第215話 パルマ国に宣戦布告

 アルバーン国、ハイデン国、エーデル国と距離的に中間となる法王領にゲートを開いたみやび。亜空間倉庫に問答無用で……もとい入ってもらっていた、側近や護衛騎士達をワイバーンごとポポンと出す。

 倉庫込みで瞬間移動できる魔王さまに、王と王子二人が目を点にしている。そんな彼らにお付きのティーナとローレルが、どうだと言わんばかりにふふんと笑う。


「次に会うのは戦場になるわね。皆さんに全ての精霊のご加護があらんことを」


 別れを告げるみやびに、王と王子二人は胸の前で手を組んだ。次は戦場でと、それぞれ武人としての礼を取る。

 帰国する彼らと、そして雇った傭兵と調味料を満載したラナ・ルナ・ロナのワイバーンを見送り、みやびはエビデンス城へトンボ帰り。


 南門の城壁に戻ったみやび達を、アルネチームが出迎えてくれた。サイモンが面会を求めており、ファフニールが御前会議を招集しているとのこと。


「明日、皇帝陛下がパルマ国の廃国宣言を行います。これで攻め入る大義名分ができましたね」


 サイモンの報告に、来たなと顔を見合わせるパラッツォとブラド。ランハルト公とクアラン王も表情を引き締め、法王さまとアーネスト枢機卿が宣戦布告ですねと頷き合った。

 ファフニールが、事前に用意していた宣戦布告状をテーブルに広げる。まずはランハルト公からと、控えていたパトリシアに手渡す。そのパトリシアに、イレーネがペンと封蝋を持って続く。


 ランハルト公、クアラン王、ファフニール、そして帝国伯が連名でサインし、紋章印を押すことになる。そこへシルビア姫がお見えですと、扉の外で待機していた近衛隊のメイドが告げた。


「シルビア姫、どうかしたの?」

「調理場でカルディナ姫から伺いました。ラングリーフィン、お集まりの皆さま、この戦にはノワル国も参戦したします」


 ほほうと皆が口角を上げ、みやびがどうぞおかけになってと席をすすめた。ティーナとローレルがすすいと動き、緑茶と栗羊羹を置いて行く。

 宣戦布告状にはノワル国の紋章印も加わることとなり、小国ひとつを短期間で捻じ伏せるのに充分な戦力となった。


 菖蒲しょうぶ色マント、千草色マント、蒲公英たんぽぽ色マントは挙兵のためエビデンス城に駐留させたままにしている。各守備隊の総司令官はパラッツォ、副官はブラドとなる。

 みやびが出陣すればファフニールもくっ付いてくるため、もれなく近衛隊もセットになるのは仕様。ゆえに城のお留守番は、チェシャと妙子にお願いする手筈となっていた。


 ――そして夜のみやび亭本店。

 寄っていきなさいよとみやびに誘われ、今夜のカウンター席にはサイモンも座っていた。妻のエルザから噂は聞いていたけれど、彼が入店したのは初めて。しかもお隣が女帝さまカルディナ姫


「お品書きがすごいですね、ラングリーフィン」

「どんなお料理なのか、分らない時は聞いてね」


 三種類のお通しからタコワサを選んだサイモンに、よそった小鉢をコトリと置くみやび。それなら熱燗ねと、妙子が酒徳利とお猪口を並べる。

 タコが持つ食感にピリッとくるワサビが奏でる和の風味、そこに日本酒との良き相性が重なりサイモンは目を細めた。


「私はいま宝石商ネットワークを通じて、選帝侯枠のない小国の動きを調べております」

「サイモン殿よ、何を調べておるのじゃ?」


 尋ねた女帝さまに、サイモンがニンマリと笑った。モスマンの呪詛を取り入れているか、それを探っているのだと。

 

 王族が食前に正しい祈りを捧げているか、聖堂で日々の礼拝を正しく行っているかの確認である。信仰に関わることなので、こればっかりは誤魔化せない。


 サルワ国ならびにつるんでいる国へも、サイモンは情報収集の手を広げ分り次第ご報告しますと胸を叩く。その緻密な手腕に、やるではないかと女帝さまが徳利を持ち上げ酌をする。

 皇族王族から優遇されている宝石商と言えど、次期皇帝から酌を受けるなどとんでもない話し。けれどここは無礼講のみやび亭、顔をひくつかせ恐れ多いと感じながらも、素直に酌を受けるサイモンであった。


「ラングリーフィン、新しく増えた無限キャベツとはどんなお料理でしょう。黒字と青字のお品書きがありますけれど」


 壁一面のお品書きからニューフェイスを発見したミーア司教が、ウキウキ顔で尋ねて来た。はいどうぞと、みやびがキャベツ山盛りの小鉢をポンと置く。

 一般向けにはツナを、聖職者向けには昆布を混ぜ込んだ無限キャベツ。酢と出汁醤油で揉み込んで、一晩寝かせた一品である。振りかけた白ごまたちが、俺たちゃ美味しいんだぜと箸を誘う。


「んふう、これはご飯にも合うお味ですね」


 頬へ手を当てるミーア司教に、すかさず麻子が山菜おこわを、香澄がアオサのお味噌汁をすすいと置いて行く。法王さまとアーネスト枢機卿から、私達にもと即オーダーが入った。

 食糧難でロマニア侯国から援助を受けたアルカーデ共和国は、兵の糧食を準備できず今回の戦には参戦出来ない。けれど鹿肉を蓄えたならば、サルワ国と事を構える折りには船団を率いて加勢しますとミーア司教が高らかに宣言した。


 なんだかみやび亭本店が秘密基地みたいと、中華鍋を振るう麻子とレアムール、複数の鍋を操る香澄とエアリスが唇の両端を上げる。

 もう秘密基地でよろしいのではと、笑顔の妙子とアルネチームがお通しをよそって運び、クリクリ姉妹がうんうん頷きながら魚を下ろしていた。


 ――翌日、ここはパルマ国の国境警備詰め所。

 ゲートで突然現われたみやびと、お付きのティーナとローレルに、国境警備兵が慌てて剣を抜いた。けれどみやびの首にある朱印状入りの印籠に、彼らは剣を収めるしかなかった。


 前に入国申請をした時、極めて態度が横柄だった警備兵。その彼らが近衛隊の第一種警戒態勢準装備に身を包んだ、ティーナとローレルにあからさまな嫌悪感を示し顔をしかめる。リンド族、イコール正しい精霊信仰だからだ。

 そんな彼らの隊長と思われる人物、その胸にみやびは書簡をぐぐいと押しつけた。言わずもがな、それは宣戦布告状である。


「パルマ王によろしくね、首を洗って待ってなさいと伝えておいてちょうだい」


 そう言い残し、みやび達はゲートに戻って行く。

 それと同時に詰め所から一羽の鳩が飛び立った。それは教会側の兵士が放った伝令であり、邪教を受け入れられない内部からのレジスタンス活動を促すげきであった。

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