第547話 蒸気機関車は却下
貴美子さんいわく就職したい企業の上位に、なぜかロマニア食品がランクインしているらしい。四十代で年収八百万越えの企業なんていっぱいあるのにと、麻子も香澄も首を傾げた。宣伝しなくても自分たちが広告塔になっているとは、まるで気が付かない栄養科三人組である。
物価や税負担の上昇に伴い、企業はベースアップを考慮する必要がある。実情に見合った年収にしているか、最低賃金を基準にしているか、経営側の思想が問われる話しとなる。平たく言えば正社員を大事に扱うか、交換可能な部品として扱うかの違いとも言えるが。
統計によると二十代を中心とした若者の、平均年収は三百万後半と言われている。これではバブル崩壊の頃から変わっていない。物価も税負担率も大幅に上昇している昨今、こんなんじゃ結婚資金も自動車の所有も、マイホームだって遠い夢の話。
今は売り手市場、これから就職活動に入る方々に申し上げる。堅実に利益を確保している企業か、それを従業員に還元している企業かを見抜いて欲しい。
専門的な技術を持つ人材ならまだしも、一般職で人材派遣を多用している企業は要注意である。
中小企業にそれを望むのは酷だけれど、上場している企業を狙うならば、よくよく考えて頂きたい。内定をもらったからと喜んでいるようでは、まだまだ詰めが甘いと申し上げておく。
まあそれは置いといて、栄養科三人組は任侠従業員との面談で忙しい。何か不満や改善要望はあるかと、普通に話しをするだけなんだが。ただし真の目的は、光属性と闇属性を探すことだったりして。
今上陛下が所有するアメノトリフネ号の乗員捜しってのもあるが、みやび達は別の計画も立てていたりする。それは惑星間鉄道の立ち上げで、宇宙に列車を走らせたいのだ。
天の川銀河を探索するうちに、イオナと近い文明の惑星をいくつか見つけている。精霊信仰と魔力があるので、地球のような電気やガス、石油に頼らない生活様式を持つ。リンド族に相当する、ヒドラ族やナーガ族といった種族にも出会えた。
だが悲しいかな、お料理の文化が壊滅的に遅れているのだ。そこで文化交流を行うための、宇宙鉄道網という構想。料理のレシピを天の川銀河に広げようと気勢を上げる、栄養科三人組の野望は
――ここは東京駅の構内。
「色んな電車があるんじゃのう、ラングリーフィン」
「このあと新幹線のホームにも行くから、そっちも参考にしてね」
「ふむ、ところで反重力ドライブじゃから、あの車輪は要らんのであろう?」
「あはは、そうねカルディナ陛下。でも雰囲気ってのもあるから、悩み所かな」
「なるほど雰囲気かや、それは確かに大事かもしれんな。トンカツ定食に千切りキャベツが付いてなかったら、寂しいなんてもんじゃないからの」
錬成はイメージすることが重要で、想像力が乏しいと良いものは生まれない。そう考えるとお料理だって錬金術みたいなもの。カルディナ陛下もお店を開けるくらいの腕を持つ料理人。それで東京駅に連れて来て、現物を見学させているわけだ。
「ラングリーフィン、あれは何と言う列車でしょう」
「サンライズ瀬戸・出雲、寝台特急よアムリタ陛下。客室にベッドがあるの」
「特徴のある顔だね、カルディナ」
「うむ、
そんなこんなで、エビデンス城は火天の間へと瞬間転移する三人。みやび亭はもう閉店しているので、話しの続きはそちらでと。
ちなみに駅への入場料をみやびは支払ってません。系外惑星法には国会議員と同様に、公共交通機関の利用がタダになる特権も付与されている。宇宙人をサポートする栄養科三人組も、同じく適用されていたりして。
「あのサイズだと粒子砲は搭載できんから、兵装は四属性機関砲と対艦ミサイルかの、ラングリーフィン」
「そうねカルディナ陛下、シールドを二重にして防御に重点を置いた方がいいかも」
囲炉裏テーブルで、炙ったエイヒレをはいどうぞと渡すみやび。受け取ったカルディナ陛下とアムリタ陛下が、これこれと口元を緩ませ頬張る。
贅をこらした料理もシンプルな料理も、そこに辿り付くまでの創意工夫がある。フグはもちろん、ナマコやクラゲまで食用にと考えた先人には、頭が下がる思いだ。
「
「それはダメよ麻子さん、ゲートの空間が大変なことになるわ」
妙子さんが袂を口に当て、ころころと笑い出した。なんでと、顔を見合わせる麻子と香澄。某アニメのレトロな雰囲気が、頭の片隅にあったみたいだ。
大正生まれである妙子に言わせると、長いトンネルに入れば黒煙ですごいことになるらしい。窓を閉め忘れようものなら、乗客の顔が
「雰囲気は大事じゃが……それは勘弁じゃな、ラングリーフィン」
「私もお祖父ちゃんから聞いててね、カルディナ陛下。蒸気機関車をモデルにするのは却下かなーと」
正三が小さかった頃は、まだ蒸気機関車が現役で走っていたそうな。石炭を燃やし水蒸気を発生させて動力にする、その仕組みは見事であるが環境には優しくない。
今ならタンクから供給される水素と大気中の酸素で発電し、モーターを駆動させるバスもトヨタ自動車から実用化されている。環境に配慮する、これ大事。
「私たちは日本へ戻るけど、お二人はバーレンスバッハ城でいいかしら?」
「うむ、正三殿には今度ゆっくり話したいと伝えてたもれ、ラングリーフィン」
そんなわけでみやび達は、皇帝領に両陛下を送り届けた。その足で今度は、蓮沼家の母屋へジャンプだ。すると早苗と桑名が難しい顔をしており、正三も眉を曇らせ焼酎の梅割りを飲んでいる。
「どうかしたの? 早苗さん」
「R国がね、北方四島の返還に頑として応じないのよ」
遡ること1956年、日本と
根室半島の東端である
「なんで北方四島に拘るんだろうね、麻子」
「漁業資源が豊富なのは分かるけど、ピンとこないよね、香澄」
それとは別の問題なんだと、正三は空になった梅割り焼酎のグラスを置いた。辰江がお代わりを作り、京子さんがニラキムチありますよと台所へ向かう。
「日露戦争の時R国が日本海に援軍を出した艦隊はよ、黒海から出動したんだ、みや」
「インド洋を経由してはるばる太平洋に出たってこと? お祖父ちゃん」
「そう、R国の海岸線は年間を通じて氷に閉ざされる場所がほとんどだ。だからU国のクリミア半島を強引に併合し、黒海に於ける海軍拠点を築いた。北方四島も年間を通じて凍結しない、太平洋側への海軍軍事拠点として、手放したくないんだろうな」
実際に北方領土において、R国は既存駐留兵力の近代化を図っている。その規模は今後もさらに拡大し、太平洋側の民主主義国にとっては脅威になるだろうと正三は話す。
その通りですねと、桑名が渋い顔で梅割り焼酎を口に含んだ。もちろん焼酎が渋いわけではない。この期に及んでまだ領土的野心を持つ、共産主義に呆れているのだ。
「共産主義ってさ、厨二病をこじらせた高齢者の集まり? 麻子」
「近いものがあるわね、香澄。僕ちゃんは正しいんだ、みんな僕に従え、みたいな」
うっわ気持ち悪いと、ニラキムチを置く京子さんが顔をしかめる。
日本共三党の当主はもう、二十二年も党首の座に収っている高齢者。公平な党首選をと声を上げた党員がいたけれど、問答無用で除名処分にしている。そんな政党が国家権力を握ったらどうなるか、日本国民はよくよく考えないといけない。
そこへただいま戻りましたと、縁側から
「左側の組織幹部と労働組合の幹部が」
「ほう」
「ラブホテルに入ったと、山下はカメラで激写していました」
「ほうほう」
「ラブホテルってどんな施設なんですか? ラングリーフィン」
「ほうほうほ……、山下さんったら!」
聞けば男同士だったとか。
かつてラブホテルは男同士の入店を断っていた店舗も多かったが、最近はLGBTで緩和されている。いやジェンダー差別はこの際おいとくとして、山下よマルガをどこに連れ回しているのやら。乾いた笑みしか出て来ない、蓮沼家の面々であった。
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