第546話 山下とマルガ

 同じ天の川銀河の住人が、注意深く地球を見守っている。

 未知の武装宇宙船が台頭したことにより、核兵器はその存在意義を失っていた。各国首脳はその認識で一致しており、国防の在り方を見直し始めている。


 保有すること自体が国民の税負担になるわけで、さっさと処分しましょうよと国連でぶちかました任侠大精霊さま。

 廃棄費用は取りませんのひと言が、核保有国にとっては渡りに船だったとも言う。世界が核軍縮ではなく、核兵器の廃絶へ向けて大きく動き出していた。


 ――ここはみやび亭本店。


「KC国がまだ核実験とミサイル発射実験してるわね、麻子」

「こんど日本のEEZ内に落ちたらお仕置きしようか、香澄。コスモ・ドラゴンMk-Ⅱが二十機もあれば、制圧出来るんじゃないかしら」


 二人とも言うわねと、お通しの無限キャベツを頬張る瑞穂がへにゃりと笑う。でも現実を直視出来ないのは、国の指導者として失格だわと熱燗を口に含む。


「そもそもKC国って社会主義じゃん、麻子。その指導者が親から子への世襲制ってのが意味不明、国王の独裁政治と変わらないこの不思議」

「しかも国名はKC民主主義人民共和国よ、香澄。どこが民主主義なのって問い詰めたい気分だわ」


 それを言ったらC国もR国もおかしな方向へ進んでるけどねと、瑞穂は本日のお勧めアサリの酒蒸しに手を伸ばした。アサリに限らず二枚貝の酒蒸しは、旨みがギュギュッと濃縮されて芳醇。その美味しさに、瑞穂の目がすっかり細くなっている。


  C国の国家主席は一期五年で、連続二期までとされていた。ところがこの憲法を改正し、今の国家主席は三期目だ。R国の大統領も連続二期までと定められていたが、これも憲法改正で現在四期目。C国の国家主席は十年、R国の大統領は再登板して十一年になる。


 なお日本の憲法では、総理大臣の任期に関する規定は無い。

 けれど衆議院議員の任期は四年であり、衆議院が解散となれば内閣も総辞職となるため、総理大臣の任期は実質四年と言っても良いだろう。

 再選されれば続投は可能だが、慈民党の党内規則で総理の任期は一期三年で三期までと規定されている。つまり長くても九年ということ、一人の政治家が権力の椅子にずっと座り続けることはない。


「C国もR国も長期政権の独裁体制、明るい未来が見えてこないわね」

「共産主義の行き着く先って、どこなのかしらね、瑞穂さん」

「どうかしらね、みやびちゃん。これでKC国みたいに親から子への世襲制になったら、もう笑うしかないわ」


 C国は清朝を否定し、R国はロマノフ朝を否定し、今の政治体制にしたはず。その共産主義者が、自ら皇帝になってどうするのよと瑞穂は遠い目をした。


「それでまた国盗り合戦を始めるようなら、やっぱりお仕置きするようね、麻子」

「寝言は寝て言えってね、香澄。そう言えばファフニールとC国首脳との会談はどうなっているの? みや坊」

「向こうがのらりくらり逃げ回っているわ、国家主席の体調が芳しくないとか何ちゃらとか言い訳して」


 ロマニア侯国は戦勝国、白旗を揚げたC国は敗戦国。筋の通らない宣戦布告をしたからには、責任を取ってもらわないと困る。

 そこでファフニールがC国に要求したのは、ウイグル自治区とチベット自治区に信教の自由を認めさせることであった。


「アラーの神でも阿弥陀仏でも、正しい信仰であれば魔力を使いこなせる日が必ず来るわ。そうしたら、C国からの自主独立も夢じゃないでしょ、瑞穂さん」

「宗教を認めず弾圧する共産主義の国は、宇宙開発から立ち後れることになるでしょうね、みやびちゃん。さすがロマニア君主といった所かしら」


 みやびが愛妻に入れ知恵したのは想像に難くないが、ここはファフニールを立ててあげる瑞穂さん。麻子と香澄も分かっているから、ふふっと口元を緩めるだけで何も言わない。

 そこへ当のご本人が、ブラドとパラッツォを伴いご来店。宇宙戦闘機の操縦士を増やそうと、リンド族トップ三人による守備隊再編の打ち合わせが終ったもよう。

 惑星イオナでも民族紛争はまだあるかも知れないが、各国境に軍団を駐留させる意味合いはもう薄い。目指すべきは宇宙であり、お友達になってくれる惑星を探そうとなった次第。


「今夜のお通しは無限キャベツと、おつまみチャーシューにアジのなめろうか。三人でシェア、それで良いかファフニール、ブラド」

「いいわよパラッツォ、兄上は?」

「どれも美味そうだから異論はない。妙子、取りあえず生を中ジョッキで三杯」


 はーいと妙子がサーバーから生ビールを注ぎ、アグネスがお通しを盛り付ける。お勧めはアサリの酒蒸し以外に、ホタテのウニ味噌焼きとサバの味噌煮、牛スジ煮込みとユリ根の梅肉和え。


 サバの味噌煮は三枚に下ろさず、豪快に筒切りとするのがみやび流。お皿に寝かせるのではなくデンと立てるから、中々のインパクトがある。圧力鍋を使うので中骨まで柔らかく、骨ごと全部食べられる。


 八センチ幅で筒切りにしたサバを四本、

 水:二百cc、

 濃い口醤油:大さじ二、

 砂糖(できればきび砂糖か三温糖):大さじ四、

 合わせ味噌:大さじ四、

 本みりん:大さじ四、

 日本酒:大さじ八、

 ショウガ:一片、

 お子ちゃまが食べるのでなければ、鷹の爪も一本。

 脂ノリノリで臭みもなく甘辛い味付け、これがお酒もご飯も止まらなくなる魔性の一品となる訳で。


「そう言えばみやびちゃん、白砂糖はあまり使わないわよね」

「きび砂糖や三温糖って、カラメルみたいな良い香りがするの、瑞穂さん。これ自体が隠し味になるんだけど、色が茶色だから透明なゼリーとかには白砂糖かな」


 割烹かわせみの華板がそうなのよと言いながら、みやびはサバの味噌煮を皿に盛り付けていく。臭み消しで使った輪切りのショウガも食べられるし、彩りで茹でた絹さやとイチョウ切りのニンジンも添える。


「うわあ、これが料亭の味なのね。パサパサしてなくてしっとりしてて、その辺のサバ味噌とは次元が違うわ」


 絶賛する瑞穂に、むふんと笑う任侠大精霊さま。

 ちなみに栄養科三人組がかわせみへ応援に連れて行くメンバーが、情報公開により宇宙人とバレてしまった。けれど女将さんも華板も、板前達も仲居達も、ふうんで終わったというオチ。

 かわせみスタッフにとっては、お料理に向き合う姿勢が何よりも大事で、リンドとリッタースオンは好ましく見えるらしい。大川通り商店街でよくお世話になる焼き鳥屋の店主も、何とも思ってないらしく、今でもご贔屓にと笑顔でオマケしてくれる。


「ねえみやびちゃん」

「白米とお新香でしょ、瑞穂さん。とろろ昆布のお吸い物もあるわよ」

「ちょ、ちょうだい。このサバ味噌は美味しすぎるわ」


 ――そしてこちらは東京の秋葉原。


「か、可愛い」

「可愛いですって? 山下」


 地下アイドル衣装に身を包み、長剣を背負うマルガが眩しいのか、思わず目を眇める山下記者。対してマルガはと言えば、どう受け止めて良いのか分からず困惑してしまう。

 そりゃ戦場となれば阿修羅と化すリンドの守備隊員だ。ロマニア国民から可愛いと言われたことなんて、生まれてこの方、ただの一度もないわけで。近衛隊に入る前、小さい頃はあったかなと、マルガは記憶を掘り起こす。


「それで、私をどこに連れていくのだ」

「秋葉原と言ってもグルメはあるんだ、寿司のよこ田へご案内」

「寿司か、ならば異存は無い、よろしく頼む」


 デートなんだからもうちょっと考えろ山下と、言いたくもなるがまあしゃあない。よこ田はシャリに赤酢を使いほんのりピンク色、ミシュランを八年連続で獲得している有名店だ。うんうん山下にしては頑張った、チョイスは悪くないと褒めてあげようではないか。


 そんな山下を取り囲む連中が現れた、その一人が山下の胸ぐらを掴む。


「ブン屋さん深入りしすぎだぜ、ちょっと付き合ってもらおうか」


 労働組合の資金が左派勢力にどう流れているのか、山下はそれを調べている最中であった。つまりこいつらは、それが明るみに出ると困る勢力なわけだ。

 ある程度は覚悟していた山下だが、こんな人通りの多い秋葉原で仕掛けてくるとなれば、よっぽど切羽詰まっているのだろう。東京湾に浮かぶか沈むか、人生最大の危機である。


 だが山下の胸ぐらを掴む男に、長剣の切っ先が向けられていた。もちろんそれはマルガで、地属性特有であるエメラルドグリーンの瞳が彼らを見据えていた。


「なんだこのコスプレ姉ちゃんは」


 剣を払いのけようとした男の手が、スパッと切れる。そりゃ真剣ですから、コスプレ用の模造刀じゃありませんのよ。


 “系外惑星法、三条第四項。内閣が認めた日本に滞在する宇宙人には、護身用の武器所持を認める”

 “系外惑星法、五条第二項。日本国民は正当な理由無く、宇宙人に危害を加えてはならない”


「これからお寿司を食べに行くの、邪魔しないでくれるかしら。ねえ山下」


 そう言いながら地属性の魔方陣を展開するマルガ。蔦でグルグル巻きにしようかしら、衝撃弾でお墓に送ってあげようかしらと、無慈悲な笑みを浮かべる。

 ガーリー衣装の美人さんだが、実態は竜で戦闘経験は豊富。あんたたち目障りよ消えなさいと、山下から手を離さない男を剣の腹でぶっ叩く。すると男の肩からポキッと乾いた音がした、こりゃ鎖骨骨折ですね、チーン。

 事後処理は駆け付けた八咫烏のメンバーが請け負い、山下とマルガは高級お寿司を心ゆくまで堪能するのであった。

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