第551話 日本国民は怒るべき
――ここはアマテラス号の甲板。
「コークハイって? 早苗さん」
「昔はあったのよ、みやびちゃん。ウィスキーのコーラ割りが」
みやびが炭酸水メーカーとオリジナルコーラを導入したと話したら、早苗さんがコークハイと言い出したのだ。ならばとグラスに氷を満たし、ウィスキーはダブルでコーラを注ぐ。
口に含んでうんうんこれこれと、早苗はスモークチーズに手を伸ばす。
彼女が地球と満天の星を眺めながら、一杯やりたいとリクエストして今に至る。まあ蓮沼家の夕飯が、アマテラス号に場所移動しただけなんだが。
「そう言えばアカプルコってのもあったな」
「何それ、お祖父ちゃん」
「ウィスキーの紅茶割りさ、みや」
「カナディアンクラブの二十年ものとか、シーバスリーガルの十八年ものとかでやっちゃうの?」
まさかと、正三と徹に早苗が笑い出した。佐伯も黒田も工藤も、源三郎に桑名も、破顔してそれはないよと口を揃えた。
割烹かわせみで働いていれば、高級ウィスキーの銘柄くらいみやびの頭に入っている。正三が言うにはややもすると悪酔いする安酒を、美味しく飲むための工夫だったらしい。
「日本酒も昔はよ、特級・一級・二級とあったんだ」
「等級が高いほど美味しいわけね、お祖父ちゃん」
実はそうでもないんだと、正三はあんかけ湯豆腐に箸を伸ばす。等級を決める審査そのものが、実情に合っていなかったと。
色が付いていたら駄目、独特の風味や味があったら駄目。けれどそれは酒飲みからすれば、美味いと思うかどうかであって別の話し。国が勝手に決めた、酒税を徴収するための手段だったに過ぎないと話す。
「酒の美味さを無視して、等級が上がれば酒税も上がり値段が高くなる。それはおかしいと反発した蔵元が、独自の勝負に出たんだ」
お役所にどんな勝負を仕掛けたんだろうと、麻子も香澄も手を止め、正三の話しに聞き入っていた。それはだなと、正三はあんかけ湯豆腐を頬張り飲み込んだ。
「別にお上と喧嘩したわけじゃないんだ、みや。宮城県の一ノ蔵酒造がな、審査を受けず無鑑査で売り出したんだ」
「本来なら特級や一級になるお酒を?」
「そう、酒税が一番安い二級で売り出して、味で勝負に出たんだ。それが全国に波及してよ、特級や一級で得られた酒税がどんどん下がっちまった。これが日本酒等級分けの、撤廃のきっかけになったんだ」
日本人はもっと怒るべきなんですと、山下が鶏の唐揚げを頬張る。GW終盤で、今夜は取材が無いらしい。
「消費税は一度白紙に戻すべきです。国営放送も調子に乗りすぎ、スクランブル化すべきですね。そのためには」
「天下り先を作ろうとする官僚のお仕置きね、山下さん」
カウンター越しからニラの卵とじを置いたみやびに、その通りですと山下は頷く。
定年になれば結構な退職金がもらえるのにと香澄が。棺桶にお金は持っていけないのにねと麻子が。どうして官僚は金の亡者になるのかしらと、揃って眉を曇らせる。
官僚の子孫がみんな官僚になれるわけじゃない、その子孫が重税に苦しむのだ。そこに思いが至らないようでは、やっぱり厨二病をこじらせた高齢者と断ずるしかないだろう。そう言って山下はニラ玉を頬張り熱燗をキュッと。
「日本の背任罪はどうなっているの? みや坊。ロマニアの評議会で背任が発覚すれば、流刑か火刑だけど」
「日本は五年以下の懲役か五十万円以下の罰金なのよね、ファニー。特別背任で十年以下の懲役か一千万以下の罰金」
ずいぶん軽いのねと、レアムールもエアリスも呆れてしまう。アルネもカエラもそれで通るんだと、信じられないといった面持ち。
実刑判決を受けて刑務所に入り、刑期を終えてまた議員になる者もいると聞き、国民はどうして怒らないのかしらと首を傾げてしまう。
「死ぬまで公民権の停止、復職は絶対にさせない。国会議員と官僚はその位が妥当ではないかしら、早苗さん」
「あらあらみやびちゃん、厳しいのね。まあ私もそうしたいところなんだけど」
「収賄罪に政治資金規正法と合わせて厳罰化、出来そうですかい? 早苗さん」
「身に覚えのある議員と官僚が大反対するから、法案を通すのは至難の業ね、正三さん。法制審議会の段階で潰されるのが関の山かしら」
なにそれと麻子が、うわむかつくと香澄が、揃って半眼となる。私たちが議員になったら絶対に通してやる、無期懲役は無理でもせめて三十年くらいにと。もちろん公民権は終身停止よねと。
公民権を停止されると選挙活動はおろか、立候補すら出来なくなる。それでも政党の党首や、議員秘書になれたりするのが今の日本。
それも禁止よと、みやびがバッサリ切り捨てた。政治の世界で前科者となったならば、二度と政治に関わらせるべきじゃない。天下りも厳罰化、受け入れ先の法人も潰すべきと。
「そう言えばLGBT法案を成立させようと、超党派の議連ができましたよね、源三郎さん」
「元々差別してないんだから、日本には要らない法律なのにな、工藤」
愛妻マーガレットから酌を受けつつ、結局あれだと源三郎は顔をしかめた。
法案が成立すると地域協議会を立ち上げ、啓発活動をすることになる。国が基本方針を策定し、各自治体がそれを実施しなければならないのだ。
この時点で地域協議会という名の組織が立ち上がる。メンバーはLGBT支援団体、学識経験者、そのほか国や公共団体が必要と認める者。これって言い換えれば、誰でも良いって事にならないだろうか。
「男女共同参画でも支援センターが各地に出来ただろう、工藤。当然ながら事務局も出来て、税金チューチューし放題で格好の天下り先、なんちゃってな」
「各自治体には社会福祉協議会が既にありますよね、源三郎さん。そこに統合するって話しにはならないんでしょうか」
「だからよ工藤、税金チューチューする箱を増やしたいんだよ連中は」
そこまで言って、はっと顔を上げる源三郎と工藤。カウンターの向こうで栄養科三人組から、憤怒のオーラが吹き上がっていたからだ。
具体的な政界の暗部を三人に聞かせるのは、ちょっと早かったかなと早苗が頬杖を突く。政治結社を立ち上げた以上、避けて通れない道と正三が熱燗を呷る。
そしてマスコミはと言えば、日本はLGBTから立ち後れているとだけ騒ぎ立て、事の実態は報道しない。もはや共犯であろう、ジャーナリズムの欠片も見当たらない。
「アメリカのトランプ前大統領は、相続税を撤廃しました。あれは英断ですね、既に納税している資産から、更に税金を取るのはおかしいですから」
「山下の言う通りね。ガソリン税を徴収しておきながら更に消費税も取る、それがまかり通る日本を何とかしないと」
コークハイを美味しそうに飲みながら、早苗はほうと息を吐いた。そしておっかないオーラを発している、栄養科三人組に目を細める。お金では絶対に動かせない任侠の徒、みやび組が国政に参画し暴れる姿を見たいと。
「ところでみやびちゃん、メール党員は今どのくらいなの?」
「十万人を突破したわよ、早苗さん」
「……はい?」
「宇宙人のお友達として近衛隊をブログで紹介したらね、麻子」
「急に増えたよね、香澄。何か刺さるものがあったのかしら」
お料理上手な宇宙人を写真付きで紹介、しかもみんな可愛い乙女ときたもんだ。実態は竜なんだけど、そこはまだナイショ。みやび組が全国区になるのは予想以上に早そうだと、早苗も桑名も顔を綻ばせる。
「熊本のメール党員から馬肉が届いたんだけど、みんな食べる?」
そんなの誰も嫌がるはずないし、夕食の一汁三菜は酒の肴で無くなりそうだし、みんながカモンカモンという顔をする。
一緒に届いた辛子レンコンもどうかしらと、みやびがポポンと出した。これはレンコンの穴にからし味噌を詰め、衣を付けて揚げた熊本の郷土料理。酒の肴にもご飯のおかずにも、よく合うんだこれがまた。
「ご飯はまだいいですか? アンガス、シオン」
アリスがふよふよ浮きながら、お座敷に座る二人に熱燗を運ぶ。宇宙船のみやび亭に天井はないから、彼女はひゃっほうと飛び回る。
「麻子さまが〆に担々麺を作るみたいですよ」
「お、いいね。それに半ライスで頼むよアリス」
「香澄さまは早苗さまのスイーツに何を?」
「チョコレートパフェを作るそうです、シオン」
「むはぁ、私もそれにする」
見上げれば満天の星と天の川、そして眼前には青い地球。蓮沼家の夕飯という名の飲み会は、こうして終演を迎えるのであった。
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