第590話 常備菜を色々と

 みやびが作る常備菜は種類が豊富で、味噌漬け醤油漬け、煮物に炒め物、色々作っちゃうからこのタッパ何だっけ? てなこともしばしば。

 もっともみやびがいない間に、誰かがお茶請けにしちゃうのは日常茶飯事。そんなわけで放っておいても、きれいさっぱり消費される蓮沼家である。


 ふんふーんとみやびがいま手がけているのは、ニンニクと大葉の醤油漬け。ニンニクはキロ六百円とお安かったし、大葉は家庭菜園で絶好調なのだ。

 味噌漬けと醤油漬けは冊子のレシピに載っておらず、マーガレットがみやびにくっ付いて離れない。おかずにもう一品欲しいと思った時、それだけでもご飯が進む常備菜にワクテカわくわくてかてかしているのだ。


「大葉の調味料、比率はニラの醤油漬けと同じなのですね、ラングリーフィン」

「そうよマーガレット。濃い口醤油三、日本酒一、みりん一、葉野菜ならだいたいこれでいいの」


 厳密じゃないからとみやびは笑い、手鍋に調味料を入れていく。醤油を三回し、日本酒をひと回し、みりんもひと回し。そして加熱し一煮立ちさせて、日本酒とみりんのアルコール分を飛ばす。このとき男衆の好みに合わせ、鷹の爪か輪切り唐辛子を加えピリ辛に仕上げるのも忘れない。


「計量カップで計ったりはしないのですね」

「お祖母ちゃん仕込みの常備菜だからね、深く考えなくていいのよ、マーガレット」


 割烹かわせみだと調味料の銘柄も含め、使う分量は厳格だ。それは日によって味がコロコロ変わってしまえば、大事な暖簾に傷が付くから。

 けれど家庭で作る料理はお母さんの味、お祖母ちゃんの味。毎日三食、食べる料理に微妙な変化があって、家族を飽きさせないから良いのだとみやびは目を細めた。


「洗った大葉の水気を拭き取って、調味液を入れたタッパに一枚ずつ重ねていけばオッケーよ。冷蔵庫に半日漬けたら食べられるわ、だいたい十日くらいもつかな」

「ニラの醤油漬けみたいに、頬張ってご飯をがっぽがっぽですね」

「んっふっふー、さにあらずよマーガレット。よく味付け海苔にご飯をくるんで食べるじゃない」


 うんうんあの食べ方はオツですよねと、ポンと手を叩くマーガレット。

 実は大葉の醤油漬けで同じようにしたら、口に中に大葉の風味がぶわっと広がって白米とよく合ってと、煽っちゃう任侠大精霊さま。そんなぁ漬け上がるの待ちきれませんと、胸の前で手を組み身をよじっちゃうマーガレットである。


「ニンニクの醤油漬けだと、調味料の比率は変わるのですか? ラングリーフィン」

「濃い口醤油二に、日本酒一とみりんが一よ」


 そこにお酢を少量加えるのがみやび流で、後味をサッパリさせるための工夫。こちらも一煮立ちさせて準備完了、瓶に調味液を入れニンニクを漬け込んでいく。


 みやびが醤油漬けで行うニンニクの下処理は、ちょっと変わっている。ニンニクのお尻にある固い部分は切って取り除くものだが、みやびは房のまま最初にカットするのだ。

 それを火属性の力で加熱する。家庭用の電子レンジだと五百ワットで、一房に一分半くらいだろうか。そうするとニンニクの皮が、するする剥けちゃうのである。


「加熱したから、一晩漬ければ食べられるかな」

「これも楽しみです、ラングリーフィン」


 みやび自身ニンニクは、翌日の体臭が気になるのであんまり口にしない。もっぱらこれは外で働くガテン系、蓮沼組任侠チームのためである。夏になると瓶を手提げ袋に入れ、みんなで食べてと徹に押しつけるのだ。


 そこへ京子さんが台所へ、ひょこっと顔を出した。そう言えばもうお茶の時間で、辰江さんも源三郎さんも茶の間に来る頃。


「みやちゃん、シイタケとタケノコの含め煮もらうわね。あ、サヤインゲンの胡麻和えもちょうだい」


 聞く前から冷蔵庫を空けて物色する京子さんだが、みやびもどうぞどうぞと二つ返事。こんな感じで蓮沼家の冷蔵庫が、常備菜だらけで溢れる事にはならない訳だ。


 縁側ではファフニールが、クロヒョウたちにキョンの肉を与えていた。生後三ヶ月を過ぎたら乳離れの時期で、細かく切った生肉を小皿に盛って食べさせている。

 顎が弱くなっては困るので、おやつには敢えて骨付き肉をあげる事も。やっぱり猫科の生き物で舌がザラザラしており、骨に付いた肉をこそげ取って上手に食べる辺りはさすが。


「満君とクロヒョウのおかげで助かってます、お嬢さん」

「どういうこと? 源三郎さん」

「カラスが怖がって、畑に近寄らないんですよ」


 トマトが青いうちは見向きもしないくせに、赤く色付き熟してくると被害に遭うのだ。カラスも色で食べ頃を見分けていると、源三郎は湯呑みを手に苦笑する。

 作物の鳥獣被害ではシカが一位、イノシシが二位、そしてカラスが堂々の三位だ。そのカラスさんだが知能は高く、空から来るので対策が難しい。


「でもカラスって面白いんですよ、好む食べ物にちょっとした個体差があるんです」

「人間並みに好き嫌いがあるわけね、源三郎さん」


 そうなんですと頷く源三郎に、それは意外と辰江も京子も、ファフニールにマーガレットも、話しに耳を傾ける。彼が言うには赤唐辛子を食べないカラスと、平気で食べるカラスがいるんだとか。


「か、辛いのが好きなカラスもいるのね」

「不思議ですよねお嬢さん、畑で実を付けた真っ赤な唐辛子を、平気でついばむ奴も中にはいるんです」


 リンド族である辰江とファフニール、そしてマーガレットはふうんと頷く。対して京子さんは、聞いてて頭皮の毛穴という毛穴が開いたっぽい。いわゆる条件反射。

 妙子さんと同じで辛いのは苦手ですごめんなさいと、全力で拒否する京子さん。みやびが蓮沼家で作る料理のピリ辛は、そんな彼女を基準に味付けされている。


 話しは戻るが何やかんや言って、カラスの作物被害は深刻。

 満君とクロヒョウの存在は大きいと、源三郎はシイタケとタケノコの含め煮に箸を伸ばした。今年は鳥対策でネットを張る必要もなく、畑は平和で助かりますと。


「満君は畑の果菜類を食べにいくのですよね、辰江さま」

「まあそういう事よ、ファフニール。食い荒らすんじゃなくて、くださいなって行くのよね、源三郎」

「梅雨前はイチゴでしたけど、今はスイカとメロンにご執心ですね、辰江さん。本格的な夏になったら、トウモロコシも好きになるでしょう」


 源三郎が育てているのは、生のまま食べられる甘い品種。京子さんは毎年楽しみにしており、マーガレットも去年食べたアレだと直ぐに思い出す。

 食べ物は時として心に深く残り、家族や故郷を思い起こさせてくれる。人の体は食べたもので出来ており、母や祖母の料理はノスタルジアを想起させるスパイスなのかもしれない。


「お嬢さん、鳥に絶対与えちゃいけない食べ物、知ってますでしょうか」

「そんなのがあるの? 源三郎さん」

「チョコレートとアボガド、これはダメなんです。人間にとっちゃ無害で平気なんですけど、鳥には死に至るほどの毒性があるんですよ」


 それで作物の被害を防げないのかしらと京子さんは言うが、これを個人が実行するのは法律で禁じられている。人にとっては有益な鳥もいるわけで、無差別に殺処分することになってしまうと源三郎は箸を横に振った。

 鳥を近付けない生き物を飼う、それこそが最善じゃないでしょうかと、源三郎は緑茶をすすった。

 そう言えば猫だってカラスとドンパチするわよねと、みやびはチェシャの顔を頭に思い浮かべてみる。これは後でインタビューしてみなきゃと、急須にお湯を注ぐのであった。


 ――そして夜のみやび亭本店。


「カラスでございますか? みやびさま、あんな不味い肉を」

「美味しくないんだ、チェシャ」

「食用として耐え得るならばウズラやキジバトと同様、普通に食材として出回りますでしょう。カラスは動物の死骸もついばむのです、わたくしとしてはスズメの方がよっぽど美味しいですにゃあ」


 人の姿で箸を使い、カレイのお刺身を頬張るチェシャ。江戸時代から生きてる猫聖獣さまが言うのだから、まあ間違いないのだろう。

 言われてみれば確かにと、麻子も香澄も頷き合う。食べて美味しいなら、太古の昔からとっくに食用とされてるはずよねと。


「釣りをしてるとき、ポテトチップスを袋ごと持って行かれたことがあったな、徹」

「釣り餌のイソメを、パックごと持って行かれた事もありますね、親父」


 哀れカラスさん、農家だけでなく釣り人にも嫌われているらしい。そんな中、黒田が面白い話しを始めた。カラスにだって天敵はいるけれど、その中に変わった生物もいるんだとか。


「イカ? 黒田さん」

「そうですよお嬢さん、イカは鳥の賊と書いて烏賊イカでしょう。水中活動ができる水鳥と違って、カラスみたいな普通の鳥が海中に引きずり込まれたら、反撃する術がありません」


 イカがわざと海面を漂い、わーいご飯だと寄ってきた鳥に触手を伸ばして水中に引っぱり込む。対抗手段がなく溺死して、イカの餌になっちゃうらしい。

 それで烏に賊の文字が当てられたんですと笑う、黒田が頬張っているのはヤリイカのお刺身だったりして。カラスにも苦労があるのねと、お銚子を黒田の前に置く妙子さんであった。

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