第592話 京子さんの危機(2)
幹部たちに引導を渡したそのタイミングで、みやびの透明化が時間切れ。まあ京子さんは救出済みだから、後は暴れるだけであるが。
「なんで蓮沼の娘がここに、お前ら早く捕まえろ!」
「
地属性の最大奥義、伸びて枝分かれした蔦が構成員たちに巻き付き、あちこちから骨が砕ける乾いた音が響き渡る。そして廊下の反対側から迫ってきた構成員たちに、みやびは風属性と地属性の合わせ技を放った。
「
構成員どもをなぎ倒し壁と床を崩壊させ、奥のエレベーターまで破壊した。フロアの東側がひん曲がった鉄筋にコンクリート片、崩れた壁材と床材で見る影もない。三階の床をぶっ壊したから、二階のフロアが覗ける。千切れた屋内配線が垂れ下がり、バチバチ火花を散らしていた。
「お姉ちゃん無詠唱で発動できるのに、やっぱり
「生き残った奴が語り継ぐでしょ、蓮沼には手を出すなって」
やっぱりわざとなんですねと、ポケットのアリスが微笑む。ブランブル・プリズナーで手足がおかしな方向に向いている、屍を踏み越え更に西側のフロアへ向かう任侠大精霊さま。すると二階にいた構成員たちが、非常階段から上がってきた。なんでここに蓮沼がと血相を変えたが、やがてその顔は増悪へと変貌していく。
「
手加減なしだと骨すら残さず焼き尽くし灰にする、火属性の最大奥義が炸裂。灰でDNA鑑定出来るのかしらと、ふとみやびは思う。まあ出来なかったら無縁仏ねと。
さすがに壁材と床材は難燃性素材を使ってるのねとみやびが言い、お姉ちゃんそこなのとアリスが突っ込む。
けれど火属性魔法を使ったのはまずかった、火災検知器が作動し、天井のスプリンクラーから水が降り注いだ。ずぶ濡れになりながら、灰が流されたらお墓も立てられないわねとみやびは呟く。
その時プレートに議長室と書かれたドアが開き、拳銃を手にした女が出て来た。どうやらこいつが、極東広生舎の最高幹部らしい。
だが女は銃を構えたものの、みやびの顔を見るなり急に怯えだした。あら撃たないのかしらと、みやびは水のカーテンを進みズンズン迫って行く。
「さっさと撃ったらどうなの、この距離で外すなんてことないでしょう」
それでもトリガーを引かず女も濡れながら、しかしカタカタと震えていた。もしかしたらこの女、みやびを銃撃したらどうなるか、知っているのではあるまいか。そうとしか考えられず、みやびの勘がピコンと働いた。
「成る程、カウム真理教を動かしていたのは貴方なのね。洗いざらい白状するなら、命だけは助けてあげるわよ」
みやびの瞳が虹色のアースアイに輝き、女が持つ拳銃の銃口をむんずと掴んだ。返答次第によってはみやび、ブラックホールに放り込むかも知れない。
みやびが放つオーラに
“蓮沼には手を出すな”
関東に事務所を構えるその筋では、もはや触らぬ神に祟りなしの扱いであった。だ
が極東広生舎は同業者からの忠告に耳を貸さず、カルト教団と手を組み蓮沼を舐めてかかったのだ。
その代償はあまりにも大きく、みやびの精霊天秤を破壊の方へ大きく振らせてしまった。蓮沼に手を出したひとつの極左暴力組織が、壊滅した噂は全国に響き渡ることとなるだろう。
――その頃、蓮沼家の母屋では。
結局あの後から酒盛りを続けてたりして。
下手に付いて行けば範囲魔法の巻き添えになると分かっているからで、吉報を待ちましょうと杯を重ねているのだ。
本人が無敵な上にアリスという、これまた手に負えない護衛がいる。心配するのはみやびじゃなくて、一方的に蹂躙される相手の方だと誰もが信じて疑わなかった。
そんな中、京子さんがしょんぼりへにゃんの涙目だったりして。
テーブルに置かれているのは彼女のスマホだが、監禁されるとき奴らに壊されたのだ。ボディケースはくの字に曲がり、液晶も割れてしまっている。
「あーあ、新機種に買い換えたばっかりだったのに」
「京子、命あっての物種って言葉、知ってるか」
正三に諭されるも、やっぱりしょんぼりへにゃんの京子さん。そこで顔を見合わせる、麻子と香澄のお二人さん、どうやら思う所があるらしい。
「二人でやれば出来るよね、麻子」
「きっと出来るよ、香澄」
ちょっと借りますと麻子がスマホを手元に引き寄せ、香澄と一緒に手をかざした。それぞれの魔方陣が現れ、スマホが白く淡い光に包まれる。
怪我や病気の治療であれば、等価交換だから代償となる生命が必要。けれど機械であれば修復に代償は不要で、魔力と術者のセンスがあれば良い。光が消え、そこには壊される前のスマホがちゃんとあった。
「うっそ、うわ電源が入る!」
電話帳にメール、ミュージックにフォトアルバムと、データをチェックする京子さん。どのファイルにも破損はなく、本当に元通りなのだ。これには山下が口をあんぐり開けており、早苗さんも桑名もお地蔵さん状態。
「みんなも練習しねえとな、佐伯、黒田、工藤、源三郎。もちろんアンガスもだ」
正三が目を細め、男衆もやりましょうと頷き合う。精霊化したからこそ
「俺がやったらスマホがガラケーになっちゃいそうです、会長」
「俺もやりそうだよ、源三郎」
茶の間が笑いに包まれ、いつも通りの蓮沼家に戻る。そこへみやびが、ただいまーと帰って来た。濡れた服は火属性と風属性の合わせ技で乾かしたけど、髪の毛があちこち跳ねているのはご愛嬌。
ファフニールがヘアブラシを出して来て、みやびの後ろに座り髪をとかし始めた。これは愛妻である私の仕事よと、顔にすっかり書いてある。
「首尾はどうだった、みや」
「極東広生舎とカウム真理教は繋がっていたのよ、お祖父ちゃん。最高幹部を生け捕りにしたから、八咫烏に引き渡したわ」
やったわ後は任せてと、八咫烏棟梁の早苗が胸をポンと叩く。ビルはどうなりましたかと尋ねる山下に、半壊させたわよと涼しい顔で返す任侠大精霊さま。やっぱりそうなるよねと、結果は見えていたのか誰もが納得してしまう。
「副総理、この報道はどうすれば良いでしょうか」
「あら簡単よ山下。宇宙人が友人である京子さんを拉致監禁した、左翼勢力に天誅を加え壊滅に追い込んだ」
「そうか、みやびさんが宇宙人に置き換わるだけで、嘘ではありませんね」
こうしちゃいられないと、山下は席を立つ。本社に戻って特ダネを書くつもりらしい。彼は酒を飲んでいるので一緒に行ってもよいかと、車の免許を取得したマルガがファフニールに視線を送る。もちろん良いわよと、ファフニールは微笑んで頷いた。
「マルガったら、スキップしそうな勢いで山下さんに付いて行きましたね、レアムール隊長」
「良い雰囲気になってきたわね、エアリス。これがあるからマルガは夕食で、お酒を口にしないのよ」
お酒を飲んだリンドが警察のアルコール検査を受けたら、どんな判定が出るんだろうと、そんな話しに流れる栄養科三人組。持ってきて試しますかと、桑名が笑いながら焼きトン串を頬張った。
――そして翌日の夕食、蓮沼家で同じメンバーが集まり酒盛り。
まずは升酒を三合飲んだ辰江さんがチャレンジしたけど、
そんな馬鹿なと桑名は、電子式非接触型のアルコールチェッカーも試すが、結果は同じ。京子さんは普通に検出されたので、道具が悪いって訳じゃないもよう。
「妙子さん、チェシャ、聞こえるかな」
『感度良好よ、みやびさん』
『よく聞こえておりますにゃ、みやびさま。何かありましたでしょうか』
「リンドの吐く息からアルコールが検出されないのは、どうしてかしら」
すると通信ダイヤモンドの向こうから、妙子さんとチェシャの笑い声が聞こえて来た。何でと顔を見合わせる、麻子と香澄、そして蓮沼家の面々。
『みやびさま、リンドは口に入れたものをエネルギーだけでなく、魔力に変換するのでございますにゃ。お忘れですか?』
『そうよみやびさん、お酒で楽しい気分にはなるけれど、吐く息にアルコールなんて出て来ないわ。まあ気持ちが高揚するから、ハンドルは握らない方が無難だけど』
あいやそうだったと、リンドの特性を改めて思い出す栄養科三人組。だからリンドはトイレに行く必要が無いのだ。蓮沼組任侠チームがエビデンス城を改築するまで、トイレは人間用として一階に一カ所だけだったのだから。
「便利と言えば便利よね、桑名」
「そういう問題なんでしょうか、副総理」
お酒をどんなに飲もうとも、酒気帯びにも飲酒運転にもならないリンドの竜。日本で警察のお世話になることは、未来永劫なさそうだ。
そんな訳で酒盛りを再開。今日はもう出かけないから飲んでいいぞと、徳利を向ける山下と、嬉しそうに酌を受けるマルガの図であった。
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