第591話 京子さんの危機(1)

 ――ここは夜の蓮沼家、お茶の間でみんなが唖然としていた。


「カウム真理教の教団施設で爆発事故って……どういうこと? 早苗さん」

「爆薬を大量製造してたみたいね、みやびちゃん。何かヘマをやらかしたのでしょう、施設は跡形もなく吹き飛んだわ」

「近隣住民の被害は?」

「建物の被害は出たけど、幸い死人や怪我人は出ていないから安心して」


 良かったとみやびは胸を撫で下ろし、自業自得だなと正三は升酒を口に含んだ。狙撃によるみやび暗殺は、ことごとく失敗している。業を煮やした敵さんが爆弾製造に切り替えたのではと、黒田がナスの揚げ浸しを頬張った。


「たぶん黒田の予想通りでしょう。どっちにしても失敗するのだけど、人の多い場所でやられたら、一般人が巻き添えになるところだったわね」


 結局は出入りをしなくても、教団が勝手に自滅してくれた。施設内にいた教祖と信者は全員死亡が確認されたと、桑名がキスの天ぷらを頬張る。だが黒幕が誰なのかは分からずじまいで、何ともスッキリしない幕切れとなってしまった。


「山下、公安の調査資料をあげるわ。まだ詳細はマスコミに流してないから、あなたの所でスクープにしなさい」

「いつもすみません、副総理」


 山下であれば、真実をありのままに報道するだろう。余計な尾ひれは付けず、正しく世間に伝えるジャーナリストだ。だから早苗は特ダネがあると、真っ先に山下へ回していた。


 そろそろご飯とお味噌汁を出してもよいですかと、マーガレットが台所から顔を出す。頃合いねと辰江が頷き、コーレルがご飯のおひつを、ベネディクトがお味噌汁の鍋を運んできた。


 そこへ電話が鳴り、みやびが受話器を上げる。


「はい、蓮沼です」

『いつもお世話になっております、ガレージ三田です。あのう、京子さんそっちに戻ってますでしょうか』

「あれ、オイル漏れの修理でそちらに伺ったはずでは?」

『修理してる間、買い物に行くと出たっきり戻らないんです。スマホに電話しても、電源が切れてるみたいで』


 取りあえずランサーエボリューションは、預ってて下さいと電話を切ったみやび。妙な胸騒ぎがして、現状をみんなに伝える。すると早苗さん、いつものごつい携帯端末を取り出した。


「ちょっと、蓮沼の関係者は全員、保護対象のはずよ」

『すみません、ランサーエボリューションが速すぎて、見失いました』


 京子さんは一人でハンドルを握る時、普通にひゃっほうとドリフト走行する。公安の車では、まるで追い付けなかったようだ。コーナーでどんどん差を広げられ、そこから裏道に入られ見失ったもよう。責めるのはちょいと、気の毒かもしれない。


「ごめんなさい、みやびちゃ……あれ? みやびちゃんはどこに」


 忽然と姿を消したみやびに、麻子も香澄も目をぱちくりさせている。蓮沼家の面々もリンド達も、みやびが何をするつもりなのか分からないでいた。

 ただ一人ファフニールだけが、心の泡立ちで気付いていた。みやびはきっと、京子さんを探しに行ったのだと。 


「お姉ちゃん、探す当てはあるのですか?」

「みんなには話してないけど、私に瑞穂さんと同じ透視能力が身に付いたでしょ」

「練習してましたものね」

「その拡張版で少し前に起きた出来事の、残留思念を拾えるようになったわ。映像として見れるから、どこへ行ったか分かると思うの」


 いよいよ大精霊に近付いてますねと、アリスが褒め称えてくれる。しかしこうしちゃいられない、京子さんがどんな目に遭っているか心配だ。ここはガレージ三田の上空、みやびは京子さんが整備工場を出た所から追跡を始めた。


「近くのコンビニに入っただけだわ、おかしいわね」


 だが京子さんとすれ違いでコンビニから出た男が、何やら慌てて隣のビルに入るのが見えた。そして買い物を終え店を出た彼女がビルの前を通りかかるや、数人の男が飛び出し京子さんをビル内に引っ張り込んだではないか。


「アリス、そのままポケットに入っていてね」

「分かりました、お姉ちゃん」


 いつか麻子の実家である東天酒家で、みやびが一瞬見せた透明化。光属性であるブラドの特技を、イメージして身に付けた技である。敵対する相手ならば、みやびはきっと顔バレしているはず。ビルの防犯カメラに映る訳にはいかず、こんな時こその透明化だ。


「早苗さん聞こえるかしら」

『みやびちゃんびっくりしたわ、今どこにいるのよ』

「ガレージ三田から百メートルほど先にある、三階建てビルの前よ、隣のコンビニが目印。ねえ早苗さん、極東広生舎ってどんな組織か知ってる?」

「それ、関西から進出してきた極左暴力組織よ」


 成る程ねと頷くみやびの顔が、徐々に険しくなっていく。これは出入りが始まるなと、ポケットのアリスがみやびを見上げている。


「京子さんは極東広生舎に拉致されたの、救出も兼ねた出入りをするわ」

『みやびちゃん、それどうやって突き止めたの? いえ……聞いても詮無きことね、周辺の道路を封鎖するからちょっと待ってて』


 なるべく早くお願いしますと、みやびは通信を切った。するとしばらくして、徹から着信が入る。


『みや、一発目の要求が来たぞ、三億だそうだ』

「何か安すぎない? お父さん」

『何度も要求を繰り返し、蓮沼の資金力を弱めたいんだろう』

「それってオレオレ詐欺で、高齢者からお金を搾り取るのと一緒ね」


 実際オレオレ詐欺の元締めを辿っていけば、暴力団か極左暴力組織に辿り着くのは鉄板。応援はいるかと徹は言うが、大丈夫任せてとみやびは通信を切った。

 あちこちにパトライトが見え始め、ビルの前に数台の車が駐まる。八咫烏のご到着で、これで準備万端。


「おかしいな、蓮沼さんはどこだろう」

「ここにいるわよ」

「……はい?」


 声はすれども姿は見えず。まあビルを倒壊させた前例もあるから、八咫烏もみやび耐性はそこそこ付いているもよう。そんな彼らにみやびは、物理無効の祝福をかけてあげた。


「それじゃおっ始めます、逃げ出す奴はとっ捕まえてね」


 そう宣言して、みやびはビルの中へ突入していく。京子さんの映像は地下に連れて行かれる姿で、監禁された部屋の前には見張りとおぼしき男が二人。椅子とテーブルを置いて、ポーカーをしている。


「用済みになったら、東京湾に沈めるそうだ」

「いい体してるのに、ちょっともったいねえな。殺す前にやらせてくれって、幹部に頼んでみねえか」

ヘブンス・ジャッジメント天罰!」


 手加減のない雷撃が外道に落ちる。目や鼻、口や耳、穴という穴から湯気が立ち登り、男二人は絶命に至る。どちらかがもっているはずの、鍵を探すのも面倒くさい。みやびはリンドの血から授かった筋力で、扉の鍵を蹴破っていた。


「誰?」

「良かった、京子さんが無事で」

「みや……ちゃん?」


 縛られているわけでもなく、顔に殴られたような跡もない。救出が遅ければどうなっていたか分からないが、危害を加えられる前で良かった。


「母屋に瞬間転移するね、早苗さんと桑名さんに経緯を話してあげて」

「うん分かった、ありがとうみやちゃん」


 京子さんを送り、みやびは地下のフロアを透視してみる。他に人は見当たらず、彼女は事務所を探すためエレベーターに乗り込んだ。


「蓮沼は金を出しますかね」

「出すさ。自宅に囲ってんだ、会長か社長のナオンに決まってる」


 廊下で立ち話をする構成員たち。そこへエレベーターがチンと到着を告げ、扉は開くも中に人はいない。なんだ? と顔を見合わせる彼らだが、今のみやびに情けというものはミジンコ程もない。


コキュートス冥界の氷牢!」


 水属性の最大奥義により、瞬間冷凍され倒れていく構成員たち。

 急速に冷凍された物質は凍った水分の粒子が細かく、非常にもろい物となる。ゆっくり凍らせた場合は粒子が大きく、互いに結びつき強固なものとなる。

 凍ったバナナを使い釘を打つなんて、昔のコマーシャルであったがこれは後者。みやびのコキュートスは前者であり、倒れた構成員は粉々に砕け散った。


 範囲外にいた構成員が何名か悲鳴を上げながら、向こう側の非常階段に殺到する姿が見える。どのみち外で八咫烏が、手ぐすね引いて待ち構えているのだ。生き証人は何人か残した方が良いだろうと、みやびは透視で人が集まっている部屋を見つけ出した。


「ちょうど蓮沼の縁者が通りかかったもんですからね」

「でかした、これで蓮沼から金を絞り取れる」

「何が任侠だよ。天皇も宗教も民主主義も不要、日本は俺たち革命家が変えるんだ」

「あの山下ってブンヤも、そろそろ始末した方がいいな」


 こいつらが幹部ねと、扉越しにリンドの聴力で話しを聞いたみやび。生き残ったら褒めてあげるわと、扉に向けて風属性の最大奥義を放つ。


ウィンドウ・ラージホイール風の大車輪!」


 それは草刈り機の刃をでっかくしたような、白い無慈悲な車輪。扉を切り裂き室内の幹部たちへ襲いかかり、中を血で染め切り刻む。断末魔の叫び声が響き渡り、何事かとあちこちの扉が開くのだった。

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