澄。サイトの運営に投稿を削除してもらうことだって」
「無理よ麻子、ここまで拡散されたら大元を削除したって、あっちこっちにコピーが出回っているわ」
本人の預かり知らぬ所でネット界隈から、時の人となった京子さん。目鼻立ちは整っているし、スタイルだっていい。蓮沼家ではノーメイクのスッピンだけど、美人なのは誰もが認めるところ。
取りあえずどんな京子さん情報が流出しているのか、ノートパソコンとスマホを使って洗い出す。幸いなことに嘘とか紛らわしい話しは流布されておらず、好意的なものばかりでホッと一安心。
「あれ、京子さん教員免許持ってたんだ」
「教師になるつもりは無かったんだけどね、みやちゃん。ついでに取っておいたの」
どおりで勉強の教え方が上手なわけだと、お世話になった栄養科三人組は感心しきり。だがそう考えると大学時代の知り合いにも、ネットに情報を流出させた人物がいそうだ。
「そう言えば京子さん、どうして蓮沼興産に?」
「あはは、当時は今と違って就職難だったのよ、みやちゃん。数打ちゃ当たるってノリで、色んな企業の面接を受けたわ。運が良かったのかな、内定が二つ決まって」
そこまで言って、なぜか彼女は口を閉ざしてしまった。
内定が二つ来たなら、蓮沼興産を選んだ理由があるはず。栄養科三人組と嫁達、そしてマーガレットの視線が、京子さんに集中する。
「京子さん、なに縁側にのの字書いてるのよ。面接のとき徹さんに、一目惚れしたからなんでしょ?」
それは庭で満君とクロヒョウ達の、遊び相手をしていた辰江さんであった。
全くの初耳で、みやびがスマホを落としそうになる。麻子と香澄もポカンと口を開けたまま、再起動にちょっと時間がかかりそう。
「ちょちょ、ちょっと辰江さん!」
「何年一緒に過ごして来たと思っているの、見てれば分かるのよ」
顔を真っ赤にして、陸に上げられた魚みたいに口をパクパクさせる京子さん。
押し並べて鈍感なリンド族だが、全てがそうって訳じゃない。辰江さんは割りと勘が鋭いリンド。幼かったブラドの妙子に対する恋心も、アグネスのパラッツォに対する恋心も、ちゃんと見抜いていた。
「みんなお願い! この件は胸にしまっておいて」
「それでいいの? 京子さん」
拝むように手を合わせる京子に、思わずみやびは尋ねていた。篠原京子は今年で三十一歳、このまま片思いのままで良いわけがないと。そこでようやく再起動した麻子と香澄が、これは意外とびっくりしている。
「京子さんが義理のお母さんになるけど、いいの? みや坊」
香澄に問われたみやびは、顎に人差し指を当てていつもの癖を披露した。単純な好き嫌いではなく、彼女は縁を大事にする。こんな近くにいるならば、前世で縁を結んだ人に違いないと。
「京子さんならいいかな」
「いや、ちょ、みやちゃん! みんなも
縁側ではいはいと、みーんなによによしている。
だが台所ではアルネ組とカエラ組が、クッキーを焼いてたりして。寮で近衛隊も焼いており、手狭だから母屋を借りに来ていたのだ。
つまりその、
――そして蓮沼興産本社ビルの会長室。
「俺と徹が京子を採用した理由? 何でまたそんなことを」
「だってほぼ蓮沼家の住人じゃない、お祖父ちゃん。何か特別な理由があるのよね」
ファフニールがドリップしてくれたコーヒーを手に、正三はそうだなと記憶を掘り起こすように天井を見上げた。そして何故か、くつくつと笑い出す。
「徹は大学時代ラリーレースに明け暮れた、京子のバイタリティが気に入ったんだ」
「お祖父ちゃんは?」
「俺はな、京子の徹を見る瞳が気に入った」
「……はい?」
どういうことだろうと、顔を見合わせるみやびとファフニール。
みやびの亡き母である静香は東京生まれの東京育ち。ちゃきちゃきの江戸っ子で気っ風が良く、肝っ玉も太かった。
静香がいなかったら正三と工藤のどっちか、またはどっちも、新宿歌舞伎町で死んでたかもしれない。(※166話/167話)
そんな静香に徹は惚れたわけで先立たれた後は、再婚の意思は無いと公言していたのだ。正三としては息子に再婚してもらい、子供を設けて欲しかったと話す。
「俺と辰江の間に子供が出来ても、まあ今の満だがリンド族の直系だ。族長であるファフニールさんとブラド七世に何かあった場合の、大事な血筋と辰江から釘を刺されていた」
「それでお父さんの後妻に京子さんが相応しいと、採用して会長秘書にして、勤務先を蓮沼家にしたわけね?」
まあそういうこったと、正三はコーヒーを啜った。徹と初めて顔を合わせた時の、京子のトキメキ顔は面白かったと言いながら。そしてみやびの義弟や義妹が出来たならば、蓮沼興産も安泰だろうと。
「お父さん、京子さんの気持ちに気付いてるのかな」
「いや……あいつ多分、全く気付いてないな、みや」
何て鈍感なのと、がっくり肩を落とす任侠大精霊さま。かく言う自分も京子さんの恋心に気付かなかったから、親子揃って同罪かもと項垂れてしまう。
「何か切っ掛けがあれば良いのですが、正三さま」
「そこなんですよね、ファフニールさん」
アルネ組とカエラ組がお裾分けしてくれた、焼きたてクッキーをポリポリ頬張る三人。蓮沼家でいま何が起きているかは、知る由もない。
近衛隊の寮では既に噂となっており、マルガも守衛所で耳にしちゃう。夕方帰宅するコーレルとベネディクト、アメリアとシオンにも伝わるだろう。
リンド族というか竜族は、無意識のうちに序列が働く。それは子孫を残す本能であり、上位者の恋路を無条件で応援する性質だったりする。
ロマニア侯国の宰相であり近衛隊総監の父君に、再婚話があると聞けば盛り上がっちゃうのだ。これが嫉妬や妬みという負の感情を抱かない、竜族の良いところ。
――そして夜の蓮沼家。
七夕だから庭で立食パーティーしましょうと、急に近衛隊から提案が。
五節句のひとつだから、もちろん源三郎が竹と短冊を用意していた。だがよく近衛隊が日本の節句を知っていたなと、みやびは感心するよりも訝しんでいた。拒む理由がないので許可したけれど、なぜに立食パーティーなのかしらと。
琴座のベガが
天帝の娘であった
そりゃ無いだろうと思ってしまうが、考えてみれば現代でもあり得そうな話し。神話伝承には、何かしらの真実が隠されているのかも知れない。
怒ったお父ちゃんが娘の婿を、遙か彼方へブン投げキラリンと消える。アニメや漫画の絵面に割りと合いそうだ。
悲しみにくれた織女を見かねた天帝が、七月七日にだけ逢う事を許した。それが日本で一般的に伝わる、七夕伝説である。ロマンチックと言うよりは家族の内紛で、ちょっと笑えない話しではある。
「麻子は短冊になんて書いたの?」
「ズバリ、世界平和ならぬ宇宙平和だよ、香澄殿」
「おおう、スケールがでかい。私は子供が三人は欲しいって書いたわ」
リンドの女子が受胎して産卵するまでは、十年かかるのだ。三十年計画なのねと、愛妻のエアリスが頬を朱に染め身をくねらせている。
運動会テントとみやび亭屋台を出してもらい、近衛隊はお祭り縁日を企画したもよう。トウモロコシを焼くお醤油の匂い、お好み焼きから漂うソースの匂い。いろんな匂いが混じり合うけれど、この雰囲気は日本人が好むもの。
はてさて、近衛隊の乙女たちは何を企んでいるのやら。主犯は歩くスピーカーで間違いないのだが、アルネとカエラにローレルもきっと共犯なのだろう。
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