第554話 近衛隊が大人気
戦闘経験が豊富な近衛隊
物理無効と身体強化の両方で、みんなの体がぽうっと淡い光を纏う。祈りを捧げて助力を願う側から、みやびは助力を与える大精霊となったからだが。もっとも星々を生み出すためには、まだまだ修行中の身である。
鉄パイプが意味をなさないことは、開始早々で思い知らせてやった近衛隊の乙女達。隊長レアムールと副隊長エアリスが、すっごく生き生きして見えるのは気のせいだろうか。
長い鉄パイプが運動会のバトンみたいに短くされていき、床に転がったバトンですっ転ぶ反社学生も出始めた。近衛隊にそんな間抜けがいるはずもなく、こりゃ私たちの出番は無さそうねと、麻子も香澄もへにゃりと笑う。
それでも奴らは遊説先の総理を狙った、爆弾に似たような筒を投げてよこす。みやびから指輪を授かったメンバー達が、虹色魔法盾を展開して反射する。
みやびとアリスなら反射ダメージをコントロールできるが、覚え立ての彼女らに出来るはずもなく、そのまんまダメージ百パーセントで跳ね返す。
投げた本人が血まみれになって倒れ伏し、更に火炎瓶を投げた者も反射され炎に包まれる。飛び回るアリスが水属性の力で火消しに回っていた。別に情けをかけているわけではない、体育館が火事になっては困るからだ。体育館の床材は木製だから、焦げたら修理が大変なのである。
やがて体育館の隅に追い詰められ、青ざめる反社学生組織の面々。そこへ八咫烏のメンバーがご到着。遠くの方からパトカーと救急車のサイレンも聞こえ、試合終了である。
「不法侵入罪と武器製造法違反、暴行罪と系外惑星法違反かしら、香澄」
「凶器準備集合罪も適用じゃないかしら、麻子。懲役何年になるか楽しみね」
先発で壇上に立つ山下の講演を聴きながら、そんな話しをする二人。するとレアムールもエアリスも、流刑か火刑じゃないのですかと不満顔。どうどう落ち着けと、愛妻をなだめる麻子と香澄である。
「あれだけの事をやらかして、懲役刑で済んじゃうの? みや坊」
「それが日本という国なのよ、ファニー」
そんなこんなで講演会は無事? 終了したのだが。
今回の講演は参加者に、撮影禁止とはしていなかったみやび達。ドンパチやってる画像や動画が、瞬く間にネットで拡散することとなる。メイド姿の近衛隊が、お料理上手な魔法剣士として人気を博すことになるのだ。これは栄養科三人組にとって、予想の遙か斜め上であった。
某大型掲示板にスレッドがいくつも立ち、近衛隊ひとりひとりにファンクラブが出来そうな勢いだったりして。紐パンがチラチラ見えてたからね、うんうん。
――そして数日後、蓮沼家の守衛所。
「これをみやび組の皆さんに」
「預りましょう、貴方のお名前は?」
「匿名ということにしといて下さい、それじゃ失礼します」
そう言って男は車に乗ると、そのまま走り去ってしまった。小箱を受け取ったマルガは、はてどうしたものかと、遠ざかり小さくなる車を目で追っていた。もちろんナンバーを控えるためで、守衛所では徹底されている。
そこへパラタタタと、スクーターに乗ったマーガレットがやってきた。守衛所へおやつとコーヒーの差し入れで、いつもの日常風景である。
「どうかしたの? マルガ」
「悪いけどマーガレット、虹色魔法盾を展開してくれないかしら」
掌に小箱を乗せているマルガに、マーガレットは意図を悟ったようだ。恋愛には奥手なリンドの女子だが、こんな時の直感は鋭い。守衛所に詰めていた他の近衛隊員たちも、怪しいわよねと外に出て来た。
「あなた、風の力で箱のテープを切ってちょうだい」
「分かりました、お任せ下さい」
虹色魔法盾の後ろにみんなで隠れながら、風属性の近衛隊員が、地面に置かれた小箱のテープをカットしていく。そしてマルガが地属性の蔦を伸ばし、その蓋をひょいっと開ける。
蓮沼家の正門に、爆発音が響き渡った。
実はこの虹色魔法盾、遠方にいても効果の及ぶことが判明している。みやびが差出人のよく分からないダンボールを同じ手順で開封したら、極左暴力組織のアジトが吹っ飛んだらしい。
「やっぱりね、マーガレット」
「向こうで煙が上がってますけど、犯人の車でしょうね、マルガ」
蓮沼家に爆弾テロは通用しないわよと、ふふんと笑うリンドの女子たち。でも後片付けがめんどいよねと、ホウキとチリトリを取りに守衛所へ入る。
そこへ新たにサングラスをかけた男が、ひょこっと顔を出した。見知っているので彼女達は、どうぞと手招きをする。小野寺という八咫烏のメンバーで、三交代で蓮沼家を見守る役目を仰せつかったひとりだ。
「さっきは冷や冷やしましたよ」
「あら心配させちゃった? それはごめんなさいね」
控えたナンバーをメモに書き移し、コーヒーをすする小野寺に手渡すマルガ。マーガレットが作りたてのドーナツを皿に移し、どうぞと彼の前に置く。
シュガーレイズドにオールドファッションとフレンチクルーラー。古典的なドーナツだけど、不思議とコーヒーに良く合う。
「それにしてもマーガレットさん、箱がずいぶんありますね」
「講演会の後から更に増えたのよね、小野寺さん」
蓮沼家と近衛隊でだいたい消化できてますと、マーガレットがむふんと笑う。小野寺自身もご相伴に預っているから、どうしても顔がにやけてしまう。近衛隊が作るお料理、その腕前は確かだと彼も認めているところ。
宅急便だと住所氏名に電話番号が分かるし、備考欄には党員ナンバーも記載してもらっている。一応安全が担保されてはいるけれど、全部開封する時は念のため、みやびに物理無効の祝福をかけてもらっていた。今のところ危険物が届いた事は、幸いただの一度も無い。
「それじゃ敷地の外周を見回ってきます、ごちそうさまでした」
「お昼は煮込みハンバーグよ、期待してて」
マーガレットにそう言われ、やっぱり顔がにやけてしまう小野寺。本当にこの子らは竜なんだろうかと、未だに信じられないでいるもよう。
――そしてこちらは夜のみやび亭本店。
「芸能プロダクションって? みや坊」
「守衛所に来たみたいよ、麻子。芸能界デビューしませんかって」
「それで、近衛隊は何て返したの?」
「近衛隊に副業という文字は無い帰れと、剣を抜いたんだって、香澄」
そりゃお気の毒にと、青ざめたであろうスカウトマンを、頭に思い浮かべる麻子と香澄。でも確かに近衛隊の本分から外れるわねと、みやびはウィンナーに包丁で切れ込みを入れていく。
赤く色付けはしてないけれど、これを炒めればタコさんウィンナーになる。日本旅行で食べたことのあるブラドが、思い出したようにリクエストしたのだ。
「おつまみだからマスタードとケチャップでいいかしら、ブラド」
「マヨネーズもお願いしていいか、色んな味で楽しみたい」
オッケーとみやびはフライパンを振り始めた。
羊の腸で作ったのがウィンナーソーセージ、豚の腸で作ったのがフランクフルトソーセージ、牛の腸で作ったのがボロニアソーセージ。
ただし日本ではケーシングと呼ばれる腸の代替え品を使うケースが多く、太さで呼び分けていたりする。
日本は太さ二十ミリ未満をウィンナーと規定している。だが本場オーストリアでは羊の腸さえ使われていれば、二十ミリ以上でもウィンナーと呼ぶ。だからややこしくなるのだ。
動物の腸を使っていないのだから、人工腸ソーセージでいいじゃんか。それが栄養科三人組の一致した意見で、素材は天然由来なんだから恥じることもないはずと。
人工腸の聞こえが悪いってんなら、相応しいネーミングを考えれば良いだけ。例えば日本らしく太さに合わせ、カブキソーセージとか、ウタマロソーセージとか、ゲイシャソーセージも悪くない。
「はいお待たせ、タコさんウィンナーよブラド」
早速シェアするリンド族のトップ三人。見た目が変わると気分が高揚するらしく、これはいいと頬張りながら頷き合っている。日本ではお弁当に入ってると子供が喜ぶのよと、みやびがにっこり微笑んだ。
今夜のお勧めイチオシは、各種ソーセージの盛り合わせだったんだけどねと、へにゃりと笑う香澄と麻子。今度は人工腸を使って魚肉ソーセージでも作ろうかしらなんて、話しがあさっての方向に脱線していく。
「ラングリーフィン、これでよろしいでしょうか」
出刃包丁を手にしたサルサと、刺身包丁を手にしたアヌーンが、みやびに確認をお願いしてきた。二人は切れ味が落ちた包丁を磨いでおり、受け取ったみやびは適当な素材で試し切りしていく。
「うん、良い感じよ。二人とも包丁磨ぎはもう合格ね」
尊敬する人から褒められると嬉しいもの、二人はやったとハイタッチ。サルサとアヌーンにもマイ包丁を用意する時期だなと、みやびは目を細めるのだった。
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