第567話 お弁当のこだわり

 ここはみやび組の事務所、秀一と美櫻、豊と彩花がまったりしていた。

 粒子砲とシールドの展開にゲートを開く以外は、リンド達に操艦を任せる事ができるため、四人はほぼ事務所の住人と化していたりして。

 時間軸を無視して浦島太郎にならないよう、瞬間転移と通信を兼ねる新式ダイヤモンド。これを任侠大精霊さまから、それぞれ受け取っているから出来ること。


 秀一と美櫻は宅配の空き時間で事務所を訪れるし、豊と彩花も特に用事が無ければ自然と集まってくる。四人とも宇宙自衛隊の艦長職だから、みやびとコンタクトが取りやすい事務所にいるのも仕事の内ってね。


 宇宙自衛官としての俸給をもらっており、僅かな仕送りで苦学生だった豊にとっては願ったり叶ったり。東京は家賃が高いから、秀一と同じロマニア食品の青雲寮に引っ越してはと、みやびに誘われ移り住む事になっている。寮の住人はみんな、独身の元ヤ○ザだけど。


「豊っち、どうかしたの?」

「それがな秀一、スーパーで買ってきた弁当が美味しくないんだ」


 いつの間にかみんなから、豊っちと呼ばれるようになった子門豊しもんゆたか君。長髪を嫌い角刈りなんだけど、子供会の年長お兄ちゃんみたいな雰囲気があって好ましいのだ。


「サバの味噌煮弁当よね、彩花さん」

「普通は美味しいはずなのにね、美櫻」


 引っ越しでアパートの電気・ガス・水道を止めたため、朝ご飯にと途中でスーパーに立ち寄り購入したらしい。

 そこへお茶にしましょうと、アルネ組とカエラ組がワゴンを押してやってきた。話しを聞いて二組のスオンがどれどれと、豊っちのサバ味噌弁当を検分する。


「三枚に下ろして背骨を外すならぁ、腹骨や中骨を取り除いてあげなきゃですぅ」

「ローレルの言う通りだわ、お弁当としては不親切過ぎるよね。カエラとティーナのご意見は?」


 憤慨するアルネに同意を示しつつ、サバ味噌煮に顔を近付けるカエラ組。

 背骨を外さなければ小骨の多くは、背骨にくっ付いたままだから食べやすい。つまり口の中で小骨を感じ、指で取り出す手間が無いわけだ。

 調理に圧力鍋を用いて、骨まで柔らかくしたならば話しは分かる。けれどこのサバ味噌煮はそうじゃない、硬い小骨がそのまま残っているのだ。これじゃ食べにくいに決まってるし、お弁当のおかずとしてはいただけない。


 みやびがサバの味噌煮で三枚に下ろさず、豪快に筒切りとするのはそのため。骨格が繋がってる状態だから、剥がした身は骨がなく安心して食べられる。小さい子供が口にするかもと考えれば、料理人としての心配りってもんがあるのだ。


「何だか生臭さがあるわね、ティーナ」

「皮目がボロボロだよ、カエラ。落とし蓋しないのかしら」


 生臭さを打ち消すために、ショウガやネギを使って煮込む味噌煮である。それでも臭みがあるってことは、サバの下処理や調理前の保存方法に問題があるようだ。

 料理人の目からすれば、お客さんからお金をもらえる代物じゃない。そんな結論がスオン四人から下された、ダメだこりゃと。


「近衛隊がお昼用に各種天ぷらを揚げてますよ、もらってきましょうか? 豊さん」

「悪いねアルネちゃん、頼むよ」


 お気になさらずとアルネがキッチンへ向かい、ローレルとカエラ組がお茶を煎れ始めた。近衛隊の寮にいるなら、食べ物には事欠きませんよって顔して。


「ところで豊っち、電気もガスも水道も止めたなら、お風呂はどうしているの?」

「そういや三日くらい入ってないかな、彩花」


 アルネが持ってきた天ぷら盛り合わせ。そこからサツマイモ天を天つゆに浸けて頬張る豊っちが、それが何かと目をぱちくりさせる。

 途端に半眼となる彩花と美櫻、二人は揃って窓に人差し指を向けた。その先は蓮沼銭湯で、飯食ったらさっさと風呂へ行けとまるで鬼女が如し。湯呑みを手にする秀一が、思わず吹きこぼしそうになっていた。


「着替えはあるの? 豊っち」

「リュ、リュックに入ってるよ、彩花」

「いま着てるものは脱衣籠に入れといて下さい」

「どうするんだい? 美櫻」


 洗濯するに決まってるでしょうと、目を吊り上げる彩花と美櫻。何やかんや言ってこの二人、割りと旦那思いの良いお嫁さんになるかも。豊っちはへーいと生返事するが、面倒見の良い女友達は大事にしないとね。


 その頃栄養科三人組は埼玉県三郷市にある、とある唐揚げ弁当の有名店にやって来ていた。電線に注意しながらその駐車場に、垂直着陸した飛天丸ひてんまる。みんなのお目当ては、最近メニューに追加されたデカ盛り弁当だ。


 ちなみに宇宙人の乗り物ってことで承認され、航空自衛隊がスクランブル発進なんて事態にはならない。この件に関しては見逃した上に方々手を回してくれた、早苗さんに頭が上がらない栄養科三人組である。


 自動車三台分の駐車場を占有し、でんと鎮座する宇宙クルーザー。

 お店の迷惑となるので駐車場を離れ、みやびは飛天丸を上空でホバリング状態にした。キャビンでお茶を煎れながら、では早速と購入したお弁当を広げ始める。


「輪ゴムで蓋を閉じてるけどさ、香澄」

「実際は閉じられてないんだよね、麻子」

「もはや蓋の体を成してませんね、レアムール隊長」

「でも蓋に何のお弁当か書いてあるから、一応意味はあるのよね、エアリス」


 それは内臓を取り除いた、鶏一羽の丸鶏唐揚弁当。

 そりゃ蓋が閉まらない訳で、とんでもない迫力。囲炉裏テーブルを囲み、はにゃんと眉を八の字にするみやび達。ならばお味はと、みんなで箸を伸ばす。


「これ衣を付けて揚げる前に、漬けダレに浸してるよね、麻子」

「どんな調味液なんだろうね、香澄。種類と比率がすっごく気になるよ」

「でも美味しいわ、みや坊」

「これを考え出した店主に、座布団五枚よね、ファニー」


 衣はハードかと思いきや、サックリしてるしお肉は柔らかくてジューシー。モモ肉とムネ肉、ボンジリと手羽、色んな部位が楽しめる。大きさからして若鶏だねと、みんな頬を緩めてひょいぱく。


 お弁当に煮魚を入れる場合は、骨が気にならない工夫を。骨付き肉であるならば、骨も楽しめる工夫を。栄養科三人組のお弁当に対するこだわりは、ロマニア食品が販売するお弁当やお惣菜にもちゃんと生きている。


 尚このお弁当屋さん、唐揚げに五種類のソースが用意されている。そのままでも美味しいのだが、どれどれとソースに手を伸ばすみやび達。

 丸鶏唐揚弁当の場合は二個選べる仕組み。カップルでお弁当一個にしたから、それぞれ好みのソースをチョイスしていた。


 チーズソース。

 バター醤油ソース。

 バーベキューソース。

 オールシーズニング。

 激辛デビル。


 リンドの三人は当然ながら激辛デビル、みやびはバター醤油、麻子はオールシーズニングで、香澄はバーベキュー。うんうんこんな食べ方も良いね美味しいねと、頬が緩みっぱなしのみやび達。お店のSNSによると、おろしポン酢もお勧めらしい。

 ところで唐揚げのお店だから、もちろん普通の唐揚げ弁当もある。三個から二十二個までの六段階、唐揚げ四個でも四百グラムで蓋が閉まらないという、もうね。 


 戻ったら漬けダレの研究だねと、頷き合う栄養科三人組。そんなみやび達なんだが地上では、あれは一体何だろうと人々が空を見上げてたりして。あ、車道から外れ側溝で脱輪した軽自動車が一台、知ーらないっと。


 ――そして数日後、港区の某所。


「柴田の婆ちゃん生きてるか」

「柴田さん、お元気ですか」

「待ってたよ、秀一、美櫻ちゃん。上がってお茶飲んでいきな」


 今日のお昼は唐揚げ弁当ですよとテーブルへ並べる秀一に、あら私の大好物と目を細める柴田のお婆ちゃん。

 お年寄りの歯でも食べられるよう、栄養科三人組は柔らかくする工夫をしている。漬け込むタレに、強炭酸水を加えているのだ。衣もハードにならないよう、薄く付く米粉とコーンスターチの配合をしている。

 若い方であればザクザク食感の片栗粉で良いのだけれど、お年寄りはそうもいかないので。だから柴田のお婆ちゃんは気に入ってるのだろうと、秀一も美櫻も理解していた。


「このカップは何だい? 秀一。今までは無かったよね」

「こっちがおろしポン酢で、こっちがチーズソース。味変が楽しめるようにって」


 それは嬉しい気遣いだねと、目尻の皺を更に深くする柴田のお婆ちゃん。お味噌汁もカップでお湯を注ぐだけなんだけど、ロマニア食品の工場で出汁を練り込んだ生味噌だ。今日はお豆腐と油揚げ、もちろん一度火を通した生。


 こんな心配りのおかげか、棺桶に入るまで契約したいと言ってくれる、独居高齢者が後を絶たない。これが人気の秘密なんだよなと、秀一も美櫻も感じ入る。そしてこの仕事はやり甲斐があると、改めて思う二人であった。

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