第544話 怒るみやびとファフニール

 今時ストライキなんて珍しいなと、正三が広げていた新聞を畳んだ。

 憲法で労働三権と労働三法が定められており、労働組合が環境改善や賃上げで労使交渉を行なうのは正当な権利だ。ストライキも違法なものでなければ、団体行動権として認められている。


「お祖父ちゃん、難しい顔してどうかしたの?」


 ご飯をよそうみやびに、正三はなんだかなーと憂い顔。


「俺が若い頃はよ、春闘でストライキはよくあったんだ、みや。けど交通機関の場合は事前に告知したし、一日中ダイヤを止めるってことはしなかったな。住民に予告無しで終日運休は、やり方として好ましくない」


 地域住民に配慮して通勤通学の足を止めない、最低限の良識があったと正三は新聞を源三郎に渡した。その源三郎も記事を読んで眉間に皺を寄せる、会社側が折れなきゃもう一日やるつもりだったのかよと。


「運行はしても利用客からお金を取らない、そんなストライキのやり方だってありますよね、会長」

「源三郎の言う通りだ、利用する市民のことをまるで考えてない。地域労働組合の組織が先導したようだが、あまりにも強引だな」


 企業の使命とは雇用を生み出し、従業員の生活を保障し、地域に貢献すること。その地域貢献を労働組合が放棄してどうすると、徹が眉を曇らせた。ネットではストライキを賞賛する声も多いが、事の本質はそんなに単純ではない。


「資本金三千万で、従業員が百五十人にも満たない中小企業です。燃料代が高騰しているこの時節、強引なストライキを敢行すれば会社が傾きかねませんね、親父」

「それで不渡りを出したり、経営者が夜逃げでもすれば、労使交渉もへったくれもないな、徹」


 ストライキが原因で経営状態が悪化し、会社を閉鎖倒産させてしまうケースは特に珍しい話しではない。賃上げ交渉のつもりが失業者となるわけで、会社の経営実態を無視したストライキは、労使共に不幸な結果を招く場合もある。

 ブラック企業であればお灸を据える必要があるけれど、労使は運命共同体であることを念頭に置いて話し合いを重ねるべきなのだ。


 ちなみに蓮沼興産とロマニア食品に労働組合は存在しない。

 任侠だから組合がなくとも、既に団結してますゆえ。残業代はちゃんと全額支払うし、そもそも無理な残業をさせないホワイト企業である。

 金融機関を当てにしない健全経営で、利益が余れば臨時ボーナスもある。終身雇用を今でも堅持し、人材派遣会社は利用しない。よって労働組合を組織する余地なんぞは、ミジンコほどもないのである。


 ストライキで高齢者向けの宅配サービスを止めたらどうなるか。三食まともに食べられない子供たちへの食事提供を止めたらどうなるか。

 労働者の権利という名目でストライキを起こし、公共サービスを停止させる訳にはいかない。割を食ってしまうのはいつの時代も弱者で、任侠集団はそれを由としないのだ。


「労働組合には上部組織があって、左側の政党と何かしら繋がりがあります。スッパ抜きましょうか、正三さん」

「おいおい大丈夫なのか? 山下」


 労働組合は組合費を徴収するが、不明朗な会計処理が指摘されている。また組合費が組合員の意図していない、政治献金などに支出されている問題もある。

 何よりも入社した時点で本人の意思に関係なく組合員にされ、組合費が給料から天引きされているケースも多い。

 早苗が掲げる政策には、この天引きを止めましょうってのも含まれている。労働組合に所属しているからと言って、誰もが左側政党を応援している訳ではないからだ。もちろん早苗のこの主張、左側政党はすっごく嫌がる。


「どんな勢力が妨害に出てくるか分からない。気をつけるんだぞ、山下」

「お気遣い、痛み入ります正三さん」


 そう言って山下は納豆をぐるぐるかき混ぜた。

 この人は出社前に蓮沼家を訪れ、朝食をごちになるのが常態化していた。まあ蓮沼家は来る者拒まずなので、朝食がまだなら食っていけのスタンスだ。

 マルガマルゲリータのガーリー衣装は妙子が鋭意制作中で、デートはもうちょっと先のお話しとなる。


 今朝は牛皿と、刻み海苔をちょんと乗せた角切りの山芋。温泉卵に小粒納豆、これにアオサのお味噌汁とタクアンが付く。

 山芋はみやび特製の出汁醤油で味付けされており、ほれほれご飯をたらふく食べるのじゃ仕様だ。朝だと言うに山下はご飯お代わり三杯目、この人は健啖家だわねと、京子さんが味噌汁をよそいながらクププと笑っていた。


 そろそろ時間だわと、みやびはファフニールと一緒に最寄りの駅へ向かう。この二人が動けば護衛として、お付きのカエラ組とアルネ組もセットになるのだが。

 幸いというか早苗が手を回してくれたのか、学園長が彼女たちを一般聴講生として認めてくれたのだ。もちろんレアムールとエアリスもで、いつも麻子組と香澄組とは駅で待ち合わせしている。


 ケヤキ並木の歩道をのんびり歩いていたら、車道に黒塗りのベンツとハイエースが停まった。ナンバープレートを見ると、『外』という字を○で囲い後に数字が並ぶ。これは外交官ナンバーで、どこかの大使館が所有する車両だろう。

 ここはバス停なんだけどなと、みやびは顔をしかめた。外交官の道交法違反は目に余るが、日本の法律が適応対象外だから取り締まりが出来ない。


 その二台から男がぞろぞろ降りて来て、みやび達の行く手を阻んだ。見た感じはアジア人だが、はて何の用だろうか。


「我々に同行してもらう」

「ほう」

「君達に拒否権はない」

「ほうほう」

「大人しく付いてくれば手荒な真似はしない」

「ほうほうほう」


 腕を掴もうと彼らの手が伸びてきたが、ここでみやびが無意識に纏う虹色魔法盾が発動。敵対者の手を全て弾いた、ファフニールがレイピアを抜き、アルネ組とカエラ組も剣を抜く。


「きさま達、いったい何をした!」


 懐の拳銃を抜いて構える男達、外交官特権で銃の持ち込みは可能なのだ。みやびは日本人だから外交官に手を出せないが、宇宙人の場合はどうなるのかしらと彼女は首を傾げる。

 考えようによっては君主であり親善大使のファフニール、お付きの四人は武官であり外交官と言える。国際法に照らせばロマニア侯国に対し、戦争を仕掛けたも同然なんだが。


「剣で何ができる、銃に敵うわけないだろう」

「撃ったら後悔するわよ」


 警告したみやびだが、バス停前の歩道に数発の銃声が響き渡った。ああ撃っちゃった、知ーらないっとみやびは空を見上げる、雲ひとつない快晴だねと。

 撃った男達は血を流しながら崩れ落ち、撃たなかった男達は顔面蒼白となる。みやびは手を出していない、出してないよ物理反射の虹色魔法盾を展開しただけ。


「三つ数える間に銃を捨てなさい。彼女達の攻撃手段は、剣だけじゃないのよ」


 みやびの目配せでローレルが、これは脅しじゃないですぅと地の魔力弾を放った。無詠唱で放たれた衝撃弾により、ベンツのドアに風穴が開く。ひええと恐れを成した男達は、みやびが数え出す前に拳銃を放り投げていた。


「君達、剣を仕舞って早く行きなさい。あとは我々に任せてくれ」

「あなたは?」

「八咫烏と言えば、ね、蓮沼さん」


 ああ成る程と納得しちゃうみやび。近所に住んでそうな、通りがかりのおっちゃんかと思いきや、なんと公安で早苗の配下だったとは。

 車道にも車が停まり、降りて来た仲間に指示を飛ばすおっちゃん。それじゃ後はよろしくお願いしますと、駅に向かうみやび達であった。


 ――そして夜のみやび亭本店。


「結局は外交官特権で、逮捕も裁判もできないのよね、麻子」

「駐日大使には厳重抗議で、実行犯は国外退去でしょうね、香澄」

「それで済ませないわよ、麻子、香澄」


 どうするのと尋ねる二人に、みやびは充電中だったスマホを渡し、動画のファイルを開いて見てと言う。するとそこにはロマニア侯国の旗をバックにして、執務机に座るファフニールが映っていた。


『惑星イオナのロマニア侯国君主、ファフニール・フュルスティン・フォン・リンドです。私はC国の外交官から銃撃を受けました。これを我が国は宣戦布告と見做し、対抗措置を取ります。

 これより二十四時間以内に、我が国はC国の軍事衛星も含め、軍事拠点を全て破壊します。非戦闘員は可及的速やかに遠方へ退去を、留まるならば命の保証は致しかねます。

 最後に一言、私たちを舐めるな。以上です』


 うわおっかないと香澄が、でも当然よねと麻子が、いっちょやっちゃいますかと鼻息を荒くする。リンドと戦ったこともない、宇宙に出たこともない、井の中の蛙にお仕置きよと。

 そして動画を公開してからきっかり二十四時間後。C国は大気圏に入ったアマテラス号とワダツミ号の粒子砲によって、陸軍・空軍・海軍、ミサイル発射基地、全ての拠点を失うのであった。

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