第585話 休日でもお料理はしますよ 

 寮のキッチンでみやびが、近衛隊にサツマイモ料理を教えていた。そう言えばこのお料理、冊子に載せていなかったなと思い出したのだ。

 サツマイモは皮付きのまま、斜めから一センチ角の拍子木切りにして、水に浸けておく。水にさらすとアクが抜けるからで、ちょっとしたひと手間。


 用意するのはフライパンふたつで、片方には揚げ油を一センチほど張り加熱。もう片方にはみりん大さじ二、ハチミツ大さじ二、しょうゆ小さじ一を入れ、火にかけてかき混ぜながら一煮立ち。


「これが中くらいのサツマイモ一本で使う調味料ですね? ラングリーフィン」

「そうよマーガレット、大きさと本数で量は調整するの」


 サツマイモを水から出し、きれいな布巾かキッチンペーパーで水気を拭き取る。そこから油に投入するのだけど、ここでみやびは弱火にする。強火のままだと表面だけ焦げて、芯まで火が通らないからだ。低温と高温で二度揚げって手もあるが、弱火でじっくり揚げるのがみやび流。表面がきつね色になったら取り出し、油を切って調味料のフライパンに入れ絡ませる。


「昔はハチミツじゃなく水飴を使ってたのよ、マーガレット。本当はそっちが本式なんだけど、私はハチミツの方が好きかな」


 そう言いながらみやびは、皿に盛り付けて上から黒ゴマを振りかけた。ゴマ塩で塩気を加えても良いのよと、付け加えることも忘れない。


 これでスティック大学芋の完成、試食タイムとなり近衛隊が手を伸ばす。サツマイモは煮物に芋ごはん、天ぷらや焼き芋とかにするけれど、これは美味しいとみんなが頬を緩めた。


「残ってるサツマイモでみんなも作ってみてね。守衛所に詰めてるメンバーと、夜勤明けで眠ってるメンバーにも後で教えてあげて」


 了解ですと声を揃え、彼女たちもキッチンに入り作り出した。休日なのでコーレルにベネディクト、シオンにマルガマルゲリータも参加しておりワイキャイと賑やかだ。

 シオンはアンガスのため、これは夫婦だからはっきりしている。けどマルガがお料理に興味を持ったのは予想外で、間違いなく山下を意識してるとみやびは思う。今でも深夜の取材に必ず付き合ってるし、スオンがもうひと組できるかなと、彼女は目を細めた。


 そこへスマホのLINEに着信が、麻子からだ。休日楽しんでるかいってセリフで添付画像を開いたら、頭皮の毛穴という毛穴が開いてしまったみやび。

 麻子とレアムールが二人で手にしている皿は、鶏肉とピーナッツの唐辛子炒め。さや唐辛子の中から鶏肉とピーナッツを拾って食べる料理なのだが、もう皿がさや唐辛子で真っ赤な山。妙子さんが見たら逃げ出しそうな、いや以前そんなことがあったような気がと、みやびは思わず吹き出してしまう。


 すると今度は香澄から着信、こっちも画像付きで開いたら、エアリスと一緒にケーキのタワーを築いている絵面だった。

 結婚式場で入刀するウエディングケーキって、型にクリームを塗って飾り付けしたハリボテがほとんど。ところが香澄の実家である板額はんがくベーカリーに、本物のウエディングケーキが欲しいと注文が入ったらしい。

 もちろん事前予約ではあるが、日にちが経てばスポンジケーキは固くなるし、クリームだって生もの。だから下準備だけしておいて、当日作るのが板額ベーカリーのポリシーだ。


「お、おおう。五段、六段、七段、まだ積み上げるつもりなんだ。傾いたりしないかな、あたしゃ心配だよ香澄」


 ピサの斜塔にならないようにねと、みやびは返信して腰を上げた。

 イタリアはピサ市にある大聖堂の、鐘を鳴らす塔がピサの斜塔だ。地盤に問題があって南側に傾いており、現代建築技術でそれ以上傾かないよう抑えてある。昇ることができるから、傾いてるけど観光名所として人気が高い。


 母屋に戻ったみやびは、ふんふーんと冷蔵庫を空けた。

 豆腐の味噌漬けは熊本の郷土料理で有名だが、肩肘張らず豆腐と普通の味噌でチャレンジすると面白い。割烹かわせみで熊本出身の板前さんが、まかないで作った簡単な豆腐の味噌漬け。これが美味しかったので、みやびも作ってみたのだ。


 豆腐は絹でも木綿でも、どっちでもOK。

 豆腐をキッチンペーパーに包み重しを乗せて数回水切りするのが王道だけれど、みやびはキッチンペーパに包んだまま電子レンジで二分から三分加熱する。一度加熱して、雑菌を排除するって目的もある。


 使う味噌は何でも良いけれど、みやびは豆腐の色合いを損ねないよう白味噌を使った。レンジで加熱している間、浸ける調味味噌を用意する。

 味噌は大さじ二、みりん大さじ一、醤油小さじ一、これを混ぜ合わせ豆腐に塗り、ラップで包んで冷蔵庫に行ってらっしゃい。

 三日以上寝かせると、ねっとりとした食感とチーズのような風味が出ると、熊本出身の兄弟子である板前さんは教えてくれた。


 そして今日が三日目、ラップを剥がして調味味噌をヘラで取り、食べやすい大きさにカットする。そしてお味見と、ひとつ口に放り込む。


「あ……これ危険かも」

「お嬢さんどうかしたんですか? 大葉シソの葉を摘んできましたよ」


 台所の窓から、源三郎が怪訝そうな顔で大葉を差し出した。これちょっと食べてみてとみやびは、小皿に豆腐の味噌漬けを乗せて源三郎へ箸と一緒に手渡す。


「これが豆腐とは……チーズみたいな風味と食感で、どんな酒にも合いそうですね」

「でしょ、みんなに味見してもらおうかと思ったんだけど。でもまだ日は高いし、飲みたいって言われたらどうしようかなって」

「今日は休みなんだから、いいじゃないですかお嬢さん。俺は大吟醸の冷やがいいですね、この大葉に乗せて出されたら堪んないかも」


 源三郎に味見をさせたのは失敗だったと、後悔した任侠大精霊さまである。庭では満君とクロヒョウ三兄弟がじゃれ合っており、付き合うファフニールのチノパンが土だらけだった。


「国会議事堂前でLGBT支援団体が叫んでた? 山下」

「そうなんです正三さん。法案成立反対って、奇妙な光景でしたね」


 結局は酒盛りとなってしまった蓮沼家。豆腐の味噌漬けは大好評だったが、それで足りる訳もなく、酒の肴を見繕う羽目になったみやびである。早苗と桑名は永田町に行っており、帰りは遅くなるらしい。


「狂同通信社が真っ先に報道した所を見るに、国民は額面通りに受け取っちゃいけませんね」

「それってどういうこと? 山下さん。支援団体が法案成立に反対なら、悪い話しじゃないのに」


 みやびさんのそんな純粋なところ、好きですよと山下は破顔した。

 狂同通信社はもろ左側で、LGBT法案に反対する活動なんて絶対に報道しないマスコミだ。それが反対を叫ぶ団体を報道したってことは、裏があるに決まっている。


「LGBTの当事者たちが、放っといてくれって言ってる訳です。なら支援団体は何のために設立されたのか、支援を必要とする人がいないのに」

「まさか……利権?」


 ご名答と、山下は冷酒を口に含んだ。

 実はLGBT法案を紀氏田総理は、骨抜きにしたのである。支援団体に対する補助金の助成という文言を、法案に入れなかったのだ。つまり支援団体が実態のない活動で、公金をチューチューすることが出来ない形に持っていった訳で。


「だからこのまま成立すると困るんで反対ってか、徹」

「国民とLGBTの当事者をまるで見てませんね、親父。東京都のコララ問題と一緒だ。結局その支援団体は左側ってことだな? 山下」

「狂同通信社が取り上げるくらいですからね、間違いないでしょう、徹さん」


 日本人は議論より友愛を尊ぶ民族だ、これが美徳であり弱点でもある。ニュースだけを見れば反対してくれる団体がいると、コロッと騙されてしまう。

 チューチューした公金が弱者救済ではなく、反日活動や左翼団体に環流するスキームを、左側マスコミは今後も一切報道しないだろう。


 みやびは艦隊戦が終了した時、首を洗って待ってろと警告した。だがあんまり効き目はなかったもよう、だって左側なんだから。同じ言語で話しているにも関わらず言葉が通じない、それが共産主義という名のカルト宗教であるゆえ。


「共産主義の成れの果て、それがC国とR国なのにね、お祖父ちゃん」

「それでもあいつらは正しいと信じてる、お花畑なんだよ、みや」


 日本を混乱させ共産主義国の日本乗っ取りに手を貸し、そして自分たちは新たな首脳陣として日本に君臨できると信じて疑わない。そう言って正三は豆腐の味噌漬けを頬張り、そうですねと山下が徳利を向ける。


 でもそうかしらと、みやびは考えを巡らせる。

 C国とR国の歴史は、権力闘争の歴史でもある。国民を裏切り自分の国を他国に差し出すような者たちを、同志として信用するのだろうかと。

 十界の本地は餓鬼界、備える十界は修羅界だ、いつかは抹殺されるのではとみやびは思う。思うと言うよりも、精霊天秤がそう告げているのだ。

 自分の方しか向いておらず考えているのは、権力にしがみつくための保身から来る粛正と恐怖政治。ならば導き出される答えは銃殺刑かなと、みやびは呟くのだった。

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