第584話 クロヒョウの里親

 ――夜となり、ここは蓮沼家の母屋。


 今夜の主菜は豚の角煮なんだけど、飲兵衛どもが酒の肴にしちゃう。ハイハイ分かってます、分かってまんがな。

 だからマコガレイの一夜干しとカボチャの煮物、タコワサビにイカの塩辛、卵豆腐に昆布とタケノコのお煮染めがあるわけで。もちろんキュウリの浅漬けと、とろろ昆布のお吸い物もある。

 結局は今夜の蓮沼家も飲みながら食いながらで、一汁七菜となっている。足りないかなと、コーレルとベネディクトがシジミのお味噌汁を作り始めた。二汁七菜って、けっこう豪華だぞ。


「飼えばいいじゃない、みやちゃん」

「待て待て辰江、動物愛護管理法は刑事罰の付く犯罪だぞ」

「でも正三さん、満と仲良しになったみたいよ」


 見れば床の間で、満君と三匹の子供クロヒョウが猫パンチの応酬をしている。もちろん喧嘩ではなく、じゃれ合っているのだ。そのうち疲れて、みんなクピピと眠っちゃうのだろう。


灌漑かんがい工事の協力をしたくらいだから、みやちゃんも麻子ちゃんも香澄ちゃんも、クアラン王の紋章は覚えているでしょ」


 辰江に言われ、三人はクアラン国の王族が持つ紋章を思い浮かべてみる。中央が盾で両脇のサポーターはライオン、そう言えば盾にはクロヒョウみたいな生き物が三頭描かれていたと思い出す。


「メリサンド帝国内でクロヒョウが生息しているのは、クアラン国だけなの。個体数も少なくて、代々のクアラン王は保護も兼ねて飼い慣らすようにしたのよ」


 危なくないのかしらと、麻子も香澄も目を丸くする。けれど辰江は、考え方次第ねと笑う。そして肉食獣の怖さとは何かと、彼女は人差し指を立てた。


「お腹が満たされている肉食獣は、目の前をシマウマが通っても無頓着なの。生きる糧を得るために狩りを行うのだから、無益な殺生はしないのよ。

 もうひとつは自分の縄張りに侵入された時、特に幼い子供がいる場合ね。これは自分と子孫を守るための防衛本能だわ」


 子供の頃から飼い慣らせば、空腹にならないよう食事を与えれば、主人と心を通わせるようになる。そうしたらこんな頼りになる守護者はおらず、クアラン国の王族は城の中庭で放し飼いなんだとか。


「でも動物愛護管理法がね、麻子」

「犯罪だもんね、香澄」

「系外惑星法」

「へ? 早苗さんいま何て」

「だから系外惑星法よ、みやびちゃん。宇宙人のペットという事にしちゃえば、日本の法律を適用できないわ」


 その手があったかと、ポンと手を叩く栄養科三人組。どこまで行っても都合のいい法律だよなと、男衆が苦笑交じりで升酒を口に含んだ。

 猫や犬を飼いたがらない正三だが、満の良き遊び相手と辰江に言われれば返す言葉もない。気が付けば遊び疲れたのか、みんな床の間でクースカピーだ。


「ところでダンボールはどこにあったの? マーガレット」

「はす向かいの公園です、ラングリーフィン。買い物の帰り道で、鳴き声が聞こえたものですから」

「これは成獣をつがいで飼ってるお馬鹿さんがいるわね、桑名」

「警察犬を動員しましょう、副総理。港区民が知ったら大騒ぎになります」

「そうね、その成獣こそ動物園に引き取ってもらわないと」


 成獣の件は任せてと、早苗が請け負ってくれた。彼女も安易な殺処分は考えていないらしく、不思議とみやびの周囲にはそんな人たちが集まってくる。

 事が済んだらスクープにして良いわよと早苗が言い、山下が美味しいネタをありがとうございますと笑った。 


 ――その翌日。


 見た目そっくりなので、色違いの首輪を用意した栄養科三人組。

 水色の首輪は蘭丸らんまるで、里親はファフニール。

 緑色の首輪は慶次けいじで、里親はレアムール。

 黄色の首輪は兼続かねつぐで、里親はエアリス。

 栄養科三人組の嫁が、クロヒョウを連れて外に出てもお咎めはなし。ほんっと便利な系外惑星法。そこはかとなく名付けに、みやび、麻子、香澄の好みが、色濃く反映されている気がしないでもないが。


「雄だと最大で一メートル五十センチ、体重九十キロになるのよね、麻子」

「じゃれつかれたら押し倒されそうだね、香澄」


 それは数年先の話しだろうが完全な肉食獣だから、どれくらいの肉を食べるんだろうと話しがそっちへ向かう。動物園のライオンが、一日に四キロから五キロの肉を食べると聞き及んでいる。多分それに近いだろうねと、栄養科三人組は頷き合う。


 ちなみにヒョウは木登りが得意な生き物だ。狩りで仕留めた獲物を他の肉食動物に奪われないよう、木の上に運ぶ習性がある。自分と同じ体重の獲物を樹上へ運ぶ、それだけ強靱な肉体を持っている猫科の肉食獣と言えるだろう。


「千葉県ではキョンがすごい勢いで増えてるみたいよ、みや坊、香澄」


 野生動物が都市部に入り込むのは異常と、麻子が膝に乗せた慶次を撫でた。みやびも香澄もほうほうと、話しに乗ってきた。それクロヒョウの餌になりそうだねと。


 キョンはシカ科ホエジカ属で、原産は中国と台湾だ。観光施設から逃げ出した個体が定着、繁殖したと推測されている。

 その数は二千二十年の統計で何と五万頭以上。埼玉県や東京都でも目撃情報が相次ぎ、農作物被害はもちろん、一般家庭のガーデニング被害も問題になっている。

 そのキョンが閑静な住宅街にまで入って来るのだが、鳴き声が『ギャー』とか『グァー』とか、可愛くないし夜間では安眠妨害もいいところ。


 特定外来生物に指定されており、もちろん駆除は行われている。だが市街地で猟銃は使えないし、罠を仕掛けるにも限度がある。駆除が追い付かず、生息域はどんどん拡大しているのが現状。

 もっとも不味い訳ではなく、普通にジビエ料理として使える肉だ。アルカーデ共和国でのシカ狩りで、みやび達には下処理と調理法のノウハウがある。


「何を考えているの? みや坊」

「千葉県知事が許可してくれるなら、宇宙人によるキョン狩りよ、ファニー。アメロン船団もキラー艦隊も助かると思うのよね、恐竜の肉に比べたら遙かに美味しいのだから」


 そう来たかと、麻子も香澄も身を乗り出した。

 実はこの三人メライヤにお願いし、興味本位で恐竜の肉を試食してたりして。固いわ不味いわ味噌漬けにしてもカレーの具にしてもダメで、さじを投げちゃった経緯がある。それに比べたら鹿肉は、調理次第でどうにでも美味しく出来るわけで。


 威力調整した地属性の魔力弾なら、間違って地域住民を傷付けることもない。アリスなら雷撃、みやびは雷撃とバインド金縛りの両方が使える。麻子組と香澄組がタッグを組めば、エレメンタル・ハンマー四要素のトンカチもアリだ。


 ――そんなわけでここは千葉県の勝浦市。


「こんな住宅街でキョン狩りとはね、麻子」

「それだけ住民からしてみれば深刻ってことよ、香澄」


 千葉県知事は二つ返事、地元の猟友会も諸手を挙げて賛同。広報カーが外出を控えるよう地域住民にアナウンスしたので、この住宅街がみやび達の狩り場と化す。もっとも宇宙人を一目見ようと、あちこちの窓に子供たちの顔が並んでいるのだけど。


「お姉ちゃん、五頭そっちに行った」

「任せてアリス、優しいヘブンス・ジャッジメント天罰!」

「麻子、いくよ」

「オッケー香澄、優しいエレメンタル・ハンマー四要素のトンカチ!」


 どこが優しいのかしらと、にへらと笑うファフニールとマーガレットが、仕留めたキョンを水属性の力で冷やす。

 むかし日本の猟師が狩ったシカを川や池に放り込んだのは、直ぐに冷やさないと雑菌が繁殖して酷い臭いと味になるからだ。

 冷やしたキョンを風属性のリンドが解体し、火属性のリンドが千葉県に報告する捕獲数資料をまとめている。火属性が魔力弾を放ったら、キョンが焼けちゃうし火事の原因になるからね。市街地でそれは困るから、火属性は裏方に徹している。


「ざっと三百頭かしら、みや坊」

「結構な数になったわね、ファニー」

「事前に申請してくれれば、構わないからどんどんやってって知事も言ってたしね、麻子」

「どう料理しようね、香澄。低カロリーで高タンパク、鉄分も豊富だから女性にお勧めの素材だし」


 栄養科三人組が行ったのは狩りだ。

 十界の本地は菩薩界で、この時に備わる十界は畜生界。

 生きるための糧、アメロン船団とキラー艦隊の、食糧を得るための行動。動物愛護団体が詭弁だと言いそうだが、それが自然界に於ける森羅万象であり、宇宙の法則である。殺すのが目的ではなく、命を繋ぐ食糧とするのだから。


 キリンが一日に食べる食事量は六十五キロ前後。 

 ゾウが一日に食べる食事量は二百五十キロ前後。 

 動物園が餌代にどれだけ腐心しているか、分かると言うもの。

 

 ちなみにシロナガスクジラが一日に食べる食事量は、キロじゃない五トンだ。

 可愛いから、知能が高そうだから、そんな理由で捕鯨に反対するなら、自分で世話してみろと言いたくもなる。


 この場合で言うと十界の本地は餓鬼界で、備わる十界は修羅界だ。六道の底辺で自分は良識を持ってますと、すまし顔でのたまうクジラ保護団体。

 自身の欲望は動物の保護という幸福を感じる環境で、それを壊したくないから備わる十界は修羅となる。そんな人たちは自分の主観で、可愛いと感じなければ保護しろとは声を上げない。

 絶滅危惧種はいっぱいいるのに、自らの好き嫌いで決めている。それこそ差別だと気付かない時点で、始末が悪いしカルト宗教に近い。


 十界の本地がどこか、人間の本質はそれで見極められる。真戸場センセイの場合、本地は好ましい声聞界の住人。割烹かわせみで腕を振るう華板の本地は、尊敬できる縁覚界の住人。自分の十界の本地がどこにあるか、人は気付かなければならない。

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