第553話 病院送りは覚悟してね

 みやびが所有する宝石や金貨は、妙子とお料理を世に広めるため、地盤を築いてきた結果の資産である。調味料の製造、輸送手段を含むインフラの整備、そして経済を活性化させ人材を育てる。障害となるならば戦争も辞さず、その気概は今だって一ミリたりとも変わっちゃいない。


 お金は後から付いて来た副産物に過ぎないし、そもそもみやびは金銭よりも人情を優先する。それが本来ならば敵である相手すら味方に引き入れ、惑星イオナを三人の皇帝による統一に導いたのだ。そんなみやびだからこそ、ロマニア食品も雅会も、大規模な組織になったと言える。


 結果的に良い意味での、『女の一念岩をも通す』なのだろう。それは麻子も香澄も同じで、この信念はそれぞれの配下にもしっかりと受け継がれている。

 領地運営では適正な税率を。領民が食うのに精一杯で蓄財すら出来ないようでは、本当に一揆が起きてしまう。

 それは今の西シルバニア、かつてのボルド国をみれば明らかだ。聖堂騎士が、騎士団と戦士団が、そして農民や手工業者が、王に対して反旗を翻す結果を招く。


「他の惑星で政治家をしてたんだね、みやびさんは」

「ノンノン、ゆたかさん。歌って踊れる料理人の政治家よ」

「でも企業経営だってしてますよね」

「あはは、成り行きでね、彩花あやかさん」


 ――ここは蓮沼家の母屋。


 今夜のメニューは、主菜がキンメダイのお煮付け。副菜はお客さんが来たのでちょっと豪華に、旬の天ぷら盛り合わせ、胡麻豆腐、茶碗蒸し、菜の花のおひたし。これにお吸い物が牡丹ハモで、赤カブの甘酢漬けが付いて一汁五菜。


 ラッキーという顔の佐伯に黒田と工藤だが、酒の肴で消えそうな気がしないでもない。麻子が〆をワンタン麺にしようかしらと、香澄はシュー生地があるからスイーツにジャンボシュークリームがいいかしらと、頭に思い浮かべてたりして。


「目的が自分じゃなくて、自分とみんなが。そうすりゃ人も金も自然と付いて来るもんだ。そうだろ? 徹」

「今はそう思えますけど、蓮沼興産を立ち上げた時は冷や冷やしてましたよ、親父」


 べらんめえばーかと、江戸っ子気質でお煮付けを頬張る正三。金は天下の回り物、正しく使う人間にこそ人と金は付いて来る。金の亡者にならない任侠だからこそ、それがよく分かるんだと彼は升酒を口に含む。


 そんな正三に目を細めながら、みやびはゆたか彩花あやかに一升瓶を向ける。聞けば二十歳と言うので、ならば良いでしょうと。

 山形のメール党員がこれはどうだと送ってきた、出羽桜の吟醸酒。青リンゴを思わせるようなフレーバーで、これを熱燗にするなんてとんでもないもったいない。冷蔵庫で少し冷やしてから升酒に決まってますがな。


 栄養科三人組は届いた食材を画像に収め、どんな料理にしたかをブログに必ず掲載している。これが地方のメール党員には刺さって嬉しいらしく、物資が毎日のように届く政治結社みやび組。ありがたやありがたや。


「ところで二人とも、私達にどんな講演をして欲しいのかしら」

「今日のデモを見て違和感を感じてましたよね。僕らも色んなデモを見て、おかしいなと思ってるんです、なあ彩花」

「豊の言う通りです、NPO法人コララの抗議デモを見に行ったら、共三党の議員が十三人も混じってて」

「入管規制法の改正反対デモなんて、令輪新撰組の登りが立ってたよな」

「プラカードだっておかしいんですよ『入管は聡を知れ』って。『恥』の間違いじゃないかしら」

「前総理の国葬反対デモだってさ『国葬を上めろ』ってプラカードがあったよな、彩花。『止めろ』の間違いだろう」


 その間違いを周囲が指摘しないなら、漢字をまともに書けない、日本人じゃない連中がデモに動員されている訳で。そこからして変ですと、二人は注がれた出羽桜を口に含む。あらフルーティーで美味しいと、豊も彩花も気に入ったみたいだ。

 そんな二人を見て思わず吹き出しそうになる早苗さん、もちろん可笑しいのではなく嬉しいのだ。まなこの曇りを拭い去り、真実を見ようとする若い二人が。


「話せる範囲で構いませんから、その辺をどう思っているか、講演で聴かせてもらえたらと思って」

「いいわよ彩花さん。ねえ山下さん、あなたも講演したら? ネタいっぱい抱えてるでしょう」


 みやびに振られ、別の意味で吹き出す山下記者。まだ報道できないネタもバラして良いんですかと、早苗をチラ見して口を拭う。大学生に向けての講演なら構わないわよと、早苗は胡麻豆腐を頬張り口角を上げる。


「今は再エネ議連を追いかけててさ」


 そう言ってカボチャの天ぷらへ箸を伸ばす山下に、そんな議連もあるんだと身を乗り出す栄養科三人組。いいとこ突いてきたわねと、顔を見合わせる早苗と桑名。それもまた闇が深いんだろうなと、聞き入る蓮沼家の面々である。


「同じ規模なら太陽光発電はさ、火力発電の二千分の一なんだ。砂漠でやるならまだしも、日本で樹木を伐採してまでやる話しじゃない。

 そもそも二酸化炭素を吸収してくれる樹木を伐採したら本末転倒、地球温暖化に拍車をかけてるようなものだろ。そんな事業に国の補助金が流れてる」


 分かったと、栄養科三人組が揃って手を挙げた。要は原発撤廃を訴えているのが、再エネ議連のメンバーなのねと。


「ご名答、原発を再稼働させれば済む話し。原発の安全性を高めるのに税金を使うべきなんだ。ソーラーパネルは半導体である以上、寿命があるから交換が必要になる。

 そしてソーラーパネルを生産しているのは、人権侵害と強制労働で問題になっているC国のウイグル自治区」


 山下はそこまで言って、再び早苗をチラ見した。続けて良いのかと尋ねたのだろうが、ここなら良いわよと彼女は頷いた。


「再エネ議連の顧問を務めるのは、慈民党の有力議員だ。反原発を鮮明に打ち出してて、親族企業がC国でソーラーパネルの生産会社を運営してる。ついでにこの議員、昆虫食も推してるんだ」

「山下、その辺でいいわよ。産渓新聞には既に、圧力がかかっているのでしょ。講演で話すのも核心はぼかした方がいいわ、流石に私も新聞社までは守れないから。今の日本がどうなっているか、それだけを若い人に話してあげて」


 国民の血税がおかしな方向へ流れている。それを止めることが出来れば、日本国民の実質税負担率は昭和の二十五パーセント台に戻せるはず。そう言って早苗は、キスの天ぷらを美味しそうに頬張った。


 ――そして数日後、ここは蓮沼興産が所有する総合体育館。


 床にブルーシートが敷き詰められ、みやび亭屋台が稼働しており、まるで神社の縁日みたいなお祭り状態。政治研究連合会の大学生が二百人ほど集まっており、何これ美味しい楽しいと、五台のみやび亭屋台が大盛況。

 壇上ではモムノフさん達が最近覚えた、よさこいダンスを披露している。こちらもまた、やいのやいのと拍手喝采で熱気ムンムン。


 いつもはヨレヨレのジャケット姿な山下が、今日はパリッとしたスリーピースでマルガがふうんという顔をしている。そんなマルガも山下が気に入っているからと、地下アイドル衣装なんだけど。

 ちなみに近衛隊は全員、第一種警戒態勢の準装備であるメイド服。屋台を運営してはいるが、もちろん長剣を背負っている。


 そろそろ頃合いだし講演を始めましょうかと、壇上の袖で頷き合う栄養科三人組。モムノフさん達が退場し、ローレルが演壇をひょいっと舞台中央に持ってくる。アルネとカエラ、そしてティーナが、パイプ椅子を演壇の両脇に並べて行った。


「皆さん本日はようこそお集まり下さいました。それではこれより、みやび組の講演会を始めたいと思います。みなさん今日はラッキーですよ、何と産渓新聞記者の山下さん、そして隆市早苗副総理もいらしています」


 マイクを手にみやびが開会の挨拶を始めると、会場から大きな拍手が湧き上がった。その手応えに、麻子も香澄もむふっと笑う。


 だがその時ヘルメットを被り、鉄パイプを手にした集団が乱入してきた。ほとんどは学生に見えるが、中には中高年の男も混じっている。どうも極左暴力集団に先導された、反社会学生組織のようだ。


「総員抜刀!」


 マイクを通して、みやびの声が響き渡った。

 講演に参加した怯える学生達を守るように、反社組織との間に割って入る近衛隊の乙女達。モムノフさん達も刀を手に、その両脇へ駆け付ける。


「あんた達、ここは蓮沼興産の社有地、無断で侵入されては困るわ」

「問答無用! 我々の革命に仇なす者は粛正あるのみ!」

「日本国民は正当な理由なく宇宙人を害してはならない、系外惑星法をご存じかしら?」

「はんっ、こんなコスプレ姉ちゃんに何ができる」


 ああ言っちゃった、言っちゃったよ。近衛隊はもちろんマルガもシオンも半眼となり、その手に魔方陣を展開し始めた。みんな殺る気満々のようで。

 みやびが早苗に視線を向けると、携帯端末を操作していた早苗がどうぞと頷いた。彼女はおそらく、八咫烏に招集をかけたのだろう。


「いいわよ、受けて立ちましょう。病院送りは覚悟してね」


 その言葉を合図にコーレルとベネディクト、そしてマーガレットが、目の前にいる反社学生の鉄パイプをスパッと切った。早苗さん公認の出入り、開幕である。

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