第262話 アルネの就任式
あっちとこっちの世界を行き来しつつ冬休みも終わり、三学期に入った調理科三人組。蓮沼興産が集めた食糧支援も回数を重ね、モスマン帝国は餓死者を出さない程度には飢餓状態から脱しつつあった。
そしてここは、首都マッカラに用意されたロマニア領事館の敷地内。つまりロマニア領という事になるわけで、双方の関係者による領事就任式が執り行われている。
「いいかお前たち、アルネ領事をあたいだと思え! 彼女を害する者は我々の敵だ、敬意を持って接しお守りしろ!」
四属性コーティングされたみやび亭八号と九号の前で、集めた部下たちに頭目ラフィアが威勢の良い声を上げた。
他国の船を襲ったりはしないけれど、積み荷を守るためなら船上での白兵戦も辞さない荒くれ者たちが、揃っておう! と応じる。
当のアルネ本人は、主賓席で眉を八の字にしているけどね。
アムリタ陛下から正式に宰相へ任命されたシャメルと大臣たちが、思わず苦笑していた。だって集結した紅巾党メンバーは、見た目やっぱり海賊なのだから。
けれど宰相シャメルは感心もしていた。
支援物資の分配作業を紅巾党に任せた任侠聖女さまであるが、着服や横領が一切起きていないのだ。法が民を守らないならば、法を犯してでも自分たちが守る。そんな心意気を持つ彼らに、私利私欲なんてものはなかったのだ。
海賊もどきではあるけれど、彼らは首都マッカラで食べ盛りの子供を何人も抱える母親たちに、自分の配給分まで分け与えている。
彼らの爪の垢を煎じて逆臣バリウスに飲ませてやりたいと、シャメルは拳を握り絞め歯噛みした。あのバカがいなければ、剣を交えるのではなく手を取り合えば、もっと早く和平を結び餓死者を出さずに済んだものをと。
「シャメルさま、まだお加減がよろしくないのですか?」
「ああいや……心配めさるな、アルネ領事。体調はすこぶる良い」
それは良かったと、主賓席で隣に座るアルネがにっこりと微笑んだ。
戦災孤児で教会育ちと聞き及んではいたシャメルだが、微笑む彼女はまるで水面に佇む精霊のよう。いや実際に精霊を見たことはないけれど、彼はアルネが水の精霊の化身に思えていた。
ちなみに紅巾党は
その紅貿易公司に交易権を与え、ロマニア侯国の港へ入港する許可証を発行する窓口、それがロマニア領事館。公職となるアルネチームに与えられた、お仕事のひとつである。ゆくゆくは双方の商人が行き交うことになるだろうし、交易の便宜を図るのも重要な職務と言える。
「ラフィア、見事な演説だったわよ」
「色々と権利をもらったからな、つい力が入っちまったよラングリーフィン」
主賓席にどっかと座るラフィアに、みやびがお付き二人に目配せをする。
応じたティーナとローレルがぬるめのお茶を煎れ、それを美味しそうにガブ飲みするラフィア。
給仕に駆り出された離宮の執事が、相変わらず無作法だなという顔でアフタヌーンティースタンドを置く。そんな彼に、『ああん?』と睨み返す紅貿易公司の会頭さま。
そのサイレント
ここでラフィアが言うところの権利とは、味噌に醤油、豆板醤やオイスターソースといった調味料を、モスマン帝国内でライセンス生産する権利である。
調味料あってのお料理の普及。
ラフィアの要望に調理科三人組と妙子は、いいよいいよと二つ返事で認めた次第。ファフニールも君主として、正式に承認していた。
アルネはその生産指導も兼務することになる。紅貿易公司は調味料の生産拠点として、領事館近くにある空き倉庫を複数押さえていた。
「ねえパウラ、ライセンス生産って何かしら」
「あたしに聞かないでよナディア」
みやび亭八号の試運転も兼ね、たこ焼きをクルクルと返す二人。お隣の九号でもソフィアとエミリアが、皮付きフライドポテトを揚げつつ何だろうと首を捻る。
「調味料の生産技術を得て、同じ物を作り販売する権利ですよ」
そう説明し、加熱調理に協力するアダマスがクスリと笑う。販売利益の一部がロマニアに入って来るのですとケヴィンが補足し、成る程そういうことかと四人は感心しきり。
モスマン帝国が脅威ではなくなったため、ファフニールの直轄領である空色マントと、モルドバ辺境伯領の
その中でパラッツォが、アダマスとケヴィンを武官に指名したのだ。パウラとナディアとはそこそこ付き合いがあるわけで、適任じゃろうと。
他の武官も全員、マーベラス城から選ばれている。
「はい、味見して」
パウラが爪楊枝に刺したたこ焼きをケヴィンに向けた。同じくナディアも、アダマスにほれほれと向ける。それを躊躇することなく頬張る武官の二人。
ソフィアとエミリアがええ!? と目を皿のようにする。
気付けば他の武官も尻尾を振るワンコ状態。パウラもナディアも、マーベラス城で臙脂色マントを餌付けしたんだなと二人は悟る。
主賓席では逆臣討伐の日程と軍団編成が話し合われており、白熱しているもようでみやび亭八号と九号に意識は向いていない。
まあいっかと、ソフィアとエミリアも爪楊枝を皮付きフライドポテトに刺した。それをケチャップにちょんと付け、はいあーんと武官の口に突き出す。
「みや坊、どうかしたの?」
膝をちょんちょんと突かれ、ファフニールが怪訝そうな顔をする。お堅い戦略会議のテーブルで、みやびが何とも言えない笑みをこぼしていた。その視線を追いかければ、アルネ配下の四人に餌付けされる武官たち。
「領事館は、うまく
吹き出しそうになるのを、必死に堪えるファフニール。何の話かとブラドにパラッツォ、宰相シャメルと大臣達が首を捻っていた。
――そしてエビデンス城に戻り、夜のみやび亭本店。
「測量は終わって今は設計段階よ。工期は三ヶ月を予定しているわ、赤もじゃ」
「三ヶ月……じゃと?」
そんなに早く出来るのかと、パラッツォが信じがたい顔をしている。それはカウンターの常連たちも同じで、現代日本の高度な
マーベラス城からモスマン帝国領へ橋をかける夢、それをみやびは着々と実行に移していた。十㌧トラックが通るわけでもないので、父であり社長の徹はもっと早く完成するだろうと話していた。
「ついでにマーベラス城の改築と、ちゃんとした城下町も形成したいわね。橋を架けた暁には、交易都市になるのだから」
この任侠聖女さまは、どこまで先を夢見ているのだろうと誰もが思った。けれどその夢を自分たちも見たいと思わせる魅力が、みやびの言葉にはあるのだ。
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