第548話 たとえ話題のアプリでも

 日本人の多くは性的マイノリティに対し、元々差別意識なんか持っちゃいない。でなければマツコデラックスや美輪明宏、カズレーサーや壇蜜、はるな愛や一ノ瀬文香がテレビなどで活躍できるわけもなし。


 日本はBLや百合を受け入れる素地が元来備わっているのだ。

 なのにどうして、いまさらLGBTと騒ぐのだろうか。一番迷惑を被っているのは当のご本人たちであろう、放っておいて欲しいはず。

 だからLGBT法案に早苗は反対なのだ。その代わり子育てに参画してくれるなら、同性婚を認める柔軟さを持ち合わせている。


「G7でLGBT法が無いのは日本だけって言うけどよ、そもそも日本人は性的マイノリティを差別してないんだよな、みや」

「日本はわざわざ法制化する必要がないってことよね、お祖父ちゃん」

「あれですよお嬢さん」

「あれって? 源三郎さん」


 愛妻マーガレットから酌を受けつつ、源三郎はへにゃりと笑った。推し進めようとしている国会議員には、注意が必要ですとエビチリに箸を伸ばす。


「存在しない被害者をさも存在するよう国民に植え付けて、法案を成立させ、支援する法人を立ち上げ税金をチューチュー」


 ああそういうことかと栄養科三人組は、東京都から委託を受けていたコララを思い出す。若年被害女性の救済とか言っちゃって、実態はザル同然の税金つかみ取りだった法人を。


「コオロギもそうですが、推し進めようとする議員は誰なのか。そんな議員と繋がってる会社や組織は何か、日本国民は把握しませんとね。左側のマスコミは絶対に報道しませんから」


 そう言ってエビチリを頬張る源三郎に、あちゃあという顔の栄養科三人組。

 そんなみやび達に早苗が、今の若い人に期待したいと言いつつ、ふろふき大根に箸を入れた。甘味噌を乗せて更に上から、すり下ろしたスダチの皮をトッピングした、みやび特製の優しいお味。


「そう言えば早苗さん、AIWS Aword 2023の受賞、おめでとうございます」

「ありがとう正三さん、まさか私が選ばれるとは思わなかったわ」


 照れくさそうに、正三の酌を受ける早苗さん。 

 アメリカのシンクタンク、ボストングローバルフォーラムが、世界のリーダーとして相応しい人物を称える賞、それがAIWS Awordである。選ばれるのは年にたった一人のみ。

 有名所では、Googleのフレームワークを開発した制作者がいたりする。ドイツのメルケルや、日本の安倍晋三も受賞者だ。


 早苗がなぜ受賞したか。それはAIを経済安全保障の枠組みとして、規制のガイドラインを設けようと世界に向け呼びかけているからだ。

 チャットGPTは確かに便利なアイテムだろう、質問すれば何でも答えてくれる。だがネットから情報を集めてくる性質上、既存の論文や著作権がまだ切れていない小説から、引用元を明示しないまま文章をトレースしてくる場合がある。


 そしてもっと深刻なのは、思想のコントロールが可能という点に尽きるだろう。それは共産主義国が、AIの出す回答を制御できてしまうこと。ユーザーが理想的な国家運営はと尋ねた時、マルクス主義やレーニン主義とAIに回答させる事など容易いからだ。


 だから世界はAIの取り扱いにてんやわんや。そこに道標を立てたのが早苗で、彼女の活動が評価されたのである。けれど左側のマスコミは、報道しない自由よろしくダンマリ。

 日本が世界に誇れる政治家なのに、奈良の知事選で勝てなかったとか、そればっかり報道するマスゴミにはほとほと愛想が尽きる。


「欧米が認めているのに、日本のマスコミが認めないなんてね、麻子」

「左側マスコミもAIで情報操作したいんだろうね、香澄。Twitterで出来なくなったから」


 まあそんな所でしょうねと山下が、マコガレイのお煮付けを美味しそうに頬張る。この新聞記者、夕飯にも蓮沼家を訪れるようになっていた。

 これからまた、どこぞに取材へ出かけるっぽい。既に寮で夕食を済ませたマルガが、縁側に座りお茶をすすりながら待っていたりして。


 マコガレイは庶民の味方、美味しくてお安いはずなのに、近年スーパーで見かけなくなった。地方の海鮮市場ならあるのに、首都圏に出回らないのはどうしたことか。

 産卵期でなければお刺身も美味しいが、産卵前で抱卵した雌ならばお煮付けであろう。子持ちカレイをしっとり煮込む、それこそ料理人としての腕の見せ所。


「いま世界中で、TikTok禁止や規制をかける動きが広がっています」

「尺の短い動画を編集してシェアできる、スマホ向けのサービスよね? 山下さん」

「そうだよ、みやびちゃん。インストールするタイプのアプリである以上、情報漏洩の危険があるからね」


 事の発端は、アメリカの経済誌フォーブスの報道から始まる。TikTokを利用する記者の位置情報を、TikTok運営母体であるC国のバイトダンス社が不正に入手しようとした問題だ。

 記者がどこへ取材に行ったか丸わかり。これが政府関係者や軍事関係者であったならと思えば、そりゃどの国も対策に乗り出すというもの。


 C国には国家情報法なる法律が存在し、人民は国家の情報活動に協力しなければならない。言い換えると国から情報を寄こせと言われたら、C国の企業は断れない法律なのだ。


 SNSは位置情報から長期間の行動履歴を辿ることで、自宅の住所やよく会う人物などを特定できる性質を持つ。TikTokの運営母体がC国企業である以上、国家情報法により、情報漏洩の危険性が一段も二段も高くなるのは明白。各国政府が対策を講じるのは、無理もない話しである。


「アプリに罪はないのにね、香澄」

「バイトダンス社がC国企業でなくなれば……は無理な相談ね、麻子」


 栄養科三人組は、政財界のお偉いさんと会う機会が増えてきている。このアプリは使えないわねと頷き合い、賢明な判断ですと桑名が出汁巻き卵を頬張った。


「ところで早苗さん、桑名さん、瑞穂さんはこのままロマニア侯国専属でいいの?」

「彼女の透視能力は役に立ってるでしょ、みやびちゃん。これは今上陛下のご意向でもあるから、預かってちょうだい」

「娘が面倒かけてすまないが、よろしく頼む」


 さいですかと、額面通りに受け取る栄養科三人組。だが早苗としては、みやび達が何をおっぱじめるのか把握しておきたいのである。

 例えば宇宙鉄道を開業するとして、日本の始発駅をどこにするかは重大問題。国交省は言うに及ばず、利権欲しさに暗躍する政治家と各省庁の官僚が必ず出て来るからだ。税金チューチューしたい輩を、事前に叩いておく必要がありますゆえ。


「そう言えば瑞穂から聞いたのだけど、床下に重機関銃があったんですって? それはどうなったのかしら」

「私が錬成して別の物に作り替えたのよ、早苗さん。床下に戻してあるわ」

「それが何なのか、聞いてもいいかしら、みやびちゃん」

「銃座式の四属性機関砲! リンドとリッタースオンなら撃ち放題」


 それって重機関銃よりも危ないのではと、顔が引きつる早苗と桑名である。

 そんなこんなで、夕食の一汁三菜が酒の肴でなくなっちゃった。よくあることだから、ここでみやびが発するセリフはいつも決まっている。


「味噌ラーメンにする? お茶漬けにする?」


 正三と徹に源三郎、そして桑名が味噌ラーメンを所望。

 佐伯はサケ茶漬け、黒田は梅茶漬け、工藤はわさび茶漬け。

 山下は取材があるからと飲まなかったので、マルガと一緒に出かけていった。

 そして早苗は、私はスイーツがいいわと言っちゃう。


 アルコールを分解するには炭水化物が必要で、それがラーメンかお茶漬けか甘味になるかの違い。この飲兵衛どもめと苦笑しつつ、栄養科三人組は増築で広くなった台所へ向かう。


 ニンニクとショウガをみじん切りにして、一味唐辛子と一緒にごま油で炒める。これを赤味噌に練り込み、一斗缶で熟成させるのがみやび流。彼女にとっては常備している調味料のひとつで、味噌ラーメン以外にも色々と使える。


 丼に調味味噌を入れ、麺を茹でながら野菜を炒める。キャベツ・ニンジン・ニラ・モヤシ、そして豚こま。火が通ったら水を加えてひと煮立ち。

 このお野菜から出る旨みが重要で、煮汁がスープとなる。丼にスープを入れて調味味噌を溶きほぐし、茹で上がった麺を投入、その上に野菜をこんもりとトッピング。


 みやび特製、野菜マシマシ味噌ラーメンのいっちょ上がり。各種お茶漬けは麻子がスタンバイOK、緑茶をかけるだけ。

 早苗さん向けのワッフルを手がける、香澄も完成間近。生クリームたっぷりで各種フルーツが乗るもよう。匂いだけでうわ甘そうと、みやびも麻子も破顔する。


「やっぱ飲んだ後の〆はラーメンだよな、徹」

「胃袋に染みますね、親父」

「いえいえ飲んだ後はスイーツでしょ、これは譲れないわ」


 フォークをちょいっと振りながら、異論を唱える早苗さん。男子と女子では飲んだ後の炭水化物に、やっぱり方向性の違いがあるようだ。何にしてもいつもの蓮沼家、ゆったりした時間が流れて行く。

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