第589話 伊良湖
――ここはみやびの亜空間倉庫、宇宙船格納エリア。
マミヤ号と同型の給糧艦イラコ号が、アマテラス号に連結されようとしていた。
常陸造船から廃船となる貨物船の話しが来た時、みやび艦隊を戦闘向けに改修するか、ガチの戦闘艦を新たに錬成するかで、自衛隊統合司令部と少々揉めた。
そもそも粒子砲をぶっぱなすのもゲートを開くのも、光属性と闇属性の人材が必要となる。先の艦隊戦では満君まで投入したわけで、闇雲に戦闘艦を増やすなんて得策とは言えない。
ならば現存艦隊の改修はと言えば、こちらもちょっと無理がある。
宇宙魚雷や対艦ミサイルをいっぱい積んで発射口も増やせば、艦内の居住スペースは当然ながら縮小される事になるだろう。キラー艦隊の内部みたいに通路は狭く、配線や配管が剥き出しになるのは必定。
甲板にみやび亭の支店を置くことすら難しくなり、麻子も香澄も近衛隊も、それは嫌だわと口を揃えたのだ。ならば給糧艦を錬成して、母船と連結運用した方がいいわよねと。
給糧艦は粒子砲を一門しか持たないけれど、四属性
そこで宇宙の大海原に出るならやっぱり食糧ですよと、みやびの人たらしが発動し話しは決まり。アメロン船団とキラー艦隊がいかに食糧で苦労したか、分かっているからお偉いさん達を口説いたとも言う。
「光属性と闇属性の存在をすっかり忘れていましたね? 新沼海将」
「お恥ずかしい限りです、副総理。戦力増強とは言いつつも、操るクルーがいなくては絵に描いた餅。
アマテラス号のみやび亭でカウンター席に座る早苗と新沼に、一般採用メイドがコーヒーとチョコレートケーキをことりと置いた。ちょうどそこへ軽い振動が来て、連結作業の完了が告げられる。
イラコは伊良湖と書き、愛知県渥美半島の先端にある伊良湖岬から命名された。マミヤと同じく太平洋戦争中に実在した給糧艦で、現在フィリピンはコロン島の海で静かに眠っている。
「みんなお疲れ、みやび亭でお茶にしよう。あ、悪いけどティーナは残ってくれるかな、話しがあるの」
祭壇から手を離し紅茶にしようかコーヒーにしようか、お茶菓子は何がいいかしらと、出て行く麻子組と香澄組、そしてアルネ組。ファフニールは愛妻が何の話しをするか知っているので、先に行くわねと祭壇を後にした。
ティーナのパートナーであるカエラが私も残りましょうかと心配顔だが、みやびは大した話しじゃないからと、ウィンクして追い出した。
「ねえティーナ、飯塚とジェシカ領事が艦内で噂になってるんだけど」
短く口笛を吹いて、みやびから目をそらすティーナ。こやつはと、はにゃんと笑う任侠大精霊さま。歩くスピーカーは今でも健在で、噂の発信源はこの子で確定。
「微妙な時期にそれやっちゃうのはちょっと」
「しかしラングリーフィン、そうでもしないと、くっ付くものもくっ付きません」
唇を尖らせるティーナに、おや言うねと思わず破顔してしまうみやび。彼女が広めちゃう噂話しは、基本的に悪意は無いのだ。こうなって欲しい、こうなるべきだ、そんな願いが込められていたりする。
余計なお節介とも言うが、世話好きな近所のおばちゃん気質がティーナにはあるもよう。そのうち
頭に手を乗せぐりぐりし、みやびは程々にねと話しを終らせた。ティーナの本地はみんなが幸せに、その方向に向いているから叱れない。
これが誰かを貶めようなんて意図で悪い噂を流布するようなら、徹底的にぶっ叩くのがみやびだ。筋の通らないこと、曲がった事が大嫌いなのだから。
ぶん殴ってやりたくなるような、そんな腹黒女子は、中等部時代でも高等部時代でも散々出会ってきた。
『ねえ香澄さん、瑠璃子さんって自分を中心に地球が回ってると思ってる節があるわよね』
『そうかしら? 真美子さん。まあ態度はLだけどね、彼女は天真爛漫なだけじゃないかしら』
この会話がなぜか、香澄が瑠璃子を態度がLだって部分だけ抜き取られ、学年を一人歩きしてしまう事になる。真美子は自分の言葉として本人には言わず、香澄の言葉として周囲に言いふらしたのだ。
シカトやイジメの対象者を生み出す最低の行為で、香澄は学年で窮地に立たされることとなってしまった。
友人である麻子が必死に庇うものの、事態は好転せず麻子まで標的となってしまった。陰惨な状況に陥ったクラスの扉を、たのもーと開けて入った女子が中一時代のみやびであった。
『あなたはA組の蓮沼みやびさんだったかしら、何かご用?』
『ご用も何も、学年がおかしな事になっているわ。あなたが真美子さんね、それと当事者である香澄さんと麻子さんに瑠璃子さん、ちょっとカモン』
階段の踊り場に呼び出し真実を明らかにし、みやびは真美子にこの外道と平手打ちをかましていた。自分の気持ちは自分の言葉として語れと、他人を使い自分は安全な場所で高みの見物など卑怯だと。
この時からみやびは、麻子とも香澄とも仲良くなり親交を深めることになる。三人の友情はこの時に生まれ、色褪せることのない絆で結ばれたのだ。
事態を注視していた学園側はこの三人を、中等部の二年生以降は同じクラスにするよう決めた。由緒あるお嬢様学校で、あってはならないイジメ問題、それをひとりの生徒が自力で解決したのだから。
そして真美子は高等部に進学せず、公立高校を受験し耽美女子学園を去った。不思議なことに、自分が学生時代にどんな酷いことをしたか、加害者たちは忘れる。
真美子が学園を離れたのは、反省でも自虐の念でもなく、みやびという任侠の存在を恐れたがゆえの逃げであった。
「何の話しだったの? ティーナ」
「みんなが幸せになれる噂は、広げてもいいよって話しだったわカエラ」
何よそれと笑いフォークに乗せたチョコレートケーキを、つい皿に落としてしまうカエラ。歩くスピーカーはふふんとすまし顔で、ハチミツとシナモンを入れた紅茶を口に含む。いやいやティーナよ、みやびは程々にしてねって言ったはずなんだが。
――そして夜のみやび亭本店。
「カルディナ陛下、宇宙船の錬成が速くなってきてるわよね」
「うむ、習熟度と言うか何と言うか、我ながらこなれてきたと思うぞよ、ラングリーフィン」
それでも祭壇に於けるアイコンの整理はまだ出来んがなと、お通しのマカロニナポリタンをひょいぱく。アムリタ陛下はお通しに肉じゃがをチョイスしており、二人で仲良くシェアしていた。もう一種類は
本日のお勧めはタチウオ、ヒラマサ、クロマグロのお刺身とその握り。アジにスズキとヤリイカも若干あるので、そっちの握りも注文できるけど無くなり次第終了。他に
今夜は珍しく、陽美湖がひとりお忍びで来ている。テーブル席の向かいに座っているのは、彼女の希望で呼ばれたシャルルと蘭子であった。
旧ボルド国、つまりみやびが統治する現在の西シルバニアであるが。
皇帝から廃国の宣言を受け、ロマニア侯国はボルド国に宣戦布告をする事になっていた。ところがクレメンス率いるレジスタンスにより反乱が起き、みやび達が攻め入る前にボルド政権は瓦解した。
領主にあるまじき貴族は総じて血祭りにされたのだが、唯一粛正の対象とならなかったのがイルゼ子爵である。領民をいかに大事に扱っていたか、これで分かると言うもの。だがボルド王が亡命したと聞き寝込んでしまい、イルゼ子爵はそのまま拒食症となり他界してしまった。
その一人娘がシャルルで、ロマニア正教会が成人するまで預ることになった。その段取りをしたのが、みやびとアーネスト枢機卿である。
蘭子は陽美湖に反旗を翻した藤倉家の娘だが、勾玉が次の帝に指名していた。肉親を失った者同士、お互い支え合える間柄になればと、寄宿舎で同じ部屋にしたのもアーネスト枢機卿だった。
「なんと、ラテーン語のみならずモスマンのカナン語と日本語まで話せるのかや」
「はい帝さま、シャルル姉さまがよくしてくださいますし、毎日が楽しいです」
そうかそうかと、近況報告に目を細める陽美湖。テーブルに並んでいるのは、スイカとサクランボをふんだんに使ったチョコレートパフェ。お酒はいいのかしらと、栄養科三人組はもちろん、カウンターチームが顔を見合わせる。
「陽美湖さまよ、無理をせんでもよいのじゃぞ?」
「カルディナさま、私は無理などしておりませんが」
またまたぁと、いじるカルディナ陛下に陽美湖の眉尻が上がる。そこへまあまあと正三が、陽美湖のテーブル席へ移動。手にしているのは氷の入ったグラスと、アルコール度数四十五度のバーボン。うんうん、甘い物には合いそうだ。
バーボンとはトウモロコシを主原料としたウィスキーで、港重工の貴一からもらったのを正三は持ち込んだっぽい。
それは何だとカルディナ陛下とアムリタ陛下が、ブラドとパラッツォが、シルビア姫とバルディが、ルミナスとラフィアチームに菊池が、陽美湖のテーブルに集まってしまう。
これはいけないと瑞穂にエーデルワイスが、シャルルと蘭子をカウンター席に救出する。二人ともグッジョブと、カウンターチームが拍手喝采。今宵のみやび亭本店もいつも通り、ゆったりとした時間が流れて行くのである。
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