第581話 ジェシカ艦長

 カンパチも最高っすねと頬張りながら、山下による話しは続いていた。

 青物御三家であり、ブリとヒラマサに並ぶカンパチ。漢字で書くと間八で、頭部に八の字模様があることからそう呼ばれている。

 刺身はアジ科の魚らしい旨みがあって後味が良く、その上品な味わいに根強いファンも多い。熱を通しても固くならない身質なので、照り焼きや幽庵焼き、タタキにしても美味しい。


「ここからが本題なんですが」

「今までのが本題じゃなかったの? 山下さん」


 きょとんとするみやびに、いえいえと升酒を口に含む山下記者。その目がチラリと早苗を見て、続けて良いかと伺っていた。すると早苗は両手を小さく広げ、口には出さないがどうぞとジェスチャーしてみせた。


「日本に帰化して日本国籍を取得した外国人は、当然ですが選挙権を持ってますから何の問題もありません。これが日本国籍を持たない外国人に、選挙権を認めたらどうなるか」


 あっ! と栄養科三人組は声を上げた。

 左側政党に投票するのは、やっぱり左側の狂信者。ただし高齢化が進み、得票率は選挙の度に右肩下がりとなっている。詰まるところ応援する高齢者が、お亡くなりになればなるほど票が先細りしていく。放っておいても左側政党は、選挙に勝てず衰退する運命だ。


「つまり左側にとって入管法と外国人参政権は、セットってことね? 山下さん」

「気付いたみたいですね、みやびさん。日本国籍を持たない外国人に選挙権を与えれば、左側政党は息を吹き返します。だから犯罪者であろうと、人権という美名の下に彼らを日本へ留め置き保護しようとする」


 日本で強姦を二回も犯した外国人に、難民申請と仮病で仮釈放に導いた、立件民主党の大川議員が頭に思い浮かぶみやび達。国賊よねと麻子が眉間に皺を寄せ、万死に値するわと香澄が憤慨する。

 不法滞在はそれ自体が犯罪なのだが、左側議員に言わせると犯罪じゃないらしい。それが彼らのロジックで、同じ日本語で話してるのに言葉が通じないところ。


「でも外国人参政権は今後も要求して来るでしょうね、副総理」

「そうね山下、特別永住の半島出身者は二十八万人ほどいるから。そんなに選挙権が欲しいなら、日本に帰化してって話しなんだけど」


 全くですと頷きながら、山下はマーガレット特性のあら汁をすすった。日本の選挙に於いて投票できるのは日本国民だけ、当たり前の話しではあるが。

 丁寧に仕込まれたあら汁は、それ自体が酒のアテとなる。マーガレットが椀によそった後ミツバを散らすのは、愛する源三郎の好みだからだろう。分かっているからそこは突っ込まない、蓮沼家の面々である。


「ところでみやびちゃん、これは?」

「早苗さんと桑名さん、山下さんの虹色指輪よ」


 みやびが三人の前に置いたのは、虹色指輪と宝石の入った小袋だった。中身を取り出して、顔を見合わせるお三方。


「もらって良いのかしら、高そうな宝石まで付けてくれて」

「みんな危ない橋を渡ってるんだから、身に付けておいて。宝石の魔力が無くなったらすぐ交換するわ、紀氏田総理の分も用意してあるの」


 地球上で魔力攻撃を受ける事はないだろうが、物理反射は効果絶大だ。無意識のうちに纏い自動発動させる練習は必要だけど、警視庁から派遣されるSPなんかよりよっぽど頼りになる。

 なら遠慮なくと、早苗も桑名も山下も、揃って小指にはめた。宝石が入る小袋はそれぞれがポケットに仕舞い、発動する事態にならない事を祈ると笑うのだった。


 ――そしてこちらはアマテラス号。


 ジェネシス号とアメノイワフネ号は惑星イオナに戻り、残った船は連結状態になっていた。何をやっているかと言えば酒盛りで、お題目は祝勝会じゃなく慰労会。仲間となったキラー艦隊に気を遣ったのだろうが、飲んで騒ぐ点では一緒だから深くは考えない。


「ここが浴室か、随分と変わった入り口だな、この布はいったい何だ?」

「ちょっとジェシカ艦長、そっちは男湯、女湯はこっちよ」


 付き合ったメライヤ領事が、相棒メアドが、男湯の暖簾をくぐろうとしたジェシカの袖を引っ張った。艦長の中にも女性はいて、ジェシカはリンド族に相当するバハムル族の竜だ。

 三隻ある巡洋艦のひとつエスラの艦長で、竜族ゆえ言語に通じている。そんな訳でメライヤとはすぐに打ち解け、お風呂に行きましょうとなった次第。


「キラー艦隊の入浴ってどんな感じなの? ジェシカ」

「みやび殿にも聞かれたが、向こうにはカラスの行水なる表現があるそうだ。ザバッと入ってザバッと上がる、そう話したら何故か呆れられた」


 あちゃあと、眉を八の字にするメライヤとメアド。脱衣所の存在自体が不思議らしく、ジェシカは近衛隊の注文通り軍服を脱いで脱衣籠へ放り込んだ。

 聞けばドラム缶みたいな容器にお湯を張り、まんまカラスの行水なんだそうな。順番が後になると、お湯は垢でヘドロ状態になると言う。


「むむむ、これは何か教えてくれ、メライヤ」

「左から体を洗うボディーソープ、髪を洗うシャンプー、髪を整えるコンディショナーよ、ジェシカ」

「なぜ体と髪を洗うのにアイテムを分けるのだ?」


 ボディーソープで髪を洗ったら、ゴワゴワになるよーとメアドがアドバイス。まあアメロン船団にも石鹸しかなかったので、私もカルチャーショックを受けたわと、メライヤはカランを回してシャワーを出した。

 スポンジにボディソープをたっぷり乗せて、ジェシカを泡だらけにしていくメライヤとメアド。きゃはそこくすぐったいと、身悶えして暴れるジェシカ。垢を落とさないと浴槽に入れませんと、押さえつけるメライヤにゴシゴシこするメアドである。前も後ろもお尻だって容赦なし、スフィンクスさんの猛攻は止まらない。


「軍服が無くなっている……」

「ドライクリーニングしているのでしょう。こっちの脱衣籠にある衣服を着てねってことよ、ジェシカ」


 それはホットパンツにTシャツ、そのTシャツには激辛一番なんてプリントが。軍用ブーツもサンダルに入れ替わっており、近衛隊の徹底ぶりが垣間見える。Tシャツのチョイスには、いささか疑問が残るけれど。


 ジェシカの髪をドライヤーで乾かし、メライヤは全く手入れがされていない栗色の髪を三つ編み一本に仕立ててあげる。

 甲板からドンチャン騒ぎの音が微かに聞こえ、私も早く行きたいとジェシカは鏡に見入る。埃と汗と垢にまみれたバハムル族の竜はそこにおらず、割りと美人さんが映っていた。


「やっぱり私が見込んだ通りだわ、ジェシカはもうちょっと身だしなみに気を使うべきよ」

「身だしなみ? それって美味しいのか」


 食べ物じゃなーいと、メアドがジェシカの肩をペシペシ叩く。小っこいライオンの前足なので、猫パンチに近いが。どうやらガリウス星には、身だしなみという単語が無いらしい。戦艦内の無骨さを見るに、そういう国民性なのかも。


「何を飲む? ジェシカ」

「そう言われても何が何だかよく分からん、アメリアと同じものでいい」

「それじゃレッドアイをふたつちょうだい」

「メアドはカルーアミルクがいいな」


 はーいと返事したのは、キッチン内でくるくる働く近衛隊の面々。

 いま蓮沼家は守備隊が警護しており、アメリア工藤の嫁が指揮を執っている。近衛隊の寮とはどんなもんぞやと、見学を希望する守備隊員が多かったとも言う。


 カウンターに並んで座るメライヤとジェシカの前に、ことりとタンブラーが置かれた。レッドアイとはビールとトマトジュースを半々に割ったもので、アルコール度数は低くなり、サッパリとした飲み口になる。好みで割合を変える人も多く、サウナ上がりなら塩を加えるのも一興。


 カルーアとはコーヒーの抽出液と、サトウキビの蒸留酒をベースに作られたリキュールだ。これを牛乳で割ったカクテルがカルーアミルク。口当たりは良いのだけどアルコール度数は高いから、調子に乗って飲み過ぎるのは厳禁である。


 おつまみチーズセットと枝豆がすぐ出て来て、フライドチキンにチキンナゲットとフライドポテトも並べられて行く。レッドアイとカルーアミルクならこれが合うでしょうと、近衛隊もちゃんとチョイスしている。


 お座敷ではキラー提督とその配下たちが、もうすっかり出来上がっていた。

 向こうはポン酒なので、お刺身と天ぷら、筑前煮に豚ロースのネギ塩焼き。お酒自体が気の遠くなるほど久しぶりで、肴も美味しいから箸と言うかフォークが止まらないみたいだ。


 監督役としてこちらに残ったヨハン組とカイル組が、テーブル席で何やら笑いを堪えていた。それはキラー提督とその配下が身に付けているTシャツの、プリントに原因があったりして。


「激辛一番は分かるが、足四の字固めって何だ? ヨハン」

「僕に聞かないでよレベッカ」

「地球の格闘技にそんな技があるって、麻子さまが言ってたよね、フランツィスカ。あの空手チョップも似たようなもんじゃないかな」

「それよりもカイル、大漁は理解できるけど、我は覚醒せりって何だろう」


 それは厨二病って香澄さまが言ってたよと、ヨハンが思い出したようにぷくくと笑った。近衛隊は東京に住み着いて何を購入しているのやらと、ピザセットを頬張りビールを飲んでプハッの四人であった。

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