第552話 虹色に光る指輪

 隆市早苗はバツイチである。

 同じ慈民党内での結婚だったが、政策方針もグループも違っていた。そうなると携帯端末を、浴室に持ち込まねばならぬほど、夫に情報を漏らせないんだそうな。

 それで離婚したわけだが理由が理由なだけに、別れた夫と子供達との関係は良好らしい。ちなみに早苗自身は出産しておらず、三人の子供は夫の連れ子だと言う。


「GWが終ると忙しくなりますね、早苗さん」

「マスコミが報道しないから国民は知らないけど、また超党派の新しい議連が立ち上がったわ、正三さん」


 GWが明けると、来年度予算の審議が本格化してくる。

 どんな議員連盟なのと、朝食後のお茶を煎れながら尋ねるみやび。早苗の顔を見る限りは、歓迎できない集まりに思えたからだ。


「令和国民会議よ、みやびちゃん。平たく言えば財政支出を考える会かしら」

「LGBTの議連に比べればまともじゃない? 早苗さん」


 それがねと、出されたお茶に手を伸ばす早苗。桑名も浮かない表情をしており、顔を見合わせる蓮沼家の面々。


「それなら財政改革を政策に掲げている議員へ、声をかけるはずでしょう」

「違うんですかい? 早苗さん」

「党派を超えて色んな議員に聞いてみたわ、正三さん。そしたら声がかからないどころか、そんな議連が出来たことすら知らなかったみたい。私も含めてね」


 それじゃどんなメンバーが参加してるんですかと、来るのが遅くていま食べ始めた山下が身を乗り出した。他のマスコミは取り上げなくとも、産渓新聞はよくスッパ抜くからだ。それで山下は小東議員から、圧力をかけられたとも言うが。


「まだ記事にはしないでね、山下。参加している議員はみんな、財務省に近しい者ばかりなの」

「もしかして副総理、実態はどうすれば国民からもっと税金を取れるか、それを考える会とか……」

「確証は無いけど、可能性は高いわよ。つまり財務省の操り人形ってことね」


 いま以上に税負担率を上げたら、本当に江戸時代の農民だ。みやびが呆れ返り、正三と徹に源三郎、佐伯と黒田に工藤も、開いた口が塞がらない。大昔なら一揆が起きてもおかしくないわと、食器を片付ける京子さんが口をへの字に曲げた。


 正しき者がどんなに反対しても、多数決で通ってしまう。その綱引きを水面下でやるのが、腐った議員と官僚である。

 国会議員は省庁を監督するのも仕事のひとつ、その議員が省庁の口車に乗ってどうする。みやびは国会議事堂が暗澹あんたんたる雲で、覆われているような気持ち悪さを覚えていた。


 仕事に出かけるみんなを見送った後、みやびは庭にがらくたをポポンと出した。がらくたとは言っても、みやびが嫌う華美な装飾の施された家具なんだが。

 西シルバニアと南シルバニアの城や聖堂にあったもので、オークションにかけたが買い取り手が付かなかった残りだ。


「何を始めるのかしら、みや坊」

「難易度の高い錬成に挑戦しようと思って、ファニー。家具に色んな宝石がちりばめられているけど、ダイヤモンドも追加しとこう」


 そう言って素材のひとつであるテーブルに、ダイヤモンドをひとつかみ置いたみやび。そして彼女は瞳を閉じ、精神統一に入った。ガラクタが浮き上がり、その下に虹色と黄金の魔方陣が二重に展開する。


 まだ母屋に残っていた源三郎とマーガレットが、固唾を飲んで見守っていた。家具が赤・青・緑・白へと色が変化していく、ここまでは従来の錬成だ。まるで液体のように溶けていき、みやびが思い浮かべた物に姿を変える。

 だが今回は違っていた。更に全てを吸い込むような漆黒と、高貴な紫へと変化し、最後は黄金に輝き家具は溶けていく。

 魔方陣が消え庭の地面に残ったのは、七色に光る指輪であった。数は三十個ほどあって、ふわりと浮き上がりみやびの手に集まって来た。


「ファニー、付けてみて。サイズは自動で伸縮するから竜化しても大丈夫。邪魔にならない小指でいいわよ。源三郎さんとマーガレットも」

「ラングリーフィン、これにはどんな効果があるのでしょう」

「私の虹色魔法盾を思い浮かべながら念じてみて、マーガレット。ファニーも源三郎さんも」


 すると小指にはめた指輪から、虹色魔法盾が発動したではないか!

 みやびが成功だわとガッツポーズ、三人は目をパチクリさせているけれど。つまり敵対する者からの、物理攻撃を全て反射する力、それを手に入れた事になる。


「無意識に纏って自動発動させるとか、大きさや形を変えるとか、そこは練習が必要になるかもね」


 人差し指を立てるみやびに、いやいやこれでも充分と、三人ははめた小指に視線を落とす。まずは蓮沼家の外へ出る機会が多い、スオンを優先しようとみやびは言う。

 寮にいるアルネ組とカエラ組を連れてきますねと、マーガレットはスクーターに乗りパラタタタと走って行った。辰江さんを呼んできますと、源三郎も縁側から上がり奥の座敷へ向かう。


 ――そして夕方になり、ここは耽美女子学園の大学部。


 敷地内にあるカフェテラスで、テーブルを囲む栄養科三人組。指輪を渡された麻子組と香澄組が、小指を眺めながらほえーという顔をしている。アルネ組とカエラ組ですら、未だに信じられないといった面持ち。


「華美な家具とは言っても、職人が丹精込めて製作したものだからね。そんな素材が集まればもっと作って、近衛隊にも行き渡るようにしたいな」


 そう言いながら、アイスティーのストローを口に咥える任侠大精霊さま。その頭上で親指サイズのアリスが、流石ですお姉ちゃんと誇らしげ。そのアリスにもみやびは与えており、今までの物理無効が反射になったわけだ。もはや最狂……もとい最強の聖獣。


 これこそが星々を形成する力であり、大精霊としての特性なのだ。四属性は星の生成に必要な元素を生み出す、脇侍わきじなのだと再認識する面々である。

 脇侍を仏教で言うなら、本尊である仏像の、周囲に控える菩薩像と言える。みやびを大精霊とし、これから脇侍となる菩薩の精霊がどんどん増えて行くに違いない。


「私ら、精神攻撃を除いて無敵よね、麻子」

「そういう事になるよね、香澄」


 それじゃ帰りましょうかと校門を出たみやび達、そんな彼女達の目にLGBT法推進のデモが飛び込んできた。その行列を眺めながら、栄養科三人組は妙な違和感を感じていた。


「麻子、プラカードの中に天皇制反対とか」

「家父長制反対とか、香澄」

「これで支援しているのが共産主義の団体って分かるわね、麻子、香澄」


 そう言えば東京都の税金をチューチュー吸っていたあの法人も、支援していたのは左側だったなと思い出す。まなこの曇りを解き払い、改めて事象を見直せば真実が浮かんでくる。


「国営放送のスクランブル化を訴えて、デモをやってる団体もあるわよね、麻子」

「だけどマスコミは一切報道しないのよね、香澄」

「それ以前に報道関係者が取材に来ないって話しよ、二人とも」


 そう言ってみやびは、デモに胡乱な目を向ける。こんな茶番のデモに、左側の報道陣が何社も取材に来ているからだ。

 国営放送のスクランブル化とは、強制的に受信料を徴収するのではなく、見たい人がお金を払って視聴する方式。これこそ国民の利益なのに、左側のマスコミは隠そうとする。

 同性婚を認めて欲しいという願いは叶えてあげたいが、左側が利権を貪る受け皿にしてはならない。そう決意を固める、みやび達であった。


 そんな彼女達に、あのすみませんと声をかける男女がいた。見た所は大学生に思えるが、何の用であろうか。悪意を感じないので、剣の柄に手をかけようとするリンドをみやびは制した。


「みやび組の皆さんですよね、僕たち大学政治研究連合会の者です」

「連合会?」

「単独ではなく、複数の大学に跨がって取り組んでいる活動なので」

「それでご用件は、何かしら」

「一度僕たちに、講演して頂けないかと思いまして。たいした講演料はその、お支払いできないのですが」


 ふむと頷き、人差し指を顎に当てる任侠大精霊さま。麻子も香澄も気付いている、この男女は希少な光属性と闇属性だと。

 蓮沼興産の体育館で立食パーティーしながら、そうだ早苗さんにも講演してもらおうかと頬を緩めるみやび。若い人に期待している彼女の事、面白おかしく政治の話しをしてくれるだろう。


「いいわよ、お金の件は気にしないで」

「よろしいのですか?」


 男性は子門豊しもんゆたかと名乗り、女性は桂木彩花かつらぎあやかと名乗った。そんな二人にみやびは、うちにご飯食べにおいでよと誘いをかける。


「うちって……蓮沼財閥の邸宅ですよね」

「私たちがお邪魔してもその、大丈夫なんでしょうか」


 いいのいいの気にしないでと、手をひらひらさせる任侠大精霊さま。相変わらず良い意味での人たらしよねと、顔を見合わせクスリと笑う麻子と香澄。

 茶の間は増築で拡張したし、お客さんが増えても何ら問題はない。今日はかわせみのバイトが無い日だし、今夜のメニューは何にしようかとワイキャイはしゃぐ栄養科三人組であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る