第257話 アリスの実力(2)
午前中の模擬戦は牙も戦列に加えた白兵戦で、烈火のごとき団長殿のしごきで終わった。そして午後のスケジュールは、竜化した選抜メンバーがアリスに空中戦を挑むことになっている。
多対一ではあるが、六属性の魔力弾が通用しないことは想像に難くない。どう戦えばとダイニングルームでランチを頬張りつつ、皆が作戦を練っていた。と言うか頭を抱えていた。
「レベッカ隊長、数にものを言わせ物理で殴るしかないのでは?」
「結論はそうなるのだが、嫌な予感がするんだ、アダマス隊長」
嫌な予感とは何でしょうと、ケヴィンが鶏もも肉のガーリックソテーを頬張る。そんな彼に、レベッカはシジミの味噌汁をすすりながら眉間に皺を寄せた。
「ラングリーフィンと同格と思った方がいい。合わせ技を使って来る、そんな気がするんだ」
風属性と地属性の合わせ技で、クアラン国の灌漑工事を短期間で終わらせた前例がある。実際に参加した者もいるし、その話しは守備隊の誰もが聞き及んでいた。
「これも風属性と水属性の合わせ技よ」
フランツィスカがデザートのジェラートを指差し、アダマスとケヴィンがマジかいなと顔を見合わせる。氷菓子をどうやって作るのか、気にはなっていたのだ。
一応は粒子砲だけでなく、
「見た目は小さな女の子ですが、厳しい模擬戦になりそうですね」
そう言いながらヨハン君がマカロニサラダに箸を伸ばす。同席した各守備隊の隊長や副隊長も腹をくくったのか、無言でご飯を掻き込んだ。
模擬戦場はビュカレストの北東にある草原地帯。普段は近隣農家が牛の放牧に利用しているが、本日は立ち入り禁止のお触れが出ている。
「制限時間は三十分、その間にアリスを地面に追い込んだら諸君らの勝ちじゃ。逆に地面へ追い込まれた者は戦線離脱、見学にまわれ」
パラッツォがルールを説明し、選抜メンバーが次々と竜化していく。
軍団とは言うがリンド族は少数民族。今回パラッツォが招集をかけている人員は、総勢で公立中学校の全校生徒と言えば分かりやすいだろうか。その中から隊長と副隊長、それに班長クラスの五十名が模擬戦に選ばれている。
それでも一騎当千と誉れ高いリンドの竜、
運動会テントにはおにぎりが並べられ、その脇には箱でシリアルバーがででんと積まれていた。シリアルバーはみやびの念入りで、近衛隊が救護班として待機。
貴賓席テーブルではカウンターの常連たちが、お茶を飲みつつ空を見上げていた。次々と舞い上がるリンドの竜、その絵面は壮観である。
「ラングリーフィンよ、心配ではないのかや?」
「本人が参加したいと言ったからね、私としては見守るしかないわ」
そんなみやびにふむと頷き、空を見上げクッキーを頬張る女帝さま。その瞳には空中で待機する、アリスの姿が映っていた。六対十二枚の翼を広げたその姿は、神々しくもある。
「それでは、始め!」
審判役がかけ声とともに上空へ魔力弾を放ち、模擬戦が開始された。
血気にはやる十数名のリンドが接近してアリスを取り囲み、安易に間合いを詰めるなとレベッカが叫んだ。
けれど時既に遅し。六色の線が入る金髪へ、瞳を虹色のアースアイへと変化させたアリスが口を開く。
「
アリスがそう口にした途端、彼女を中心として紅蓮の炎が吹き荒れた!
火属性リンドはノーダメージ、風属性と地属性は辛うじてレジスト。けれど火を苦手とする、範囲内にいた水属性は翼を焼かれ落下していく。
地属性が蔦で編み込んだネットを張り巡らせておりキャッチするので、大地に激突することはない。近衛隊が数名、シリアルバーの入った箱を手に救護へ向かう。
どうやらアリス、軽症で済むよう手加減はしているようだ。でなければ風属性と地属性も、レジストしきれず落とされていただろう。
四属性には、苦手とする属性がそれぞれにある。水は火に、火は風に、風は地に、そして地は水に弱い。まるでジャンケンのようだけれど。
初手から阿修羅の如き特殊技を放つアリスに、地上で見守る軍団の守備隊メンバーたちが何だあれはと驚愕する。
「今のは火属性の最大奥義ですよね、初めて見ました。大火事の原因になるから実用性が疑問視されてましたけど、空中戦で使うなら有効なんですね」
シリウス皇子がこれはすごいと額に手をかざし、ミハエル皇子も手に汗を握る。シルビア姫とバルディが湯呑みを落としそうになっており、モスマン組に至ってはフリーズ状態。
ノーダメ-ジだった火属性が急接近し、尻尾を振り上げアリスを叩き落とそうとした! これは決まったと誰もが思っただろう。
「
高速回転する風の輪が現われ尻尾を弾き、ウロコが飛び散る。更に翼へもダメージを与え、火属性を叩き落としていった。
手加減していなければ、尻尾も翼も切り落とされていたのではあるまいか。アリスは態勢を立て直しつつある風属性と地属性にも、追撃の手を緩めない。
「
コキュートスで地属性の翼が氷で覆われ、飛翔できず落ちていく。ブランブル・プリズナーで風属性が、イバラでグルグル巻きにされやはり落ちていく。しかも全て範囲攻撃であり、アリスを取り囲んでいたリンドの竜は一瞬で敗北。
「四属性の最大奥義を……まさか全部見られるとは思いませんでした、兄上」
「あれが味方で良かったな、シリウス」
「モルドバ卿よ、ビュカレスト卿よ、中止にした方が良いのではないかや?」
これは無理じゃろうと眉を八の字にするカルディナ陛下に、顔を見合わせるブラドとパラッツォ。その決断がちょっと遅れたため、大惨事が起きてしまった。
「みんな来ないの? なら私から行くわよ。
アリスの周囲に現われたのは、見覚えのある青白い玉。しかも一つや二つではない二十個はあるだろう。打開策が見つからず距離を取っていた選抜メンバーへ、ふわふわと飛んでいく。
「あー皆さん、両手で目を覆ってね。直視しちゃダメよ」
「なんじゃと? それはどういう事じゃラングリーフィン」
「真っ白になるわよ、カルディナ陛下」
あれはペガサスちゃんが持つ特技、照明弾の極悪バージョンではと近衛隊が騒ぎ出した。どこが
その様子にようやく事態を把握したのか、貴賓席の全員が空から顔を背け両手で目を隠す。直後に太陽何個分だと思えるほどの閃光が走り、模擬戦場がホワイトアウトしていた。
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