第214話 宣戦布告の前に色々と

 みやびの導きにより儀式を成功させ、ラナ・ルナ・ロナの三姉妹はワイバーン使いとなっていた。空輸運送組合への登録も完了し、姉妹は出立準備を始めている。

 今後他国へ派遣するお料理伝道師は、教会の子供たちも民間のメイドたちも、魔王さまの手により漏れなくワイバーン使いとなり組合員を兼ねる予定。


 派遣先の城下町にある市場が、必ずしもビュカレストと同等とは限らない。自ら周辺の町や港へ赴き、食材を物色できるようにする為の配慮である。

 他国のと畜場では内臓肉なんて捨てられているだろうから、ワイバーンの餌にも困らないはず。この点に於いては便宜を図るよう、みやびは王と王子二人から言質を取っていた。


 更にみやびは傭兵組合へ依頼を出し、三姉妹へ専属の護衛も手配している。

 教会の子供たちはみやびの配下であり、剣を向ければそれ即ち帝国伯へ剣を向けたことになる。ゆえに台所番の指南役として、貴族扱いにしてもらえた。

 けれど市井の民間人となればそうもいかず、こんなところにメンドクサイ身分差が生じてしまうのは致し方ないところ。扱いが下がり城外へ出る際、護衛を付けてもらえないのだ。

 お店を開けるレベルに達している民間のメイド達も、みやびにとってはお料理を世に広める大事な駒。Aランク、できればトリプルAランクの腕利きをと、傭兵組合長に要請している次第である。


「君たちにこれを」

「ブラドさま、これは?」

「妙子殿に縫ってもらった。君たちはビュカレスト市民で、僕の領民だからな」


 受け取った包みを開くラナ・ルナ・ロナの三姉妹。それは胸の部分に取っ手付き十字をあしらったエプロンで、生地はビュカレストカラーの群青色。

 感極まった三姉妹がエプロンを胸に抱いてひざまずき、臣下の礼を取る。そんな彼女達に、チェシャが活躍を期待してますにゃあと、革袋に入った支度金を手渡していた。


 ――そしてこちらはランハルト公が滞在する大地の間。

 エミリーがアップルパイとパンプキンパイを皿に乗せ、主君にお茶を振る舞っていた。お尻に伸びてくる手をひょいひょい躱すところは、さすがオトマール公国騎士団の百人隊長。見た目は華奢だが、これでも中隊を束ねる武官である。


「小さな板前さんが派遣された時点で、私は帰国を命じられると思っていたのですけれど。エビデンス城に留め置く理由をお聞かせ願えませんか? 大公」

「このパイという菓子は中々に良いな、エミリー。たいした腕前だ」


 何しらばっくれてんだと、エミリーが半眼を向けつつ伸びてきた手をひらりと躱す。控えている側近と護衛騎士の女性陣が、おお見事と口元を緩ませている。彼女達も日々被害に遭っているのは想像に難くない。

 皇帝陛下の実兄であることから、スケベ……もといランハルト公は家臣達から大公と呼ばれている。

 その大公から、学んだ腕前を見せろと呼び出されたエミリー。リンドの城で三食たらふく食べ、みやび亭本店で酒盛りを楽しむ我が君主。

 その御仁が敢えて自分を呼び出す以上は何か話しがあるはずだけれど、このタヌキオヤジは中々本題に入ってくれない。


「実はだな、そなたの両親から相談を受けておってな」

「父上と母上から? 何の相談でしょうか」


 その大公がやっと本題に入ってくれたのだが、側近や護衛騎士達がクスクス笑っているのはどうしてだろうか。


「見合い話が殺到して困っておると」

「……へ?」


 つまり派遣した小さな板前さんと同じ腕前を持つなら、ぜひ嫁にと大変なことになっているらしい。家柄は子爵なのに伯爵家からも打診され、両親が困り果てて大公に相談したと。


「まあつまり……その……なんだ。お前がいま国に帰ると、えらいことになるぞ」

「あちゃぁ」


 思わず顔に手を当てるエミリー。

 いつかは剣を置いて家庭に入ると覚悟はしているが、自分の夫となる相手は剣技の優れた人物でなければ認められない。これだけは騎士として絶対に譲れないのだ。


 ちなみに暇があればみやびに麻子、レベッカにフランツィスカと中庭で手合わせしているせいか、そのボーダーラインはかなり高くなっている。

 ゆえにお料理目当てでかつ温室育ちのお坊ちゃまなんぞ、きったきったにされ丸めてポイされるのが関の山。真っ向勝負の、剣で語れる人物でなければ彼女をゲットするのは難しくなっている。


「私は軟弱者を夫として認めることはできません」

「お前の性分は分かっておる。まあそんなわけでな、そなたに台所番の補佐という肩書きを授けることにした」

「大公、台所番の補佐とは?」

「言葉の通りじゃエミリー。機密に触れることの多い側近じゃから、見合い話は全てわしを通すことになるじゃろうて」


 ほとぼりが冷めるまで見合い話しをブロックするから、リンドの城にいろと言う事らしい。それは有り難いご配慮だけれど、エミリーも剣ばかり振るっているただの女騎士ではない。

 はいそうですかと額面通りに受け取るほどお人好しなわけもなく、彼女はもうひとつ何か裏があるでしょうと大公に迫る。


「わはは、敵わんな。ここからが本当の本題じゃ」

「もったいぶらないで早くお聞かせ下さい、大公」

「ふふふ。みやび殿が推し進めておる空輸運送組合じゃがな、宝石商のように帝国全土を跨ぐ組織になるよう働きかけてもらいたい」

「そのココロは?」

「わしはな、オトマールの居城でも握り寿司や刺身を食いたいのじゃ」

「心得ました。この任務、必ずや成し遂げてみせましょう」


 いやいやそれで良いのかエミリーよ。

 けれど彼女、これは重大任務とばかりに鼻息を荒くしていた。鮮魚を海なし国であるオトマール公国に運ぶ算段は無いかと、みやび亭で日々感じていたことだったからだ。そしてお尻に伸びてくる手を、すいすいと躱す彼女であった。





 そしてこちらは西シルバニアのエラン城、みやびの執務室。

 扉の脇に控えているユリウスが、ゲート酔いしたのかふらついている。そんな彼を横目で見ながら、みやびはペトラ司祭によって選ばれた修道女たちに口を開いた。


「既に説明は受けていると思うけど、ロマニアでは還俗した修道女が地方行政に携わる伝統があるの。これは命令じゃなくて自由意志よ、やってもらえると嬉しいわ」


 顔を見合わせる修道女たち。

 司祭になってもおかしくない経験と信仰心はあるけれど、もう司祭や司教に任命されない体であることは嫌でも分っている。


 オリヴィア知事とペトラ司祭、そして聖堂騎士のクレメンスが、ティーナとローレルが出してくれた長命寺を頬張り、アルネの煎れてくれた緑茶をすする。


 長命寺とは桜餅のことなんだけれど、実はこれ関東風。道明寺と呼ばれるのが関西風の桜餅だったりする。塩漬けした桜の葉で包むのは同じだが、餡子を包む餅に大きな違いがあるのだ。

 平たく伸ばした餅で餡子を挟むのが長命寺。粒状の餅で餡子を包むのが道明寺。桜餅と一括りにしてしまうと、関東と関西で論争が起きそうだけれど、みやびはどっちも大好きだ。


「私達のような者で、よろしいのでしょうか」


 修道女の一人が不安げな顔でみやびに尋ねた。他の修道女たちも気持ちは同じらしく、目の前にあるお茶と長命寺に手を出せずにいる。


「自分自身を否定しちゃダメよ。精霊の巫女にはなれないけれど、魂を磨く場所はいくらでもあるのだから」


 その通りだと言わんばかりに、マントのフードから聖獣ちゃんたちが飛び出しテーブルに整列する。

 みやびがほれほれと長命寺を差し出せば、そこに集まり頬張る親指サイズの聖獣ちゃんたち。このお方はやはり聖人だと、修道女の誰もがそう思った。


「副知事に任命の件、謹んでお受けいたします」

「んふふ、引き受けてくれてありがとう。仕事の詳細はオリヴィア知事から説明があるわ。配属は追って連絡するから、準備しててね。ほら、桜餅食べて食べて」


 腹を決めた修道女たちが、長命寺を頬張りその美味しさに頬を緩めた。これできっと、ルーシア知事もアグネス知事も仕事が楽になるだろう。

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