第582話 トマトと一念三千
――ここは給糧艦マミヤの植物栽培エリア。
キラー提督とその配下たちが見学を希望したので、カイル組が案内していた。メライヤとメアドも新鮮野菜のご相伴に預かれるから、ちゃっかり同行してたりして。
栽培を担当している乗員は全て雅会の組員だし、もちろん拳銃を持って出入りに参加した面子だ。ただし
「液体肥料を使った水耕栽培だって? フランツィスカ殿」
「そうですよキラー提督、床の下で溶液が循環しているのです」
どんな成分なのかとジェシカが、組員の一人に尋ね始めた。
植物の三大栄養素と言えば、窒素、リン酸、カリウムだ。ただし人間がビタミンやミネラルを必要とするように、植物にも必須とされる栄養素がある。
カルシウムやマグネシウム、硫黄に亜鉛やモリブデン、ホウ素や鉄にマンガンといった成分が揃わないと、うまく育てることは出来ない。
畑で作物を栽培する場合に土がどれだけ重要か、みやびも家庭菜園で源三郎から教わっていた。床下を循環している溶液には、必要な栄養素をバランスよく配合した液体肥料を溶かし込んである。
「これが……トマト? 飯塚」
「そうですよジェシカ艦長、付いてる実は間違いなくトマトでしょ」
組員である飯塚が、トマトの幹をポンポン叩いた。
トマトは日本じゃ越冬できず一年草とされるが、本来は多年草の植物。エリア温度をトマトが好む、二十度から二十五度にコントロールすれば、まるで木のように幹が太くなって収穫量もすごいことになる。
背丈がぐんぐん伸びるので支えるのは支柱ではなく、まるで藤棚みたいなバーゴラを組んでいる。もちろん手を伸ばせば収穫できる高さにしており、見上げれば真っ赤に熟したトマトが鈴なり。
「摘んで食べてもいいですよ、ジェシカ艦長」
「艦長は付けなくていい、名前で呼んでくれ。飯塚は私の部下じゃないからな」
おやそうですかと飯塚は笑い、手頃なトマトを摘んでジェシカに差し出した。みなさんもどうぞと手招きし、実った大玉トマトを手渡していく。
「どうですか? ジェシカさん」
「美味い、確かにトマトだ」
十六世紀にスペイン人がメキシコからヨーロッパに持ち込み、観賞用に利用されたトマト。広く食用とされたのは、実は十九世紀に入ってからだったりして。
理由は当時の欧州貴族が、
同じく十九世紀頃、トマトは日本にもやってきた。
けれど当時は、独特の風味が嫌われちゃった。だがそこは日本人、品種改良を重ね現代では、大玉トマト、中玉トマト、ミニトマト、マイクロトマトと、栄養科三人組でも把握できないほどの美味しい品種がいっぱいある。
「これもトマトなのか? 飯塚」
「そうですよジェシカさん、ミニトマトって言うんです。こっちがアイコで、こっちの黄色いのがイエローアイコ。主菜の添え物やサラダによく使いますが、美味しいですよ」
摘んで頬張ったジェシカが、味が濃いなと頬を緩める。でしょうと飯塚は破顔しながら、下葉を取っていた。熟したミニトマトの、そこから下にある枝だ。
「せっかく育った枝をどうして取るのだ、可哀想だろう」
「いまジェシカさんが食べたのは一段目、二段目にはもう花が咲いてますでしょう。一段目を収穫したら二段目に栄養が行くよう、人が手をかけるんです」
作物を育てていると嫌でも分かるのだが、ただの放置栽培では収穫量を期待できない。トマトで言うならば、下葉の処理と脇芽取りは必須とも言える作業になる。
ただし取って良い状態とまだ早い状態を見極めるのが、生産者として栽培する側の知識と経験則だ。
これはネットでいくら調べても理解できない、現場で作物と対峙している人にしか分からない実体験の積み重ね。ただ種を蒔いて水さえやっていれば、勝手に育つと思ったら大間違い。育てる作物毎にノウハウがあるわけで、国産の野菜や果実はそんな農家に支えられている。
「何だか楽しそうだな、飯塚」
「俺は学がないから、こんなこと言ったら笑われるかもだけど」
頭をかく飯塚だが、笑わないから話せとジェシカは真顔で先を促す。
トマトには塩が欲しいとキッチンに行って戻ったメアドが、メライヤの肩をちょんちょんと突いた。あの二人はいったい、何の話しをしているのと。
「芽が出て膨らんで、花が咲いて実を結んで、命の成長を俺は見てる。植物は口が無いから文句を言えない、だから観察するんだ。どうして欲しいんだろうってね」
大乗仏教には一念三千と呼ばれる観法があり、これを理解するのはそう難しい事ではない。人の心は縁に触れて変化するもの、その根底にはまず
地獄界。
呼んで字の通り地下牢を指し、苦しみに縛られた最低の状態。生きていること自体が辛く苦しく、何を見ても何をやっても不幸に感じる。人は誰しもこの状態に囚われた経験があるはずで、世間に対し恨みを抱いてしまう。
餓鬼界。
欲望が満たされず、苦しみに苛まれる状態。誰にだって欲はあるけれど、それを創造的な方向へ向かわせる事が出来ず苦しむ。金の亡者は本人が自覚してないだけで、その典型と言えるだろう。
畜生界。
畜生は動物を指すが、目先の利害に終始し、理性が働かない愚か者を意味する。野生動物は生きていくために、他の命を害することは自然界に於ける摂理だろう。
だが人間には理性と良心が備わっており、それを忘れてしまったら動物と何ら変わらない。
食うため、生き延びるためではなく、領土的野心を持って他国に攻め込みいたずらに生命を奪う。そんなもの、畜生以下の外道である。
ここまでを十界に於ける、三悪道と呼ぶ。
修羅界。
修羅とは本来、阿修羅と呼ばれる仏教の神を指す。ただし争いを好む神で、戦いを旨とする鬼神とも言える。
自分と他人を比較して、自分が優れ他人が劣っていると思う心。そんな人間は慢心を起こし、他人を軽く見ようとする。最近ではマウントを取るなんて表現が良く使われるけれど、正にそれ。
加えて自分よりも優れていると気付いても、尊敬する心を持てず妬みと悔しさに支配されてしまう。そして本当に自分よりも強い相手と出会った場合、卑屈になる二面性を併せ持つ。
自分をいかにも優れた人物と見せるため、表向きは人格者や善人をよそおい、謙虚なそぶりすら見せる。内面と外面が異なり、心に裏表があるのも修羅界だ。
人界。
理性を保ち、他者に対する思いやりを持つ心。善悪を見極める力を有し、自らを律することができる状態。更に高みを目指す器を備えた、聖なる道を進む第一歩とも言える。だが人は悪い縁に触れると、簡単に悪道へ落ちてしまう。
最近は努力という言葉を嫌う向きもある。けれど自らを律する努力、自分に勝つ努力をしなければ、人は成長しない。
天界。
餓鬼界に落ちず、自らの欲望を創造的な方向へ向けた状態。思わず願いが叶い、天にも昇る気持ちになった経験は誰しもあるはず。
芸術家だってミュージシャンだって、スポーツ選手だって漫画家だって、自分が目指した地点に到達したら嬉しいに決まってる。
けれどその高揚は一時的なもので、永続はしない。職人の道に終わりはなく、更に高みを目指さねば一発屋で終るのだ。
ここまでが十界の六道と呼ばれている。
仏教は元々輪廻転生が根底にあり、肉体は滅び記憶を失っても、生前に行った善行と悪行が魂に刻まれ生死生死を繰り返すとしている。
ゆえに死んだら神さまや天使が現れスキルをもらい、貴族の家に転生して俺TUEEEE! 俺KAKKOEEE! は無い。底辺で死んだら生まれ変わっても底辺であり、だから教会の神父さんは悔い改めよと言うし、お寺のお坊さんは善行を積みなさいと諭すわけだ。
そして人間はこの六道から中々抜け出せず、生死生死を繰り返す。この世を儚み自殺したとて、それは底辺の死であり生まれ変わっても同じ環境に生を受けてしまう。生きている今、今この時を自らの意思で変えなければ、自殺は単なる逃げだ。
ジェシカは飯塚の左手首を見ていた。
リストカットの傷跡が残っており、自殺を試みたことが分かる。そんな彼の手がトマトを慈しみ、物言えぬトマトを理解しようとしている。
飯塚の心は今、六道から離れていた。一時的に天界よりも高い場所におり、その目は優しく、作物栽培から自然の摂理を学ぼうとしていた。
「どうして欲しいか、か。自分の心を言葉として、上手に表現出来ない人もいる。飯塚のような者が増えれば、世界は平和になるのにな」
「世界だなんて大げさですよ、ジェシカさん」
ところで隣のエリアにある試験中の、マスクメロンが良い感じなんですと飯塚はジェシカを誘う。見学者が全員口に出来る量はないらしく、人差し指を唇に当ててウィンクしてみせた。
ジェシカがほうほうと頷き、二人は隣のエリアにこそこそ移動するのである。だがメライヤとメアドだけが、飯塚とジェシカの行動を目で追ってたりして。
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