第586話 鹿肉料理です

 アメロン船団がタコバジル星で拠点に選んだのは、みやびがタコの足みたいと評した島だったりして。もっともイン・アンナとぬっしーが時を千年進めてくれたから、タコ足の面影はもうない。

 土地面積はおそらく日本と同じくらいだろう。マクシミリア陛下はこの島を、ラミゾーロアンと命名していた。聞けば第二の故郷という意味なんだとか。


 みやびが瞬間転送で移植した山には、シカやイノシシなんかも含まれていた。良い感じに繁殖しているようで、クマが混じらなかったのはもっけの幸い。森にはリスや野ウサギの姿も見え、空では鷹が悠々と舞う。


 キラー艦隊も航行不能だった船の応急修理を終え、アメロン船団と合流していた。

双方とも船は衛星軌道上に置き、輸送機で行ったり来たり。

 海に近い平野部でハンドカットログハウス丸太小屋を建てながら、取りあえず町おこしの段階だ。この場所に都市を形成し、ゆくゆくは大陸へ進出するのだろう。


 ――そしてここはみやびの亜空間倉庫。


 運動会テントで調理されているのは、キョンを使った鹿肉料理。

 アメロン船団に派遣したカレンとアリア、みやび艦隊でキッチンを預る一般採用メイドに、鹿肉料理の調理実習が行われているのだ。

 ちなみに講師として招かれたのは、かつてアルカーデ共和国に派遣された人物。向こうで鹿肉料理を散々やった、てんこ盛りマシューその人である。


「一人前がでっかいすり鉢とパーティー皿になりそうな気がしない? 麻子」

「でも人選はピッタンコなのよね、香澄。鹿肉料理には一家言いっかげんもってるようだし、ねえみや坊」

「私もそのつもりで下駄を預けたのよ、麻子。まあ……でか盛りになったらそん時はそん時で、みやび亭の亜空間倉庫支店を開店ね、二人とも」


 もはや決定事項のような気がと、へにゃりと笑う麻子と香澄。

 アリスも予測は出来ているらしく、みやび亭屋台に暖簾をかけている。カリーナとフェリアもこれは絶対来ると、モムノフさんを引き連れ食器保管庫に向かった。


 千住丸率いる子供たちと監督役の初音も、何か美味しいイベントが始まりそうだとわくわくしているもよう。何が出るかな、何が出るかなーと、バスケットに身が入らないっぽい。


「カタ肉はカタい、なんちゃって」

「ちょっとマシュー」

「あはは、だってみんな表情が固いんだもの、クーリエマシューの嫁。お料理は楽しまなきゃ」


 カタ肉の塊をポンポン叩くマシューに、一般採用メイド達の雰囲気がふっと和らいだ。ムードメーカ的な一面もあるてんこ盛り料理人、だからみやびは安心して任せられる。

 けれどマシューの指示で、モムノフさんがワゴンに乗せてきた肉塊を見るに、キョン三頭分はありそうなんだが。やっぱりそう来たかと、麻子も香澄も覚悟を決めたようだ。


「カタ肉が固いのは本当だよ、だから挽肉にして使うといいんだ。ハンバーグやキーマカレー、ミートソースとかにね、もちろん麻婆豆腐や肉団子にも。

 特別に考える事はないんだ、部位ごとの性質さえ覚えちゃえば、牛肉料理や豚肉料理をそのまま応用すればいい」


 非番の近衛隊がお手伝いに来ている。カタ肉は風属性が一気にミンチへと変え、いつでも使える状態ですよとボウルへ移す。


「ヒレ肉はね、衣を付けて揚げたヒレカツが合うよ。ロース肉は普通にステーキかローストがいい。アバラとスジは煮込み料理だね。モモ肉は外側と内側で固さが違うから、お料理も使い分けるんだ」


 一般採用メイドたちが、成る程と頷き合っている。鶏だってモモ、ムネ、ササミ、ボンジリ、手羽と、部位によって使い方は色々。

 ただレシピを教えるのではなく、受講者の想像力をかき立て楽しませる。マシューもこれまでいろんな人に伝授してきたから、やはり教え方が上手だ。作っちゃう量はまあ、別にして。


「マシューは何種類のお料理を作るつもりなのかしら、香澄」

「でも部位ごとに合う料理をしっかり把握してるわ、麻子。さすがだね」


 キョンステーキやローストキョンをどんな味付けにするのか、楽しみだわとみやびは瞳を輝かせる。脂の少ない肉質だが、旨みはしっかりあるのだ。マシューのお手並み拝見ねと、栄養科三人組とそれぞれの嫁が湯呑みに手を伸ばす。


 招待していたキラー艦隊の首脳陣も、アメロン艦隊の首脳陣も、視線が運動会テントに釘付け。キョン肉を大量に提供してもらったが、煮るか焼くしか知らないので最大の関心事なのだ。


 アルネ組とカエラ組が、テーブル席の給仕に入っていた。キラー艦隊のテーブル席を受け持っていたティーナが、よろしいでしょうかとやってきた。


「何かあったの? ティーナ」

「キラー提督がご相談があると、ラングリーフィン」


 顔を見合わせるみやび達だが、何の件かはだいたい察しが付く。みやびはいいわよと頷き、ティーナはキラー提督とジェシカ艦長を連れてきた。


「みやびさま、ひとつお願いが」

「キラー艦隊への料理人の派遣でしょ。もう人選は済んでるの、後で紹介するわ」


 どうして分かったんだろうと、目をぱちくりさせるキラー提督とジェシカ艦長。

 一手二手どころか五手も六手も普通に先を読むみやびだ、すっかりお見通し。だがジェシカを伴ってきたならば、やっぱり人質かしらとおつむを回転させる。


「アメロン船団ではメライヤ女史を領事として派遣してますでしょう、このジェシカも派遣させてもらえませんか? できればワダツミ号に」

「ワダツミ号指定なんだ、キラー提督」

「ワダツミ号と言いますかマミヤ号ですね、みやびさま。ジェシカは宇宙での水耕栽培に興味を持ったようでして、今後の航路開拓には必要な技術ですと」


 つまり自ら領事役を買って出たんだと、みやび達は感心しきり。アンドロメダ星雲からその先、宇宙の中心部を目指そうと思ったら、マミヤ号みたいな給糧艦は必須と言える。


「分かりました、お預かりしましょうキラー提督。ジェシカ艦長……いえジェシカ領事、よろしくね」

「ありがとうございます、みやびさま。私も早くトマトとマスクメロンを、この手で育ててみたいです」

「ほう」

「飯塚が言うにマスクメロンは、液体肥料のバランスを変える必要があるかもと」

「ほうほう」

「でも甘くて美味しいですよね、マスクメロン」

「ほうほうほう」


 生育が遅れていると、飯塚の報告書には記載されていた。でも食べたんだ、甘くて美味しかったんだと、目を細める栄養科三人組。これはちょっと事情聴取が必要かしらと、視線を交わし合うのである。飯塚組員よ、宇宙船内に逃げ場はないぞ。


 そんなこんなで本日の立て看板、お勧めはと言いますと。

 キョンロースステーキのワサビソース。

 ローストキョンのマスタードソース添え。

 キョンの和風煮込みハンバーグ。

 キョンのミートソース。

 キョンのヒレカツ、和からしと特製中農ソース。

 キョンのハーブ唐揚げ、レインボーソース添え。

 キョンの骨付きブラウンシチュー。


「見事にキョンキョンキョンの肉肉肉、あたしら何も作らなくてよくない? 香澄」

「いやいやサラダとスープくらい作ろうよ、麻子」


 蓮沼家の面子を呼び寄せ、千住丸率いる子供たちをもってしても、食べきれるのかってほどのすごい量だ。一人前のキョンシチューをすり鉢大に盛ろうとするマシューを、カリーナとフェリアが止めに入っている。


「あれ? みや坊どこ行ったんだろう、香澄」

「ホントだ、さっきまで屋台にいたと思ったのにね、麻子」


 ――そしてここはパラッツォの主城である、バルツブルク城。


「ラングリーフィン、何かあったのですか?」

「急にごめんね、ミスチア。みんなも元気そうね」


 会うだけで不思議と心が躍る人物って、世の中そうそういない。突然ダイニングルームに現れたみやびだが、みんな嬉しそうな顔をして迎えた。シズクとルキア、ターニャとユリアが、新しいレシピの冊子をと、おねだりするのも忘れない。


 民族大移動の後、知事であるミスチアとイレーネ、エミリーとパトリシアは、辺境伯領の新たな運営に追われていた。二組とも精霊化は果たしているが、みやびは気を利かせてタコバジル星の軌道変更に呼ばなかったのだ。


「ちょっとね、食べるの手伝って欲しいの、ほれ!」


 キョン料理がテーブルにずらずらと並べられて行き、ほええと目を丸くする辺境伯領チーム。どうしたんですかこれはと、みんな口を揃えてみやびに尋ねる。


「んふ、マシューよ」

ああエミリー

そういう事かパトリシア

納得ミスチア

彼ならイレーネ


 シズクとルキア、ターニャとユリアが、噂のてんこ盛り料理人ですねと破顔する。ならこの倍、いえ四倍はあるのかしらとコロコロ笑う。それじゃきかないかもと、イレーネにパトリシアが真顔で返す。


「ラングリーフィン、工藤さまから麻雀の腕は相当なものと伺ってますが」

「いいわよミスチア、その内みんなで打とう。他にもお裾分けしなきゃいけないから今日はいくね、バイバーイ」


 嵐のようにやって来て、嵐のように去って行く。相変わらずだわねと、頷き合うミスチア組とエミリー組。キョトンとしてる一般採用メイド達を手招きして、いざ実食と相成った。

 噂のマシューがただのてんこ盛りじゃないことは、彼女たちの舌がちゃんと証明していた。どれもこれも美味しくて、んふうと頬に手を当て、足をパタパタさせていたのだから。

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