第568話 あの魚とサンドクラブ

 ――ここは亜空間倉庫、大型生け簀の前。


「メタルっぽさが無くなったよね、麻子」

「普通に海の魚に見えるわ、香澄。与えてるエサはマイワシとカタクチイワシだよね、みや坊」

「そうそう、まさかここまで変わるとは思わなかったわ。二人とも食べてみる?」


 うっ、と顔をしかめる麻子と香澄。あのゲロマズが脳裏に蘇ったらしく、腰が引けちゃってる。しかしここまで準備したのは確かめるため、やってみますかと準備を始める栄養科三人組である。

 ついにアレを食べるんだと、カリーナもフェリアも興味深そうに見守っている。一緒にどうかと誘われたメライヤ領事も、アレよりマシになるならと真剣そのもの。


 宇宙カツオはタタキに、宇宙ブリは照り焼きに、宇宙ビンチョウマグロはお刺身にと、三人はそれぞれ手を動かす。果たして食用可なのか不可なのか、そんなこと言ったら今まで食べてきたアメロン船団に失礼だけど。


「加熱中のあの酷い臭いがしないね、麻子」

「ほんとだね、香澄。環境が変わるとこうも違うんだ」


 テーブルにお皿を並べれば、どう見ても一般的なお魚料理である。では実食と腹をくくった栄養科三人組と、メライヤが箸を手にして口に運ぶ。


おっ香澄

あらっ麻子

普通みやびにイケルよね」


 メライヤがおいひいと身悶えしており、美味しいんだとカリーナもフェリアも目を丸くしている。宇宙のお魚さん、立派な資源になることがここで証明されたわけだ。あとは宇宙小魚も飼育して、大型魚のエサにしても同じかどうかを検証すればいい。


「宇宙イカとか宇宙根魚とかも、いたりするのかな、香澄」

「意外と隕石の影に潜んでたりしてね、麻子」


 次のタックルはイカ用の餌木エギや、根魚用のソフトルアーも欲しいねと、ワイキャイはしゃぐお二人さん。タックルとはロッドやリール、ラインや仕掛けなどを含めた、魚を釣るためのアイテム一式を指す。


「カリーナさま、サンドクラブを出してたわよね」

「ここにあるわよ、ラングリーフィン」


 カリーナの目配せでフェリアが、伊勢エビサイズのサンドクラブが入る金網籠を持ち上げた。どうやら千住丸率いる、子供達のお昼ご飯になるようだ。

 サンドクラブとは言うもののヤシ蟹に近く、カニともエビともつかない、殻を持たないヤドカリと言った方が正しいのかもしれない。でもお味はすこぶるよろしい。

 エビマヨかしらと思ったのは麻子で、カニクリームコロッケかしらと思ったのは香澄。そこはやっぱり料理人で、子供達が好きそうなメニューが頭に思い浮かぶ。


「メライヤ領事、あのサンドクラブをアメロン船団で飼育したらどうかしら」

「しかしみやびさま、エサはどうやって」

「野菜クズや魚のアラを、きれいさっぱり平らげてくれるの。宇宙の魚が食用になると分かった以上、導入しない手はないわ」


 それはステキと胸の前で手を組むメライヤ、瞳がキラキラ輝いちゃってるよ。

 成体は羊くらいの大きさになるけど、大味だから伊勢エビサイズが一番美味しいのよと、麻子と香澄が補足説明。

 卵ではなく子蟹で産むから水は不要の陸棲甲殻類で、小っちゃくたって何でも食べる。亜空間倉庫が小蟹だらけになって、近衛隊が大騒動になったけなと、みやびはつい思い出し笑い。

 早速マクシミリア皇帝とサッチェス首相にご報告をと、通信用ダイヤモンドをチョンと突くメライヤ。食糧事情の改善はアメロン船団にとって、急務と言える懸案事項だ。きっと喜ぶだろうなと、目を細める栄養科三人組である。


 そして子供達のお昼ご飯はと言えば、何とボイルしてそのまま出しちゃったよ。でももしかしたら、これが一番美味しいのかも知れない。

 カニ専用ハサミとピーラーで処理してあるから、蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具かにこうかくるいだいたいぶほきゃくみとりだしきぐでほじくり食べるだけ。でもこれ、平たく言えばカニ用フォークスプーンでいいじゃんと、栄養科三人組はいつも思う。


 脚の身は濃厚でタラバガニ以上、ミソもアン肝を溶かしたようなお味。地球のヤシガニは腸が危険と言われているが、養殖しているサンドクラブはその心配が無い。

 人が口にできないのは硬い殻だけで、成体だとその殻さえ食べてしまう。砂漠に生息するだけあって、見事な循環と言えよう。


 炒飯と餃子に雲呑スープもあるんだけど、子供たちは脚の身をほじくるのにもう夢中。カリーナもフェリアもやるねえと、ご相伴に預った栄養科三人組とメライヤ領事も、目を細めながら頬張るのだった。


 ――そして夜の蓮沼家。


「これが宇宙を泳いでた魚とは、ちょっと信じがたいな、工藤」

「そうですね源三郎さん、教えてもらわなければ気付かないかも」

「お嬢さん、次の漁には俺も連れてって下さいよ。刺し網を試してみたい」

「いいわよ黒田さん、今度のお休みはみんなして宇宙へ釣行ちょうこうだね」


 そこへ早苗と桑名、そして山下が帰ってきた。あらお魚がいっぱいと顔を綻ばせているが、はて宇宙を泳ぐ魚と話して良いものかどうか。

 知らぬが仏と、正三がぼそりとつぶやいた。確かにそうだねと、頷き合う蓮沼家の面々。魚介類の値段が上昇している現状、ロマニア食品のお魚弁当やお魚惣菜は安く提供したい。

 種明かしはこの三人がたらふく食べてからと、みんなして悪い顔になったりして。加工した食べ物に原産国表示は要らないけれど、出所を探られるのはまだ困る。早苗に手を回してもらう為にも、食べてお味を確認してもらってから。


「それにしても立件民主党の大川議員には参りましたね、副総理」

「山下はどこまで知っているのかしら」


 それは入管法に於いて不法滞在の性犯罪常習犯に、難民申請と仮病を装わせ本国への強制送還を免れさせたというもの。国会議員としてやってはならないことで、蓮沼家の面々がぽかんと口を開けてしまった。


「だいたいは把握してるみたいね、山下」

「施設で亡くなった難民の話が最近ありましたけど、あれってハンガーストライキだったみたいですね、副総理。左側の誰かが吹き込んだんでしょうか」


 ハンガーストライキとは、抗議や要求を貫徹するため、断食するという意味。人権以前の問題で、本人がそれを敢行したのでは助けようがない。


 日本は諸外国に比べ、難民認定の審査が厳しく非人道的と言われている。果たしてそうだろうか? と栄養科三人組は思う。宗教紛争や民族紛争を含む戦乱、政治的な思想から国家権力により弾圧されている、そんなやむを得ない難民は受け入れているのだから。


 問題なのは犯罪歴がある者、就労目的で難民申請している者が多いこと。そんな輩に対しては、審査が厳しくなるのも当然であろう。

 中には留学ビザの有効期間が切れた元留学生が、滞在し続けるために申請しているケースだってある。それ難民の受け入れ条項から外れてるし。


 性犯罪を含む前科者を難民認定したらどうなるか。人権を叫ぶ法人や弁護士もいるけれど、日本人の人権も考えて頂きたいものだ。そんな申請が全体で三分の一もあると、最近の報道で明らかになっている。

 問題が無い外国人なら難民申請中でも条件次第で、就労許可が下り日本で働く事が出来る。収容施設に入れられているのはシャバ、つまり世間に出しちゃいけない外国人なのだ。


 そしてもっと問題なのは、難民申請に回数制限が無く、申請中は強制送還出来ないという入管法の穴。難民申請し続けている間は、ずっと日本にいられるのだ。

 今回の入管法改正案は、特別な理由がない限り申請は二回まで、三回目以降は強制送還が出来るというもの。

 受け入れるべき難民と、それ以外の理由で申請している者を、切り分ける施策だ。この法案に左側は大反対しているわけで、日本を混乱させたい弱体化したい思想のロジックが働いている。


「大川議員、辞職すべきですよね、源三郎さん」

「わからねえぞ佐伯、小東議員みたいにしれっとした顔でのさばるかもな」


 多分そうでしょうねと、早苗が宇宙カツオのタタキを頬張る。間違いないでしょうねと、桑名がブリの照り焼きを頬張る。山下も同意を示し、ビンチョウマグロのお刺身を頬張る。そして升酒を口に含み、ああ美味しいと目を細めてまた箸を伸ばす。


 栄養科三人組が、おっかないオーラを発しているのには気付いてない模様。やはり立件民主党は物理で潰すべきかしらと、怪しく微笑んでいる。入管法改正の反対デモを主導しているのだって、やっぱり左側なんだから。


「これ全部、宇宙の魚なの? みやびちゃん」

「そうよ早苗さん、普通の魚と遜色ないでしょ」


 早苗は箸を落としそうになり、桑名は升酒を吹き出しそうになり、山下はお地蔵さんと化してしまった。そんな山下の顔前に、おーいと手を振るマルガマルゲリータの図。


 宇宙の資源は侮れないわねと、再び箸を動かす早苗さん。精神的なダメージは少なかったようで何より、山下は再起動にもうちょっと時間がかかりそうだけど。

 そこへ台所チームであるマーガレット、コーレル、ベネディクトが、宇宙シマアジのお刺身と宇宙カジキのお煮付けを運んできた。今夜の蓮沼家はお魚三昧である、宇宙のオリオン大星雲産だけど。

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