第545話 合衆国大統領と会食

 ――ここはアメリカ合衆国の、サンディエゴにある海軍基地。


 停泊する空母ロナルド・レーガンの甲板に、宇宙輸送機であるコスモ・ペリカンが音も無く着艦した。ジェット戦闘機にしても攻撃型ヘリにしても、結構な騒音をばら撒くもの。誘導する甲板員たちが無音なのかよと、たまげまくっている。


 なぜ空母にしたのかと言えば栄養科三人組が、アメリカの海軍メシが食べたいと言い出したからなんだが。これには日本の外務省も、ハドソン大統領もびっくり仰天。

 だが海軍基地の中なら警護しやすいと、大統領のブレーン達が口を揃えたのだ。ならばそれで行くかと、ホワイトハウスは承諾したのである。

 こりゃ艦内の厨房を預かるスタッフたち、かなり緊張するんじゃあるまいか。なんせ料理を提供する相手が軍人ではなく、大統領と国賓扱いのお客さんなのだから。


「ようこそアメリカ合衆国へ、みやび組の皆さん。まさかフュルスティンにもお越し頂けるとは思いませんでした、国民を代表して心より歓迎いたします」


 挨拶を交わしみやび達が艦内に案内されていくのを、コックピットから見届けたアルネ組とカエラ組。さてやりますかと、顔を見合わせむふっと笑う。

 コスモ・ペリカンの周囲に海軍士官が大勢集まっているのだ。軍服を着用していない者は、おそらくNASA航空宇宙局に携わる科学者であろう。


「皆さん機内を見学したいなら、タラップを上がって来て下さい。ご案内しますよ」

「い、いいのか、軍事機密ではないのか?」


 乗降用のドアを開けて声をかけるティーナに、色めき立つ海軍士官と科学者。別に見せても構わない、それがみやびの方針であった。だって魔力を持たない人では武器はおろか、反重力ドライブの起動すらできないのだから。


「こんな……ゲームのコントローラーみたいなのが操縦桿なのか、ミス・ティーナ」

「そうですコールマン少佐、武器系統も並んでいるボタンに集約されています」

「搭載武器は? ミス・ローレル」

「これは輸送機ですからぁ、四属性機関ビーム砲が四門ですぅ、ダグラス大尉」


 私たちミスじゃなくてミセスなんだけどねと、アルネとカエラが必至に笑いを堪えている。可愛らしい四人の少女に軍人達は、まさか既婚者だなんて思ってもいないのだろう。


 重装備のコスモ・ドラゴンMk-Ⅱマークツーならば、対艦ミサイルや空対空ミサイル、宇宙魚雷も搭載してますよと、隠すことなく話すティーナとローレル。


「最高速度はどのくらいですか? ミス・アルネ」

「先日C国を攻撃した際に迎撃で上がった戦闘機は、私たちに追いつけませんでしたね、フランク中佐。まるで空に漂う風船、撃ち落とし放題でした」


 でも大気圏内でレッドゾーンを越えると、機体がバラバラになるから要注意なんですと、人差し指を立てるカエラ。

 リミッターないんかいなと呆れる彼らに、それはカルディナ陛下に聞いて下さいと心中で苦笑するアルネ組とカエラ組。代わりに音楽プレイヤーとドリンクホルダーがありますよと言ったら、ますます呆れられてしまった。


 だが科学者からすれば、それは驚異的なこと。

 宇宙空間で缶飲料やペットボトルの飲料を、地上と同じように飲める。本来ならば液体は、無重力だと虚空にふよふよ漂ってしまうからだ。

 反重力ドライブが重力コントロールを行い、機内を地上と同じ空間にしている。乗員にG負荷を与えず、細腕女子や子供でも超音速飛行が出来るなど、物理法則を全く無視しているわけで。


「我々には魔力というものが、今ひとつ理解できないのですが」


 科学者たちが腕を組み、これじゃ解析は不可能だと困惑していた。

 科学とは本来、錬金術から派生した学問である。なぜ落雷は発生するのか、なぜ竜巻は発生するのか。起きた自然現象に対し因果関係を追及する戦いが、科学の歴史と言っても過言ではない。だが地上の物理法則は、宇宙ではまるで通用しない。


 ほぼ真空に近い宇宙で拳銃やライフルを撃てば、一応火薬は発火して弾丸は飛び出す。だがその反動で撃った本人も、グルグル回転しながら後方へ弾かれるのだ。

 しかも弾丸が星々の重力に引っ張られると、どこへ飛んで行くか全く分からない。かように地上の武器は、宇宙空間では役立たずである。

 反重力ドライブはその反動を、吸収してくれる役割も果たしている。光学兵器と自動追尾を備えた兵器は重力を無視して、確実に狙った相手へ向かって行く。 


 宇宙で動かせるもの、カルディナ陛下とみやびが行う錬成は、まさしく錬金術でその触媒が魔力なのだ。正しい精霊信仰で与えられる、魔力というギフト。それを理解しなければ宇宙へ飛び出す乗り物を動かせない。みやびが機内を見せても構わないと考えたのは、それを伝えたかったからだ。


「私たちは精霊と呼んでいますが、皆さんが信じる神を正しく敬うことです。祈りを捧げる時には宝石を携えて」

「宝石は何でもいいのかね? ミス・カエラ」

「個々の属性に合わせた宝石が必要ですけど、ダイヤモンドは万能で最上です、フランク中佐」


 カエラが腰に下げていた革袋を開き、ぎっしり詰まったダイヤモンドを披露する。これ何万ドルだろうかと目を丸くする士官たちに、修行が足りませんよと笑うアルネとカエラ。

 為替レートにもよるが、一万ドルは日本円でだいた百三十四万円くらい。二人の革袋は軽く億を超えていたりして。信仰と密接に関わるものだから、邪念はいけませんよと教えるアルネとカエラ。これが生活魔法や身を守る魔力攻撃の、触媒になるのですからと。


 ――場所を移してこちらは士官専用の食堂。


 さすがはアメリカ合衆国の海軍メシと、わいきゃいはしゃぐ栄養科三人組。味付けはだいぶ違うけれど美味しいと、三人の愛妻たちもモリモリ頬張る。これで本当にいいのかと、大統領も側近たちも苦笑しているが。


 大型航空母艦ともなれば、勤務する軍人は航空パイロットも含め五千名を超える。食堂は朝から深夜まで営業し、一日四食として二万食近い食事を艦内で調理しているわけだ。

 カロリーと栄養バランスは専門の栄養士が担当し、調理に当たるコックは七十名以上の体制となっている。主食となるパンも艦内で焼いており、主菜も副菜もとにかくボリューミー。


「C国の軍事力を壊滅させ、ドン底に追い込みましたね、フュルスティン・ファフニール」

「あら、筋が通らない相手は徹底的に叩くのがリンド族ですよ、大統領」


 さも当然とばかりに、ダークミートのハーブソテーを頬張るファフニール。ダークミートが鶏もも肉で、ホワイトミートが鶏胸肉だ。

 だだっ広い大海原では曜日の感覚が薄れるため、海上自衛隊は金曜日をカレーの日にしている。アメリカ海軍も同様に、一週間でメニューの入れ替えを行うらしい。


 どの国も工夫してるんだなと思いながら、栄養科三人組はソーセージを頬張った。さすがはアメリカ、こんがりと焼き目を付けたソーセージも一本がでかい。

 付け合わせのポテトサラダをグレービーソースが覆い、これがまた良いお味なんだわ。グレービーソースとは肉汁から作ったソースで、マッシュポテトにかけるのはアメリカ料理の定番。


「C国から日本に圧力は? 何か聞いていますか、ミス・みやび」

「今回の件はC国とロマニア侯国との問題です、大統領。日本は無関係ですから」

「そうは言っても共産主義者は、言葉が通じませんからね。日本の外務省には哀悼の意を捧げます」


 哀悼とは死者に対する敬意と悲しみを表現する言葉。まあアメリカ的なジョークであり、日本の外務省はお気の毒と言いたいのだろう。実際に外務省は対応にてんてこ舞いで、早苗いわく生ける屍の状態らしい。


「R国がU国と和睦交渉を始めました。間接的ではありますが、宇宙船の存在が大きい。我が国もNATOもなしえなかったことをやって下さった、感謝しております」


 惑星が団結するにはどの国も、同じ方向を向くことだよねと、栄養科三人組は頷き合った。むろんその方向とは宇宙のこと、狭い惑星でドンパチ国盗り合戦なんて阿呆らしいと。


「ところで大統領、まだ保有している核兵器はどうされるのですか? 定期的なメンテナンスにも莫大な費用がかかると聞いていますが」

「廃棄したいところですが、それにも国民の税金を恐ろしいほど投入しなければなりません。頭の痛い話しです、ミス・みやび」

「核弾頭を外して集めてくれれば、私たちが処分しますよ、大統領」


 大統領も側近たちもいったいどうやってと、お地蔵さんと化してしまう。そんなもんブラックホールにぺいっと放り込むのよと、ミネストローネを美味しそうに頬張る任侠大精霊さま。

 軍人の食事だから濃厚な味かと思いきや、どのおかずも繊細であっさりした味付けだった。好ましいわと麻子も香澄も、目を細めながら頬張っている。


 この人達なら本当に核弾頭を、ぺいっと処分出来るのだろうと、顔を見合わせるブレーン達。国連の核軍縮会議で演説してもらえませんかと、身を乗り出すハドソン大統領であった。

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