第258話 アリスの実力(3)
近衛隊から話しだけは聞いていたレベッカが、目を閉じろと叫ぶ。けれど反応できたのは傍にいた、フランツィスカとアダマスにケヴィンのみだった。
真夏に灼熱の太陽を直視するなんて生やさしいものではなく、精神にまで食い込んでくる強烈な閃光が続く。直視してしまい視界を奪われ、目を回した選抜メンバーが次々と落下して行く。
その中には審判員も含まれており、閃光が止んだ時にはもう模擬戦の体を成していなかった。救護班である近衛隊が、あっちへこっちへと大忙し。
直撃は回避できたものの、目を閉じてもなお突き抜けてくる強烈な光に、四頭のリンドは意識が朦朧としていた。ヨハン君もポカンと口を開け、ぱやんぱやんな状態。
みやび並みの弾丸飛行で急接近し、空中に留まるヨハン達ににっこりと微笑むアリス。その姿すら、視界に星が瞬き彼らはまともに見えていないのだが。
「よく耐えたわね、褒めてあげる。
そこで虚空に現われたのはでっかいトンカチで、どこからどう見てもトンカチ。けれど四属性の輝きを放つ、絶対に普通ではないトンカチだった。
それが反応の鈍くなっていた、空中に残るリンドの頭をポコンポコンと叩いていく。つまり四属性の同時攻撃で、リンドは必ず弱点に当たってしまう。意識がスポーンと飛んだレベッカ達は、抗うことすら出来ず落ちていくのであった。
――そして夜のみやび亭本店。
当のアリスは髪も瞳も元にもどり、キスとメゴチにハゼの天ぷらを揚げていた。オーダーはこの魚ならお勧めですよと、アルネにイチオシされたルワイダ皇后。
現代日本では環境変化で仕入れ先に苦労する、古き良き時代の江戸前天ぷら。それをそつなくこなしちゃうアリスは、やっぱり腕の良い料理人と言える。
カウンターの隅ではブラドとパラッツォがお通夜状態。
五十頭のリンドを似ってしても歯が立たなかった事実が、二人を落ち込ませているのだろう。見かねたみやびがアリスに、どんよりしているあの二人にも天ぷらを出してあげてと耳打ちしていた。
「天ぷら盛り合わせです、塩と天つゆはお好みでどうぞ」
「お、おう、すまんなアリス。頂こうか、ブラド」
カウンターに料理を出す時は、翼を広げなくても床から浮き上がるアリス。背丈が足りないからとは本人の談だが、みやびとヨハン君が使う風の奥義と同じだろう。
「パラッツォさま、ブラドさま、私は自分の力を誇示するため模擬戦に参加したのではありませんよ」
天つゆを並べながら、アリスが気に病む必要はありませんと微笑んだ。
カウンターの面々も調理科三人組も、それはどういう事だろうと耳を傾ける。そう言えば参加する目的を、彼女から聞いていなかったなと。
「リッタースオンの皆さんに最大奥義を見て欲しかったのです。皆さん遠からず、会得するはずですから」
そういうことだったんだと、麻子と香澄が顔を見合わせた。テーブル席でもヨハン君が、僕も
「ねえアリス、聴覚を最大にして聞いてたんだけど、最大奥義には技名の詠唱が必要なの?」
「いいえお姉ちゃん、無詠唱で発動できます」
ではあの大層な技の名前はなんだったのかと、パラッツォが口に入れた天ぷらを吹き出しそうになっていた。それはブラドやレベッカにフランツィスカも同じで、ええ!? という顔をしている。
「実際に最大奥義を見てもらい、それを練習でイメージしやすい言霊にと私がチョイスした技名なんです」
集中して頭にイメージするという行為。
それを実現させるための言霊。
発動させようと念じる心。
この
「それを知ってもらうために模擬戦へ参加したのね、アリス」
みやびの問いに、こくこくと頷くアリス。
ヨハン君は風のように走ることをイメージし、空に駆け上がる奥義を自然と身に付けた。みやびはそれを見て覚えたわけで、空中を自在に飛び回れる技を獲得したのだ。
そして空を飛べるなら海にも潜れるかしらとイメージし、みやびはマーメイドへの変身を会得したわけで。
けれど攻撃スキルである最大奥義の場合、実際に見たことが無ければイメージしにくい。だから模擬戦に参加して披露したのですと言いつつ、アリスは人差し指を立てた。
「それと
あのふざけたトンカチを出せるんだと、店内が騒然となる。もちろんみやびの場合は、覚えたら一人で発動できるのだろうけれど。
ちなみに調理科三人組からしたら、あれは見た目トンカチと言うより打ち出の小槌だったりする。意思を持つように相手の頭をポコンポコンと叩いていく姿は、割りと微笑ましい。
だがちょいと待て、手加減なしで出力全開だったらどうなる? 頭をかち割ってしまう、極悪非道な四属性鈍器ではあるまいか。
それって麻子組と香澄組がパーティーを組めば、可能なのかしらとファフニールがアリスに問いかける。
「全員が目的を定め、心を一つにしないといけません。難易度は高いですけれど、仲の良い麻子さまと香澄さま、パートナーであるレアムールさまとエアリスさまがタッグを組めば出来ると思います」
リッタースオンを伴侶とするリンド族はそれが出来ると、それを近衛隊や守備隊にも理解してほしかったのですと言いつつ、アリスは再び天ぷらを揚げ始める。
思わずみやびは、彼女の頭を優しく撫でていた。技名のセンスも抜群よと添えたので、アリスは目を細めむふんと笑う。
「フュルスティン・ファフニールよ、アリスと養子縁組したらどうじゃろうか」
「……はい?」
「アリスはラングリーフィンの姿を常に擬態しておる。第一種警戒態勢であったならば、それはシルバニア方伯領の領主一族を示す装束じゃ。立ち位置を示すためにも必要じゃと思うが」
女帝さまの言葉に、確かにその通りとミハエル皇子にシリウス皇子が同意を示す。シルビア姫とバルディも、揚げたての天ぷらを頬張りつつ頷き合う。
「晴れてマザーと呼べるのですね、嬉しい」
「いやいやアリス、お姉ちゃんのままでいいから」
「どうして? 包括的かつ妥当で誰もが納得する理由をお聞かせ下さ……」
抗議しようとするアリスの唇に、みやびは人差し指を当てていた。言わせてなるものかと、その目は本気であった。
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